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ワインガイド Vinotier
銘醸ワイン図鑑

リベラ・デル・ドゥエロ

Ribera del Duero / スペイン・カスティーリャ・イ・レオン
産地
スペイン・カスティーリャ・イ・レオン
スタイル
高原が育てる、濃く引き締まったテンプラニーリョ
主な品種
テンプラニーリョ(ティント・フィノ)・カベルネ・ソーヴィニヨン
城壁の上から見下ろした、ゆるやかな起伏の高原。手前に細長い城の屋根と塔、その先に畝の並ぶぶどう畑や緑の木立、白っぽい斜面が広がり、空には厚い雲がかかる
城壁の上から見下ろした、ゆるやかな起伏の高原。手前に細長い城の屋根と塔、その先に畝の並ぶぶどう畑や緑の木立、白っぽい斜面が広がり、空には厚い雲がかかる / Photo: “Castillo de Peñafiel, Peñafiel (Valladolid)” by José Luis Filpo Cabana, CC BY 4.0(Wikimedia Commons)
このページの要点

リベラ・デル・ドゥエロ(Ribera del Duero)は、スペイン中北部カスティーリャ・イ・レオン州のドゥエロ川沿いに、長さ約115km・幅約35kmの帯のように広がるワイン産地です。1982年にDO(原産地呼称)に認められました。畑の標高は720mから1,000m超とスペインでも屈指の高さで、主役はこの地でティント・フィノと呼ばれるテンプラニーリョ。赤はこれを75%以上使うことが定められています。19世紀創業のベガ・シシリアと、1980年代に世界へ名を広めたペスケラが、この産地の名声を築きました。

この記事の目次

第79講「肉料理とワイン完全編」では、肉の脂とタンニンの関係を見てきました。今回は、子羊の窯焼きを郷土の名物に持つ、スペイン内陸の赤の銘醸地をたどります。

スペインの赤といえば、まずリオハの名が挙がるでしょう。そのリオハと並び称されるのが、マドリードの北、ドゥエロ川沿いの高原に広がるリベラ・デル・ドゥエロです。19世紀から続く伝説の蔵と、1980年代に一気に世界へ名を広めた新しい造り手。古さと新しさが同居する産地の姿を、畑と規則、造り手の顔ぶれから見ていきます。

ドゥエロ川沿いの、長い帯

リベラ・デル・ドゥエロの区域は、ブルゴス、バリャドリッド、ソリア、セゴビアの4県にまたがります。規約によれば、ドゥエロ川に沿って長さ約115km・幅約35kmの帯状の地域で、区域は118の集落単位で定められています。中心の町は、ブルゴス県のアランダ・デ・ドゥエロと、バリャドリッド県のペニャフィエル。統制委員会はその間のロア・デ・ドゥエロに置かれています。

統制委員会の2025年収穫報告書と統計から、いまの規模を見ておきましょう。

  • 栽培面積──約27,470ha(2025年11月時点)
  • ボデガ(ワイナリー)──316社
  • 栽培農家──4,902人。2024年から長く出荷のない畑の登録を抹消したため、以前の約8,000人から大きく減りました
  • 出荷本数──2025年は約9,240万本。過去最多は2022年の約1億70万本

出荷のうち、熟成区分のないワインが約6,650万本で、全体のおよそ7割。クリアンサが約1,970万本、レセルバが約580万本、グラン・レセルバは約38万本で、全体の0.4%ほどにすぎません。名高い長期熟成の赤は、産地のごく一部なのです。

1982年のDO、そして産地に譲られた名前

ワイン造りの歴史は古く、規約によれば、区域内のピンティア遺跡からは紀元前4世紀のワインの痕跡が見つかっています。12世紀にはバルブエナ・デ・ドゥエロなどの修道院で修道士がワインを造り、13世紀には町の地下にボデガが掘られるようになりました。

DOとして認められたのは1982年7月21日です。統制委員会の資料によれば、1960年代から協同組合や民間のボデガが動き始め、1979年に暫定のDOとして認められました。1982年の発足時、ボデガはわずか10軒ほど。それが1990年には42軒、2000年には126軒、2010年には250軒と増えていきます。

発足のとき、ひとつの蔵が名前を差し出しました。ペニャフィエルで1927年に生まれた「ボデガ・リベラ・ドゥエロ」が、その名を産地に譲り、自らは「プロトス」と改めたのです。また、産地の名を世界に広めたのは、1975年に最初のワインを出したアレハンドロ・フェルナンデスのティント・ペスケラでした。米国の評論家ロバート・パーカーが「スペインのペトリュス」と評したことが、転機として語られます。こうした流れは第66講「スペイン北部と内陸完全編」でも年表でまとめています。

冬枯れのぶどうの株が並ぶ畝のあいだに土の通路がまっすぐ延び、その先に赤い屋根とクリーム色の壁のボデガの建物が建つ。空は青く晴れている
葉を落とした冬のぶどう畑とボデガ(ラ・オラ村のビーニャ・サストレ) / Photo: “Viñedos Bodega Viña Sastre - Hermanos Sastre Ribera del Duero” by Pravdaverita, CC BY 3.0(Wikimedia Commons)

高さと寒暖差が生む骨格

統制委員会によれば、畑の標高は720mから1,000m超。規約は、谷の平均を750〜850m、川の間の丘の最高点を1,014mとしています。気候は、大陸性の強い地中海性気候。規約によれば、気温は夏の最高42℃から冬の最低−20℃まで振れ、熟す時期の昼夜の寒暖差は15〜20℃に達します。降水量は年に400mm前後と少なく、日照は2,400時間を超えます。

いちばんの悩みは霜です。規約は霜の危険がある期間を9月17日から6月6日としていて、春の芽吹きのあとの遅霜や、収穫前の早霜がしばしば収量を左右します。土は、砂や粘土の層に、石灰岩や泥灰土の層が交互に重なるつくりで、統制委員会は主な土壌を粘土質・石灰質・礫質の3タイプに分けています。

昼の日差しで色と糖を蓄え、夜の冷え込みで酸を保つ。この高原の条件が、色が濃く、果実味がありながら、酸とタンニンの骨格がしっかりした赤を生む、と説明されます。土と味の関係は第67講「土壌とテロワール完全編」で詳しく扱っています。

ティント・フィノと、規約の決まりごと

規約で認められた品種は、テンプラニーリョ(同義語としてティント・フィノ、ティンタ・デル・パイスを認める)、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、マルベック、ガルナッチャ・ティンタ、そして白のアルビーリョ・マヨールです。この地では昔からティント・フィノの名で呼ばれてきました。品種そのものの特徴は品種図鑑「テンプラニーリョ」にまとめています。

  • 赤──テンプラニーリョ75%以上。アルビーリョ・マヨールを混ぜられる上限は、2023年の改定で5%から最大25%に広がりました
  • 白──アルビーリョ・マヨール75%以上(2019年の改定で認められた)
  • ロゼ──黒ぶどうを50%以上。「ロサード」と、伝統的な呼び名の「クラレーテ」のどちらで表示してもよい
  • 収量の上限──1haあたり7,000kg(アルビーリョ・マヨールは9,500kg)

熟成区分は、赤の場合、クリアンサが合計24か月以上(うち樽12か月以上)、レセルバが合計36か月以上(うち樽12か月以上)、グラン・レセルバが合計60か月以上(うち樽24か月以上)。クリアンサ以上は330L以下のオーク樽を使います。また、樽で3か月以上熟成させたものは「ロブレ」と表示できます。若い果実味を生かしたロブレは、産地の入口として手に取りやすい一本です。樽の効き方の違いは第63講「樽とオーク完全編」で解説しています。

黄土色の岩をくり抜いた狭いトンネルが奥へ下っていき、壁の割れ目や削り跡が明かりに照らされている
アランダ・デ・ドゥエロの町の下に掘られた地下ボデガ / Photo: “Bodegas de Aranda de Duero, Burgos, España, 2016 02” by Benjamín Núñez González, CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

古木の区画と、近年の収穫

リベラ・デル・ドゥエロの上位のワインには、古い畑の名や区画の名を前に出すものが少なくありません。ピングスのもとになるラ・オラ村の畑は1929年の植樹、エミリオ・モロの「マレオルス・デ・バルデラミロ」の畑は1924年の植樹です。規約でも、DOが発足した1982年7月21日より前に植えられた混植の畑に限って、ボバルやモナストレルなど、いまは認められていない品種を使い続けることが許されています。

産地全体に目を移すと、統制委員会の報告書によれば、2025年の収穫は8月28日から10月28日まで続き、ぶどうの収穫量は約13万トンで、過去10年で2番目の多さでした。1haあたりの収量は約4,700kgで、規約の上限(7,000kg)をかなり下回ります。機械で収穫した畑は面積の約35%で、残りの約65%はいまも手で摘まれています。古木の小さな区画にこだわる造り手から、広い畑を持つ大きなボデガまで、300を超える造り手がこの数字を支えています。

地下のボデガと、「黄金の1マイル」

アランダ・デ・ドゥエロの旧市街の下には、中世以来掘り進められた地下ボデガが網の目のように広がっています。年間を通じて温度の安定した地下は、ワインの貯蔵に向いていました。この地下ボデガ群は、2015年にカスティーリャ・イ・レオン州の文化財(BIC)に指定されています。規模は数kmに及ぶとされますが、資料によって数字が異なります。

一方、ペニャフィエルから西へ延びる国道N-122沿いの、ベガ・シシリアをはじめとする名門が並ぶ一帯は、俗に「ミリャ・デ・オロ(黄金の1マイル)」と呼ばれます。公式の区域ではなく、範囲の定義もはっきりしない慣用的な呼び名ですが、産地の名声を象徴する言葉として広く使われています。

選び方と楽しみ方

最初の一本は、信頼できる造り手のロブレかクリアンサから。ティント・ペスケラのクリアンサは米国の小売で30ドル前後で、産地の基準を知るのに向いています。慣れてきたら、同じ造り手のクリアンサとレセルバを並べると、熟成の長さによる変化がよくわかります。アアルトのPSのような現代派の上位品は海外の平均価格で120〜160ドル前後、ベガ・シシリアのウニコは約490ドル、ピングスは約800ドルとされ、別格の値がつきます(価格は為替やヴィンテージで大きく変わります)。

料理なら、まず地元の名物レチャソ・アサード(乳飲み子羊の窯焼き)です。母乳だけで育てた子羊の肉は、1999年にEUの地理的表示「レチャソ・デ・カスティーリャ・イ・レオン」に登録されました。アランダ・デ・ドゥエロは、薪の窯で素焼きの土鍋に入れて焼くレチャソの本場として知られます。日本の食卓なら、ラムチョップやステーキ、すき焼きなど、脂と香ばしさのある肉料理に。若いうちはタンニンがしっかりしているので、少し時間をかけて空気に触れさせると飲みやすくなります。リオハと飲み比べたい人は、銘醸図鑑「リオハ」もあわせてどうぞ。

次回は、日本の産地講座に戻り、第80講「岩手完全編」をお届けします。山ぶどうのワインや寒冷地のワイン造り、県内のワイナリーをたどります。

主要生産者と作風

※各ドメーヌの作風は一般的な評価に基づく傾向です。キュヴェやヴィンテージにより表情は変わります。

産地の伝説

ベガ・シシリア

Vega Sicilia

専門誌デキャンターによれば、1864年にエロイ・デ・レカンダがボルドーにならって始めた蔵です。持ち主は何度か替わり、1982年からアルバレス家が所有しています。看板の「ウニコ」は良い年にだけ造られ、長い熟成を経てから出荷されることで知られます(かつては約10年、近年はそれより短いと伝えられます)。収穫から5年目に出すことから名付けられた「バルブエナ 5°」もあります。1985年からはアメリカンオークの自社樽工場も持っています。統制委員会の資料によれば、DOに加わったのは発足から少し後の1980年代半ばでした。

世界に名を広めた一本

ペスケラ(ファミリア・フェルナンデス・リベラ)

Tinto Pesquera / Familia Fernández Rivera

地元出身のアレハンドロ・フェルナンデスが1972年に始め、1975年に最初のワイン「ティント・ペスケラ」を出しました。米国の評論家ロバート・パーカーが「スペインのペトリュス」と評したことで、産地の名を世界に知らせた一本として語られます。現在は、ティント・ペスケラのほか、コンダード・デ・アサなどのブランドを擁するグループです。創業者は2021年に88歳で亡くなりました。

ごく少量の高値

ドミニオ・デ・ピングス

Dominio de Pingus

デンマーク出身のピーター・シセックが手がけるワインで、初ヴィンテージは1995年、生産はわずか約3,900本でした。デキャンターによれば、畑はラ・オラ村の1929年植樹の古木(5区画・約4.5ha)で、収量は極端に低く、2000年からはビオディナミで栽培しています。1997年には出荷分の約4分の1を積んだ船が大西洋で沈んだという逸話もあります。セカンドに「フロール・デ・ピングス」があります。

シセックの出発点

アシエンダ・モナステリオ

Hacienda Monasterio

ピーター・シセックは1990年にスペインへ来て、この蔵の管理者になりました(デキャンター)。ピングスの造り手が最初に関わった蔵として知られ、ペスケラ・デ・ドゥエロ村にあります。

ベガ・シシリアの醸造家が独立

アアルト

Aalto

ベガ・シシリアで約30年にわたり醸造を担ったマリアーノ・ガルシアらが1999年に設立したと紹介されるボデガです。複数の村の選び抜いた区画のぶどうを使う上位の「PS」は、濃密で力強い現代的なリベラの代表として評されることが多い一本です。

古木の区画を名乗る

エミリオ・モロ

Emilio Moro

公式サイトによれば、1987年にペスケラ・デ・ドゥエロで創業し、DO表示の初ヴィンテージは1989年。マレオルス(1998年発売)のほか、1924年植樹の畑から造る「マレオルス・デ・バルデラミロ」(2000年発売)、「マレオルス・デ・サンチョマルティン」(2002年発売)と、区画を名乗る上位品を持ちます。

産地に名を譲った老舗

プロトス

Protos

1927年、ペニャフィエルの11人が始めた蔵で、旧名は「ボデガ・リベラ・ドゥエロ」でした。1982年にDOが発足する際、この名前を産地に譲り、ギリシャ語で「最初の」を意味する「プロトス」に改めたことは、統制委員会の資料にも記されています。ペニャフィエル城の下に掘られた熟成用の地下トンネルでも知られます。

ベガ・シシリアの現代派

アリオン

Bodegas y Viñedos Alión

ベガ・シシリアのグループが1990年代はじめに始めたボデガで、ティント・フィノ100%の赤を造ると紹介されます。1991・1992年のヴィンテージはベガ・シシリアの醸造所で造られたと伝えられます。

よくある質問

リベラ・デル・ドゥエロとリオハの違いは?
どちらもテンプラニーリョが主役のスペインの銘醸地で、熟成区分の名前(クリアンサ・レセルバ・グラン・レセルバ)も同じです。リオハがエブロ川流域で、長い樽熟成による熟成香の産地として語られることが多いのに対し、リベラ・デル・ドゥエロは標高720〜1,000m超のドゥエロ川沿いの高原にあり、昼夜の寒暖差から生まれる濃い色と果実味、引き締まった酸とタンニンで語られることが多い産地です。赤はテンプラニーリョ(ティント・フィノ)を75%以上使うと定められています。
クリアンサ・レセルバ・グラン・レセルバの違いは?
熟成期間の規定です。赤の場合、クリアンサは合計24か月以上(うち樽12か月以上)、レセルバは合計36か月以上(うち樽12か月以上)、グラン・レセルバは合計60か月以上(うち樽24か月以上)です。白とロゼはより短い基準です。また、樽で3か月以上熟成させたものは「ロブレ」などと表示できます。熟成区分のないワインが出荷量のおよそ7割を占めます。
リベラ・デル・ドゥエロに白ワインはありますか?
あります。長く赤とロゼだけの産地でしたが、2019年の規約改定で、土着品種アルビーリョ・マヨールを75%以上使う白が認められました。統制委員会によれば、DOの保証ラベルを付けた最初の白は2019年末に発売されています。生産量はまだごくわずかです。

最終更新: 2026-10-11 / 編集: Vinotier編集部