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ワインガイド Vinotier
銘醸ワイン図鑑

ポムロール

Pomerol / フランス・ボルドー右岸
産地
フランス・ボルドー右岸
スタイル
粘土と礫の小さな台地が生む、メルロー主体のなめらかで深い赤
主な品種
メルロー・カベルネ・フラン
手前いっぱいに夏のぶどう畑が広がり、その向こうに尖塔のある教会と白いシャトーの建物が青空の下に並ぶ
手前いっぱいに夏のぶどう畑が広がり、その向こうに尖塔のある教会と白いシャトーの建物が青空の下に並ぶ / Photo: “Pomerol” by Pascal3012, CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
このページの要点

ポムロール(Pomerol)は、フランス・ボルドー右岸、リブルヌの町の北東に広がる赤ワインだけの原産地呼称(AOC、1936年認定)です。産地はポムロール村の全域とリブルヌ市の北部で、面積は約800ヘクタール、栽培者は約140。ボルドー全体の1%に満たない小さな産地です。品種はメルローが約8割で、カベルネ・フランがそれに続きます。メドックやサン=テミリオンと違って公式の格付けを一度も設けていないにもかかわらず、ペトリュスやル・パンといった、世界でもっとも高価な赤ワインのいくつかを生んでいます。

この記事の目次

第67講「土壌とテロワール完全編」の最後に、こう予告しました——ボルドー右岸の台地の頂に露出した粘土と、そこに立つ11ヘクタールあまりの畑の話を、と。

ボルドーの赤といえば、多くの人はメドックの壮麗なシャトーと、1855年の格付けを思い浮かべます。ところが、世界でもっとも高価なボルドーの赤は、格付けを持たない、平坦で小さな台地から生まれています。教会の尖塔が見わたせるほどの広さに、農家のような建物が点々と並ぶ——それがポムロールです。

約800ヘクタールの、小さな台地

ポムロールは、ボルドー市の東、ドルドーニュ川沿いの町リブルヌの北東にあります。原産地の区域はポムロール村の全域とリブルヌ市の北部で、北はバルバンヌ川を境にラランド=ド=ポムロールと、南東はサン=テミリオンと接しています。

ボルドーワイン委員会(CIVB)の数字では、面積は813ヘクタール、栽培者は138。ボルドー全体のわずか0.7%です。INAO(フランス国立原産地・品質研究所)の仕様書によれば、1経営あたりの平均はおよそ6ヘクタールで、協同組合もありません。小さな家族経営のシャトーが寄り集まった産地、というのがポムロールの素顔です。

赤ワインだけの産地。 ポムロールのAOCは赤ワインのみです。許可されている品種はメルロー、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨン、コット(マルベック)、プティ・ヴェルドの5つ。INAOの仕様書は、メルローを「圧倒的多数」と書いています。

もうひとつ大事な特徴が、公式の格付けがないことです。メドックには1855年の格付けが、隣のサン=テミリオンには見直し制の格付けがありますが、ポムロールは一度も公式の格付けを設けていません。シャトーの序列は、評判と市場価格が決めています。

粘土、礫、そして「鉄のかさぶた」

ポムロールの土は、ひとことで言えば礫(砂利)と粘土です。INAOの仕様書は、台地を東から西へ、三つの帯として説明しています。

  1. 高位の段丘(標高30〜40メートル) 中央山塊から川が運んできた、赤みを帯びた砂・礫・小石の層。その下、深さはまちまちなところに、水を含むと膨らむ粘土(スメクタイト)に富む第三紀の層が眠っている。
  2. 中位の段丘(標高20〜25メートル) 砂まじりの粘土のなかに礫が散らばる。
  3. 斜面と裾 上から崩れてきた土が溜まった場所。西のイル川の谷に向かって、土地はゆるやかに下っていく。

そして仕様書が品質の要素として挙げるのが、第三紀の粘土層(ぶどうをゆっくり熟させ、水の供給を安定させる)、地表の礫(水はけと照り返し)、そして「クラス・ド・フェール(crasse de fer)」——直訳すれば「鉄のかさぶた」と呼ばれる、酸化鉄で固まった層です。この層はフランス地質調査所の地質図にも実際に記載されています。

台地の頂でも、もっとも高いあたりは標高40メートル前後(ラ・コンセイヤントは自社の畑の最高点を42メートルとしています)。山と呼べるような起伏はなく、見わたすかぎり平らに近い土地です。ポムロールでは、わずか数メートルの高低差と、土の中身の違いが、畑の性格を分けています。

石造りの二階建ての建物と、背の高い松の木の前に、濃紫に熟した房をつけたぶどうの列が続く。足元は乾いた砂まじりの土
ペトリュスのシャトーと畑。台地のもっとも高いあたり、粘土が地表近くに現れる場所にある。建物は驚くほど簡素で、ボルドーの「シャトー」という言葉の印象とはずいぶん違う / Photo: “Pétrus (château) 02” by Giogo, CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

「世界に唯一の青い粘土」は本当か

ペトリュスを紹介する文章には、決まって「青い粘土」が登場します。4,000万年前の粘土、世界でここにしかない粘土——と。

事実を確かめると、少し違う絵が見えてきます。フランス地質調査所の地質図(5万分の1「リブルヌ」)によれば、ポムロール台地の下の基盤は第三紀の地層で、その粘土鉱物はスメクタイトが60〜70%を占めます。スメクタイトは水を含むと膨らみ、乾くと縮む性質を持つ粘土です。ところが、同じようにスメクタイトの多い地層は、リブルヌ一帯に広く分布しています。粘土の種類そのものは、決して唯一ではありません。

では何が特別なのか。それは位置関係です。ふつう、この粘土の上には第四紀の砂利の層が厚く覆いかぶさっています。ところが台地の頂のごく一部で、侵食によって砂利がはがれ、粘土が地表近くに顔を出している。生産者たちはこの部分を「ボタン穴(boutonnière)」と呼び、ペトリュスの畑はまさにその上にあるとされます(なお、この語は地質図の本文には現れず、産地での通称です)。

「4,000万年前」は丸めた数字。 ペトリュスの粘土はよく「4,000万年前の粘土」と紹介されます。地質図が台地の直下に当てているのは第三紀のなかでも下部漸新世(およそ3,400万〜2,800万年前)の地層で、「4,000万年」はおおまかな丸め値と考えるのが妥当です。土壌がワインに与える影響の考え方は第67講で詳しく扱いました。粘土が効いているのは「粘土の味」としてではなく、ぶどうへの水の供給を穏やかにし続けるという形で、です。

騎士団の十字路から、ベルギーの食卓へ

ポムロールの歴史について、INAOの仕様書は次のような物語を記しています。台地をローマ時代の街道が二本横切り、12世紀には聖ヨハネ騎士団(エルサレムの聖ヨハネ救護騎士団)の最初の拠点がここに置かれ、そこからぶどう栽培が広がった。ポムロールの救護所は、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼の宿場だった——と。公的な文書が採用している説ですが、12世紀という年代を中世の史料で独自に確かめることはできていないため、ここではそう伝えられていると書いておきます。

確かな記録が現れるのは18世紀です。百年戦争で荒れた土地は18世紀半ばに再建され、1761年の記録には、リブルヌの商人ルイ・レオナール・フォントモワンの畑が、8年間で白ぶどうから黒ぶどうへ植え替えられたことが記されています。その黒ぶどうとは、プレサック(コット)、ブーシェ(カベルネ・フラン)、そしてメルロー。いまのポムロールの品種構成の、はっきりした出発点です。

それでも、仕様書自身が認めるとおり「ポムロールの名声は19世紀後半まで限られていた」。販路を開いたのは、フランス中部のコレーズ地方から移り住んだ人々でした。彼らはリブルヌで商人となり、パリへの鉄道とともにフランス北部へ、そしてベルギーへと、ポムロールのワインを運びました。メドックの顧客がイギリスだったのに対し、ポムロールを最初に愛したのはベルギーの食卓だったのです。ヴュー・シャトー・セルタンを1924年に買ったティエンポン家がベルギーのワイン商だったのも、この流れのなかにあります。

「1878年のパリ万博で金賞」について。 ペトリュスが1878年のパリ万国博覧会で金賞を受け、メドックの第2級並みの値がついた——という話が広く紹介されています。本稿では、万博の受賞記録やペトリュス側の一次資料で確認することができませんでした。そう伝えられている逸話として扱ってください。

制度の整備は20世紀に入ってからです。1900年に生産者組合が発足し(初代会長はラ・コンセイヤントのルイ・ニコラ)、1928年のジロンド県の裁判所の判決で産地の範囲が定まり、1936年12月8日の政令でAOCとして認定されました。

ムエックスと、ペトリュス

ポムロールが世界の頂点に上った物語は、ひとつの家族の名前を抜きには語れません。ムエックスです。

ジャン=ピエール・ムエックスは1937年、リブルヌでワイン商の事業を興しました。1940年代、ペトリュスの所有者だったルバ夫人は、その販売をムエックスに任せます。ムエックスはその後、自らもポムロールのシャトーを手に入れていきました——1950年にラ・フルール・ペトリュス、1953年にトロタノワ。1961年にルバ夫人が亡くなると、1964年に甥の持ち分をムエックスが買い取り、1969年には残りの持ち分とともに、隣のガザンの畑約5ヘクタールを加えました。ペトリュスの畑が約7ヘクタールから約11.4ヘクタールになったのは、このときです。

ジャン=ピエール・ムエックスは事業を二人の息子に分けました。長男ジャン=フランソワはワイン商のデュクロとペトリュスを、次男クリスチャンはワイン商としての本体(エタブリスマン・ジャン=ピエール・ムエックス)を継ぎます。クリスチャンは1970年から2008年までペトリュスの運営を担い、2009年からはジャン=フランソワの家族が経営しています。よく「2008年に資産が分割された」と書かれますが、実際には、所有はもともとジャン=フランソワの側にあり、2008年を最後にクリスチャンが運営から退いた、というのが正確です。

醸造の現場では、1964年から2008年までジャン=クロード・ベルエが44年にわたってペトリュスの醸造を率い、その後を息子のオリヴィエ・ベルエが継ぎました。一方、クリスチャンの側のムエックス社は、トロタノワ、ラ・フルール・ペトリュス、1999年に取得したオザンナなどを率いています。

格付けがないのに、なぜ最高値なのか

ポムロールの最大の謎は、これでしょう。国の格付けを一度も持たない産地が、なぜ世界最高値の赤を生むのか。

  1. 量が、極端に少ない 産地全体で約800ヘクタール、ペトリュスの畑は約11ヘクタール、ル・パンは約2.7ヘクタール。メドックの一級シャトーが数十ヘクタールから100ヘクタール規模であるのと比べると、桁が違います。
  2. 台地の頂という、限られた場所 粘土が顔を出す「ボタン穴」は台地のごく一部で、生産者たちはその周辺を約20ヘクタールと説明します。条件の良い場所が、物理的に広げられません。
  3. 販路と評価の積み重ね 1940年代からムエックスが築いた販売網が、欧米の顧客にポムロールを届けました。さらに専門誌の見方では、1982年ヴィンテージへの米国の評論家ロバート・パーカーの高い評価が、需要と価格を一気に押し上げたとされます。
「格付けがない」と「序列がない」は違う。 公式の格付けはありませんが、ポムロールに序列がなかったわけではありません。レヴァンジルは、1868年版のボルドー年鑑で「オー・ポムロールの第一級」と記されたと紹介しています。また1929年版の年鑑に、生産者組合による5段階の序列(最上位はペトリュス)が載っていたとする生産者の記事もあります。制度として定められた格付けがない、というのが正確な理解です。格付けと市場価格の関係はメドック1855年格付けとあわせて読むと面白いでしょう。

メルローと、ブーシェ

ポムロールはメルローの産地です。ボルドーワイン委員会の数字では、作付けの約80%がメルロー、約15%がカベルネ・フラン、約5%がカベルネ・ソーヴィニヨン(比率は資料によって揺れ、メルローを約70%とするものもあります)。INAOの仕様書は、メルローは粘土質の礫土で、カベルネ系はより礫の多い土で最もよく育つとしています。冷たく水を保つ粘土は、成熟の早いメルローにとって、乾きすぎず、熟しすぎない環境をつくります(品種の基本は品種図鑑:メルローに)。

支柱と針金に沿って茂る緑の葉の下に、濃い紫色に熟したメルローの房がいくつも垂れ下がっている
ポムロールのメルロー(シャトー・ル・ボン・パストゥールの畑)。果皮が比較的薄く、早く熟す品種で、粘土の冷たさと水もちがその成熟を穏やかにする / Photo: “Merlot grapes at Château Le Bon Pasteur, Pomerol” by Megan Mallen, CC BY 2.0(Wikimedia Commons)

それでも、ポムロールを本当に面白くしているのは、脇役のはずのカベルネ・フランです。この土地では昔からブーシェ(Bouchet)という地元の名で呼ばれてきました。ラフルールはブーシェとメルローをほぼ拮抗させ、ヴュー・シャトー・セルタンはカベルネ・フランとカベルネ・ソーヴィニヨンを3割前後加えます。メルローの丸さに、フランのスミレや鉛筆の芯のような香りと、すっと伸びる骨格が加わる——ポムロールの上位のワインが「豊かなのに重くない」と評されるのは、この組み合わせによるところが大きいとされます(品種図鑑:カベルネ・フラン)。

反対に、トロタノワやペトリュスのように、近年メルロー100%へ寄せていったシャトーもあります。同じ台地の上で、ブーシェを重んじる家と、メルローに賭ける家が隣り合っている。その違いを飲み比べられるのも、ポムロールの楽しみです。

ヴィンテージの読み方

ポムロールは粘土の水もちがよいため、乾燥した暑い年に強いとよく言われます。実際、ワイン・スペクテイター誌の右岸の評価でも、2019年、2020年は「ポムロールの粘土が好結果をもたらした」年として語られています。

  • 2005年(97点)——「驚くべきポムロール」と評された年
  • 2009年(96点)・2010年(98点)——ふたつ続いた偉大な年。2009年はポムロールが傑出したとされる
  • 2015年(97点)・2016年(94点)——2016年は粘土の土壌が強さを見せた
  • 2021年(84点)——霜と雨でばらつきの大きかった年
  • 2022年(97点)——極端な干ばつの年。深い粘土の中心部は持ちこたえた一方、台地の縁の礫や砂の畑は傷みを受けたとされ、畑による差が大きい年でもあった

点数は評価者によって違うので、目安として使ってください。ヴィンテージの考え方そのものは第29講「ヴィンテージ完全編」で扱っています。

選び方と、食卓

ポムロールは、ボルドーのなかでも価格が高い産地です。上の価格帯は、ワイン・サーチャーに集計された米国の平均価格(税抜・750ml、2026年9月時点)をもとにした目安で、日本の店頭では為替や輸送費によって上下します。

  1. まず中堅のシャトーの、良い年を ネナンやガザンのような、海外平均で100ドル前後のシャトーの、評価の高いヴィンテージから入るのがおすすめです。ポムロールらしい丸さと、トリュフや腐葉土を思わせる香りがつかめます。もっと手頃に雰囲気を知りたければ、隣のラランド=ド=ポムロールという選択肢もあります。
  2. 次に、ブーシェの家とメルローの家を比べる ヴュー・シャトー・セルタン(カベルネ・フラン多め)とトロタノワ(メルロー主体)を並べると、同じ台地の上で品種の配合がどれだけ性格を変えるかがよくわかります。
  3. 記念の一本は、寝かせる前提で 上位のシャトーは、メルロー主体とはいえ10年以上たってから真価を見せることが多いワインです。ラベルの情報の読み方は第41講「ラベルの読み方」をどうぞ。

飲み方は、16〜18℃くらいから。若いものはデキャンタで空気に触れさせると、果実とタンニンがほどけます。料理は、ポムロールの豊かな果実と、粘土由来と言われる土っぽい香りに寄り添うものを。鴨のロースト、仔羊、牛のフィレ、きのこのソテー、トリュフを使った料理。日本の食卓なら、すき焼きや、椎茸をたっぷり使った牛肉の煮込み、鴨のつけ汁そばといった、甘辛い旨みのある料理ともよく合います。

ボルドー全体の地図は第5講「ボルドー完全編」で、左岸の格付けの物語は銘醸図鑑「メドック1855年格付け」で、甘口の頂点は銘醸図鑑「ソーテルヌ」でどうぞ。格付けという物差しを持つ左岸と、評判だけで頂点に立った右岸。同じボルドーの赤でも、その価値の決まり方はまるで違います。

主要生産者と作風

※各ドメーヌの作風は一般的な評価に基づく傾向です。キュヴェやヴィンテージにより表情は変わります。

粘土の台地の頂点

ペトリュス

Petrus

台地のもっとも高いあたり、膨潤性の粘土が地表近くに現れる区画に畑を持つ、ポムロールの象徴です。畑は約11.4ヘクタール。もとの約7ヘクタールに、1969年、隣のシャトー・ガザンから約5ヘクタールを買い足して現在の形になりました。1940年代、当時の所有者ルバ夫人が販売をジャン=ピエール・ムエックスに託したことが、世界的な名声への転機とされます。現在はジャン=フランソワ・ムエックスの家族が所有・経営し(2009年から)、醸造は1964年から2008年までジャン=クロード・ベルエ、2008年からは息子のオリヴィエ・ベルエが担っています。近年はほぼメルローのみ。生産量は年に約3万本の規模とされます。2018年には、米国拠点の投資家アレハンドロ・サント・ドミンゴが株式の20%を取得したと報じられ、ペトリュス側も確認しました(経営は引き続きムエックス家)。

1979年生まれの、小さな伝説

ル・パン

Le Pin

ヴュー・シャトー・セルタンを持つティエンポン家が1979年に小さな畑を手に入れ、その年が初ヴィンテージ。現在の面積は約2.7ヘクタールで、ほぼメルローのみから造られます。ごく少量の生産と、濃密で官能的な果実味で1980年代に一気に評価を高め、しばしば「ガレージワインの先駆け」と紹介されます。ただし当主ジャック・ティエンポン自身は「ル・パンはガレージワインではない」と否定しており、ここではそう評されることがあるという書き方にとどめます。ペトリュスと並ぶ、ポムロールの別格の一本です。

カベルネ・フランを語る家

ラフルール

Château Lafleur

公式サイトによれば1872年、現当主家の直系の祖先アンリ・グルルーが創設し、以来同じ区画から収穫を続けてきたシャトーです。1985年からギノドー家が経営し、現在はシルヴィ、ジャック、ジュリー、バティストのギノドー家の人々が率いています。面積は約4.5ヘクタールとされる小さな畑で、特徴はブーシェ(カベルネ・フランの地元名)の比率の高さ。メルロー主体の産地にあって、カベルネ・フランとメルローをほぼ拮抗させる構成(比率は資料によって表現が揺れます)が、香りの高さと張りのある骨格を生むと評されます。価格はペトリュス、ル・パンに次ぐ水準です。

ベルギーの一族と、フランの香り

ヴュー・シャトー・セルタン

Vieux Château Certan

1924年、ベルギーのワイン商ジョルジュ・ティエンポンが購入し、以来ティエンポン家が守る約14ヘクタールのシャトーです(通称VCC)。現在はアレクサンドル・ティエンポンが率い、息子のギヨームが補佐しています。ペトリュスの畑と隣り合う位置にありながら、メルローにカベルネ・フランとカベルネ・ソーヴィニヨンを3割前後加える構成が伝統で(比率は資料により約65〜70%がメルロー)、ポムロールのなかでも香りの高さと上品な骨格で語られることの多い一本です。ル・パンを興したのも同じティエンポン家の一員です。

「耕すのに疲れる」黒い粘土

トロタノワ

Château Trotanoy

1953年にジャン=ピエール・ムエックスが購入した、ムエックス系の重要なシャトーです。畑は7.20ヘクタール。礫を含む粘土と、「鉄のかさぶた(crasse de fer)」と呼ばれる酸化鉄の層の上に載った黒い粘土が特徴で、この粘土は乾くとコンクリートのように固まり、耕すのに骨が折れた——それが名前の由来だと伝えられます(trop ennuie=うんざりする)。現在の公式表示はメルロー100%(かつてはカベルネ・フランを1割ほど含んだ時期もあります)。凝縮した力強さで語られることの多い一本です。

ラフィットの右岸

レヴァンジル

Château L'Évangile

1990年にドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト(ラフィット)が取得したシャトーです。畑は22ヘクタール超、43区画。公式サイトによれば、北はペトリュスの畑と接し、南は小道一本で隣のサン=テミリオンのシュヴァル・ブランと隔てられるという、台地の東の縁の一等地にあります。品種はメルロー79%、カベルネ・フラン20%、カベルネ・ソーヴィニヨン1%。1868年版のボルドー年鑑(コックス&フェレ)で「オー・ポムロールの第一級」と記されたと、同社は紹介しています。メドックの名門の手が入った、厚みと華やかさを併せ持つ一本と評されます。

小さな畑の、職人の家

レグリーズ・クリネ

Château L'Église-Clinet

1983年にこの小さな家族経営のシャトーを継いだドゥニ・デュラントゥが、古木の畑と丁寧な仕事で国際的な評価に押し上げた造り手です。畑は約4.4〜4.5ヘクタール。デュラントゥは2020年5月、62歳で長い闘病の末に亡くなり、以後は家族(3人の娘たち)が蔵を引き継いでいます。精緻さと深みを兼ね備えた一本と評されます。生産量が少なく、見かける機会は多くありません。

紫のキャップシール

ラ・コンセイヤント

Château La Conseillante

1871年からニコラ家が所有するシャトーです。畑は12ヘクタール、16区画で、公式サイトによれば北東は粘土、南西は礫。サン=テミリオンとの境にあり、隣はシュヴァル・ブランとレヴァンジルです。ルイ・ニコラがデザインしたラベルは、角を落とした形に銀の縁取り、中央に「N」、キャップシールは紫——ワイン売り場で遠目にもわかる一本です。2003年から5代目のベルトランとジャン=ヴァルミ・ニコラが経営しています。ポムロールのなかでも華やかで香り高く、絹のようなスタイルで語られることが多い造り手です。なおポムロールの生産者組合(1900年設立)の初代会長もルイ・ニコラでした。

メドックの名手が手がける右岸

ネナン

Château Nénin

1847年から続いたデピュジョル家の手を離れ、1997年、収穫の直前にジャン=ユベール・ドゥロンが購入しました。ドゥロン家はサン=ジュリアンの格付け第2級レオヴィル・ラス・カーズの所有者です。総面積は32ヘクタールと、ポムロールとしては大きめ。品種はメルロー76%、カベルネ・フラン23%、カベルネ・ソーヴィニヨン1%。引き締まった骨格を持ち、熟成させて真価を見せるタイプと評されます。ポムロールのなかでは比較的手の届きやすい価格帯にあります。

よくある質問

ポムロールとはどんなワインですか?
フランス・ボルドー右岸、リブルヌの町の北東に広がる、赤ワインだけの原産地呼称(AOC)です。1936年に認定され、産地はポムロール村の全域とリブルヌ市の北部。面積は約800ヘクタール、栽培者は約140で、ボルドー全体の1%にも満たない小さな産地です。メルローを主体に、なめらかなタンニンと豊かな果実味を持つ赤が造られます。
ポムロールには格付けがないのですか?
国の公式な格付けは一度も設けられていません。メドックには1855年の格付けが、隣のサン=テミリオンには1955年からの格付けがありますが、ポムロールのシャトーの序列は、評判と市場価格によって決まっています。ただし序列がまったくなかったわけではなく、19世紀のボルドー年鑑には「オー・ポムロールの第一級」といった記載も見られます。公式の格付けがない、というのが正確な言い方です。
格付けがないのに、なぜペトリュスはあれほど高いのですか?
理由はひとつではありません。第一に、量が極端に少ないこと。ペトリュスの畑は約11.4ヘクタール、年産は3万本規模で、メドックの一級シャトーの数分の一です。第二に、台地の頂に粘土が顔を出すという畑の条件。第三に、1940年代からジャン=ピエール・ムエックスが築いた販売網によって、欧米の顧客に早くから届いたこと。1980年代には米国の評論家ロバート・パーカーの高い評価が需要に拍車をかけたとも言われます。格付けという「制度の保証」がなくても、希少性と評価の積み重ねが価格をつくった例です。
「ペトリュスの青い粘土は世界で唯一」というのは本当ですか?
誇張です。台地の下にある、水を含むと膨らむ性質の粘土(スメクタイト)は、フランス地質調査所の地質図によれば、ポムロールを含むリブルヌ一帯に広く分布しています。特別なのは粘土の種類ではなく、その粘土が、上を覆う砂利の層を突き抜けて台地の頂近くに顔を出しているという位置関係のほうです。生産者はその部分を「ボタン穴(boutonnière)」と呼びますが、これは地質学の用語ではなく、産地での通称です。
サン=テミリオンとはどう違うのですか?
どちらもボルドー右岸でメルローが主体ですが、性格は違います。サン=テミリオンは面積がポムロールの何倍も広く、石灰岩の丘と斜面、砂や礫の平地まで土地が多様で、1955年から見直し制の公式格付けがあります。ポムロールは起伏の少ない小さな台地で、粘土と礫の土壌、格付けなし。一般に、ポムロールのほうがより丸く、ビロードのような質感と表現されます。
ラランド=ド=ポムロールは、ポムロールと同じですか?
別の原産地呼称です。北側のバルバンヌ川を挟んだ隣の産地で、ポムロールと同じ1936年に認定されました(のちにネアック村も加わりました)。同じくメルロー主体の赤で、名前は似ていますが、価格はポムロールよりかなり手頃です。ポムロールの雰囲気を知る入口として選ばれることもあります。
当たり年はいつですか?
ワイン・スペクテイター誌の右岸のヴィンテージ評価では、2005年(97点、「驚くべきポムロール」)、2009年(96点)、2010年(98点)、2015年(97点)、2022年(97点)が高く評価されています。2019年や2020年は、粘土の土壌が好結果をもたらした年として語られます。一方、霜と雨に見舞われた2021年は84点とばらつきの大きい年でした。ただし採点は評価者によって異なるので、目安として使ってください。
どう選び、どう楽しめばいいですか?
いきなりペトリュスやル・パンを狙う必要はありません。ネナンやガザンのような中堅のシャトーの、評価の高い年のものから入ると、ポムロールらしい丸さとトリュフのような香りがつかめます。メルロー主体でタンニンがなめらかなため、ボルドーの赤のなかでは比較的若いうちから楽しめますが、上位のシャトーは10年以上寝かせてから真価を見せます。料理は鴨、仔羊、きのこ、トリュフを使った料理とよく合います。

最終更新: 2026-09-21 / 編集: Vinotier編集部