駅から歩いて行ける老舗
ワイナリーは山あいにあるもの——その常識を覆すのがサドヤワイナリーです。場所はJR甲府駅から徒歩5分。1917(大正6)年の創業以来、市街地でワインを造り続けてきた都市型の老舗で、電車だけで訪ねられるのが何よりの強み。試飲を楽しんでも運転の心配がいりません。
油屋「佐渡屋」から、ワインの蔵へ
屋号の「サドヤ」は、江戸時代から続いた油屋「佐渡屋」に由来します。明治の終わり、1909(明治42)年に家業を洋酒・ビールの代理店「サドヤ洋酒店」へ転じ、1917(大正6)年、店を営んでいた今井精三がワインの醸造販売を始めました。これが同社の創業です(同社の年表では精三を「1代目」と数えています)。
はじめのうち、ワインは勝沼のぶどう園と契約して育てたぶどうから造られ、「甲鐵天然葡萄酒」の商標で売られていました。甲州やアメリカ系品種が中心だった当時の山梨では、ごく一般的なやり方です。
1936年、フランスから40品種——善光寺農場の開墾
転機は昭和の初めに訪れます。2代目となる今井友之助が中心になり、1936(昭和11)年、甲府市善光寺に自家農園を開墾しました。友之助はフランスの苗木商と手紙をやり取りし、醸造用のヨーロッパ系品種を約40種類取り寄せたと同社は記しています。
甲府市の取材記事によれば、友之助は、のちに巨峰を生み出すことになる大井上康に教えを受け、醸造用に加えて生食用もおよそ40種を導入。1939(昭和14)年にカベルネ・ソーヴィニヨンとセミヨンでの醸造に成功したとされます。同社の年表でも、1939年に欧州種による醸造を始め、1940年に宮内庁への納入を始めたと記されています。甲州が主役の山梨で、戦前から欧州系品種に取り組んだ系譜は、この蔵のいちばんの個性です。
戦争と「ロッシェル塩」、そして1950年の「シャトーブリヤン」
戦時中のサドヤには、ワイン以外の顔もありました。国税庁の資料によれば、ワインの醸造でできる酒石を原料とするロッシェル塩は、潜水艦などを探知する水中聴音機に使われる軍需物資で、サドヤ醸造場は国内で唯一これを製造できる場所でした。1943年からは、海軍が全国の粗酒石をサドヤに集めて精製させたといいます。ワインが「軍需産業」に組み込まれた時代を伝える、甲府ならではの史実です。
1945(昭和20)年の甲府空襲で、醸造場は全焼しました。それでも蔵は再起し、1946年に仕込んだワインを、1950(昭和25)年に「シャトーブリヤン1946」として発売します。
名前の綴りはChâteau Brillant。ボルドーの「オー・ブリオン(Brion)」とは関係なく、Brillant(輝き)に「輝き続けるように」という願いを込めたと同社は説明しています。以後、シャトーブリヤンはサドヤの看板として受け継がれ、3代目の今井裕久は1966年に渡仏してモンペリエの国立高等農学校に学ぶなど、フランスとのつながりを深めていきました。
三つの農場——善光寺・明野・東光寺
現在、同社の公式サイトが紹介する自社農場は3か所です。
| 農場 | 所在地・標高 | 面積 | 主な品種・仕立て |
|---|---|---|---|
| サドヤ農場 善光寺 | 甲府市善光寺・300〜350m | 3.0ha | メルロ、タナ、ソワノワール、セミヨン、甲州、マスカット・ベーリーAなど。1936年開墾の原点の畑。長梢棚仕立て |
| サドヤ農場 明野 | 北杜市明野町・670〜740m | 3.0ha | カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラー、ピノ・ノワール、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、シェンブルガー。2024年1月取得。長梢平垣根 |
| サドヤ農場 東光寺 | 甲府市東光寺・264m | 0.2ha | 甲州ほか。研修用の農場 |
注目は明野です。北杜市の標高700m前後の冷涼な土地に垣根仕立ての畑を構えたことで、盆地の底にある善光寺の棚仕立てとは違う性格のぶどうが手に入るようになりました。同じ蔵の中に、甲府盆地の伝統と、高地の新しさが並んでいるわけです。棚と垣根の違いは第59講「ぶどう畑の一年」で詳しく扱っています。
地下に広がる700坪のセラー
地上からは想像できませんが、地下には約700坪のセラーが広がります。樽貯蔵庫、一升瓶貯蔵庫、そしてかつての貯蔵用タンクの内部をそのまま使った展示室。ワインの造り方や昔の醸造機械、オールドヴィンテージの展示なども見どころとして紹介されています。
面白いのは、看板のシャトーブリヤン赤が、樽で熟成したあと「一升瓶」で寝かされていることです(同社の2026年2月の発表による)。日本のワイン蔵らしい一升瓶の文化と、フランス式の樽熟成が一本のワインの中で出会っている——第63講「樽とオーク」を読んでから訪ねると、樽貯蔵庫の見え方が変わるはずです。
ワインのラインナップ——四つの入口
公式オンラインショップ(2026年9月時点・税込)をもとに、選び方の目安を整理します。
| シリーズ | 主な銘柄 | 価格帯 | こんな人に |
|---|---|---|---|
| シャトーブリヤン | 赤・白(2022年)、ミュール赤・白、ロゼ スパークリング2012(限定) | 3,300〜11,000円 | 蔵の歴史ごと味わいたい、贈り物にしたい |
| Liel(リエル) | 明野シャルドネ、明野カベルネ・ソーヴィニヨン&メルロ、明野ソーヴィニヨン・ブラン&シェンブルガー、甲府甲州、高山村シャルドネほか | 2,970〜5,500円 | 畑の個性を比べたい。産地名を掲げたシリーズ |
| オルロージュ | 赤・白・ロゼ、甲州醸し、マスカット・ベーリーA 樽熟成 | 1,980〜2,750円 | 日本の品種を気軽に試したい |
| 一升瓶ワイン | モンシェルヴァン 赤・白(1,800ml) | 1,980円 | 山梨の地元流で、たっぷり普段飲みを |
初めてなら、まずシャトーブリヤンの赤で蔵の「背骨」を知り、次にLielの明野シリーズで新しい畑を、そして一升瓶ワインで甲府の日常の味を——という順に進むと、この蔵の100年を超える歩みがそのまま舌でたどれます。
受賞歴——ベーリーAの3年連続銀と、明野シャルドネの金
日本ワインコンクールでは、近年の受賞が続いています。
- オルロージュ マスカット・ベーリーA 樽熟成が2023・2024・2025年と3年連続で銀賞(国内改良等品種 赤、2022・2023・2024年ヴィンテージ)。
- 2025年は甲府甲州2024が銀賞、オルロージュ 甲州醸し2024とロゼスパークリング2024が銅賞。
- 2026年はLiel 明野シャルドネ2025(生産1,187本)が欧州系品種 白で金賞を受けたと同社が発表しています。
2024年に取得した明野の畑にとって、取得から2年目のヴィンテージでの金賞です。また、サクラアワード2026ではシャトーブリヤン赤2022がダブルゴールドを受けたとも発表されています。マスカット・ベーリーAの樽熟成が安定して評価されている点も、樽の使い方を見るうえで興味深いところです。
訪ね方——ツアー、ショップ、レストラン
地下セラー見学ツアーは、2026年9月時点の公式案内で予約必須・所要40分程度・各回定員15名・料金1,000円(中学生以下無料)。実施時刻は月・水・木・金が11時と13時30分、土日祝が11時・13時・14時・15時・16時で、ツアーの最後にその時期のおすすめワインを1杯試飲できます(飲めない人はぶどう液)。ツアー中の動画撮影と飲食物の持ち込みは断られているので注意してください。
ショップ「サドヤ ワインブティック」は平日10〜17時、土日祝10〜18時、火曜定休。有料で他のワインを1杯ずつ試飲することもできます。
食事は、フランス料理のレストラン「レアル・ドール(Real D’or)」へ。ランチとディナーの営業で、ディナーは前日までの完全予約制、火曜定休(祝日は営業)。2階には個室もあります。敷地には貸切ウエディング会場「サドヤ シャトー・ド・プロヴァンス」もあり、ワイナリーでありながら甲府の街の社交場としての顔も持っています。
電車で山梨を巡るなら、午前中に勝沼の蔵を回り、夕方に甲府へ戻ってサドヤで締めるという組み方が便利です。勝沼側の老舗まるき葡萄酒と合わせると、勝沼の甲州の伝統と、甲府の欧州系品種の伝統という、山梨ワインの二つの流れを一日で比べられます。巡り方のコツは第51講「ワイナリー訪問」、食事で選ぶならレストラン・カフェ併設のワイナリー特集もどうぞ。山梨の産地ガイドとあわせて、甲州勢との違いを楽しんでください。

