ふらりと寄れる、見学の間口の広さ
ワイナリー見学はたいてい要予約——そんな中でシャトー酒折は、予約不要・無料の自由見学コースを備えた貴重な一軒です。所要は15分ほど。館内案内のパンフレットを片手に、自分のペースで醸造設備を眺めて回れます。
その先が段階的に用意されているのが、この蔵の設計の妙です。スタッフによるワイナリーツアーは40分・1人1,500円で、日本ワイン検定やJSAワイン検定の有資格者が案内し、代表的な4種類をグラスで試飲。ソムリエによるワイナリーツアーは約1時間・1人2,200円で、JSA認定ソムリエが案内し、厳選の6種類を試します。10名以上なら1人300円の団体ツアー(20分)も。「とりあえず覗く」から「腰を据えて学ぶ」まで、同じ日に同じ場所で選べる——第51講で整理した「見学の型」が、一軒の中にひととおり揃っている珍しい例です。
実用的な注意をひとつ。公式は、ドライバーには試飲の代わりにグレープジュースとオリジナルエコバッグを用意すると案内する一方で、ドライバーのみ、あるいは20歳未満のみでのツアー申込は受け付けていないと明記しています。車で向かうなら、飲める人を一人は含めた構成で予約してください(以下の情報はいずれも2026年9月時点のものです)。
1969年の会社、1991年のワイナリー
年号がふたつあります。法人としての設立は1969年7月、そして甲府盆地を一望する酒折の地にワイナリーを構えたのが1991年5月。創業記念日は6月23日とされ、2026年に創業35年を迎えました。運営母体は世界のワインを扱う輸入商社木下インターナショナル株式会社のグループで、同グループにはマデイラの造り手ヴィーニョス・バルベイトも名を連ねます。輸入で世界の味を知る会社が、自分の手で日本の白を造っている——この二重性が、蔵の姿勢の根にあります。2019年1月には社名を「シャトー酒折ワイナリー株式会社」に改め、ロゴも一新しました。
もうひとつ、この会社にはワインの前史があります。戦前、東京都青梅市で大川はなという女性が梅の実の効用に着目し、梅酒に漢方を漬け込んだ薬用酒の製造を始めました。同社は1987年にその事業を継承し、2002年4月にリキュール製造を甲府のワイナリーへ統合。現在は薬用酒ではなく梅酒や柚子酒を造っています。ワイナリーの棚に果実のリキュールが並ぶのは、この来歴によるものです。
「酒折」という地名を背負う
社名の「酒折」は、この土地の名です。公式は、酒折を古事記・日本書紀に記された山梨で最も古い地名だと説明します。ヤマトタケルが東征の帰路にこの地で「新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる」と問い、火焼きの老人が「かがなべて夜には九夜日には十日を」と応じた——この問答が後に連歌の発祥となったとも言われる(諸説あります、と公式自身が添えています)。ワイナリーのエントランスには、この物語を描いたステンドグラスが据えられています。
酒折はまた、明治初期にワイン用ぶどうの栽培がいち早く行われ、品種開発が進められた土地でもありました。第9講で歩いた日本ワインの黎明期と、この高台は地続きです。2019年に一新されたロゴには、月(シャトー酒折は「月の城」と呼ばれます)、ぶどう、ワイングラス、そして創業者・木下康弘の言葉「常に一歩前進、現状維持は後退」に由来する前進の意匠が織り込まれています。
マスカット・ベーリーAを引き上げた「キュヴェ・イケガワ」
1991年の開設当初、この蔵はマスカット・ベーリーAを造っていませんでした。ワインに向く品種ではないと考えていたからです。転機は1999年。非常に色の濃いベリーAと出会い、試しに醸してみたところ手応えがあった。その報せを受けて、当時ベリーAを「病気に強く、農薬散布が少なくて済む環境に優しい品種」ととらえて有機栽培していた栽培家・池川仁氏が試飲に訪れ、「うちの葡萄でワインを造れないか」と申し出ます。2005年、こうして「マスカットベリーA 樽熟成 キュヴェ・イケガワ」が生まれました。
池川氏はカリフォルニアでぶどう栽培を学んだのち、農業法人株式会社i-vines(アイ・ヴァインズ)(2010年設立・甲府市)を率い、栽培コンサルタント、指導農業士、山梨大学非常勤講師として全国で活動する人物です。同じ2005年には、池川氏、キスヴィンの荻原康弘氏、東京大学大学院の西岡一洋氏が醸造用ぶどうの勉強会「Team Kisvin」を立ち上げました。Kisvinは「口づけしたくなるようなぶどうを」の意で、名付けたのは池川氏です。品種図鑑のMBAを読んでから飲むと、この協働が何を変えたのかがよくわかります。
そのキュヴェ・イケガワが2024年の日本ワインコンクールで初めて金賞(2021年ヴィンテージ・国内改良等品種 赤)を受賞しました。ファーストヴィンテージから19年目のことです。2023年ヴィンテージは、除梗破砕して回転型発酵タンクで9日、フレンチオークの旧樽で約12か月——生産本数3,107本という規模で造られています。
R・V・C・SE — ラベルの記号を読む
このワイナリーのラベルには、ぶどうの出どころを示す記号が付きます。R=Region(県内の農協・地域の農家から購入するスタンダード)、V=Vineyard(特定の契約畑のぶどうだけ)、C=Cuvée(特定の栽培家のぶどうから厳選したトップキュヴェ)、SE=Sakaori Estate(自社畑と特定の契約農家によるフラッグシップ。優れた年だけリリース)。畑をどこまで絞り込んだ一本かが、記号ひとつで見分けられる設計です。
自社畑はワイナリーに隣接する南向き斜面で、垣根仕立て。公式の商品解説からは五つの農園があり、たとえばシラーは2号園と3号園に別のクローンで植えられていることが読み取れます(総面積は公表されていません)。ここでは甲州やベリーAだけでなく、シャルドネやシラーといったヨーロッパ系も育てられており、エステート シャルドネには2023年から山梨大学の学生寮「シルクガーデン」で穫れたシャルドネ250kgも一緒に仕込まれています。エステート シラー2024年は908本——ワインというより、実験の記録に近い数字です。
甲州ドライ、という看板
一方で、この蔵の顔はあくまで甲州ドライ(1,980円・税込)です。公式が「トップセラー」と呼ぶこの一本は、日本ワインコンクールで2012年に金賞、2014年に金賞・部門最高賞・コストパフォーマンス賞の三冠、2023年にも再び三冠を獲っています。近年は銀賞・銅賞での入賞が続き、2026年は金賞なし——毎年満点というわけではないところも含めて、実像を見ておきたいところです。
2025年ヴィンテージは、穂坂42%・甲府30%・一宮18%・山梨10%という県内4地区のブレンド。フリーランと圧搾分を分けて仕込み、甲州特有の苦味を調整したうえで合わせ、14〜16℃で約18日間発酵させています。全社的な方針として加熱殺菌を行っていないことも公式に明記されています。
甲州のもうひとつの顔が「勝沼甲州」(2,640円)。果皮ごと3日間醸してから低温発酵させるオレンジワインで、女性醸造家・藤本広美氏が手がけ、2025年ヴィンテージは708本。さらに変わり種として、ドイツ・ラインガウで栽培された甲州から造られる「ラインガウ甲州」(6,050円)も並びます。2003年に苗を移植したというこの一本は、輸入商社を母体に持つ蔵ならではの越境です。
甲府盆地を一望する高台で、そして買う
ワイナリーは甲府盆地を見下ろす酒折の高台にあり、売店のテラスからの眺めも訪問の目的になります。棚には自社ワインのほか、グループ会社が輸入した各国のワイン、そしてここでしか買えないワインケーキやワインジャムが並びます。「デラウェアにごりスパークリング」のように酒折限定で売られる銘柄もあるので、オンラインの品揃えと売店の品揃えは別物と考えたほうがよいでしょう。
アクセスは、公式の案内では甲府駅から車で約10分、石和温泉駅から車で約10分。中央道なら一宮御坂ICから約20分、甲府昭和IC・甲府南ICから約25分です。駐車場は完備されていますが、駅からの徒歩ルートは公式に案内がありませんので、電車で向かうならタクシーを見込んでおくのが確実です。
甲府市内で山梨県ワイン酒造組合に名を連ねるワイナリーは、シャトー酒折を含めて5軒。うちサドヤは甲府駅北口からすぐで、こちらは徒歩圏です。「サドヤは歩いて、酒折はタクシーで」——甲府駅を起点にした半日の組み立てとしては、これが現実的な形になります。山梨県は国税庁の集計でワイナリー85場(2024年12月31日時点)と全国最多ですが、その多くは甲州市や笛吹市に集まっており、甲府市街から近い一軒として、シャトー酒折の立地は貴重です。

