
日本最大の産地を、数字で見るJapan's Largest Wine Region
第9講日本ワイン産地巡りで最初に訪ねたのが山梨でした。第68講北海道に続いて、第70講ではこの「日本ワインの中心地」だけを掘り下げます。まずは、どれほど大きな産地なのかを国税庁の統計で確かめましょう。
| 実績年 | ワイナリー数 | 日本ワインの製成量 | 全国の日本ワイン製成量 |
|---|---|---|---|
| 2023年 | 89(全国1位) | 4,278kl(1位) | 12,918kl |
| 2024年 | 85(1位) | 3,762kl(1位) | 12,682kl |
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」(令和6年・令和7年アンケート)。ワイナリー数はその年に生産か出荷の実績があった製造場の数。2024年の2位・3位は長野81・北海道69、日本ワインの製成量は長野2,981kl・北海道2,180kl。山梨の製成量と全国の合計は回答した製造場の数が違う集計なので、割合は「約3割」と見ておくのが安全です。
ワイナリー数も、日本ワイン(国産ぶどうだけで国内で造ったワイン。用語:日本ワイン)の製成量も、山梨が全国1位です。県のウェブサイトには「約90社」「約100社」といった数字も見えますが、これは数え方の違い。果実酒の製造免許を持つ製造場なら、山梨には119場あります(2025年1月1日現在)。
もうひとつ見ておきたいのが、ワイナリーが受け入れた山梨県産のぶどうの中身です。
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」(令和7年アンケート、2024年実績)の産地別受入数量。山梨県産の合計は5,647t。
山梨で仕込まれるぶどうの約6割が甲州、約2割がマスカット・ベーリーA。北海道がケルナーやピノ・ノワールといったヨーロッパ系の品種で伸びてきたのとは対照的に、山梨は日本で生まれ育った二つの品種が土台の産地です。全国で受け入れられた甲州3,567tのうち、山梨産は3,377t。甲州はほぼ山梨のぶどうだと言ってよいでしょう。
ワインだけではありません。農林水産省の統計では、2024年産のぶどうの収穫量でも山梨は全国の26%を占める1位です。生食用のシャインマスカットや巨峰の大産地であることが、ワイン造りの背景にあります。
甲州——伝説と、DNAが語ることKoshu, Legend and Lineage
山梨を語るなら、まず甲州です。果皮がうっすらと藤色に色づく白ぶどうで、日本の土地で何百年も育てられてきました。ただし、その「始まり」の話には、伝承と科学を分けて聞く必要があります。
二つの伝承
甲州の起源としてよく語られるのは二つの話です。ひとつは、718年に僧の行基が勝沼の大善寺を開いたときにぶどうを伝えたという話。もうひとつは、1186年に雨宮勘解由(あめみや・かげゆ)が山で珍しいつるを見つけて育てたという話です。どちらも広く知られていますが、山梨県ワイン酒造組合の年表自身が両方に「(伝説)」と書き添えているように、史実として確かめられた話ではありません。
DNAが明かした「東アジアの祖母」
一方、科学が明らかにしたこともあります。2013年、酒類総合研究所が甲州のDNA解析の結果を発表しました。
遺伝情報の大部分は、ヨーロッパのワイン用ぶどうと同じヴィニフェラ種のもの。残りは野生種に由来する。
野生種との雑種1代ではなく、雑種にもう一度ヴィニフェラが掛け合わされた戻し交配(野生種が約4分の1)と考えられる。
母から子へ受け継がれる葉緑体のDNAは、中国の野生ぶどうヴィティス・ダヴィディの系統と一致。甲州の母方の祖母にあたる。
ヨーロッパ系のぶどうが、東アジアの野生種と交わりながら東へ運ばれてきた——甲州は、そんな長い旅の末に日本にたどり着いた品種と考えられています。品種の親子関係をDNAで調べる方法は、第69講交配品種とクローン完全編で詳しく扱いました。
「甘口の地酒」から、世界の白へ
甲州は長いあいだ、生食用と兼ねるぶどうでした。香りが穏やかで、酸もおだやか。そのままでは印象の薄いワインになりやすい品種です。転機になった出来事を並べます。
- 1983年ヴィンテージ——シュール・リーメルシャンが、発酵後のワインを澱の上にしばらく置いて旨みを引き出すシュール・リー(フランス・ロワールのミュスカデの手法)で「甲州東雲シュール・リー」を造り、その製法を近隣のワイナリーにも公開しました。澱と旨みの関係は第47講醸造完全編へ。
- 2009〜2010年——Koshu of Japanワイン生産者15社と地元の商工団体がKOJ(Koshu of Japan)を結成し、2010年2月から毎年ロンドンで甲州を紹介しはじめました。
- 2010年——OIVに登録甲州は日本の品種として初めて、国際ぶどう・ぶどう酒機構(OIV)の品種リストに載りました。2013年にはマスカット・ベーリーAが続きます。
- 2014年——ロンドンで金賞中央葡萄酒の「キュヴェ三澤 明野甲州 2013」が、英国のデキャンタ・ワールド・ワイン・アワードで日本ワイン初の金賞とリージョナル・トロフィーを受けました(グレイスワイン公式)。2024年には、サントリーの「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」が同じ賞で最高賞のBest in Showを受けています。
いまの甲州は、ステンレスタンクで仕上げる軽やかな辛口、シュール・リーの旨みのあるタイプ、樽を使うふくよかなタイプ、瓶内二次発酵の泡、そして果皮ごと醸すオレンジワイン(第55講オレンジワイン完全編)まで、スタイルの幅がとても広くなっています。
明治の挑戦から「ワイン県」までA Short History
山梨のワインの歴史は、日本のワインの歴史そのものです。山梨県ワイン酒造組合の年表や、国税庁・各社の公式資料で確かめられる節目をたどります(日本のワインの通史は第43講ワインの歴史、日本ワインの父・川上善兵衛の話は特集日本ワインの父をめぐる旅へ)。
- 1870年ごろ——甲府で始まる甲府の山田宥教と詫間憲久が、ぶどう酒の醸造を始めたとされます。国税庁のGI山梨の文書も「1870年頃から始まったといわれている」と書いています。
- 1877年——県の醸造所と、祝村の会社3月に山梨県立葡萄酒醸造所が完成。8月には、いまの甲州市勝沼町にあたる祝村(いわいむら)に大日本山梨葡萄酒会社が設立されました。
- 1877〜1879年——二人の青年、フランスへ会社は、高野正誠(25歳)と土屋龍憲(19歳)をフランスへ送り出します。1877年10月に出発し、主にシャンパーニュ地方のトロワで栽培と醸造を学んで、1879年5月に帰国しました(シャンパーニュについては第6講シャンパーニュ完全編へ)。会社は1886年に解散しますが、二人が持ち帰った知識はその後の山梨に受け継がれていきます。
- 1880〜90年代——いまに続く蔵ルミエール(1885年)、丸藤葡萄酒工業(1890年、ルバイヤート)、土屋龍憲が設立したまるき葡萄酒(1891年)、蒼龍葡萄酒(1899年)など、現在も続く蔵がこの時代に生まれました。まるき葡萄酒は「現存する日本最古のワイナリー」を名乗っています。
- 1892〜1912年——宮崎光太郎と宮光園東京で甲斐産商店を営んでいた宮崎光太郎が、1892年に宮崎第一醸造場を開き、1912年に観光ぶどう園を兼ねた宮光園を開設。のちの大黒葡萄酒(1934年)はメルシャンのルーツのひとつになります。宮光園の建物は、いま甲州市の文化財として公開されています(シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリー)。
- 1943年——戦争と酒石酸ワインの製造過程で出る酒石(酒石酸カリ)が、軍需物資のロッシェル塩の原料として求められました。精製は甲府のサドヤに依頼され、全国のワイナリーが酒石を集めて出荷したと、組合の年表は記しています。
- 1970〜80年代——ワインブームと品質への転換1972年・1978年・1981年と、日本では「ワインブーム」が重なりました。1975年には勝沼町営の「ぶどうの丘センター」が開業。1983年ヴィンテージのシュール・リー甲州が生まれ、甘口中心だった山梨のワインが辛口へと舵を切っていったとされます。
- 2013年——GI山梨7月16日、国税庁がワインとして国内初の地理的表示(GI)「山梨」を指定しました(酒類全体での初ではありません)。
- 2019〜2020年——「ワイン県」と日本遺産2019年8月7日、山梨県が「ワイン県」を宣言。2020年には、甲州市と茨城県牛久市のワイン関連の文化財が、日本遺産「日本ワイン140年史」に認定されました。

盆地と山麓を歩くThe Basin and the Highlands
山梨のワイン産地は、県の中央にある甲府盆地と、その周りの山麓に広がっています。GI山梨の文書は、土壌を花こう岩や安山岩が崩れてできた土、畑をゆるやかな傾斜地と説明しています。まずは気候の数字を見ておきましょう。
| 観測地点 | 標高 | 年平均気温 | 8月の日最高気温 | 年降水量 | 年日照時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 甲府 | 273m | 15.1℃ | 33.0℃ | 1,160.7mm | 2,225.8時間 |
| 勝沼 | 394m | 14.1℃ | 32.7℃ | 1,106.1mm | 2,209.4時間 |
| 韮崎 | 341m | ― | ― | 1,212.9mm | 2,170.5時間 |
出典:気象庁の平年値(1991〜2020年)。甲府の月別降水量がもっとも多いのは9月(178.7mm)。
雨が年に1,100mm台というのは、日本の中では少ないほうです。日照時間も長く、夏はとても暑い。ただし、ぶどうが熟す9月に雨がいちばん多くなるのが、山梨の、そして日本のワイン造りの難しさです。収穫前の雨は病気や果実の水ぶくれにつながるため、造り手は仕立て方や収穫時期で対応してきました。
盆地の東側、川が運んだ砂礫の扇状地。勝沼を中心に、甲州の棚が連なる伝統の中心地で、ワイナリーがもっとも密集する。老舗のグレイスワイン(中央葡萄酒)、原茂ワイン、くらむぼんワイン、笛吹市一宮のルミエール(1901年築の石蔵発酵槽は国の登録有形文化財)などが並ぶ。
盆地の中心。甲府駅近くのサドヤ、酒折のシャトー酒折ワイナリーなど、街なかに蔵がある。盆地の北西、甲斐市の丘陵には、1909年に小山新助が開いた農園を1936年に寿屋(いまのサントリー)が引き継いだ登美の丘ワイナリーが広がる。
八ヶ岳や南アルプスの麓、標高の高い冷涼な土地。中央葡萄酒の三澤農場は明野の標高約700m、粘土質の火山灰土。小淵沢のドメーヌ ミエ・イケノ(標高750m、2011年に醸造所)など、ヨーロッパ系品種に挑む新しい造り手が集まる。明野は日照に恵まれることで知られる。
盆地の北西、茅ヶ岳の南西の斜面。県の観光サイトなどによれば標高400〜700mほどの南西向きの畑が広がり、マスカット・ベーリーAや甲州の産地として名前を見る機会が増えている。
棚か、垣根か
勝沼を歩くと、頭の上にぶどうの葉が屋根のように広がる棚栽培の畑が続きます。日本の多湿な気候のなかで、枝を地面から高く離して風通しをよくし、樹を大きく広げて樹勢をおさめるための仕立てです。国税庁の統計によれば、甲州のほとんどはいまも棚で育てられています。
棚栽培
枝を長く残して四方へ広げるX字型の長梢剪定と、主枝を一直線に伸ばして短く切り戻す一文字短梢がある。短梢は作業を揃えやすく、山梨県果樹試験場が甲州での研究を進めている。生食用ぶどうの技術とも地続き。
垣根栽培
ヨーロッパで一般的な、枝を縦に並べる仕立て(VSP)。1株あたりの房を絞り、凝縮した果実を得やすい。中央葡萄酒は明野の三澤農場で1990年から垣根を試し、2005年から本格的に導入した。北杜のヨーロッパ系品種の畑に多い。
どちらが優れているという話ではありません。甲州のように樹勢の強い品種は棚でこそ落ち着くという考え方もあり、造り手は品種と土地に合わせて選んでいます(仕立ての基本は第59講ぶどう畑の一年・栽培完全編へ)。

GI山梨のラベルと、造り手のタイプGI Yamanashi & the Producers
ラベルに「山梨」の地理的表示を名乗るには、国税庁が定めた生産基準を満たし、官能審査にも合格する必要があります。管理するのは、山梨県ワイン酒造組合の中に置かれた「地理的表示『山梨』管理委員会」です。主な中身を並べます(ラベルの読み方は第41講ラベルの読み方完全編へ)。
出典:国税庁「地理的表示『山梨』の生産基準」(2017年6月変更版)。初回の官能審査は2013年7月12日に69点で行われ、2014年6月までの累計308点のうち11点が官能審査で不合格でした。なお甲州市には、2008年制定の条例にもとづく独自の「原産地呼称ワイン認証」もあります。
GIの表示がないからといって、山梨のぶどうを使っていないとは限りません。審査を受けるかどうかは造り手の判断で、銘柄ごとに違います。「山梨のワインを確実に選びたい」ときの目印、と考えるとよいでしょう。
造り手の四つのタイプ
全国ブランドの会社が、山梨に畑と醸造所を持つ。シャトー・メルシャン 勝沼、サントリー登美の丘、マンズワイン 勝沼。研究と技術の蓄積が厚く、手頃な甲州から畑名入りの上級品まで幅広い。
2000年代以降、標高の高い土地に畑を拓いた小さな造り手。シャルドネやピノ・ノワール、メルローなどヨーロッパ系品種にも取り組む。生産量は少なく、入手が難しいものも多い。
買う、訪ねる、合わせるBuying, Visiting, Pairing
山梨のワインは、ほかの日本の産地にくらべて手頃な価格帯の選択肢が厚いのが魅力です。甲州を中心に、目安を段階で整理します(価格は販売店の実勢の一例で、銘柄・年・店によって変わります)。
買い方の基本は第33講ワインの買い方、品種ごとの選び方は品種:甲州と品種:マスカット・ベーリーAへ。
訪ねるなら
いちばん歩きやすいのは勝沼です。JR中央本線の勝沼ぶどう郷駅を起点に、ワイナリーが徒歩やタクシーで回れる範囲に集まっています。高台の「ぶどうの丘」(1975年に町営のセンターとして開業)には、市内のワインを試せる施設があります。コースの組み方は特集勝沼ワイナリー巡り、訪問の心得は第51講ワイナリー訪問へ。
季節の行事も覚えておくと便利です。その年の新酒「山梨ヌーボー」の解禁は毎年11月3日。甲州市は2014年に甲州ワインでの乾杯を勧める条例を定め、10月10日を「甲州ワインの日」としました。2008年からは、ワイナリーと畑を歩いて巡る「ワインツーリズムやまなし」も開かれています。試飲をするなら、車の運転はしないこと。
山梨の食卓と
第27講料理ペアリング完全編で見た「似た者同士を合わせる」原則は、甲州と和食でとくによく働きます。控えめな香りと旨みという共通点があるからです。
よくある質問Frequently asked
主役の甲州は、香りが控えめで、柑橘や和梨を思わせる穏やかな果実味と、かすかな苦みをもつ辛口の白が中心です。マスカット・ベーリーAは、いちごやキャンディのような甘い香りの、渋みの少ない軽やかな赤。どちらも力強さよりやさしさと食事への寄り添い方が持ち味です。北杜などではヨーロッパ系品種の本格的な赤・白も造られています。
日本で長く育てられてきた品種ですが、2013年に発表されたDNA解析では、遺伝情報の約7割がヨーロッパ系のヴィニフェラ種のもので、母方の祖母が中国の野生ぶどうヴィティス・ダヴィディと考えられています。ヨーロッパ系と東アジアの野生種が交わってできた品種です。行基や雨宮勘解由が伝えたという話は、伝承として語られているものです。
ラベルに地理的表示「山梨」(GI Yamanashi)の表示があるかを確かめます。山梨で収穫した指定品種のぶどうだけを使い、県内で醸造・瓶詰めし、分析と官能の審査に合格したワインだけが名乗れます。2013年7月16日に、ワインとして国内で初めて指定されました。
盆地の棚の下で、150年Under the Pergola
山梨は、ワイナリー数も日本ワインの生産量も全国1位の、日本最大のワイン産地です。1870年ごろに甲府で始まったワイン造りは、1877年に祝村から二人の青年をフランスへ送り出し、明治の終わりには今に続く蔵がいくつも生まれました。戦争の時代を越え、1980年代にシュール・リーで甲州が辛口の白として生まれ変わり、2010年のOIV登録、2013年のGI山梨、そしてロンドンでの金賞へ。
いまの山梨は、勝沼の棚の下の甲州から、北杜の高地のシャルドネまでが同じ県の中にある産地です。仕込まれるぶどうの約6割は甲州、約2割はマスカット・ベーリーA。世界のどこにもない二つの品種が、この盆地のワインの土台であり続けています。
次の一本。 今回は甲州を2本並べてください。1本目はタンク仕上げかシュール・リーの、2,000円前後の甲州。2本目は、畑名入りの甲州か、樽やオレンジ仕立ての甲州。合わせる料理は、天ぷらか刺身をひと皿。同じ品種が、造り方でどこまで変わるかを確かめてみてください。余裕があれば、マスカット・ベーリーAの赤を焼き鳥のタレと。
次回はテーマ編へ。「和食とワイン完全編」。甲州が刺身や天ぷらに寄り添うのはなぜか。醤油・味噌・出汁・わさび・酢——和食の味を組み立てる調味料と旨みが、ワインの酸や渋み、香りとどう響き合い、どこでぶつかるのか。寿司から鍋、焼き鳥まで、日本の食卓でワインを選ぶための考え方をまとめます(産地:山梨と産地:長野もあわせてどうぞ)。
