
日本でいちばん寒い産地が、いちばん伸びているThe Coldest, the Fastest-Growing
第9講日本ワイン産地巡りでは、山梨・長野と並べて北海道を紹介しました。第68講はその北海道だけを掘り下げます。ここ15年ほどで、日本のワイン地図がもっとも大きく書き換わったのが、この北の島です。
道庁の資料をまとめた日本政策投資銀行のレポートによれば、北海道のワイナリーは2005年度に12か所、2010年度に16か所。それが2020年11月に46か所、道庁の最新の集計では2026年2月に75か所になりました。道庁自身も「10年前の約3倍」と書いています。国税庁の統計(生産・出荷の実績があるワイナリーを数えるので、道庁の数とは基準が違います)で見ても、北海道はワイナリー数で山梨・長野に次ぐ全国3位です。
| 実績年 | ワイナリー数 | 日本ワインの製成量 | 道産ぶどうの受入量 |
|---|---|---|---|
| 2022年 | 55(全国3位) | 2,484kl(3位) | 3,313t(3位) |
| 2023年 | 64(3位) | 3,638kl(2位) | 5,017t(2位) |
| 2024年 | 69(3位) | 2,180kl(3位) | 3,566t(3位) |
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」各年版。2024年の1位・2位は、ワイナリー数が山梨85・長野81、製成量が山梨3,762kl・長野2,981kl。製成量は年ごとの収穫で大きく上下します。
よく「北海道は醸造用ぶどうの生産量が日本一」と言われますが、この統計の範囲ではそうとは言えません。ぶどうの受入量は年によって2位か3位です。一方、品種ごとに見ると話は変わります。ナイアガラ、ケルナー、ツヴァイゲルト、ピノ・ノワールの4品種は、いずれも北海道が全国1位。つまり北海道は、「量で日本一」ではなく、「冷涼な土地に向く品種の日本一」が集まった産地です。
なぜ寒い土地に人が集まるのか。答えの半分は品質、もう半分は気候変動です。世界の産地が暑さに悩むなかで、「かつて寒すぎた土地」の価値が上がっている——第61講ワインと気候変動で見た大きな流れが、日本ではまず北海道に現れました。
開拓使の醸造所から、ブルゴーニュの進出までA Short History
北海道のワインの歴史は、明治の開拓期に始まり、いったん途切れ、戦後に自治体の手で再び始まりました。GI北海道の基準書や各ワイナリーの公式資料で確かめられる節目をたどります。
- 1875〜1876年(明治8〜9年)——開拓使の葡萄酒醸造所明治8年、札幌にアメリカ系のぶどうが移植され、翌明治9年には開拓使が札幌に葡萄酒醸造所を開きました。最初に仕込んだのは、野生のヤマブドウだったとされます。醸造所は明治20年に民間へ払い下げられ、大正2年に廃業しました。
- 1963年——池田町、自治体がワインを造る十勝の池田町が果実酒類の試験製造免許を取得。十勝ワインの公式サイトは「国内では最初の自治体経営によるワイン醸造」と書いています。町は寒さに耐える品種の研究を続け、のちの「清見」「山幸」につながります。富良野市も1972年に市営のワイナリーを立ち上げました(十勝ワイン、ふらのワイン)。
- 1974年——北海道ワイン創業小樽で北海道ワイン株式会社が設立され、浦臼町の鶴沼に大規模な自社農場を拓きます。公式サイトによれば農場は447ha・約40品種で、「日本最大の垣根式」。1975年には鶴沼にシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)が植えられました(北海道ワイン)。
- 1980〜90年代——ピノ・ノワールの試行錯誤農研機構の研究者らの論文によれば、1982年にはこだてわいんが余市の農家にピノ・ノワールの苗を配り、1985年にはニッカが試験栽培を行いました。論文が「転機」としてあげるのが、1998年に三笠の山﨑ワイナリーがピノ・ノワールの栽培を始めたことです(山崎ワイナリー)。
- 2010〜2012年——小さな造り手の時代2010年、栃木のココ・ファームで農場長を10年務めた曽我貴彦が余市町登町にドメーヌ・タカヒコを設立(ドメーヌ・タカヒコ)。2011年には余市町が道内初のワイン特区に認定され、2012年には米国出身の醸造家ブルース・ガットラヴが岩見沢に10R(トアール)ワイナリーを開き、ぶどう農家のワインを受託で醸造しはじめました。
- 2018年——GI北海道2018年6月28日、国税庁が地理的表示「北海道」を指定。ワインのGIとしては2013年の山梨に次ぐ2番目です(「日本初」ではありません)。
- 2019〜2024年——ブルゴーニュからブルゴーニュ・ヴォルネイの名門ドメーヌ・ド・モンティーユが、函館市桔梗町で2019年に植樹を開始。公式サイトによれば、2018〜2022年は余市のぶどうで試験醸造を重ね、2023年に自社畑のぶどうで初めて醸造、醸造所の開所式は2024年7月に行われました。ブルゴーニュの造り手が日本に畑を持つ——産地の評価が変わったことを示す出来事です(ブルゴーニュ本家については第4講へ)。
ド・モンティーユの北海道進出を表明した年は、資料によって2016年・2017年と分かれます。
五つの産地を歩くFive Wine Regions of Hokkaido
「北海道」とひとことで言っても、面積は九州と四国を合わせたよりも広く、海沿いと内陸、豪雪地と少雪地で気候はまるで違います。GIの基準書は主な産地として余市町(後志)・岩見沢市(空知)・富良野市(上川)・池田町(十勝)を挙げています。これに、新しい畑が広がる道南を加えた五つで見ていきましょう。
札幌から車で約1時間。日本海に近い果樹地帯で、道内では比較的温和。2011年に「北のフルーツ王国よいちワイン特区」(果実酒の最低製造数量を年6klから2klに緩和)、2017年に「NIKIワイン特区」。小さな蔵が集まり、ピノ・ノワールの産地として名を上げた。町の公式サイトに載る余市のワイナリーは16軒(数え方で数は変わる)。
石狩平野の東の縁、内陸の豪雪地。積もった雪が樹を寒さから守る。北海道ワインの鶴沼農場(浦臼)、山﨑ワイナリー(三笠)、10R、宝水ワイナリー、KONDOヴィンヤードなど、個性の強い造り手が集まる。
道のまんなかの盆地。夏は暑く冬は厳しい、寒暖差の大きい土地。市営のふらのワインが1972年から続き、日本ワインコンクール2025では中富良野の貴腐ケルナー(ドメーヌ・レゾン)が金賞に。
太平洋側の平野。冬の冷え込みが厳しく、雪は少ない。雪の布団がないため、ヨーロッパ系品種は越冬が難しい。だからこそ、耐寒品種「清見」「山幸」がこの町で生まれた。十勝ワインの「ワイン城」が拠点。
都市の近くにも畑がある。さっぽろ藤野ワイナリーや八剣山ワイナリーは、市内から気軽に訪ねられる入口。

ケルナー、ツヴァイゲルト、ピノ・ノワール、山幸The Grapes
北海道で何が育っているのか。国税庁の統計で、2024年に道内のワイナリーが受け入れた北海道産ぶどうの量を、多い順に並べてみます。
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」(2024年実績)。ナイアガラ・ケルナー・ツヴァイゲルト・ピノ・ノワールは、いずれも北海道が全国1位。
いちばん多いのは、意外にもアメリカ系のナイアガラです。華やかな香りのやさしい甘口は、長く道民の「暮らしのワイン」でした。そのうえに、冷涼な土地に向くヨーロッパ系の品種が重なっています。
ドイツで交配された白ぶどうで、第11講ドイツ完全編の国でも親しまれる品種。道庁によれば白でもっとも面積が広く、50ha前後。マスカットのような香りと、張りのある酸。辛口から、中富良野の貴腐のような極甘口まで幅が広い。
オーストリアの交配品種(第24講オーストリア完全編)。寒さに強く、道内で約40haと長く赤の最多だった。赤い果実とスパイスの軽快な赤。
道庁によれば、令和元年(2019年)以降は赤でもっとも面積が広い。余市・空知を中心に、淡い色と張りのある酸、繊細な香りのワインになる(品種:ピノ・ノワール)。シャルドネも増えている。
池田町が1978年に開発に着手した交配品種。母は清見(セイベル13053から選抜したクローン)、父はヤマブドウ。土に埋めなくても冬を越せる耐寒性をもつ。2020年にOIV(国際ぶどう・ぶどう酒機構)に登録され、甲州、マスカット・ベーリーAに続く日本の3品種目になった。
雪の布団、土の布団
北海道の冬は、ヨーロッパ系のぶどうには寒すぎます。そこで生まれたのが、ぶどうの樹を冬のあいだ「埋める」という工夫です。GIの基準書は、その方法が土地によって違うことを説明しています。
雪に埋める
後志・空知などの豪雪地。樹を斜めに仕立てた片側水平コルドンにしておき、冬に枝を寝かせて雪の下に埋める。雪の中は外気ほど冷え込まず、樹は凍害から守られる。
土に埋める
十勝のように雪が少なく寒さが厳しい土地。雪の布団が期待できないため、樹を土の中に埋めて越冬させることもある。山幸は、この手間をかけずに冬を越せるよう生み出された品種。
豪雪は不利に見えて、じつは味方でもあります。雪の下のぶどうは寒さから守られ、春には雪解け水が畑を潤します。寒さと雪を使いこなすこと——それが、北海道がワイン産地になれた理由のひとつです(ぶどう畑の一年の作業は第59講へ)。
気候と温暖化——「寒すぎる」が「ちょうどいい」へClimate & Change
GIの基準書は、北海道のワイン用ぶどうの生育期(4〜10月)を、日照1,100時間以上、平均気温15℃以下、降水量700mm以下と説明しています。世界の産地を生育期の積算温度で分けるアメリン&ウィンクラーの分類でいえば、北海道一帯はもっとも冷涼な「Region I」です。
本州との大きな違いは、梅雨や台風の影響が少ないとされること。夏から秋の空気が比較的乾いていて、ぶどうの病気を抑えやすい。湿気に悩む日本のワイン産地のなかでは、例外的な条件です(「梅雨も台風もまったくない」わけではありません)。
1998年の「気候シフト」
温暖化の影響は、数字にもはっきり出ています。農研機構が2017年に発表した研究によれば、1998年ごろの気候シフト以降、余市と三笠の4〜10月の平均気温が、ピノ・ノワールの適温域(14〜16℃)をほぼ安定して上回るようになりました。1980〜90年代にピノ・ノワールが「なかなか熟さない品種」だった土地が、2000年代に入って「ピノ・ノワールの産地」へと変わった背景には、この変化があります。
かつて
ヨーロッパ系品種にはぎりぎりの寒さ。寒さに強いドイツ・オーストリア系の白と、ツヴァイゲルト、そしてナイアガラやキャンベルが中心。
いま
ピノ・ノワールとシャルドネが安定して熟す年が増え、ピノ・ノワールが赤の最多品種に。ブルゴーニュの造り手も畑を拓く。
ただし、温暖化はよいことばかりではありません。雪の量や降り方が変われば、雪に守られた越冬の仕組みが揺らぎます。極端な大雨や暖冬もリスクです。「余市はもうRegion IIになった」という話を見かけることがありますが、公的な研究でそこまで確かめられているわけではありません。確かなのは、気温が上がり、ピノ・ノワールに向く条件が整ってきたところまでです。第61講気候変動、そして同じ冷涼産地の第32講イングランド&カナダと見比べると、北海道の位置がよく見えてきます。
GI北海道のラベルと、造り手のタイプGI Hokkaido & the Producers
ラベルに「北海道」の地理的表示(GI)を名乗るには、国税庁が定めた生産基準を満たす必要があります。主な中身は次のとおりです(用語:日本ワイン、第41講ラベル完全編)。
出典:国税庁「地理的表示『北海道』の生産基準」。管理機関は小樽市の「地理的表示『北海道』使用管理委員会」。
造り手の四つのタイプ
大規模な自社農場と契約農家のぶどうで、手頃な価格の道産ワインを幅広く。スーパーや土産店で手に取りやすく、日本ワインコンクールの常連でもある(北海道ワインは2025年、ケルナーで金賞)。
町や市が経営し、土地に合う品種を自ら育種してきた。山幸、清見、ふらの2号といった、ここにしかない品種を味わえる。
自分の畑のぶどうだけで少量を仕込む造り手。野生酵母や全房発酵など、自然派の手法をとる蔵も多い。ドメーヌ・タカヒコの「ナナツモリ ピノ・ノワール」は、デンマークの名店nomaのワインリストに載ったと報じられた。生産量が少なく、入手は難しい。
醸造所を持たないぶどう農家のワインを引き受ける受託醸造は、新しい造り手を育てる仕組み。仁木のNIKI Hills Wineryのように、畑とレストラン・ホテルを備えた滞在型も生まれている。

買う、訪ねる、合わせるBuying, Visiting, Pairing
北海道のワインは、価格の幅がとても広いのが特徴です。1,000円台の甘口から、抽選や特約店でしか手に入らない小さな蔵のピノ・ノワールまで。目安を段階で整理します。
価格は銘柄やヴィンテージ、販売店によって大きく変わります。人気の造り手のワインは市場での実勢価格が定価を大きく上回ることもあります。買い方の基本は第33講ワインの買い方へ。
訪ねるなら
いちばん訪ねやすいのは、札幌から車で約1時間の余市・仁木です。ただし、見学や試飲の対応は蔵ごとに大きく違い、ドメーヌ・タカヒコのように見学を受け付けない蔵もあります。池田町のワイン城、富良野のふらのワイン、七飯のはこだてわいんのように、観光施設として開かれた蔵から回ると安心です。北海道は移動距離が長いので、1日に回る軒数は欲張らないこと。冬は雪道になるため、初めてなら夏から秋の収穫期がおすすめです。試飲をするなら運転しない人を決めて(ワイナリー訪問の心得は第51講ワイナリー訪問)。
北の食卓と
張りのある酸は、ホタテ、甘エビ、イカ、ウニなどの北の魚介と素直に合う(寿司・刺身)。コクのあるシャルドネは、鮭と野菜を味噌で焼くちゃんちゃん焼きやサーモン料理に。乳製品の王国なので、チーズとの組み合わせも楽しい。
羊肉を焼くジンギスカンには、スパイスの香りのツヴァイゲルトか、酸のきれいなピノ・ノワールを。タレの甘辛さにも負けない。酸の強い山幸は、脂の多い肉や焼肉に。
第27講ペアリング完全編の原則——「酸は脂と塩を切る」——が、酸の高い北海道のワインではとくによく効きます。
よくある質問Frequently asked
共通するのは、高い酸と、澄んだ軽やかさです。冷涼な気候のため、ぶどうの酸が残りやすく、アルコールは高くなりすぎません。白はケルナーの華やかな香りときりっとした酸、赤はピノ・ノワールの淡い色と繊細な香りが代表。一方でナイアガラの甘口も多く、スタイルの幅は広い産地です。
違います。GI北海道は国税庁が2018年に指定した地理的表示で、道産の指定品種100%など生産基準を満たしたワインだけが名乗れます。北海道ワインは小樽のワイナリー(北海道ワイン株式会社、「おたるワイン」の造り手)の社名です。道産ぶどうのワインでも、GIの審査を受けていなければGI表示はありません。
理由はいくつか重なっています。温暖化でピノ・ノワールなどが熟しやすくなったこと、余市(2011年)や仁木(2017年)のワイン特区で小規模な醸造所を開きやすくなったこと、受託醸造の仕組みで新しい造り手が育ったこと、そして国内外での評価の高まりです。2005年度に12か所だったワイナリーは、2026年2月に75か所(道庁の集計)になりました。
雪の島の、澄んだ酸Snow, Acidity, and Time
北海道は、日本でもっとも寒いワイン産地です。明治の開拓使がヤマブドウでワインを造り、戦後は池田町や富良野市が自らぶどうを育種して、寒さに耐える山幸や清見を生みました。北海道ワインが鶴沼に広大な垣根の畑を拓き、1990年代末からはピノ・ノワールが根づきはじめる。そして温暖化とワイン特区が重なった2010年代、小さな造り手が次々と生まれ、ブルゴーニュの名門までが函館に畑を拓きました。
いまの北海道は、ナイアガラの甘口から、世界の名店に並ぶピノ・ノワールまでが同じ島に共存する産地です。余市・空知・上川・十勝・道南と、雪の量も寒さもそれぞれ違う。その違いを、雪に埋めるか、土に埋めるか、そもそも埋めなくてすむ品種を育てるか——という工夫で乗り越えてきた歴史が、ワインの酸の中に残っています。
次の一本。 今回は2本を並べてください。1本目は北海道のケルナー。2本目は北海道のピノ・ノワールか、十勝の山幸。ケルナーには刺身かホタテを、赤にはジンギスカンを。余裕があれば、第11講で扱ったドイツのケルナーや、ブルゴーニュのピノ・ノワールと並べて、「北の酸」の違いを確かめてみてください。
次回はテーマ編へ。「交配品種とクローン完全編」。今回登場した山幸は清見とヤマブドウの交配、その清見はセイベル13053から選ばれたクローンでした。ケルナーもツヴァイゲルトもマスカット・ベーリーAも、人の手で生まれた交配品種です。交配と選抜は、ぶどうとワインの何を変えてきたのか。ピノ・ノワールのクローン番号から、耐病性品種の最前線まで、品種の「つくられ方」をたどります(品種:マスカット・ベーリーAと産地:北海道もあわせてどうぞ)。
