
664年分の記録が、一点で折れる664 years of harvest dates — and the break at 1988
ワインは、気候の記録装置です。ぶどうは暖かければ早く熟し、涼しければ遅く熟す。そしてヨーロッパのいくつかの町は、いつ収穫を始めたかを何百年も書き残してきました。役所が収穫の解禁日を決めていたからです。その記録を並べると、温暖化の話は「感覚」ではなく「線」になります。第61講はワインと気候変動。第59講ぶどう畑の一年と第29講ヴィンテージを、もう一段長い時間軸で読み直します。
いちばん有名な系列が、ブルゴーニュ・ボーヌの収穫日です。研究チームが文書庫をたどって復元したのは、1354年から2018年までの664年分。世界でもっとも長い、均質なぶどうの収穫日記録です。
出典:Labbé et al. (2019) Climate of the Past 15: 1485–1501/2026年の日付はブルゴーニュワイン委員会(BIVB)
この634年間、収穫は平均して9月28日以降に始まっていました。ところが1988年を境に、平均は13日早まって9月15日あたりへ移ります。じわじわ傾いたのではなく、ある時点で折れている。しかも4〜7月の平均気温との相関はきわめて強い(相関係数マイナス0.76)ので、これは栽培の流行の話ではなく、気温の話だと言い切れます。
ボーヌだけの現象ではありません。アルザスは1980年代以降およそ2週間、シャトーヌフ・デュ・パプは1945年から2012年で約4週間早まりました。2024年の総説は、世界の大半のワイン産地で、収穫は過去40年で2〜3週間早まったとまとめています。
収穫開始が18日前倒し。ポテンシャルアルコールが+0.7% vol。総酸が−1.3g/L。平均気温が+1.1℃。
ひとつ注意を。この酸の数字はフランスの慣習である硫酸換算で、世界の大半が使う酒石酸換算に直すと約−1.95g/Lになります(換算係数1.5)。どちらの単位かを書かないと、数字が1.5倍ずれます——ワインの酸の数値を読むときの、地味だけれど大事な作法です(酸、第6講)。
「収穫が◯日早まった」は、実は控えめな数字
ここでひとつ、直感に反する話を。収穫日の前倒し幅は、ぶどうの生理が実際に早まった幅より小さく出ます。理由は単純で、暖かくなったぶん「もっと熟させられる」ようになったので、造り手が意図的に遅く摘むようになったからです。ボルドー・サンテミリオンのカベルネ・フランでは、1988年から2014年の四半世紀で、ヴェレゾンから収穫までの期間が20日も延びています(ヴェレゾンについては第59講)。つまり「13日早まった」という数字は、温暖化の影響を過小評価している可能性があります。
理由はこうです。暖かくなるとフェノロジー(生育のカレンダー)が全体的に前倒しになり、成熟期そのものが真夏の暑い時期へスライドする。9月下旬に熟していたぶどうが8月下旬に熟すようになれば、同じ「1℃の温暖化」でも、果実が浴びる暑さは倍になります。「たった1℃でしょう」が通じないのは、ここです。
度数は上がった。ただし犯人は温暖化だけではないAlcohol is up — but the climate did not do all of it
「昔のワインはもっと軽かった」。これはよく言われることで、おおむね本当です。ただし、その理由を全部温暖化に押しつけると事実から外れます。ここは本講でいちばん誤解の多いところなので、数字を二つ並べます。
まず実測。カナダ・オンタリオ州の酒類管理局は、輸入するワインのアルコール度数を自前で測っています。この1992年から2009年の実測値12万7千件を分析した研究によれば、世界平均は1992年で12.6%、そこから年あたり0.07ポイント、18年間で1.12ポイント上昇していました。
| 産地(赤) | 1990年代 | 2010–2019年 | 動き |
|---|---|---|---|
| ボルドー | 12.7% | 14%弱 | もっとも大きく上昇した産地のひとつ。 |
| カリフォルニア | 13.7% | 14.6% | 上昇幅は30年で0.9ポイント。2000年代で頭打ちし、やや反転。 |
| トスカーナ | 13.7% | 14.2% | 同じく2000年代で頭打ち。 |
| ピエモンテ | 約14%弱 | 約14.3% | もともと高く、伸びは小さい。 |
| ブルゴーニュ | 約13.2% | 約13.3%(ほぼ横ばい) | かつては補糖で嵩上げしていたぶんが、温暖化で不要になり相殺された、と説明される。 |
出典:Liv-ex(2021年)による1990–2019年産・赤ワイン約13,120件の実測。取引されるファインワインの数字であり、産地全体の平均ではありません
ここで立ち止まってください。もし度数の上昇がすべて温暖化のせいなら、ブルゴーニュだけ横ばいなのは説明がつきません。ボーヌの収穫日はこれだけ早まっているのに、です。
では何が効いたのか。より完熟した、濃厚なスタイルを求めた市場と評論家の嗜好です。摘む時期を遅らせ、糖を上げ、果実味を濃くする——その選択の積み重ねが度数を押し上げました。「温暖化でワインが強くなった」は、半分しか正しくありません。半分は、私たちが強いワインを選んできた結果です(アルコール度数)。
本当に効いているのは、度数より「ズレ」
温暖化がワインの中身に効いているのは、じつは度数そのものより糖・酸・色素のタイミングがばらけることです。ここは押さえておく価値があります。
酸が落ちる
ぶどうの酸の主役リンゴ酸は、ヴェレゾン以降、果実自身の呼吸で消費されていきます。この分解にかかわる酵素の活性は25℃から35℃にかけて上がり、35℃を超えるあたりでピークに達します。つまり暑いほど、酸は速く食われる。水ストレスも独立にリンゴ酸を減らします。結果は総酸の低下とpHの上昇。
色とタンニンが追いつかない
高温下ではタンニンやアントシアニンといったフェノール類が減少し、さらに糖の蓄積と色素の蓄積が「脱連結」します。糖度から見た飲みごろ(テクノロジカル・マチュリティ)と、色・タンニンから見た飲みごろ(フェノリック・マチュリティ)がずれる。収穫日の判断が、年々難しくなっているのはこのためです。
南フランス・ラングドックの分析機関が1984年から2013年まで毎年数千サンプルを測り続けたデータは、この変化をそのまま示しています。ポテンシャルアルコールは2%以上上昇、総酸は酒石酸換算で1g/L低下、pHは0.2上昇。
pHが上がるのは、味の問題だけではありません。ワインが微生物学的に不安定になり、ブレタノマイセスによるオフフレーバーが出やすくなる。必要な亜硫酸の量も増えます(亜硫酸、第57講)。暑い年のワインづくりは、蔵に入ってからの難易度も上がるのです。
2024年の総説が描く近未来像は、現在の「度数12.5〜14%・pH 3.4〜3.6」から、将来の「度数14%超・pH 3.7〜3.9」へ。香りの軸は「フレッシュな果実」から「過熟・煮詰めた果実」へ。これは味の好みの問題ではなく、ワインの設計そのものが動くという話です。
「2050年にボルドーは終わる」のかWill Bordeaux be finished by 2050? — what the paper actually said

「2050年、ボルドーではワインが造れなくなる」。この見出しを見たことがある人は多いはずです。出所ははっきりしていて、2013年にPNASに載った一本の論文です。ただしその論文は、そんなことは書いていません。この章は、その顛末の話です。
元の論文(Hannah et al. 2013)が書いたのは、こうです。主要ワイン産地でぶどう栽培に適した面積は、2050年までに高排出シナリオで25〜73%、低排出シナリオで19〜62%減る。地域別では地中海ヨーロッパ68%、カリフォルニア60%、地中海性オーストラリア73%。一方で北米西部は+231%、北ヨーロッパは+99%、ニュージーランドは+168%と新しい適地が現れる。
お気づきでしょうか。「地中海ヨーロッパ」という広域区分の話であって、ボルドーの話ではありません。そしてボルドーは地中海性気候ではありません。さらに言えば、この論文の主眼はワインですらなく、畑が高標高・高緯度へ動いたときに自然植生と淡水生態系がどうなるかという、生物多様性保全の研究でした。
反論と、著者本人の返答
この論文には、ボルドー大学のヴァン・レーウェンらが同じPNASに「主要ワイン産地のぶどう栽培適性は、2050年までに劇的に低下したりしない」という、タイトルからして直球の反論を寄せています。指摘は三つ。①品種ごとの上限温度が、生理学のモデルではなく銘醸地での経験則から取られていて過小評価である。②積算温度の計算に上限を設けていないのに、上限つきの指標と比べている(暖かい気候ほど両者の差は開くので、成熟が実際より数週間早く予測され、収穫前1か月の気温が人為的に高く出る)。③時間解像度が1か月単位では粗すぎる。
そして決定打は、元論文の著者ハンナ本人による返答です。
「2050年にボルドーは終わり」という物語は、その元ネタの著者自身が明確に否定しています。見出しだけが独り歩きした、典型的な例です。
では、現在の学術的な到達点は
2024年の最新総説は、こう推定します。既存のワイン産地の49〜70%に不適地化のリスクがあり、同時に11〜25%はむしろ生産が向上しうる。リスクの大きさは産地によってまったく違う、というのが現在の姿です。
世界平均気温の上昇が2℃未満なら、適地の喪失は1℃あたり平均3.9%。ところが2℃を超えると、1℃あたり17.1%——損失の速度が4倍以上に跳ね上がります。
同じ研究は、適応の効き目も定量しています。「品種を替える」ことで回復できる潜在的な面積損失は、1.65℃の温暖化なら75%、しかし3.85℃では31%。適応策は、温暖化が浅いうちほどよく効く。裏を返せば、「どうせ適応できる」も「もう手遅れだ」も、どちらも正しくないということです。
そのうえで、危ないと名指しされているところはやはり危ない。スペイン・イタリア・ギリシャの低地と沿岸部にある伝統的産地の約90%が、今世紀末までに消滅するリスクがあり、しかもその損失のうち標高1,000メートルまでの山へ移ることで補えるのは20%未満だと見積もられています。「上へ逃げればいい」は、量的には成り立たないということです。
一方で北緯46度以北は、限定的な気温上昇であれば恩恵を受けると予想されます。ヨーロッパ全体では北方への拡大で気候的な適地面積が最大60%の純増になりうる——ただし総説はすぐに釘を刺します。「このような拡大は純粋に理論的であり、気候条件のみに関するもので、土壌品質・既存の土地利用・その他の決定的要因を考慮していない」。畑は気温だけでできてはいません。
つまり「この産地はこの品種で造る」と決めた規則そのものが、気候が動いたときの逃げ道を塞ぐ。同じ研究は「狭い範囲の品種、固定的な管理手法、厳格な地理的境界に基づく硬直的なワイン生産システムは、いずれ時代遅れになる可能性が高い」とまで書いています。最新総説もまた、「品種の多様性こそが気候変動への最も有望な適応レバーであり、おそらく最も活用されていない」と述べ、多様性が失われた原因を市場の力に求めています(原産地呼称)。
新しい産地は、どこまで来ているか
2005年比で約510%。ヴィンヤード1,158か所、ワイナリー280軒、2025年産は1,650万本。スパークリングが約7割(第32講)。ただしフランスの約75万haの1%未満。
デンマークが大半で、スウェーデンは185ha(2025年)。主力はソラリスやロンドといった耐病性のハイブリッド。ヘルシンキ周辺では生育サイクルが2000年代比で約2週間短縮したという報告も。「北欧がフランスに取って代わる」は桁が三つ違います。
国税庁統計で、長野は38→81場、北海道は37→69場(+86%)。同じ期間、山梨は85→85場で横ばい(平成31年→令和7年1月1日)。ただしこれは気候だけでなく政策とブームの結果でもあるので、温暖化の証拠として単独では使えません。
①北海道でピノ・ノワールが栽培できるようになった。農研機構の研究は、生育期(4〜10月)の平均気温14℃以上を適地の閾値とし、余市町・三笠市は1998年以降ほぼ安定して14℃以上、上富良野町も1998年以降、北見市・札幌市藤野は2010年以降適温域に入る傾向を示したと報告しています(北海道、ピノ・ノワール)。実際、原料用の国産ピノ・ノワール受入は全国139トンのうち北海道が78トン。
②高温による着色不良。こちらは生食用の黒ぶどう(巨峰)の研究ですが、今世紀半ばまでに、北日本を除くほとんどの平野部で露地栽培には適応策が必要になると予測されています。ワイン用品種でも果皮のアントシアニン生合成の阻害は研究課題になっています。
逆に言えば、それ以外の「日本も温暖化で〜」という話は、まだ数字の裏づけが薄いと考えておくのが誠実です。
壊れ方が変わったNot warmer — more broken

温暖化を「平均気温が上がること」だと思っていると、実際に畑で起きていることを取り逃がします。近年の不作の原因は、暑さそのものより、霜・雹・熱波・豪雨・病害・火という「極端」のほうです。世界のワイン生産は、そのせいで3年続けて低水準に沈みました。
出典:OIV『State of the World Wine Sector』各年版。OIVの数字は毎年さかのぼって改訂されますので、上記は最新の確報値。速報値とは数mhl違うことがあります
並べて見ると、原因の顔ぶれが年ごとに違うことがわかります。干ばつの年もあれば、多雨とべと病の年もある。「暑くて乾く」だけの話ではないのです。実際、2024年の総説が示す病害の見通しでは、べと病は乾燥化で感染の機会は減るものの、発病の速度は上がり、発生時期は早まる。うどんこ病にいたっては、速度も時期も悪化方向です。
熱波と、春の霜
数字で見る「極端」の増え方は、はっきりしています。総説によれば4℃の温暖化シナリオでは、産業革命前に10年に1度だった熱波がほぼ毎年起きるようになり、振幅も5℃大きくなる。農業干ばつの頻度は2℃で2.4倍、4℃で4.1倍。極端な降水は4℃で頻度2.7倍・1回あたりの降水量+30%。
ぶどうの側の閾値も知られています。35℃を超えると発育・生理・生化学に影響が出て、40〜45℃を超えると光合成が制限され、葉と果実に不可逆的な損傷が起きます。熱波による30〜45%の収量損失が報告されており、しかも強く傷んだ樹は翌シーズンの生育・枝と芽のデンプン蓄積・稔性まで落ち、回復に最大2年かかる。熱波の請求書は、その年だけでは届かないのです。
芽が早く出れば、その芽が寒波に遭う確率は上がります。暖冬は、春霜のリスクを下げるどころか上げる。キャンドルを焚き、送風機を回し、水をかけて凍らせる——あの一晩の労働は、温暖化の「おまけ」ではなく「本体」の一部です(第59講)。
記録のほうも動いています。フランスの国内最高気温は2019年6月28日、エロー県ヴェラルグの46.0℃で、それまでの記録(2003年8月12日、ガール県コンクラックの44.1℃)を一気に2℃近く更新しました。この2019年6月には、2004年の制度創設以来はじめて熱波の「赤色警報」が出ています。ヨーロッパの最高気温記録は2021年8月11日、シチリア・シラクーサの48.8℃(世界気象機関が2024年1月に正式認定)。
火と、煙
そして、もっとも新しい脅威が山火事です。2020年のカリフォルニアは8,648件・430万エーカーが焼け、5年平均の2.4倍。9月27日に出火したグラス・ファイアはナパとソノマで67,484エーカーを焼きました。
被害は、焼けた面積では測れません。この年のカリフォルニアのぶどう受入量は前年比−13.8%でしたが、ナパ(第4地区)は−37.8%、ソノマ・マリン(第3地区)は−35.6%と、火災地帯だけが2〜3倍の落ち込みを見せています。カベルネ・ソーヴィニヨンの平均取引価格は−30.4%。統計を出したCDFAは「価格は購入者から報告されたスモーク被害による調整を反映している」と明記しました。16万5千〜32万5千トン、6億100万ドル相当のぶどうが、摘まれないまま残されたと推計されています。
① 木質のリグニンが燃えると、グアヤコールやクレゾール類といった揮発性フェノールが出ます。② これは表面に付着するのではなく果皮から吸収されます。だから洗っても落ちません。③ やっかいなのはここからで、ぶどうはこれを自分の糖と結合させ、配糖体という無臭の形に変えてしまう。畑で嗅いでも、搾って飲んでも、きれいなままのことがある。④ ところが発酵中と熟成中に、この配糖体が少しずつ切れて煙の香りを放出します。ある研究では主発酵が終わった時点でまだ72%が配糖体のまま残っていました。⑤ そして決定的なのが、人間の唾液に含まれる酵素も、これを口の中で切るということ。飲み込んで30秒ほどしてから、灰皿のような後味が上がってくると報告されています。
感受性がもっとも高いのはヴェレゾンの7日後から収穫まで。2020年のカリフォルニアで晩熟のカベルネとピノが直撃されたのは、まさにこの窓の中でした(第57講)。
本当の分水嶺は灌漑用水でした。補助水を確保できた内陸の3大産地(全体の4分の3を占める)は−4%、それ以外は合計−34%。
もっとも、局地的には壊滅的でした。キャンベラ・ディストリクトとタンバランバは、2020年の産地別収穫表から行ごと消えています。ハンター−56%、オレンジ−68%、アルパイン・ヴァレーズ−81%。「全体は3%、ある産地はゼロ」——気候被害の実像は、たいていこの形をしています。そして翌2021年、豪州は203万トンという史上最大の収穫を記録しました。単年の破局と長期のトレンドは、分けて読む必要があります。
畑と蔵は、どう応じているかAdaptation — what growers are actually doing
ここまでを踏まえると、いちばん大事な問いは「産地は消えるか」ではなく「どう変えられるか」になります。実際、いま起きている変化のうち、いちばん劇的なのはあのボルドーが品種のリストを書き換えたことです。
ボルドーが認めた「適応のための品種」
フランスには「適応目的の関心品種(variétés d'intérêt à fin d'adaptation、VIFA)」という枠組みがあります。2018年10月のINAO指令でAOCの仕様書に組み込むことが認められた制度で、使うにはINAO・生産者団体・生産者の三者が協定に署名する必要があります。
ボルドーでは、INAO全国委員会の好意的意見(2020年11月18日)と全国異議申立手続を経て、2021年3月22日のアレテでAOC「ボルドー」「ボルドー・シュペリユール」の仕様書が認可されました。認められたのは、10年をかけて52品種を審査した末に残った6つです。
黒ぶどう(4)
アリナルノア/カステ/マルスラン/トゥリガ・ナシオナル。トゥリガ・ナシオナルはポルトガルの主力(第21講)、マルスランはカベルネ・ソーヴィニヨン×グルナッシュの交配、カステはかつてボルドーにあった在来品種。暑さと乾燥に耐える血筋が並びます。
白ぶどう(2)
アルヴァリーニョ/リリオリラ。アルヴァリーニョはスペイン・ガリシアのアルバリーニョと同じ品種ですが、仕様書の表記はポルトガル語の「alvarinho」です。残糖4g/Lを超える白ではリリオリラのみで、アルヴァリーニョは外れます。
制限も明確です。その色の畑の5%まで、販売するロットのアッサンブラージュの10%まで。アッサンブラージュが義務なので単一品種で瓶詰めすることはできず、ラベルに品種名を書くことも禁じられています。観察期間は最低10年、1回に限り5年延長可。「ボルドーらしさ」を壊さない範囲で、静かに保険をかける——そういう設計です。
一方で、2025年6月と2026年2月にINAO全国委員会が採択した改定案では、赤にヴィドック、白にフロレアル/ソーヴィニャック/スーヴィニエ・グリを加えて10品種にする方向が示されています。ただしこれはまだ全国異議申立手続の途中の草案で、2026年2月版の文書はアレテの番号も官報の掲載日も空欄のままです。「ボルドーは10品種を認可した」と書くのは、いまのところ先走りということになります。
ところがその育種計画の正式名称は「べと病・うどんこ病への持続的抵抗性のためのフランスぶどう育種計画(INRAE-ResDur)」。目標は耐暑性ではなく、真菌病害への抵抗性=農薬の削減です。抵抗性遺伝子もべと病用(Rpv1・Rpv3.1)とうどんこ病用(Run1・Ren3)で、暑さとは関係がありません。
さらに見落とされているのが、もうひとつの動機です。シャンパーニュやコトー・デクスの仕様書は、住宅・学校・病院・水路から20メートル以内に植えた耐病性VIFAを、5%の上限計算から除外しています。コート・デュ・ローヌの申請書類は「AOC面積の14%が住宅の近くにあり、生産者の約87%が影響を受ける」と書いています。つまりVIFAの半分は、住宅地のそばで農薬を撒かずに済ませるための制度。「適応(adaptation)」という制度名のせいで、耐病性品種が耐暑性品種として紹介されてしまう——これは覚えておく価値のある区別です。
そしてもっとも大胆なのがコトー・デクス・アン・プロヴァンスの2025年11月の案です。並んでいるのはアギオルギティコ、クシノマヴロ、モスコフィレロ(いずれもギリシャ)、ネロ・ダーヴォラ(シチリア)、ヴェルデホ(スペイン)。フランスのAOCが、地中海の南側の品種を正面から迎え入れようとしている——まだ手続きの途中とはいえ、この一覧そのものが、いま起きていることを何より雄弁に語っています(第25講、第46講)。
畑でできること
品種の入れ替えは最後の手段で、その手前にやれることがたくさんあります。2024年の総説が挙げるものを、効き方の順に並べてみます。
- 同じ品種の、もっと晩熟のクローンに替えるいきなり品種を変えるのではなく、その産地ですでに栽培されている品種の中から、より遅く熟すクローンを選ぶ。いちばん摩擦の小さい一手。地中海の島々(バレアレス、キプロス、キクラデス)の遺伝資源が、極端に晩熟な品種の源として注目されています。
- 剪定を遅らせる萌芽のあとに剪定すると生育全体が後ろへずれます。ボルドーでの試験では、2〜3月ではなく5月に剪定した区で果汁が−1.6°Brix、滴定酸が+1.8g/L。ただし水の使用量が増えるのが代償です。
- 樹を高くする地味ですが理にかなっています。最低気温を上げ、果実ゾーンの最高気温を下げるので、春霜と熱波の両方への曝露を同時に減らせる。
- 除葉を「やめる」/日陰を作る葉面積と果実重の比率が糖の蓄積速度を決めるので、葉を減らせば糖は上がりにくくなります。ヴェレゾン後の除葉でサンジョヴェーゼが−0.6% vol、摘房ではグルナッシュが−3% volという報告も。伝統的なゴブレ(株仕立て)のような日陰を作る仕立ても見直されています。「除葉して日を当てる」という20世紀の常識が、逆回転しはじめているということです。
- 遮光ネットを張るヴェレゾン後に白布(62%吸収)を掛けたシラーズで−1.5°Brix、pHも低下。日射を30〜50%削減したシラーでは成熟が有意に遅れました。効果はありますが、総説は「生産コストを大幅に増やしうる」と釘を刺します。可動式のソーラーパネルを畑の上に架ける試みも進行中。
- カオリンやゼオライトを撒く化学的に不活性な白い鉱物の粒子を葉に散布すると、葉温が大幅に下がり、日中の水ポテンシャル・水利用効率・収量が改善します。
- 台木と、植栽密度樹勢が強く乾燥に耐える台木を選んで土壌水へのアクセスを増やす。株数を減らして畝間を広げることで季節の水消費を抑える。深耕で根を深くし、使える水の貯留を増やす。
- 単純に、早く摘む成熟開始から収穫までの時間を減らすことで過剰な糖とアルコール、煮詰まった果実香を避けられる。第I章で見た「遅く摘むようになった」の、逆の判断です。
サンジョヴェーゼとクシノマヴロは試験中でもっとも低いpH。プティ・マンサンとアルヴァリーニョはリンゴ酸を速く分解するかわりに、酒石酸をしっかり保持する。ムールヴェードルとトゥーリガ・フランカはリンゴ酸の分解が遅い。
興味深いのは符合です。ボルドーがVIFAに選んだアルヴァリーニョも、コトー・デクスが挙げたクシノマヴロも、この試験で好成績を収めています。呼称の選択には、ちゃんと研究の裏づけがある、ということです。
蔵でできること、そして法律の壁
畑で防ぎきれなかったぶんは、蔵で調整することになります。ここで効いてくるのが法律です。そしてEUの法律は、すでに気候に合わせて書き換わっています。あまり報じられていませんが、この講でいちばん驚いた事実がこれでした。
① 補酸のルールが、静かに書き換えられた
EUは加盟国を気候でゾーンA〜Cに区分し、北ほど補糖を、南ほど補酸を認めるという設計をとってきました。シャンパーニュはゾーンB、ボルドーはゾーンC Iです。ところが2021年12月に適用が始まった規則(EU) 2021/2117が、この補酸の条文を丸ごと差し替えました。
| 補酸の規定 | 改正前 | 改正後(2021年12月〜) |
|---|---|---|
| 認められる場所 | ゾーンC I・C II・C III のみ | 全ゾーン(ゾーンの制限を削除) |
| ゾーンA・B | 「気候条件が例外的であった年に限り」許可 | この適用除外規定を削除(=常態的に可能) |
| 上限(酒石酸換算) | ワインで2.50g/L、それ以外1.50g/L | 一律4g/L |
減酸の上限は1g/Lで変更なし。同一の製品に補酸と補糖を併用することは、引き続き禁止されています
つまり、ドイツやシャンパーニュは、かつて酸を足すのに「例外的な年です」という特別扱いを必要としました。2021年12月以降、それはただの通常作業になり、許容量も2.5g/Lから4g/Lへ引き上げられた。補糖は20世紀の北の道具でした。補酸が、21世紀の北の道具になりつつあります。
② 度数を下げることも、制度になった
同じ2021年の改定で、脱アルコールが正式に制度化されました。認められる手法は部分的真空蒸発・膜技術・蒸留の3つ(逆浸透膜は「膜技術」にあたります)。ただし原産地呼称(PDO)や地理的表示(PGI)を持つワインに認められるのは「部分的な脱アルコール」だけで、完全な脱アルコールが許されるのは地理的表示を持たないワインに限られます。「AOCワインをノンアルコールにする」ことは、制度上できません。
条件も付いています。目的は「風味のバランスを改善するために過剰なエタノールを減らすこと」であること、官能上の欠陥がないこと、補糖を行ったワインには脱アルコールを施してはならないこと、そしてエノログの責任のもとで実施し記録すること。足してから引くのは認めない——理にかなった線引きです。
「暑くなる一方」ではなく「振れ幅が大きくなる」のが気候変動だとすれば、糖を足す道具も酸を足す道具も、両方手元に置いておくしかない。ブルゴーニュの度数が横ばいなのは補糖をやめたぶんが温暖化で埋まったから——第II章のあの話も、裏返せば同じことを言っています。
③ 制度そのものが動いた、もうひとつの例
シャンパーニュにはリザーブ・アンディヴィデュエル(個人リザーブ)という、豊作年のワインを貯めておいて不作年に回す仕組みがあります。2011年に定められた上限は8,000kg/haでした。
その上限が、2024年1月25日のアレテで10,000kg/haへ、25%引き上げられました。公式に挙げられた根拠がそのまま、この講の要約になっています。畑の平均生産性は2009年の16,000kg/haから2022年には11,600kg/haへ低下。直近10年間で、気候災害による生産損失は年平均23%。そして萌芽の早期化による春霜への曝露の増加。生産者団体の会長はこれを「加速する気候リスクに対する、より強固な緩衝装置」と表現しました。
品種を替える。畑の仕立てを変える。法律を書き換える。備蓄を積み増す——産地は、思っているよりずっと具体的に動いています。
よくある質問Frequently asked
よく持ち出される話ですが、前提が間違っています。2024年の総説はこう書いています。ローマ時代の英国にぶどう栽培があったのは事実だが、当時の気候は1960〜1990年の参照期間とほぼ同程度の暖かさだった。つまり「今と同じくらい」ではなく「昔の基準年くらい」です。栽培が消えたのも気温だけが理由ではなく、14世紀から19世紀半ばまで約500年続いた小氷期に加えて、輸入の増加、ヘンリー8世の修道院解散、黒死病、ビール嗜好といった社会的な事情が絡みます。そして決定的なのが規模です。中世の記録(ドゥームズデイ・ブック)にある英国のぶどう畑は40数か所。現在は1,158か所・4,841ヘクタール。桁が違います。ぶどう畑の北限は、気温の代理指標としては信頼できません。
なりません。実測データでもっとも上がったカリフォルニアでさえ、30年で13.7%→14.6%(+0.9ポイント)。しかもカリフォルニア・ピエモンテ・トスカーナは2000年代で頭打ちし、やや反転しています。ブルゴーニュはほぼ横ばい。大規模な実測の回帰でも年あたり+0.07ポイントで、この速度なら16%に届くのは次の世紀です。
そして第II章で見たとおり、上昇の大半は気候ではなく市場の嗜好で説明されます。嗜好が変われば逆にも動く——実際、もう反転が観測されています。「温暖化で際限なく強くなる」というより、「濃厚志向がひと回りした」と見るほうが実態に近いでしょう。
いいえ。いちばん大きいのは、たいていガラス瓶です。ライフサイクル評価は境界の取り方で数字が大きく動くので、包装の寄与は研究により20%から56%まで幅がありますが、どの研究でもぶどう栽培段階より大きいという点は一致しています。輸送も効きます。ヨーロッパですら瓶の40%が中身を詰める場所まで300km以上を移動し、米国のワインに使われるガラス瓶の約3分の2は中国製だと報告されています。
だから業界の対策も瓶に向かっています。スティルワインの平均瓶重量を約550gから2026年末までに420g未満へという取り組みがあり、25%の軽量化で年間2,300万kg超のCO₂削減が見込まれています。飲み手の側でできるのは、重い瓶を「高級の証」と思わないことかもしれません。
ばらつきの原因が、入れ替わったThe variance changed its cause
気候変動の話は、「危機だ」と煽るか「大げさだ」と退けるかの二択になりがちです。けれど数字を並べていくと、実際の姿はどちらでもありませんでした。
確かなのは、収穫が早まったことです。664年の記録が1988年で折れ、13日前倒しになった。かつて数十年に一度だった極端な早摘みが、いまは2年に1度になった。ここに疑いの余地はありません。
一方で、ワインの中身の変化を全部温暖化のせいにすると、事実から外れます。度数を押し上げたのは、気候よりも私たちの嗜好でした。「2050年にボルドーは終わる」は、元論文の著者自身が否定しています。INRAEの新品種は、暑さではなく病気のために造られました。豪州の大火事で失われたのは全国の3%で、本当の分水嶺は灌漑用水でした。物語に合う話だけを拾わないこと——それがこのテーマでいちばん難しく、いちばん大事な作法だと思います。
では、何が本当に変わったのか。ばらつきの原因が入れ替わったのだと思います。かつてヴィンテージの差とは「熟さない年がある」ことでした。その心配はたしかに減りました。代わりに増えたのが、霜・雹・熱波・豪雨・べと病・山火事——「多すぎる」「壊れる」ほうのばらつきです。「当たり年・外れ年」の意味そのものが、静かに書き換わっている(第29講、ヴィンテージ)。
そして忘れてはいけないのが、ぶどうという植物のしぶとさです。最新の総説は「ぶどうは非常に耐性の高い作物であり、可塑性が高く、1シーズン内でも容易に適応し、生産者がもたらす適応にも順応する」と書きます。「畑の管理者が、栽培が止まることを許さない」——元論文の著者の言葉のとおりです。
次の一本。 今回は同じ産地・同じ造り手の、年違いを2本。できれば10年以上離れた2ヴィンテージを並べてください。ボルドーでもブルゴーニュでも、南フランスの手ごろな1本でも構いません。裏ラベルの度数を見比べるところから始めて、色の濃さ、酸の伸び、果実の熟れ具合を追う。第I章から第II章で読んだことが、たいてい全部グラスの中にあります。もう一本足せるなら、イングランドのスパークリングを。1988年という折れ目の、向こう側から来たワインです。
次回は銘醸図鑑へ。「トカイ」を取り上げます。第60講でスロバキア側のトカイに触れましたが、今度は国境の反対側、ハンガリーのトカイ本体へ。貴腐という現象は、霧と乾きの絶妙なバランスの上にしか成立しません。今回読んだ「気候が動く」という話を、もっとも気候に依存したワインの前で、もう一度考えてみます。
