ぶどう棚の中の、共同醸造組合から始まった一軒
原茂ワインは、1924(大正13)年創業の山梨・勝沼の醸造所です。公式サイトが自ら名乗るキャッチコピーが、そのまま最良の説明になっています——「創業1924年、ぶどう棚の中の小さなワイン醸造所」。実際、建物のまわりは畑ではなくぶどう棚で、夏に訪ねると緑の天井の下をくぐって入口にたどり着きます。
「原茂」は屋号です。公式の説明によれば、この地がかつて「原」と呼ばれる地名だったことと、当主が代々「茂左衛門」を襲名していたことを合わせたもの。始まりは一社の醸造所ではなく、近隣農家の共同醸造組合でした。ぶどうは穫れるが売り先が安定しない——そういう時代に、農家が持ち寄って醸すために生まれた組織です。株式会社になったのは1973年。現在の代表は古屋真太郎氏で、醸造も自ら手がけています。
ここで、日本ワインの歴史のなかでの位置を確かめておきます。日本初の民間ワイン会社大日本山梨葡萄酒会社が同じ勝沼(当時の祝村下岩崎)に設立されたのは1877(明治10)年。高野正誠と土屋龍憲をフランスへ送り出したあの会社は、1886年に解散しています。原茂の創業はそれから47年後。つまり原茂は「日本ワインの黎明期そのもの」ではなく、試行錯誤の時代が終わり、ワイン造りが勝沼の地場産業として根を下ろした段階を象徴する存在です。文化庁の日本遺産の解説も、まさにその文脈でこのワイナリーの建物群を挙げています。日本のワイン産業の全体像は第9講で、「日本ワイン」という表示のルールは用語辞典で扱っています。
数字で見る規模——小さいことが、そのまま設計思想
自社畑は約1.5ヘクタール、契約畑が4ヘクタール、年間生産量は50キロリットル(およそ6,000〜7,000ケース)。これは日本のワイナリーとしても小さい部類です。第三者のワイナリー紹介サイトには「契約畑25ヘクタール」と書かれたものがありますが、公式サイトは日本語版・英語版とも一貫して4ヘクタールとしており、近年のインタビューでも同じ数字です。
この規模だからこそ、商品ラインアップは「畑をどこまで絞ったか」で層になっています。勝沼産のぶどうを広く集めたスタンダードの「ハラモ ブラン」「ハラモ ルージュ」から、造りで性格を変えた甲州(シュール・リー/樽熟成)、そして自社の単一畑や特定の栽培家のぶどうだけを使う上級キュヴェへ。「新井」「小佐手小路」「長遠寺」「高田和」——公式の商品名に並ぶこれらは、すべて自社農園の畑の名前です。畑名をラベルに出すのは、その区画の性格に責任を持つという宣言でもあります。
なお、育てているぶどうの顔ぶれは意外に多彩です。白は甲州・デラウェア・シャルドネ、赤はブラック・クイーン、アジロン・ダック、ネオ・アリカント、メルロー、シラー、アルモノワール、ヤマ・ソーヴィニヨン。日本で生まれた交配品種、アメリカ系、欧州系が同じ蔵に同居しているのは、山梨の家族経営ワイナリーらしい風景です。マスカット・ベーリーAが公式の栽培品種リストに入っていないのは、この蔵の個性のひとつと言えるかもしれません。
甲州を、造りで三つに分ける
主役はやはり山梨の甲州です。原茂の甲州は、おおまかに三つの方向に分かれます。
ひとつめが「ハラモ 甲州 シュールリー」(税込1,980円)。発酵後のワインを澱と一緒に約5か月置く「シュール・リー」で造る辛口です。甲州は香りが控えめで酸がまっすぐな品種なので、澱由来のうまみと厚みを足してやると、輪郭がぐっと立ちます。1980年代以降の日本でこの手法が広まったのは、まさにその効き目のためでした。
ふたつめが樽の甲州。「原茂甲州 自家農園」(同2,970円)は自社畑の新井・小佐手小路のぶどうをフレンチオーク樽で熟成させたもので、限定1,075本という小さな仕込みです。甲州の穏やかな果実に、樽由来のナッツやヴァニラの気配が重なります。
みっつめが時間そのもの。「甘口甲州 2003」のように20年以上瓶で寝かせてから詰め直したものや、「ハラモ甲州 Selected 1999」といったバックヴィンテージが、直売を中心に並ぶことがあります。甲州が長期熟成でどう変わるのかを自分の舌で確かめられる機会は多くありません。第29講で扱ったとおり、熟成は「向上」ではなく「変化」ですが、その変化を追える蔵は貴重です。
赤では、栽培者・荻原慎介氏(百果苑)が勝沼町「山」地区で育てたメルローによる「東雲(しののめ)山 メルロー」が上級キュヴェ。公式が生産本数と樽熟成期間まで開示している数少ないシリーズで、2023年ヴィンテージは889本・樽熟14か月、アルコール12.4%。年ごとに数字が動いていること自体が、この規模の造りの正直さを示しています。
明治の養蚕民家を、1999年に開いた
訪問のいちばんの楽しみは建物です。ショップになっている店舗兼主屋は、明治期に建てられた養蚕民家。ぶどうとワインの前に、この土地が蚕で生きていた時代の建築だ、というのが効いています。1999年に古民家再生を手がける伝匠舎 石川工務所が改修し、天井を取り払って小屋組を見せ、越屋根から光と風を通す構成になりました。太い梁の下でワインを選ぶ体験は、ここにしかないものです。
そしてこの建物、ただ古いだけではありません。店舗兼主屋、東蔵・西蔵、奥蔵が国登録有形文化財(建造物)であり、文化庁の日本遺産「日本ワイン140年史」の構成文化財「伝統あるワイナリー」に、丸藤葡萄酒工業・勝沼醸造・くらむぼんワインの建物とともに名を連ねています。第51講で書いたとおり、ワイナリー訪問の価値は試飲だけではありません。建物が産業の歴史を語っている場所は、それ自体が見に行く理由になります。
訪ね方——試飲はできる、見学は今できない
はっきりさせておきたい点があります。試飲はできますが、製造施設の見学は現在できません(公式サイトの案内、2026年9月時点)。第三者のワイナリー紹介ページには「工場見学 無料・要予約」と書かれたままのものが残っていますが、それは更新されていない情報です。
試飲はワインディスペンサーによる有料方式で、20ccが100円、12種類から選べます。予約は不要。100円単位で試せるので、シュール・リーと樽熟成を並べる、同じ甲州の年違いを比べる、といった飲み比べが気軽にできます。第33講で書いた「買う前に比べる」を、そのまま実行できる仕組みです。
ワインショップは9:00〜17:00、元旦のみ休み。注文は電話・FAX・メールで、自社サイトにオンラインカートはありません(甲州市営「ぶどうの丘」や山梨県ワイン酒造組合のオンラインショップでは扱いがあります)。ぶどう販売は終了しています。
カフェについては、少し丁寧に。母屋2階の「カーサ・ダ・ノーマ」は約22年の営業を経て2020年10月末に閉店しました。ただし、いま訪ねてもカフェがないわけではありません。ぶどう棚の下の「ガーデンカフェ」が、春と秋の週末を中心に期間限定で開いています。2026年秋は9月から11月上旬の指定日に11:00〜15:00、ドリンクやホットドッグの出店が日替わりで入る形式。開催日は限られるので、公式サイトの告知を確認してから出かけてください。
勝沼という町のなかで
原茂ワインは甲州市勝沼町勝沼3181。麻屋葡萄酒(勝沼町等々力166)や中央葡萄酒(同173)は隣接する字にあり、歩いて回れる距離感です。徒歩何分と断言できる公式データはありませんが、この一帯は小規模な家族経営のワイナリーが密集しているのが特色で、一日あれば数軒をはしごできます。
規模感の目安として。甲州市内のワイナリーは46軒(甲州市「ワイナリーガイド2025年版」)、山梨県全体では89場で全国1位(国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」令和6年1月1日現在、全国計493場)。勝沼のぶどう酒はGI「山梨」の対象で、これは2013年7月16日に指定された、日本のぶどう酒として初の地理的表示です。
最後に、勝沼でよく聞く物語について一言だけ。甲州ぶどうの起源として1186年の雨宮勘解由説や718年の行基説が語られますが、甲州市も山梨県も公式にはこれらを「説」「いわれ」として並記しており、史実とは断定していません。近年のDNA解析では、甲州は欧州系ぶどうと中国の野生ぶどうの交雑に由来する系統とされています。伝説は伝説として楽しみ、由来は未解明のまま置いておく——そのくらいの距離感が、この品種にはちょうどいいはずです。ぶどう棚の下でグラスを傾けながら、そんな話をするための場所が、ここにはあります。

