第79講「肉料理とワイン完全編」では、肉の脂とタンニンの関係を見てきました。今回は、子羊の窯焼きを郷土の名物に持つ、スペイン内陸の赤の銘醸地をたどります。
スペインの赤といえば、まずリオハの名が挙がるでしょう。そのリオハと並び称されるのが、マドリードの北、ドゥエロ川沿いの高原に広がるリベラ・デル・ドゥエロです。19世紀から続く伝説の蔵と、1980年代に一気に世界へ名を広めた新しい造り手。古さと新しさが同居する産地の姿を、畑と規則、造り手の顔ぶれから見ていきます。
ドゥエロ川沿いの、長い帯
リベラ・デル・ドゥエロの区域は、ブルゴス、バリャドリッド、ソリア、セゴビアの4県にまたがります。規約によれば、ドゥエロ川に沿って長さ約115km・幅約35kmの帯状の地域で、区域は118の集落単位で定められています。中心の町は、ブルゴス県のアランダ・デ・ドゥエロと、バリャドリッド県のペニャフィエル。統制委員会はその間のロア・デ・ドゥエロに置かれています。
統制委員会の2025年収穫報告書と統計から、いまの規模を見ておきましょう。
- 栽培面積──約27,470ha(2025年11月時点)
- ボデガ(ワイナリー)──316社
- 栽培農家──4,902人。2024年から長く出荷のない畑の登録を抹消したため、以前の約8,000人から大きく減りました
- 出荷本数──2025年は約9,240万本。過去最多は2022年の約1億70万本
出荷のうち、熟成区分のないワインが約6,650万本で、全体のおよそ7割。クリアンサが約1,970万本、レセルバが約580万本、グラン・レセルバは約38万本で、全体の0.4%ほどにすぎません。名高い長期熟成の赤は、産地のごく一部なのです。
1982年のDO、そして産地に譲られた名前
ワイン造りの歴史は古く、規約によれば、区域内のピンティア遺跡からは紀元前4世紀のワインの痕跡が見つかっています。12世紀にはバルブエナ・デ・ドゥエロなどの修道院で修道士がワインを造り、13世紀には町の地下にボデガが掘られるようになりました。
DOとして認められたのは1982年7月21日です。統制委員会の資料によれば、1960年代から協同組合や民間のボデガが動き始め、1979年に暫定のDOとして認められました。1982年の発足時、ボデガはわずか10軒ほど。それが1990年には42軒、2000年には126軒、2010年には250軒と増えていきます。
発足のとき、ひとつの蔵が名前を差し出しました。ペニャフィエルで1927年に生まれた「ボデガ・リベラ・ドゥエロ」が、その名を産地に譲り、自らは「プロトス」と改めたのです。また、産地の名を世界に広めたのは、1975年に最初のワインを出したアレハンドロ・フェルナンデスのティント・ペスケラでした。米国の評論家ロバート・パーカーが「スペインのペトリュス」と評したことが、転機として語られます。こうした流れは第66講「スペイン北部と内陸完全編」でも年表でまとめています。

高さと寒暖差が生む骨格
統制委員会によれば、畑の標高は720mから1,000m超。規約は、谷の平均を750〜850m、川の間の丘の最高点を1,014mとしています。気候は、大陸性の強い地中海性気候。規約によれば、気温は夏の最高42℃から冬の最低−20℃まで振れ、熟す時期の昼夜の寒暖差は15〜20℃に達します。降水量は年に400mm前後と少なく、日照は2,400時間を超えます。
いちばんの悩みは霜です。規約は霜の危険がある期間を9月17日から6月6日としていて、春の芽吹きのあとの遅霜や、収穫前の早霜がしばしば収量を左右します。土は、砂や粘土の層に、石灰岩や泥灰土の層が交互に重なるつくりで、統制委員会は主な土壌を粘土質・石灰質・礫質の3タイプに分けています。
昼の日差しで色と糖を蓄え、夜の冷え込みで酸を保つ。この高原の条件が、色が濃く、果実味がありながら、酸とタンニンの骨格がしっかりした赤を生む、と説明されます。土と味の関係は第67講「土壌とテロワール完全編」で詳しく扱っています。
ティント・フィノと、規約の決まりごと
規約で認められた品種は、テンプラニーリョ(同義語としてティント・フィノ、ティンタ・デル・パイスを認める)、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、マルベック、ガルナッチャ・ティンタ、そして白のアルビーリョ・マヨールです。この地では昔からティント・フィノの名で呼ばれてきました。品種そのものの特徴は品種図鑑「テンプラニーリョ」にまとめています。
- 赤──テンプラニーリョ75%以上。アルビーリョ・マヨールを混ぜられる上限は、2023年の改定で5%から最大25%に広がりました
- 白──アルビーリョ・マヨール75%以上(2019年の改定で認められた)
- ロゼ──黒ぶどうを50%以上。「ロサード」と、伝統的な呼び名の「クラレーテ」のどちらで表示してもよい
- 収量の上限──1haあたり7,000kg(アルビーリョ・マヨールは9,500kg)
熟成区分は、赤の場合、クリアンサが合計24か月以上(うち樽12か月以上)、レセルバが合計36か月以上(うち樽12か月以上)、グラン・レセルバが合計60か月以上(うち樽24か月以上)。クリアンサ以上は330L以下のオーク樽を使います。また、樽で3か月以上熟成させたものは「ロブレ」と表示できます。若い果実味を生かしたロブレは、産地の入口として手に取りやすい一本です。樽の効き方の違いは第63講「樽とオーク完全編」で解説しています。

古木の区画と、近年の収穫
リベラ・デル・ドゥエロの上位のワインには、古い畑の名や区画の名を前に出すものが少なくありません。ピングスのもとになるラ・オラ村の畑は1929年の植樹、エミリオ・モロの「マレオルス・デ・バルデラミロ」の畑は1924年の植樹です。規約でも、DOが発足した1982年7月21日より前に植えられた混植の畑に限って、ボバルやモナストレルなど、いまは認められていない品種を使い続けることが許されています。
産地全体に目を移すと、統制委員会の報告書によれば、2025年の収穫は8月28日から10月28日まで続き、ぶどうの収穫量は約13万トンで、過去10年で2番目の多さでした。1haあたりの収量は約4,700kgで、規約の上限(7,000kg)をかなり下回ります。機械で収穫した畑は面積の約35%で、残りの約65%はいまも手で摘まれています。古木の小さな区画にこだわる造り手から、広い畑を持つ大きなボデガまで、300を超える造り手がこの数字を支えています。
地下のボデガと、「黄金の1マイル」
アランダ・デ・ドゥエロの旧市街の下には、中世以来掘り進められた地下ボデガが網の目のように広がっています。年間を通じて温度の安定した地下は、ワインの貯蔵に向いていました。この地下ボデガ群は、2015年にカスティーリャ・イ・レオン州の文化財(BIC)に指定されています。規模は数kmに及ぶとされますが、資料によって数字が異なります。
一方、ペニャフィエルから西へ延びる国道N-122沿いの、ベガ・シシリアをはじめとする名門が並ぶ一帯は、俗に「ミリャ・デ・オロ(黄金の1マイル)」と呼ばれます。公式の区域ではなく、範囲の定義もはっきりしない慣用的な呼び名ですが、産地の名声を象徴する言葉として広く使われています。
選び方と楽しみ方
最初の一本は、信頼できる造り手のロブレかクリアンサから。ティント・ペスケラのクリアンサは米国の小売で30ドル前後で、産地の基準を知るのに向いています。慣れてきたら、同じ造り手のクリアンサとレセルバを並べると、熟成の長さによる変化がよくわかります。アアルトのPSのような現代派の上位品は海外の平均価格で120〜160ドル前後、ベガ・シシリアのウニコは約490ドル、ピングスは約800ドルとされ、別格の値がつきます(価格は為替やヴィンテージで大きく変わります)。
料理なら、まず地元の名物レチャソ・アサード(乳飲み子羊の窯焼き)です。母乳だけで育てた子羊の肉は、1999年にEUの地理的表示「レチャソ・デ・カスティーリャ・イ・レオン」に登録されました。アランダ・デ・ドゥエロは、薪の窯で素焼きの土鍋に入れて焼くレチャソの本場として知られます。日本の食卓なら、ラムチョップやステーキ、すき焼きなど、脂と香ばしさのある肉料理に。若いうちはタンニンがしっかりしているので、少し時間をかけて空気に触れさせると飲みやすくなります。リオハと飲み比べたい人は、銘醸図鑑「リオハ」もあわせてどうぞ。
次回は、日本の産地講座に戻り、第80講「岩手完全編」をお届けします。山ぶどうのワインや寒冷地のワイン造り、県内のワイナリーをたどります。