
高原と大西洋——ふたつのスペイン北部The Meseta and the Atlantic
第14講スペイン完全編では、リオハと熟成区分、そしてシェリーやカバまでを一気に見渡しました。第66講はその続きです。舞台はスペインの北半分、リオハより西。ここには、性格のまったく違うふたつの世界が隣り合っています。
ひとつはカスティーリャ・イ・レオンの高原(メセタ)。標高はおおむね700〜1,000m、夏は暑く乾き、冬は寒く、昼と夜の寒暖差が大きい大陸性気候です。ドゥエロ川(ポルトガルに入るとドウロ川)が東から西へ流れ、その流域にリベラ・デル・ドゥエロ、ルエダ、トロが並びます。もうひとつは、北西の端ガリシアと、その隣のビエルソ。大西洋の湿った風が吹き込み、緑の丘と入り江(リア)が続く、「雨のスペイン」です。
| DO | 認定 | 主役の品種 | ひとことで |
|---|---|---|---|
| リベラ・デル・ドゥエロ Ribera del Duero | 1982年 | ティント・フィノ(テンプラニーリョ) | 高原の力強い赤。ベガ・シシリアの地 |
| ルエダ Rueda | 1980年 | ヴェルデホ | ハーブとほろ苦さの辛口白。カスティーリャ・イ・レオン最初のDO |
| トロ Toro | 1987年 | ティンタ・デ・トロ(テンプラニーリョ) | 砂の畑と古木が生む、濃く熱い赤 |
| リアス・バイシャス Rías Baixas | 1988年 | アルバリーニョ | 入り江の棚仕立て。潮の香りの白 |
| ビエルソ Bierzo | 1989年 | メンシア、ゴデーリョ | 山あいの急斜面。香り高く軽やかな赤 |
認定年は各DOの設立(リアス・バイシャスはDOとしての規則承認の年。前身の「アルバリーニョ」原産地呼称は1980年)。DOは Denominación de Origen(原産地呼称)の略です(用語:アペラシオン)。
覚え方はシンプルです。内陸(メセタ)は赤のテンプラニーリョと白のヴェルデホ、大西洋側は白のアルバリーニョと赤のメンシア。同じテンプラニーリョでも、リオハとはまた違う顔を見せます。第14講で「リベラではティント・フィノとも呼ぶ」と一行だけ書いた、その中身をたどるのがこの講です。
リベラ・デル・ドゥエロ——伝説の一本と、高原のテンプラニーリョRibera del Duero
ドゥエロ川の両岸、ブルゴス、バリャドリード、ソリア、セゴビアの4県にまたがる、長さ約115km・幅約35kmの細長い産地。規制委員会の2024年収穫データでは、登録面積は約2万6,700ha、栽培者は約5,000人、ワイナリーは300を超えます。
スペインでも屈指の高い産地。夏の昼は暑く、夜はぐっと冷える。この寒暖差が、ぶどうに色と香りを蓄えさせながら、酸を失わせない。
この地でのテンプラニーリョの呼び名がティント・フィノ(またはティンタ・デル・パイス)。赤はこれを75%以上。カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、マルベック、ガルナッチャなども補助に使える。
長く「赤とロゼの産地」だったが、2019年の規則改正で土着の白ぶどうアルビーリョ・マヨール(75%以上)の白が認められ、2018年収穫分から最初の白が世に出た。
熟成区分——リオハと同じ名前、別の物差し
ラベルに書かれる熟成の区分は、第14講で見たリオハと同じ名前です。赤の最低条件は次のとおり(用語:樽熟成)。
クリアンサの樽熟成期間が、リオハ(1年)と同じ12か月である点に注意。区分名のない若いワインは「ホベン」「ロブレ(短期間の樽熟成)」などと表示されます。熟成の考え方は第63講オーク樽完全編もどうぞ。
歴史——ベガ・シシリアから「スペインのペトリュス」へ
- 1864年——ベガ・シシリア創業エロイ・レカンダ・イ・チャベスが、ドゥエロ川沿いの地所に畑を開いたのが始まり。看板の「ウニコ」は、収穫からおおむね10年以上を樽と瓶で熟成させてから出荷される、スペインでもっとも名高い赤のひとつです。セカンドにあたる「バルブエナ 5°」も約5年の熟成を経ます。長いあいだ、この産地は「ベガ・シシリアのある場所」として語られてきました。
- 1982年——DO認定1982年7月21日、DOとして正式に発足(暫定の認定は1979年)。当時はまだ、協同組合がワインの多くを担う静かな産地でした。
- 1975年/1985年——ペスケラと「スペインのペトリュス」地元のアレハンドロ・フェルナンデスが1972年に土地を買い、1975年に最初のヴィンテージを造ったティント・ペスケラ。1985年、米国の評論家ロバート・パーカーがその1982年のグラン・レセルバ「ハヌス」を「スペインのペトリュス」と評したことで、リベラ・デル・ドゥエロの名は一気に世界へ広まりました。
- 1990年代——新世代の登場デンマーク出身のピーター・シセックが1995年に初ヴィンテージを造ったドミニオ・デ・ピングスは、ごく少量の生産で世界的な高値をつける一本に。1999年には、ベガ・シシリアで約30年醸造を率いたマリアノ・ガルシアらがアアルトを設立しました。
味わいは、黒い果実とスミレ、樽由来のカカオやスパイス、そして高原らしい引き締まった酸とタンニン。リオハ(とくに伝統派)が「熟成の香り」の産地だとすれば、リベラは果実の濃さと骨格で語られることが多い産地です。品種の基本は品種図鑑:テンプラニーリョに、リオハとの比較は銘醸図鑑:リオハにまとめています。
トロとルエダ——砂の古木と、高原の白Toro & Rueda
リベラ・デル・ドゥエロから川を下ると、同じメセタのなかに、赤のトロと白のルエダが隣り合っています。
サモラ県を中心とした赤の産地。主役のティンタ・デ・トロは、2000年のDNA研究でテンプラニーリョと同じと確かめられた地域型(エコタイプ)で、厚い果皮が暑く乾いた夏に耐えます。規制委員会の2024年データで面積は約5,400ha、ワイナリーは64、収穫の94%がティンタ・デ・トロ。赤はこれを75%以上使います。赤
バリャドリード県を中心とした、カスティーリャ・イ・レオンで最初のDO。面積は約2万ha、その9割近くをヴェルデホが占めるとされます。ハーブやフェンネル、白い花の香りと、後味のほろ苦さが持ち味の辛口白。2008年からは赤とロゼも認められています。白
トロ——フィロキセラを逃れた砂の畑
トロの畑の多くは砂の多い土壌にあり、19世紀末にヨーロッパの畑を壊滅させた害虫フィロキセラの被害をほとんど受けなかったと伝えられます(フィロキセラは砂地では生きにくい)。そのため今も、接ぎ木をしていないとされる古木が残り、規制委員会はティンタ・デ・トロの株仕立ての樹の半分以上が樹齢35年を超えるとしています。
できるワインは色が濃く、完熟した黒い果実とスパイス、ときにアルコール度数が14%を超える力強さ。長く「田舎の濃い赤」の産地でしたが、1990年代末から外部の資本と造り手が入ります。1997年にマリアノ・ガルシアらのマウロドス、1998年にエグレン家のヌマンシア、そして2001年にはベガ・シシリアのグループがピンティアの初ヴィンテージを造りました。熟成区分はクリアンサ(合計2年・樽6か月以上)、レセルバ(3年・12か月)、グラン・レセルバ(5年・18か月)です。
ルエダ——ヴェルデホの復活と、ラベルの変化
ルエダはかつて、シェリーのような酸化熟成の酒で知られた土地でした。流れが変わったのは1970年代。リオハの名門マルケス・デ・リスカルが白ワインのためにこの地へ進出し、1974年にはソーヴィニヨン・ブランを持ち込んだと同社は記しています。酸化を避けた、フレッシュな辛口のヴェルデホという今のスタイルは、この時代に形づくられました。
近年の変化はラベルに表れています。2019年ヴィンテージから、白のスティルワインは「Rueda」の表示に一本化され、かつての「Rueda Verdejo」「Rueda Sauvignon」といった区分はなくなりました。同時に、村名を名乗る「ビノ・デ・プエブロ」と、樹齢30年以上の樹・1haあたり6,500kg以下などの条件を満たす「グラン・ビノ・デ・ルエダ」が新設され、2020年ヴィンテージから名乗れるようになっています。「安くて爽やかな白」の産地が、古木と村の個性を語り始めたのです。
リアス・バイシャス——入り江と棚仕立てのアルバリーニョRías Baixas

ガリシア南西部、大西洋に向かって開く入り江(リア)の周辺に広がる白の産地。前身は1980年に生まれた「アルバリーニョ」の名の原産地呼称で、1988年にリアス・バイシャスのDOとなりました。
規制委員会によれば、面積約4,184haのうちアルバリーニョが96%を超える。ラベルに Albariño とあれば、それは100%アルバリーニョという決まりがある。
栽培者は約5,000人、ワイナリーは170超。単純に割ると1人あたり1ha未満。小さな畑を家族で守る、ガリシアらしい土地の分け方が背景にある。
スペインでは異例の多雨。冬は穏やかで、土壌は主に花崗岩。雨と湿気への答えが、地面から高く持ち上げる棚仕立て(パラ)だった。
五つのサブゾーン
DOのなかには5つのサブゾーンがあり、ラベルに名前を書くには、ぶどうの栽培から醸造までそのサブゾーン内で行う必要があります。
| サブゾーン | 位置 | 覚え方 |
|---|---|---|
| バル・ド・サルネス Val do Salnés | 北、アロウサの入り江沿い。中心はカンバードス | もっとも海に近く、涼しい。塩味とシャープな酸の典型 |
| コンダード・ド・テア Condado do Tea | 南、ミーニョ川沿いの内陸 | 海から離れて暖かく、より熟した果実味になるとされる |
| オ・ロサル O Rosal | 南西、ミーニョ川の河口近く | 川と海の両方の影響を受ける国境の地区 |
| ソウトマイオール Soutomaior | ビーゴの入り江の奥 | 1996年に追加されたサブゾーン |
| リベイラ・ド・ウーリャ Ribeira do Ulla | 北の内陸、ウーリャ川沿い | 2000年追加。サンティアゴ・デ・コンポステーラの南 |
味わいは、レモンや青りんご、白桃、白い花。そして海辺を思わせる塩味のようなミネラル感と、キリッとした高い酸。多くは若いうちに楽しむタイプですが、澱とともに寝かせたものや、数年の瓶熟成で蜂蜜のような厚みを見せるものもあります。カンバードスでは1953年から毎年8月に「アルバリーニョ祭り」が開かれ、1990年には国の観光関心行事に指定されました。
国境のミーニョ川を渡ると、そこはポルトガルのヴィーニョ・ヴェルデ。アルバリーニョはポルトガルではアルヴァリーニョ(Alvarinho)と呼ばれる同じ品種とされ、モンサォン・イ・メルガッソの名産です(第21講ポルトガル完全編)。そして遠く離れた日本の新潟でも、海岸の砂丘でこの品種が育てられています(ワイナリー:フェルミエ、カーブドッチ)。海のそばが似合う品種なのかもしれません。
ビエルソ——山の斜面のメンシアBierzo

レオン県の西端、ガリシアとの境にある山に囲まれた盆地がビエルソです。1989年にDOとなり、行政上はカスティーリャ・イ・レオンに属しながら、気候も文化もガリシアに近い「境目の産地」です。
主役の黒ぶどうメンシアは、ポルトガルのダン地方でジャエン(Jaen)と呼ばれる品種と、DNA分析で同一と確かめられています。ラズベリーやチェリー、スミレの香りに、ほのかなハーブとスパイス。色は中程度、タンニンは穏やかで、酸はいきいき——濃さより香りで魅せるタイプで、ピノ・ノワールやガメイに例えられることもあります(第54講ボージョレのガメイと飲み比べると楽しい)。白ではゴデーリョが、柑橘と白い花、ほどよいコクで注目されています。
プリオラートの立役者が来た——1999年
ビエルソが世界の注目を集めたきっかけは、1999年。プリオラートを一躍有名にしたアルバロ・パラシオスが、甥のリカルド・ペレス・パラシオスとともに、コルリョン村にデセンディエンテス・デ・J・パラシオスを設立しました。標高500〜850mの急斜面、粘板岩(スレート)の土に残る、樹齢60〜90年のメンシアの古木。もうひとり、代々ビエルソのバルトゥイジェ村でぶどうを育ててきた家に生まれたラウル・ペレスも、2000年代に自らのプロジェクトを立ち上げ、この産地の新しい顔になりました。
畑の格付け——ブルゴーニュ型のピラミッド
ビエルソは2019年、国の承認を得て、畑と村に基づく格付けを導入しました(2020年に最初の村名・畑名ワインが登場)。上の階層ほど、DOの基準より収量の上限が厳しくなります。
数字は、DOの基準に対する1haあたり収量上限の削減率(ビエルソ規制委員会の発表による)。あわせてメレンサオ、エスタラディーニャなどの土着品種も認められました。第4講ブルゴーニュの「村名・一級・特級」と並べると、発想の近さがよくわかります。
造り手のタイプと、買い方・食卓Producers, buying and the table
5つの産地のワインを店で選ぶとき、ラベルの向こうにいる造り手は、おおむね次の3つのタイプに分けて考えると迷いません。
ベガ・シシリアやペスケラのように、長い樽熟成と瓶熟成で産地の名声を築いた造り手。レセルバやグラン・レセルバは、ヴィンテージと飲み頃を意識して選びたい。
ルエダのヴェルデホやリアス・バイシャスの定番、若いリベラやトロの多くはここ。品質が安定し、価格が手頃で、産地の「標準の味」を知るのに最適。
ビエルソの急斜面、ルエダのグラン・ビノ、トロの古木。村や畑の名前、樹齢をラベルに掲げ、樽を控えめにして土地の個性を前に出す造り手が増えている。
日本で買う——価格帯の目安
価格帯は国内の酒販店・通販でのおおよその目安で、銘柄やヴィンテージ、輸入元によって大きく変わります。選び方の基本は第33講ワインの買い方、ラベルの読み方は第41講ラベル完全編へ。
食卓へ——子羊の炉焼きと、タコのガリシア風
第27講ペアリング完全編の原則——「酸は脂と塩を、タンニンはたんぱく質を」——が、そのまま当てはまります。高原の赤には焼いた肉を、海の白には海のものを。産地の郷土料理にならうのが、いちばん確かな近道です。
よくある質問Frequently asked
どちらもテンプラニーリョが主役ですが、リベラは標高が高く寒暖差の大きい大陸性の高原で、一般に果実が濃く骨格のしっかりした赤になります。リオハは伝統的に長い樽熟成による熟成香とまろやかさで知られ、複数の地区や品種のブレンドも多い産地です。同じ価格帯のクリアンサを並べて飲むと、違いがつかみやすいでしょう。
同じ品種とされ、スペイン・ガリシアではアルバリーニョ、国境のミーニョ川を渡ったポルトガルではアルヴァリーニョと呼ばれます。リアス・バイシャスでは、ラベルに Albariño とあれば100%この品種です。ポルトガル側ではヴィーニョ・ヴェルデのモンサォン・イ・メルガッソが名産地です。
熟成区分(クリアンサ、レセルバ、グラン・レセルバ)に届かない、比較的若いうちに出荷されるワインの表示です。ホベンは「若い」、ロブレは「オーク」の意味で、短期間だけ樽に入れたものに使われます。リベラやトロで2,000円前後の手頃な赤を探すなら、この表示が目印になります。
高原の赤と、大西洋の白From the Meseta to the Atlantic
スペイン北部には、ふたつの顔があります。ドゥエロ川が流れる高原(メセタ)では、寒暖差のなかでテンプラニーリョが濃く、力強く育つ。リベラ・デル・ドゥエロは伝説のベガ・シシリアとペスケラの「スペインのペトリュス」で世界に名を知られ、トロは砂の畑に接ぎ木なしとされる古木を残し、ルエダはヴェルデホの辛口白で「古木と村」を語り始めました。
そして大西洋の側。雨の多いガリシアでは、花崗岩の柱に棚を張ってアルバリーニョを育て、ラベルに名があれば100%というこだわりを守っています。山あいのビエルソでは、プリオラートの立役者が見いだしたメンシアの古木から、ブルゴーニュ型の畑の格付けが生まれました。同じ国の北半分に、これだけ違う土と気候がある——それがこの講のいちばんの学びです。
次の一本。 今回は白と赤を1本ずつ。白はリアス・バイシャスのアルバリーニョを、できればサブゾーン名(バル・ド・サルネスなど)のあるものを。赤はリベラ・デル・ドゥエロのクリアンサ。余裕があればビエルソのメンシアを加えて、「濃さの赤」と「香りの赤」を並べてみてください。白は刺身か牡蠣と、赤は焼いた肉と。
次回はテーマ編へ。「土壌とテロワール完全編」。今回だけでも、メセタの石と粘土、トロの砂、ガリシアの花崗岩、ビエルソの粘板岩と、さまざまな土が出てきました。石灰岩、粘土、砂、火山性土壌——土はワインの味をどこまで変えるのか。「ミネラル感」という言葉の正体まで、科学でわかっていることと、まだわかっていないことを分けて考えます(用語:テロワールと第59講「栽培」もあわせてどうぞ)。
