第71講「和食とワイン完全編」の最後に予告したのは、ポムロールの隣、ボルドー右岸の丘に広がる世界遺産のぶどう畑の町でした。
ポムロールが「格付けを持たないまま頂点に立った産地」だとすれば、サン=テミリオンは正反対の道を選んだ産地です。自分たちで格付けをつくり、しかも10年ごとに見直す。その仕組みが、この半世紀で産地を大きく動かし、ときに法廷での争いまで生みました。石灰岩の台地、石切り場の跡が残る町の地下、そして格付けという「生きている物差し」をたどります。
世界遺産の町と、8つのコミューン
サン=テミリオンは、ボルドー市の東およそ40キロ、ドルドーニュ川沿いの町リブルヌの東にあります。INAO(フランス国立原産地・品質研究所)の仕様書によれば、AOCは1936年に定められ、区域はかつての「ジュラード(管轄区)」の境界にもとづいています。
産地に含まれるのは、サン=テミリオン村と、周りの7つのコミューン——サン=クリストフ=デ=バルド、サン=テティエンヌ=ド=リス、サン=ティポリット、サン=ローラン=デ=コンブ、サン=ペイ=ダルマン、サン=シュルピス=ド=フォレラン、ヴィニョネ——、それにリブルヌ市の一部です。
この8つのコミューンは、1999年12月、「サン=テミリオン管轄区」としてユネスコの世界遺産に文化的景観として登録されました。地元の団体は「ぶどう畑の景観として世界で初めて登録された」と紹介しています。中世の町並みと、それを取り巻くぶどう畑が、ひとつの景観として評価されたのです。
石灰岩の台地、斜面、そして礫
サン=テミリオンのぶどう畑を理解する鍵は、土の多様さです。仕様書は、ドルドーニュ川を見下ろす石灰岩の台地と、円形劇場のような谷(コンブ)を刻む急な斜面を産地の骨格として描いています。地元のワイン評議会は、土をおおむね次の5つに分けています。
- 台地の上の浅い石灰岩 町を載せる台地。薄い土の下にすぐ石灰岩の岩盤がある。カノンやオーゾンヌ、ベレール・モナンジュが台地の上から縁にかけて並ぶ。
- 斜面の粘土石灰質 台地から下る斜面。石灰岩のかけらと粘土が混ざる。パヴィなどが斜面に畑を持つ。
- 斜面の裾の砂まじりの粘土 斜面から崩れ落ちた土がたまった平地寄りの土地。
- 西の礫(砂利) ポムロールとの境に近い、川が運んだ第四紀の礫。シュヴァル・ブランとフィジャックがここにある。
- 北西部の重い粘土 水をよく保つ、冷たい土。
台地や斜面の石灰岩は水をゆっくり受け渡し、ぶどうの根はその割れ目に入り込みます。石灰岩の畑の赤は酸が引き締まり、香りが繊細になりやすいと語られることが多く、礫の畑はカベルネ・フランやカベルネ・ソーヴィニヨンがよく熟す土地とされます。同じサン=テミリオンでも、台地の上と礫の土地では、ぶどうの選び方から違う——それがシャトーごとの品種構成の差になって現れます。土と味わいの関係の考え方は、第67講「土壌とテロワール完全編」で詳しく解説しています。

町の地下に広がる石切り場
サン=テミリオンの町は、足元の石灰岩でできています。家も城壁も、地下から切り出した石で建てられ、その結果、町の地下には石切り場の跡のトンネルが網の目のように広がっています。一年を通して涼しく湿度の安定したこの空間は、いまも一部がワインの貯蔵庫として使われ、いくつかのシャトーでは見学することもできます。
町の中心にあるモノリス教会は、その石灰岩の岩盤を掘り抜いてつくられた地下の教会です。12世紀ごろに掘られたとされ、地上には高い鐘楼が立っています。町を歩くと、ワインと石の町という言葉の意味が、足の裏から伝わってきます。

「グラン・クリュ」は格付けではない
サン=テミリオンのラベルでいちばん誤解されやすいのが、「グラン・クリュ」の文字です。
INAOの仕様書によれば、1954年の政令で産地は4つの段階に分けられましたが、1984年からはAOCが「サン=テミリオン」と「サン=テミリオン・グラン・クリュ」の2つだけになりました。つまり「サン=テミリオン・グラン・クリュ」はAOCの名前で、条件を満たせば多くの生産者が名乗れます。ブルゴーニュの「グラン・クリュ(特級畑)」とはまったく別の意味です。
格付けされたシャトーは、この「グラン・クリュ」のAOCのなかから選ばれ、ラベルに「Grand Cru Classé(グラン・クリュ・クラッセ)」または「Premier Grand Cru Classé(プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ)」と書かれます。「クラッセ(格付けされた)」の一語があるかどうかが分かれ目です。ラベルの読み方全般は第41講「ラベルの読み方完全編」へ。
また、周辺にはモンターニュ、リュサック、ピュイスガン、サン=ジョルジュの名を冠した「〇〇=サン=テミリオン」というAOCもあります。これらは衛星アペラシオンと呼ばれる別のAOCで、サン=テミリオンそのものではありません。価格が手ごろな分、右岸のメルローを知る入り口として役立ちます。
10年ごとに見直される格付け
サン=テミリオンの格付けは、1955年に始まりました。最初の格付けは同年6月に決まり、1958年の修正で、最上位のプルミエ・グラン・クリュ・クラッセのなかにAとBの区別ができました(当初のAはオーゾンヌとシュヴァル・ブラン)。メドックの1855年格付けがほぼ動かないのに対し、こちらは原則として約10年ごとに見直すのが最大の特徴です。
- 1955年 最初の格付け。1958年にプルミエのA・Bを区分
- 1969年・1986年・1996年 改定
- 2006年 改定。しかし落選したシャトーが訴え、2008年に行政裁判所が取り消し。2009年の法律で1996年版を延長し、2011年にコンセイユ・デタ(最高行政裁判所)で取り消しが確定
- 2012年 82シャトー(プルミエ18、グラン・クリュ・クラッセ64)。アンジェリュスとパヴィがAに昇格。ここでも訴訟が続き、2024年3月にコンセイユ・デタが最後の上告を退けて確定
- 2022年 2022年9月にINAOが承認。85シャトー(プルミエ14、うちAはフィジャックとパヴィの2軒、グラン・クリュ・クラッセ71)。2031年の収穫分まで有効
2012年版をめぐっては、刑事事件にもなりました。アンジェリュスの共同所有者ユベール・ド・ブアール氏が、この格付けにかかわる、「違法な利益取得」の罪で2021年10月にボルドーの裁判所から罰金刑を言い渡され、控訴せずに判決が確定しています。一緒に訴えられた人物は無罪でした。
そして2022年版では、最上位の3軒が格付けの外に出るという異例の事態が起きました。オーゾンヌとシュヴァル・ブランは2021年に不参加を表明。報道によれば、審査のなかでSNSでの発信やワインツーリズムなど、畑やワインそのもの以外の基準の比重が大きくなりすぎたことを理由に挙げました。2022年1月にはアンジェリュスも離脱を表明しています。2022年版の審査では、試飲の配点が50%とされています。
見直しがあるからこそ、努力したシャトーが上がれる。その一方で、見直しがあるからこそ争いが起き、頂点の造り手が「物差しの外」を選ぶこともある。サン=テミリオンの格付けは、格付けとは何を測るものなのかを問い続ける、生きた制度だといえます。
メルローとカベルネ・フラン
仕様書は、主要品種をカベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨン、カルメネール、コット(マルベック)、メルローとし、なかでもメルローが圧倒的に多いと書いています(プティ・ヴェルドは補助品種で10%まで)。
メルローは、粘土や石灰岩の涼しい土でも早く熟し、ふくよかな果実となめらかなタンニンをもたらします。そこにカベルネ・フランが、すみれや杉、赤い果実の香りと、しなやかな骨格を加える。この二つの組み合わせが、右岸らしい味わいの基本です。
ただし、シャトーごとの差は大きく、シュヴァル・ブランはカベルネ・フランが55%、フィジャックはカベルネ・ソーヴィニヨンがもっとも多いというように、土に合わせて品種の比率がまったく違います。ラベルに品種は書かれないことが多いので、気になるシャトーは公式サイトで畑の品種構成を見てから飲むと、味わいの理由がつかみやすくなります。
選び方と楽しみ方
サン=テミリオンは産地が広く、価格の幅も大きいので、段階を踏んで試すのがおすすめです。
- 衛星アペラシオンから モンターニュ=サン=テミリオンやリュサック=サン=テミリオンは、右岸のメルローの味わいを手ごろな価格で知る入り口になります。
- 「グラン・クリュ・クラッセ」を一本 ラベルの「Classé」を確かめて、格付けシャトーのなかから。台地の上か、斜面か、礫の土地か、畑の場所を調べて飲むと面白くなります。
- プルミエ・グラン・クリュ・クラッセへ 価格は一気に上がります。当たり年の若いものより、少し熟成したものを探すのも手です。
ヴィンテージの差は大きく、専門媒体では2015年・2016年・2019年・2020年・2022年などが良い年として挙げられることが多い一方、2021年は春の霜や病害で難しい年だったと報告されています。年ごとの読み方は第29講「ヴィンテージ完全編」へ。
飲み方は16〜18℃くらいから。若いものはデキャンタで空気に触れさせると、果実とタンニンがほどけます。料理は鴨のロースト、仔羊、牛のフィレ、きのこのソテーなど。日本の食卓なら、すき焼きや、醤油と砂糖で甘辛く煮た牛肉、きのこの炊き込みごはんとも合わせやすいタイプです。
ボルドー全体の地図は第5講「ボルドー完全編」で、隣の粘土の台地の物語は銘醸図鑑「ポムロール」でどうぞ。格付けを持たない隣人と、格付けを見直し続ける町。二つを飲み比べると、ボルドー右岸の奥行きが見えてきます。
次回は産地講座へ。第72講は「長野完全編」。第68講の北海道、第70講の山梨に続く日本の産地編として、桔梗ヶ原のメルローから千曲川ワインバレーまで、信州のワインを歩きます。