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銘醸ワイン図鑑

ペサック・レオニャンとグラーヴ

Pessac-Léognan / Graves / フランス・ボルドー

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産地
フランス・ボルドー
スタイル
ボルドー市街の南、砂利の丘の赤と辛口の白
主な品種
カベルネ・ソーヴィニヨン・メルロー
手前に色づき始めたぶどうの葉が広がり、その奥に赤い瓦の尖った屋根を持つ石造りのシャトー・カルボニューが立つ
手前に色づき始めたぶどうの葉が広がり、その奥に赤い瓦の尖った屋根を持つ石造りのシャトー・カルボニューが立つ / Photo: “Château Carbonnieux façade sud” by Chlescuyer, CC BY-SA 4.0/3:2にトリミング・リサイズ(Wikimedia Commons)(Wikimedia Commons)
このページの要点

ペサック・レオニャン(Pessac-Léognan)は、ボルドー市街の西と南に接する、グラーヴ北部の10のコミューンで赤と辛口の白を造るAOCです。1987年9月9日の政令で生まれました。グラーヴ(Graves)はその土地を含む、ガロンヌ左岸の幅およそ10kmの帯で、1937年からのAOC。名は砂利を意味する言葉に由来します。グラーヴ格付けは1953年に始まり1959年に修正された別の制度で、対象の16軒はすべていまのペサック・レオニャンの範囲にあります。

この記事の目次

第97講の最後に予告したとおり、今回はボルドーの街のすぐ南へ向かいます。ペサックのぶどう畑に立つと、葉の向こうに給水塔が見えます。畑の先には家並みが続きます。ここは、1855年の格付けでメドックの外からただ一軒選ばれたシャトー・オー・ブリオンの土地です。そして、赤と辛口の白がともに主役を張る土地でもあります。

砂利の帯と、北の10コミューン

「グラーヴ」は砂利を意味します。INAOの説明では、痩せた土に大小の砂利が広がり、昼の熱をぶどうに返し、水はけに優れます。AOCグラーヴは、ボルドーの北からランゴンの南東まで、ガロンヌ左岸に幅およそ10kmで続く帯で、43のコミューンにまたがります。認められたのは1937年3月4日。赤と辛口の白のAOCで、赤はカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローの釣り合いで造られ、白はセミヨン、ソーヴィニヨン、ミュスカデルから造られます。

その帯の北端が、AOCペサック・レオニャンです。1987年9月9日の政令で認められ、範囲はカドージャック、カネジャン、グラディニャン、レオニャン、マルティヤック、メリニャック、ペサック、サン=メダール=デランス、タランス、ヴィルナーヴ=ドルノンの10コミューン。いまの仕様書はこう定めています。

  • 色──泡のない赤と白だけ。白の糖分は1リットルあたり4g以下で、辛口に限られる
  • 赤の品種──カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、コ(マルベック)、カルメネール
  • 白の品種──ソーヴィニヨン、ソーヴィニヨン・グリ、セミヨン、ミュスカデル
  • 畑──1haあたり6,500本以上を植え、基準の収量は1haあたり54hL(超えてよい限度は60hL)

土は、ガロンヌの古い流れが運んだものです。INAOによれば、第三紀の終わりから第四紀にかけ、ピレネーの氷河が融けるたびに大量の砂利が運ばれ、石灰岩と貝殻の混じった層の上に積もりました。砂利の厚さは3mを超えることもあり、ゆるやかな丘(クループ)を作ります。斜面と、ガロンヌへ注ぐ小さな流れが水を逃がします。AOCの区画からは、新しい沖積土、砂地、水を通さない下層土の畑が外されました。カベルネ・ソーヴィニヨンが赤の中心にあるのは、INAOの説明ではこの砂利でよく熟すためです。熟成とともに、カシスの香りが煙やスパイス、革、干しプラムへ移る傾向があるとされます。

街に削られた畑

この土地の難しさは、ボルドーのすぐ隣にあることでした。INAOの仕様書は歴史をこう記しています。中世には「ラス・グラバス・ド・ブルデウ」(ボルドーのグラーヴ)と呼ばれ、1152年のアリエノール・ダキテーヌの結婚で英国との結びつきが強まりました。14世紀には英国でクラレットが好まれ、畑が広がります。

そして20世紀。街が広がるなかで、のちのAOCの範囲だけで、20世紀初めから1970年代までに3,000ha以上の畑と数百の造り手が失われました。残ったのは550ha、そのうち100haも近くなくなる見込みだったといいます。

ここで若い栽培家たちが動きます。彼らはグラーヴのなかに階層を求め、組合によれば創設の会長アンドレ・リュルトンのもとで、1987年のAOCにたどり着きました。いまの言葉でいえば、畑を守るために名前を分けたのです。2010年の時点で畑は1,640ha、61の生産者。組合はいま1,800haを超えると伝えています。仕様書の言葉を借りれば、名高い畑のいくつかは、住宅地の中の緑の避難所です。

濃い緑のぶどう畑が空の下に広がり、畑の向こうに白い給水塔と遠くの家並みが見える
ペサックのオー・ブリオンの畑。夏の葉の向こうに、給水塔と街の家並みが見える / Photo: “Vignoble de Haut Brion” by Gilles Guillamot, CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

1855年、メドックの外の第1級

ボルドーの赤の序列といえば、1855年の格付けです。名前のとおりほとんどがメドックのシャトーで、例外がオー・ブリオンでした。一覧は仲買人たちが取引価格をもとに作ったもので、オー・ブリオンは第1級の4軒の一つとして載りました。ムートン・ロートシルトが加わる1973年までは、4軒だけの第1級です。

市場の評価は、ずっと早くからありました。ポンタックの事業はロンドンにも届き、1660年にはチャールズ2世の酒蔵の記録に、1663年にはピープスの日記に名が現れ、1666年にはロンドンに酒場「ポンタックズ・ヘッド」が開いたと、デキャンター誌の資料は記します。ピープスの言葉は「これまで出会ったことのない、よい、きわめて独特な味」というものでした。

そして1855年の時点では、オー・ブリオンは「グラーヴのシャトー」でした。ペサック・レオニャンの名が生まれるのは132年後です。1975年産のラベルには、まだ「Appellation Graves Contrôlée」と刷られています。名前があとから土地に追いついた、という順序です。

もう一つの格付け——1953年と1959年

混同されやすいのが、グラーヴ格付けです。これはAOCではなく、シャトーのワインの一覧。グラーヴのワイン組合の働きかけで、INAOが選んだ審査員が1953年に選び、1959年に数軒を加えて修正しました。BBRによれば、順位のない一つの階級で、アルファベット順に並びます。メドックのように何級という序列がありません。

もう一つの特徴は、赤と白を別々に格付けしたことです。メドックとサン=テミリオンの格付けは赤で、1855年の白の格付けはソーテルヌの甘口。ここでは辛口の白に格が与えられました。1959年の一覧は次の16軒です。

  • 赤のみ(7軒)──オー・ブリオン、ラ・ミッション・オー・ブリオン、ラ・トゥール・オー・ブリオン、パプ・クレマン、スミス・オー・ラフィット、オー・バイィ、ド・フューザル
  • 白のみ(3軒)──ラヴィル・オー・ブリオン、クーアン、クーアン・リュルトン
  • 赤と白(6軒)──ブスコー、カルボニュー、ドメーヌ・ド・シュヴァリエ、ラトゥール・マルティヤック、マラルティック・ラグラヴィエール、オリヴィエ

いま組合が挙げるのは14軒です。ラ・トゥールとラヴィルが、ディロン家のもとでラ・ミッションに統合されたためです。

順序に注意すると、制度の関係が見えます。格付けが先で、AOCは1959年の修正から28年後。名前が「グラーヴ」のままなのはこのためです。INAOの仕様書は、16軒のすべてがペサック・レオニャンの範囲にあると記しています。AOCグラーヴのほかの土地に、格付けの一軒はありません。ラベルに「Cru Classé de Graves」と書けるのは、AOCの決まりのなかにその表記が認められているからです。

オー・ブリオンは、この一覧にも赤で載りました。1855年とあわせて二つの格付けに名前のある、ただ一軒のシャトーです。白は同じ一覧に見えません。1960年に加えられたとする説もあるとBBRは書いていますが、議論があります。

辛口の白という、もう一つの顔

ペサック・レオニャンを語るとき、赤だけでは半分です。組合はここを、コミューン名のAOCとしてボルドーで唯一、赤と白の両方を造る土地と説明し、辛口の白が量のおよそ5分の1を占めると説明します。白を造るのはソーヴィニヨンとセミヨンが中心で、INAOの説明では、若いうちは淡い麦わら色で、果実味と張りのある味わい。年を経ると金色を帯び、菩提樹やエニシダのような花の香りが現れるとされます。

二つの品種の役割を、組合はこう分けています。ソーヴィニヨン・ブランが骨格と鮮やかさ、セミヨンが厚みと果実の砂糖煮のような香り。ミュスカデルは花の香りを添えます。甘口のソーテルヌを支えるのと同じ品種が、ここでは辛口に仕立てられます。カルボニューの白は、樽と大樽で10か月熟成します。比率は造り手で大きく違います。UGCBの資料では、マラルティック・ラグラヴィエールはソーヴィニヨン・ブランが79%、パプ・クレマンはセミヨンが49%でソーヴィニヨン・ブランを上回ります。

量の少なさも、この白の性格です。ドメーヌ・ド・シュヴァリエの白は畑7haから2万5,000本。オー・ブリオンの白は畑全体51.5haのうち約2.8ha。その一方で、カルボニューのように白が15万本という造り手もいて、グラーヴの白の入口を広げています。

造り手を訪ねる

街に最も近いのは、オー・ブリオンとラ・ミッション・オー・ブリオンです。1935年にディロンが前者を取得し、1983年に後者も手に入れました。隣り合う二軒は、いま同じ一族の手にあります。ペサックにはもう一軒、教皇の名を持つパプ・クレマンがあります。

南へ下るとレオニャンです。ドメーヌ・ド・シュヴァリエは赤が90%の畑から、赤白ともに格付けを受けたワインを出します。オー・バイィは格付けが赤のみで、ひとまとまりの30haに樹齢100年の古木が残ります。カルボニューは100haのうち白の比重が大きく、歴史的に白で知られてきた一軒です。マラルティック・ラグラヴィエールは1997年からボニー家の手にあり、畑はUGCBの資料で73haです。さらに南のマルティヤックでは、スミス・オー・ラフィットが80haのギュンツ期の砂利の上で、自前の樽を使って赤と白を造ります。

選び方と、注ぐ場面

ラベルで見たいのは三つです。「Pessac-Léognan」はAOCの名前。「Cru Classé de Graves」は格付けの一軒である印。そして色です。格付けは赤と白で別なので、スミス・オー・ラフィットの白のように、格付けの対象でない色のワインもあります。ペサック・レオニャンの仕様書は「Vin de Graves」「Grand Vin de Graves」の併記も認めています。

はじめての一本なら、白から入る手があります。カルボニューは白の量がまとまった一軒で、セカンドのラ・クロワ・ド・カルボニューは国内通販で4,500円台の例も見られます。赤なら、同じくセカンドのル・クラランス・ド・オー・ブリオンで第1級の入口に触れることもできます。価格は年と店で変わるため、目安としてご覧ください。

注ぐ場面は、白なら魚の料理です。天ぷらや焼き魚、樽の香りのある白なら鶏のローストも合わせやすいでしょう(編集部の提案)。赤はローストビーフやステーキに。カウンターで同じシャトーの赤と白を一杯ずつ頼めるなら、砂利の丘が二つの色をどう分けるのかが見えてきます。メドックと比べるならメドック格付け、ボルドー全体の地図は第5講 ボルドー完全編にまとめています。樽の役割は第63講も手がかりになります。

次回は産地講座に戻り、第98講『ナパ・ヴァレー完全編』をお届けします。ボルドーの品種をカリフォルニアの光の下で育てた谷の、畑の区分と造り手をたどります。

主要生産者と作風

※各ドメーヌの作風は一般的な評価に基づく傾向です。キュヴェやヴィンテージにより表情は変わります。

メドックの外から、ただ一軒の第1級

シャトー・オー・ブリオン

Château Haut-Brion / ペサック

INAOの仕様書は、ジャン・ド・ポンタックが1531年から1551年にかけて区画を重ねて築いたこの地の事業を、のちの「シャトー」の原型と位置づけています。1663年にはロンドンで日記作家サミュエル・ピープスが「Ho Bryan」を飲んだと書き留めました。1855年の格付けで第1級となり、1935年に米国の銀行家クラレンス・ディロンが取得。デキャンター誌の資料では畑は51.5ha、白はそのうち約2.8haです。グラーヴ格付けの一覧では赤が対象で、白の扱いには諸説あります。家の詳しい歩みはシャトー・オー・ブリオンのページにまとめています。

隣に立つ、ディロン家のもう一軒

シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオン

Château La Mission Haut-Brion / タランス

オー・ブリオンの隣にあり、産地の組合の一覧ではタランスのシャトーとして載っています。1983年にドメーヌ・クラレンス・ディロンが、ラ・トゥール・オー・ブリオン、ラヴィル・オー・ブリオンとともに取得しました。赤がグラーヴ格付けの一軒である一方、格付けの白を担ったのはラヴィルで、その白は2009年産からラ・ミッション・オー・ブリオンの白の名に変わりました。ラ・トゥールは2005年産が最後とされ、2006年産からは、ぶどうがセカンドのラ・シャペルへ回されています。

教皇の名を残す畑

シャトー・パプ・クレマン

Château Pape Clément / ペサック

名は、のちに教皇クレメンス5世となるベルトラン・ド・ゴ(1264〜1314)に由来します。ボルドーの生産者団体ユニオン・デ・グラン・クリュ(UGCB)の資料によれば、2022年に770回目の収穫を数えました。いまの当主はベルナール・マグレです。ベリー・ブラザーズ&ラッド(BBR)によれば、1959年の修正で赤が格付けに加わりました。UGCBの資料で畑は90ha、赤はメルロー52%、カベルネ・ソーヴィニヨン45%。白はセミヨン49%、ソーヴィニヨン・ブラン43%、ソーヴィニヨン・グリ8%と、セミヨンが軸です。白は格付けの対象ではありません。

スコットランド商人の名と、自前の樽工房

シャトー・スミス・オー・ラフィット

Château Smith Haut Lafitte / マルティヤック

公式の説明では、18世紀半ばにスコットランドのワイン商ジョージ・スミスが取得して自分の名を付けました。1842年にはボルドー市長のデュフール=デュベルジェが、1958年には商社エシェナウアーが所有し、1990年にダニエルとフロランス・カティアール夫妻が引き継ぎました。畑はひとまとまりの80ha、ギュンツ期の砂利の上にあります。1993年に樽職人を迎えて、いまは樽のほとんどを自社で造り、2019年にオーガニック認証を得ました。グラーヴ格付けの対象は赤だけですが、公式は赤と白の両方を看板に掲げています。

赤も白も格付け、白は1割の畑から

ドメーヌ・ド・シュヴァリエ

Domaine de Chevalier / レオニャン

赤白ともにグラーヴ格付けの一軒。1983年にベルナール家が取得し、オリヴィエ・ベルナールが40を超えるヴィンテージを重ねてきました。UGCBの資料で畑は67ha、うち赤60ha、白7ha。年産は赤12万本、白2万5,000本です。赤はカベルネ・ソーヴィニヨン63%、メルロー30%、プティ・ヴェルド5%、カベルネ・フラン2%。白はソーヴィニヨン・ブラン70%、セミヨン30%です。

百年の古木が残る30ha

シャトー・オー・バイィ

Château Haut-Bailly / レオニャン

公式の年表は、丘の上の土地に1461年からぶどうの記録があると伝えます。1872年に取得したアルシード・ベロ・デ・ミニエールは「ぶどう栽培者の王」と呼ばれ、1955年にダニエル・サンデルスが引き継ぎました。1998年に米国の銀行家ロバート・ウィルマーズが取得し、2017年の死後は家族が受け継いでいます。UGCBの資料で畑はひとまとまりの30ha、カベルネ・ソーヴィニヨン60%、メルロー34%。畑の4分の1ほどが樹齢100年の古木です。グラーヴ格付けの対象は赤です。

白が半分近くを占める100ha

シャトー・カルボニュー

Château Carbonnieux / レオニャン

始まりはボルドーのサント・クロワ修道院のベネディクト会士たちとされ、UGCBの資料では13世紀からぶどうが植えられ続けています。いまは四代にわたるペラン家の手にあり、フィリベール・ペランは産地の組合の会長も務めます。赤白ともにグラーヴ格付け。畑は100ha、年産は赤約18万本に対して白約15万本。産地全体で白が約5分の1であることを思うと、白の比重の大きさが際立ちます。赤はカベルネ・ソーヴィニヨン50%、メルロー40%、白はソーヴィニヨン・ブラン70%、セミヨン30%です。

ボニー家の1997年から

シャトー・マラルティック・ラグラヴィエール

Château Malartic-Lagravière / レオニャン

UGCBの資料によれば、18世紀にマラルティック伯爵が取得した土地で、1850年まではドメーヌ・ド・ラ・グラヴィエールと呼ばれていました。1997年にボニー家が取得し、いまはジャン=ジャックとヴェロニクのボニー夫妻が共同で所有します。畑は73ha、年産は約15万本。赤はメルロー55%、カベルネ・ソーヴィニヨン42%、白はソーヴィニヨン・ブラン79%、セミヨン21%です。BBRによれば白は1959年の修正で格付けに加わり、いまは赤白ともに格付けの一軒です。

品種や土地が近い銘醸地

共通する主な品種が多い順に並べています(同じ数なら、同じ地方・同じ国の銘醸地を先に)。

ペサック・レオニャンとグラーヴのよくある質問

ペサック・レオニャンとグラーヴは何が違いますか?
グラーヴは、ボルドーの北からランゴンの南東まで、ガロンヌ左岸に幅およそ10kmで続く43コミューンの産地で、AOCは1937年に認められました。ペサック・レオニャンはその北部の10コミューンが1987年に名乗るようになったAOCで、INAOは「グラーヴの範囲の一部であり、もとの土地」と説明しています。どちらも赤と辛口の白のAOCです。ラベルの「Pessac-Léognan」は北部の10コミューン、「Graves」は帯全体、と読むとわかりやすいでしょう。
グラーヴ格付けはAOCとは別のものですか?
別のものです。AOCは産地と造り方の決まりで、誰でも条件を満たせば名乗れます。グラーヴ格付けは1953年に始まり1959年に修正された、シャトーのワインの一覧です。赤、白、または赤白の別があり、順位はありません。AOCより先に生まれたため「グラーヴ」の名が残っていますが、対象の16軒はすべていまのペサック・レオニャンの範囲にあり、ラベルには「Cru Classé de Graves」と書くことができます。統合を経て、いまは14軒です。
オー・ブリオンはなぜメドックではないのに1855年の格付けに入ったのですか?
1855年の一覧は、ボルドーの仲買人たちが取引価格をもとに作ったものです。メドック以外の赤で名を連ねたのはオー・ブリオンだけで、当時の取引価格がメドックの第1級と並ぶ水準にあったためと説明されています。第1級は当時4軒で、ラフィット、ラトゥール、マルゴーとともに選ばれました。のちのグラーヴ格付けにも赤で入ったため、二つの格付けに名前のある唯一のシャトーです。一覧の全体は<a href="/regions/grands/medoc-1855.html">メドック格付け</a>の図鑑へ。

最終更新: 2026-11-07 / 編集: Vinotier編集部