
ワインは「作る」のではなく「見届ける」From grape to wine
ワインの原材料表示を見ると、多くの場合「ぶどう」としか書かれていません。ビールには麦芽とホップと水が要り、日本酒には米と麹と水が要ります。ワインはちがいます。ぶどうの果実に、発酵に必要なものがすべて入っている——糖も、水分も、酸も、香りのもとも。だから醸造家の仕事は、何かを加えて味を組み立てることではなく、ぶどうが持っているものを、どの経路でワインに変換するかを選ぶことに近いのです。
この回は、テーマ編の中でもいちばん「台所の裏側」に踏み込む回です。収穫から瓶詰めまで、ワインがたどる工程をひとつずつ歩きます。先に全体の地図を置いておきましょう。
- 収穫糖と酸のバランスを見て「摘む日」を決める。年に一度しかない、最大の決断
- 選果傷んだ粒・未熟な粒・葉や枝を取り除く。ここで品質の下限が決まる
- 除梗・破砕梗(軸)を外し、粒を軽くつぶす。白はこのあとすぐ搾り、赤は果皮ごと次へ
- アルコール発酵酵母が糖をアルコールと炭酸ガスに変える。ワイン誕生の瞬間
- マロラクティック発酵鋭いリンゴ酸がまろやかな乳酸に変わる「第二の発酵」。するかどうかは選択
- 熟成樽・ステンレス・コンクリート——どんな容器で、どれだけ寝かせるか
- 清澄・濾過・瓶詰め濁りを取り、安定させ、瓶へ。「どこまで手を入れるか」最後の選択
見ての通り、工程そのものは七つほどしかありません。それでも同じ畑のぶどうから造り手ごとに違うワインが生まれるのは、各工程に「選択肢」が枝分かれしているからです。どの枝を選んだかの合計が、グラスの中の個性になります。第2講で産地と造りの大枠を歩きましたが、今回はその「造り」を精密に拡大する回だと思ってください。
収穫と選果——一年でいちばん重い決断Harvest
ぶどうが熟していくあいだ、果実の中では二つの数字がすれ違っています。糖度は上がりつづけ、酸は下がりつづける。摘むのが早すぎれば青くて痩せたワインになり、遅すぎればだれた甘ったるいワインになる。醸造家は毎日畑を歩き、果汁を計り、粒を噛んで、種の色を見ます。「いつ摘むか」は、その年のワインのスタイルを半分決めてしまう決断です。
糖と酸だけではありません。赤ワイン用の黒ぶどうでは、果皮と種のフェノール類の熟度——タンニンが青臭い硬さを脱いで、こなれてくるタイミング——も同じくらい重要です。糖は十分なのにタンニンがまだ青い、という年もある。何を優先するかに、造り手の思想が出ます。
摘み方にも選択があります。手摘みは房を選びながら丁寧に運べるのが強みで、急斜面や古木の畑では事実上これしかありません。機械収穫は速さが強みで、酸と香りを守るために気温の低い夜間や早朝に一気に摘むという使い方では、品質面でも合理的です。「手摘み=上等、機械=手抜き」という単純な図式ではなく、畑とスタイルに合った方法を選んでいるかが見どころです。
摘んだぶどうは醸造所に運ばれ、選果台に広げられます。傷んだ粒、干からびた粒、葉や虫を人の手ではじく。近年は粒を一粒ずつカメラで判定する光学選果機を使う醸造所もあります。地味な工程ですが、腐敗果がひと握り混ざるだけで雑味は全体に回ります。選果はワインの上限を上げる仕事ではなく、下限を守る仕事——高級ワインほど、ここに人手と時間をかけています。
発酵——糖がアルコールに変わるFermentation
ワイン造りの心臓部です。酵母という微生物が果汁の糖を食べ、アルコールと炭酸ガスと熱に変えていく。これがアルコール発酵です。おおむね果汁1リットルあたり17グラムの糖が、アルコール度数1%ぶんになります。糖度の高いぶどうからは強いワインが、控えめなぶどうからは軽いワインが生まれる——度数はレシピではなく、畑の熟度の写し絵なのです。
最初の選択は酵母です。ぶどうの果皮や醸造所には野生の酵母がすみついていて、放っておいても発酵は始まります(野生酵母/自然酵母)。複雑さが出ると言われる一方、途中で発酵が止まるリスクも抱えます。対して培養酵母は、確実に最後まで発酵をやり遂げる選抜品。安定と再現性を取るか、土地の微生物ごと写し取ることに賭けるか——第45講 自然派ワイン完全編で見た思想の分かれ目が、まさにここにあります。

次の選択は温度です。発酵は熱を出すので、放っておくと果醪はどんどん熱くなり、行きすぎれば酵母が弱って香りも飛んでしまいます。目安として、赤はおおむね25〜30℃——果皮から色とタンニンをしっかり引き出すため、やや高めで。白は12〜20℃——繊細な果実の香りを逃がさないため、低温でゆっくり。写真のような冷却ジャケット付きステンレスタンクの普及が、暑い産地でもフレッシュな白を造ることを可能にしました。いま世界中で香り高い白が飲めるのは、この技術のおかげと言っていいほどです。
発酵が終わる頃、多くのワインはもうひとつの変化を経ます。マロラクティック発酵(MLF)——乳酸菌が、青リンゴのように鋭いリンゴ酸を、ヨーグルトのようにおだやかな乳酸に変える働きです。赤ワインはほぼ例外なくこれを通します。白は選択で、シャルドネの多くは通してまろやかさとバターを思わせる風味をまとい、リースリングやソーヴィニヨン・ブランの多くは通さず、鋭い酸をそのまま残します。詳しくは用語辞典のマロラクティック発酵へ。
そして、発酵を途中で止めるという選択もあります。糖を食べ切る前に冷却や酒精強化で酵母を止めれば、残った糖がそのまま甘さになる。第19講 甘口ワイン完全編と第15講 酒精強化ワイン完全編で歩いた世界は、いずれもこの「止め方」の芸術でした。
色は品種ではなく、工程が決めるRed, white, rosé
意外に思われるかもしれませんが、黒ぶどうの果汁も、搾ればほとんど無色です(果肉まで色づくタンチュリエと呼ばれる例外品種もあります)。赤ワインの色も渋みも、果皮と種から来る。つまり赤・白・ロゼの違いは、ぶどうの色である以上に「果皮とどれだけ付き合ったか」の違いなのです。ここが腹落ちすると、醸造の見取り図は一気にクリアになります。
| 白 | ロゼ | 赤 | オレンジ | |
|---|---|---|---|---|
| 果皮との接触 | ほぼなし。破砕後すぐ搾り、果汁だけを発酵させる | 短時間。数時間〜一晩の醸し、または黒ぶどうを直接圧搾 | 長い。果皮・種ごと発酵させる(醸し=マセラシオン) | 白ぶどうを赤の造り方で。果皮ごと数日〜数ヶ月 |
| 色の濃さ | 淡い黄金 | 桜色〜サーモン | ルビー〜漆黒 | 琥珀〜オレンジ |
| タンニン | ごく少ない | 少ない | 多い | 白なのにしっかりある |
| 発酵温度の目安 | 低め(12〜20℃) | 低め | 高め(25〜30℃) | 造り手による |
※ロゼについてひとつ。EUのスティルワインでは「赤と白を混ぜてロゼを造ること」は原則認められていません(シャンパーニュは歴史的な例外)。ロゼは手抜きの中間物ではなく、短い醸しを精密に止める、それ自体が独立した技術です(ロゼワイン)。
赤ワインの発酵槽の中では、炭酸ガスに押し上げられた果皮が表面に浮かび、「帽子(シャポー)」と呼ばれる分厚い層を作ります。放置すると色も渋みも出ないので、造り手はこれを混ぜ返す——上から突き崩すピジャージュ、下から果汁を抜いて上へ振りかけるルモンタージュ。どれくらいの頻度で、どれくらい強く混ぜるかで、抽出の強さ=ワインの骨格が変わります。やさしく扱えばしなやかに、強く抽出すれば重厚に。同じ品種で軽やかな赤も濃い赤も造れる理由が、ここにあります。
発酵を終えた赤は圧搾機にかけられます。自重で自然に流れ出るフリーランはしなやかで純度が高く、圧をかけて搾るプレスワインは色とタンニンが濃い。多くの造り手は両者を別々に取り分け、熟成後のブレンドで配合を決めます。ここもまた選択です。
変わり種の醸しもあります。房を破砕せず丸ごと炭酸ガスの中に置くと、粒の内部で発酵が始まり、バナナやキャンディを思わせる華やかな香りの、渋みの軽い赤になると評されます——マセラシオン・カルボニック、ボージョレのヌーヴォーを支える技法です。また白ぶどうを赤のように果皮ごと発酵させればオレンジワインになり、その源流は第30講で歩いたジョージアの甕(クヴェヴリ)にあります。そして瓶の中でもう一度発酵させて泡を閉じ込めればスパークリング——第6講 シャンパーニュ完全編で見た瓶内二次発酵です。すべてのスタイルは、同じ七工程の枝分かれなのです。
熟成と仕上げ——時間を設計するÉlevage
発酵が終わった直後のワインは、炭酸ガスが残り、酵母の澱で濁った、荒々しい液体です。これを飲みものとして完成させる工程を、フランス語でエルヴァージュ(élevage)——「育て上げ」と呼びます。瓶詰めまでの数ヶ月から数年、ワインをどんな容器で、何と一緒に、どれだけ寝かせるか。時間そのものを設計する仕事です。

容器の主役はオーク樽です。ボルドーのバリック(225L)、ブルゴーニュのピエス(228L)が代表的なサイズ。樽がワインに与えるものは二つあります。ひとつは木目を透かしたごくわずかな酸素——タンニンをこなれさせ、色を安定させる。もうひとつは木そのものの風味——バニラ、トースト、スパイス。ただし新品の樽ほど風味が強く出るため、造り手は新樽の比率を慎重に決めます。全部新樽で厚化粧にするか、古樽中心で果実を主役にするか。大樽・ステンレス・コンクリート・素焼きのアンフォラと、選択肢は樽の外にも広がっています。詳しくは樽熟成へ。
熟成中のもうひとつの同居人が澱(おり)です。役目を終えた酵母の沈殿と一緒に寝かせるシュール・リーは、ワインに厚みと旨みを与えると言われ、棒でかき混ぜて澱を舞い上げるバトナージュという技法もあります。ミュスカデやシャルドネの「クリーミーさ」の一部は、ここから来ています(澱)。
瓶詰めの前に、最後の身支度をします。卵白やベントナイト(粘土の一種)で濁りのもとを吸着させて沈める清澄(コラージュ)、フィルターに通して微生物や粒子を取り除く濾過(フィルトラシオン)。透明で安定したワインになる一方、やりすぎれば風味まで削ぐという考え方もあり、あえて無清澄・無濾過で詰める造り手もいます。ラベルの「Unfined / Unfiltered」はその表明です。そして多くのワインは瓶詰め時に亜硫酸を少量加えて酸化と再発酵から守られます——EUの上限は乾いた赤で150mg/L、白・ロゼで200mg/Lと、食品としてかなり厳格に管理されていることは第45講で見たとおりです。
栓をスクリューキャップにするかコルクにするか、瓶でさらに寝かせてから出荷するか。ここまで来て、ようやくワインは旅立ちます。瓶の中で熟成がどう続いていくかは、第29講 ヴィンテージと熟成完全編で歩いた物語です。
よくある質問Questions
甘くするためではありません。補糖(シャプタリザシオン)は、冷涼な年に発酵前の果汁へ糖を足し、アルコールを適正な度数まで引き上げる技術です。加えた糖は発酵で消費されるので、ワインは甘くなりません。ナポレオン期の化学者シャプタルの名に由来し、EUでは認められる地域と上限が規則で決まっています。温暖化で必要な場面は減り、近年はむしろ酸を補う「補酸」が話題になるほどです。
優劣ではなく設計思想の違いです。培養酵母は狙った香りと確実な完走が強みで、クリーンな造りの土台。野生酵母は土地の微生物相ごと写し取る試みで、複雑さが出ると評される一方、発酵停止のリスクと隣り合わせです。どちらにも名醸ワインは存在します。ラベルや技術情報に「天然酵母」とあれば、造り手がリスクを取ってでも土地らしさに賭けた、という表明として読んでください。
この回で見た選択の分岐が、数十ヶ所あるからです。収穫日、選果の厳しさ、除梗するか全房か、酵母、発酵温度、抽出の強さ、マロラクティックの有無、容器と新樽率、熟成期間、濾過するかしないか——ひとつひとつは小さな差でも、掛け算されれば別のワインになります。ブルゴーニュで「畑より造り手で選べ」と言われることがあるのは、このためです(第4講)。
ワインは、選択の集積であるA chain of choices
この回を一枚にまとめるなら、こうなります。ワイン造りとは、ぶどうに何かを足すことではなく、ぶどうが持つものをどう変換するかを選び続けること。摘む日を選び、酵母を選び、温度を選び、果皮との付き合い方を選び、容器と時間を選ぶ。赤も白もロゼも泡も、同じ七つの工程の枝分かれにすぎません。
そしてこの見取り図があると、ラベルや裏ラベルの言葉が急に読めるようになります。「全房発酵」「シュール・リー」「無濾過」「新樽30%」——これらはすべて、造り手がどの枝を選んだかの自己申告です。言葉と味を結びつける訓練には、第31講 テイスティングの言葉完全編が役に立つはずです。
次の一本。 同じ産地・同じ品種で、「ステンレス発酵」と「樽発酵・樽熟成」のシャルドネを一本ずつ選んで、並べて開けてみてください。品種も畑も同じなのに、片方は張りつめた果実、片方はバニラをまとったふくよかさ。味の違いのかなりの部分が「醸造の選択」から来ていることが、一晩で腹落ちします。
次回は銘醸図鑑へ。モーゼルのエゴン・ミュラー。シャルツホーフベルクの急斜面から、世界でもっとも高値で取引される甘口リースリングを生む一族です。今回歩いた「発酵を止める」技術の、ひとつの極点をご覧に入れます。
