第65講「ノンアルコール&低アルコールワイン」の最後に、こう予告しました——今回の軽さの話とは、ちょうど反対側にある一本へ、と。
黒い岩の急斜面に、背の低い古いぶどうの株がしがみつくように並ぶ。一株から採れる実は1キロにも満たない。修道士が拓き、疫病と人口流出で見捨てられ、20世紀の終わりに数人の造り手が戻ってきたことで、わずか十数年のうちにスペインで二つしかない最上位の産地へ上りつめた——プリオラートは、「忘れられた山」が世界の注目を集めるまでの物語をそのまま抱えた産地です。土地、歴史、格付け、造り手の順に歩きます。
タラゴナの山あい、12の村
プリオラートは、地中海の港町タラゴナから内陸へ入った、タラゴナ県の中央部の山あいにあります。北をモンサン山塊の断崖が屏風のように囲み、西にフィゲラの山並み、東にモリョの丘。南はシウラナ川の流れに沿って開け、エブロ川の方角へ続いています。産地の地形の軸になっているのは、このシウラナ川とその支流が刻んだ谷です。
統制委員会の数字(2023年更新)では、産地の面積は1万7,629ヘクタール、そのうちぶどう畑は約2,197ヘクタール、栽培者は511。森と岩山と灌木のなかに、畑が点々と散らばる土地です(なお面積や生産者数は資料や年によって数字が揺れるので、「ぶどう畑2,000ヘクタール強」と覚えておくのが実際的です)。
原産地の区域は、9つの自治体——ラ・モレラ・デ・モンサン(スカラ・デイを含む)、グラタリョップス、ポレーラ、ポボレダ、トロジャ、ラ・ビレリャ・アルタ、ラ・ビレリャ・バイシャ、エル・リョアル、ベルムン——に、ファルセットの北部(マソス・デ・ファルセット)とエル・モラールの東部(ソラネス・デル・モラール)を加えたもの。これを格付け上は12の村と地区として扱います。
リコレリャ——黒く光る岩
プリオラートを語るとき、誰もが最初に口にするのがリコレリャ(llicorella)です。黒っぽい粘板岩(スレート)に石英が混じった岩で、雲母が光を反射して、斜面全体が鈍く光って見えます。薄く割れやすい岩の層の隙間に、ぶどうの根は水を求めて深く入り込みます。
この土は、ぶどうにとって楽な環境ではありません。保水力が乏しく、養分も少ない。そのうえ畑の多くは勾配15%を超え、最大で60%に達する急斜面です。統制委員会は、1株あたりの収量は平均して1キロに満たないと説明しています。房は小さく、粒も小さく、果汁に対して果皮の割合が高くなる——これが、プリオラートの赤の色の濃さと凝縮感の源です。
斜面は現地で「コステルス(costers)」と呼ばれ、機械の入れない急な場所では等高線に沿った段々畑も組まれます。こうした条件から、プリオラートは2013年に、急斜面や高地の「英雄的なぶどう栽培」を支える国際団体CERVIMに加わりました。花崗岩と片岩の違いはあれ、北ローヌのコルナスやコート・ロティの急斜面と通じる条件です(仕立てや畑仕事の基本は第59講「栽培編」でどうぞ)。
1194年の修道院と、「プリオラート」の名

産地の名の起こりは、モンサン山塊のふもとに建てられたスカラ・デイ修道院です。統制委員会の説明では、カルトジオ会の修道院として1194年に創設され、修道士たちがプロヴァンスからぶどう栽培を伝えました。修道院の長であるプリオール(prior)が治めた所領が「プリオラート(修道院領)」と呼ばれ、それがそのまま土地の名前になりました。いまの区域のうち、ラ・モレラ・デ・モンサン、グラタリョップス、ポレーラ、ポボレダ、トロジャ、ラ・ビレリャ・アルタなどの6自治体が、この旧修道院領にあたります。
ラテン語の「スカラ・デイ」は「神の階段」の意味。修道院はのちに廃され、いまは写真のような遺構が残るのみですが、その名は集落エスカラデイと、ふもとの蔵セリェルス・デ・スカラ・デイに受け継がれています。
見捨てられた山から、最上位の産地へ
中世から近世にかけて、プリオラートのワインは地域で知られた存在でした。転機は19世紀の終わり、ヨーロッパ中の畑を襲ったフィロキセラです。被害を受けた畑の多くは、植え直されることなく放棄されました。同じころ、カタルーニャでは繊維工業が栄え、若い働き手は急斜面の畑を捨てて都市へ移っていきました。統制委員会も、この人口流出が畑の再建を阻んだと説明しています。
それでも、原産地としての枠組みは早くから整えられていました。
- 1194年 スカラ・デイ修道院の創設。修道士がぶどう栽培を伝える
- 1924年・1928年 地元の村々が、産地としての公的な認定を請願
- 1932年 スペインのワイン法(ワイン憲章)で、保護される産地として認められる
- 1954年7月23日 原産地呼称(DO)の規則が承認される(官報掲載は8月11日)
- 1989年 グラタリョップスに集まった「5人組」が、最初の「クロス」を造る
- 1999年 統制委員会の本部が、レウスから産地内のトロジャへ移る
- 2000年12月18日 カタルーニャ州政府がDOQの規則を承認。リオハに次ぐスペイン2番目の最上位産地に
- 2009年 スペイン国としてDOCaに承認
- 2019年 格付け「土地の名前」を発表。2021年に最上位の3畑が決まる
DOQとDOCaは、同じ最上位の等級を、カタルーニャ語とスペイン語で呼んだものです。州が2000年に、国が2009年に承認した——この二段階を分けて覚えておくと、資料によって年号が違う理由がわかります(ラベルの表記の読み方は第41講)。
1989年の「5人組」
放棄された古木の畑に目をつけたのが、のちに「5人組(ギャング・オブ・ファイブ)」と呼ばれる造り手たちでした。
- ルネ・バルビエ(クロス・モガドール)——1979年にこの地へ来て、仲間を呼び集めた中心人物
- ジョゼップ・リュイス・ペレス(クロス・マルティネット)——1981年にこの地へ来た
- カルレス・パストラーナ(クロス・デ・ロバック)
- アルバロ・パラシオス(クロス・ドフィ、のちのフィンカ・ドフィ)——リオハの醸造家一族の出身
- ダフネ・グロリアン(クロス・エラスムス)
彼らは1989年ヴィンテージで、「クロス」を名に持つ5つのワインを世に出しました。最初期は、それぞれの畑のぶどうを持ち寄ってひとつのワインを共同で醸造し、5つのラベルで売ったと伝えられます(共同醸造が1989年だけだったのか、数年続いたのかは資料によって説明が分かれます)。
放棄されかけた古木のガルナッチャとカリニェナ、極端に低い収量、そこにカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーを加えることも辞さない柔軟さ。生まれたワインは、それまでの「田舎の濃い赤」とはまったく違う洗練を備え、海外の評論家から高い評価を受けます。2024年時点の集計では、ワイン・アドヴォケイト誌の100点を、クロス・エラスムスが4度、アルバロ・パラシオスのレルミタが3度、テロワール・アル・リミットのレス・マニェスが1度得ています。
この成功を見て、1990年代以降、新しい造り手が次々とプリオラートに入ってきました。そのうねりが、2000年のDOQ昇格へとつながっていきます。
ガルナッチャとカリニェナ
統制委員会が「推奨品種」と位置づける黒ぶどうは、ガルナッチャ(カタルーニャ語でガルナチャ)とカリニェナ(カリニェナ、サムソとも)の二つです。
| 品種 | プリオラートでの役割 |
|---|---|
| ガルナッチャ | もっとも多く植えられる主役。完熟した赤い果実と、ふくよかな厚み、高いアルコールをもたらす。南ローヌのシャトーヌフ・デュ・パプでいうグルナッシュと同じ品種 |
| カリニェナ | 酸とタンニン、色の濃さで骨格を支える。平地では大量生産向きとみなされがちな品種が、樹齢の高い古木と痩せた斜面で、力強く奥行きのある赤に変わる |
| 国際品種 | カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シラー、カベルネ・フラン、ピノ・ノワールなども許可品種。復興初期のブレンドに多く使われた |
| 白ぶどう | ガルナッチャ・ブランカ、マカベウ、ペドロ・ヒメネスなど。少量ながら、厚みのある白も造られる |
面白いのは、時代とともに主役の見え方が変わってきたことです。復興初期は、古木のガルナッチャとカリニェナに国際品種を加えて、力強さと洗練を両立させるのが一つの型でした。近年は、カリニェナの古木だけ、ガルナッチャだけで畑の個性を映そうとする造り手が増えています。マス・ドイシュの「1902」が1902年植樹のカリニェナ100%であること、テロワール・アル・リミットがガルナッチャのレス・マニェスとカリニェナのレス・トッセスを造り分けていることは、その象徴です。品種の性格は品種図鑑「グルナッシュ」でもまとめています。
格付け「土地の名前」——村名から特級畑まで
2019年5月17日、統制委員会はスカラ・デイ修道院で、新しい格付け「土地の名前(Els Noms de la Terra)」を発表しました。ブルゴーニュの村名・一級・特級のように、ワインがどの土地から来たのかを段階的にラベルへ書く仕組みです。
| 段 | 名乗れるもの |
|---|---|
| グラン・ビーニャ・クラシフィカダ | 頂点の畑。2021年発表の3畑のみ |
| ビーニャ・クラシフィカダ | とくに優れた単一の畑 |
| ヴィ・デ・パラッジェ | 459ある名前つきの区画(パラッジェ) |
| ヴィ・デ・ビラ | 12の村と地区の名。村名ワイン |
| DOQプリオラート | 産地名のみ |
上の段ほど、樹齢の条件が厳しく、収量の上限が低く、ガルナッチャとカリニェナの比率が高く求められる仕組みと説明されています(具体的な数値は、紹介する資料によって食い違いがあるため、ここでは挙げません)。
最上位のグラン・ビーニャ・クラシフィカダに選ばれた3畑は次のとおりです(2021年4月の統制委員会発表)。
- レルミタ(アルバロ・パラシオス/グラタリョップス)——2017年ヴィンテージから
- マス・デ・ラ・ロサ(バル・リャック/ポレーラ)——2019年ヴィンテージから
- 1902 トッサル・デン・ボウ(マス・ドイシュ/ポボレダ)——2019年ヴィンテージから

店頭で村名ワイン(ヴィ・デ・ビラ)を見かけたら、ラベルの村名に注目してみてください。グラタリョップスの重厚さ、標高の高いポレーラの張り、低地ベルムンの熟度——同じ造り手の村名ワインを並べると、12の村の違いが少しずつ見えてきます。
力強さと、軽やかさのあいだで
プリオラートの赤は、長く「濃くて強いワイン」の代名詞でした。暑く乾いた夏、実を小さくする岩盤、低い収量——条件がそろえば、ぶどうの糖度は上がり、アルコールは高くなります。14.5%前後は珍しくなく、アルバロ・パラシオスの「レス・テラッセス」2022年も14.5%です。第65講で見た「もともと軽いワイン」の、ちょうど反対側にあると言えるでしょう。
一方で、この20年ほどのあいだに、「強さ」だけではないプリオラートを目指す動きがはっきりしてきました。
- 標高の高い畑、北向きの斜面を選ぶ(レルミタは北東〜北向き)
- 収穫を早める、抽出を穏やかにする
- 新しい小樽を減らし、大樽やコンクリート、アンフォラを使う
- 国際品種を外し、ガルナッチャやカリニェナ単独で畑を表現する
テロワール・アル・リミットは、こうした方向の代表としてよく名前が挙がります。同じ「プリオラート」でも、造り手によって重厚なものから透明感のあるものまで、振り幅が大きくなっているのが今の姿です。
選び方と、食卓
日本でプリオラートを選ぶときは、次の三段で考えると迷いません。
- まず入口を一本 アルバロ・パラシオス「カミンス・デル・プリオラート」(2,700〜3,500円前後)のような、造り手の入門キュヴェで産地の輪郭をつかむ。ぐっと価格を抑えたいなら、隣のDOモンサンも同じ品種の手ごろな選択肢です
- 次に、同じ造り手で階段を上る 「レス・テラッセス」(8,000〜9,000円前後)、村名ワイン、「フィンカ・ドフィ」(9,000〜1万2,000円前後)と上がっていくと、樹齢と畑が味をどう変えるかがわかります
- 記念の一本に、復興の立役者を 「クロス・モガドール」(1万2,000〜1万8,500円前後)やマス・ドイシュの古木のキュヴェは、プリオラートの歴史を背負った一本。開けるなら、大ぶりのグラスで時間をかけて
飲み方のこつは、温度を上げすぎないこと。アルコールの高い赤は、室温が高いと重く感じやすいので、16〜18℃くらいから始め、少しずつ温度が上がるのを楽しむのがおすすめです(温度とデキャンタの基本は第26講)。若いうちは、デキャンタで空気に触れさせると香りが開きます。
料理は、カタルーニャの山の食卓から。炭火で焼いた子羊やソーセージ(ブティファラ)、ねぎの炭火焼きカルソッツに添えるロメスコソース、きのこや猪の煮込み。日本の食卓なら、炭火の焼き鳥(タレ)、スペアリブ、ジビエ、牛すじの煮込みあたりがよく合います。凝縮した果実と高いアルコールには、焦げ目の香ばしさと、しっかりした脂をぶつけるのが基本です(ペアリングの考え方は第27講)。
スペイン全体の地図は第14講「スペイン完全編」で、熟成で語るもう一つの最上位産地は銘醸図鑑「リオハ」でどうぞ。同じ最上位の格付けを持ちながら、熟成期間で階段を作るリオハと、土地の名前で階段を作るプリオラート——並べて読むと、スペインワインの二つの顔が見えてきます。