第73講「チーズとワイン完全編」の最後に予告したのは、熟成したコンテと並べて語られることの多い、ジュラの「黄色いワイン」の頂点でした。
白ワインは、空気に触れさせないように造るのが基本です。樽の目減りはこまめに補い、酸化を防ぐ。ところがシャトー=シャロンでは、その逆をします。目減りしても補わない。樽の中に空間ができ、液面には酵母の白い膜が張り、ワインはその下で6年あまり眠り続けます。崖の上の村の名を持つこの小さなAOCは、「ヴァン・ジョーヌ(黄色いワイン)しか造ってはいけない」という、フランスでも珍しい決まりを持つ産地です。
崖の上の村と、4つの村
シャトー=シャロンは、フランス東部、スイスとの国境に近いジュラ地方にあります。ジュラ山地の西の縁、ぶどう畑の帯が南北に続く「ルヴェルモン」と呼ばれる丘陵の一角で、中世の村は石灰岩の岬の上にあり、足元に畑の斜面が広がります。村は「フランスの最も美しい村」協会にも加盟しています。
AOCは1936年に定められました。現在の仕様書によれば、ぶどうの収穫・醸造・熟成ができるのはシャトー=シャロン、ドンブラン、メネトリュ=ル=ヴィニョーブル、ヌヴィ=シュル=セイユの4つの村に限られます(醸造と熟成だけなら、周辺の村でも認められています)。
面積はとても小さく、仕様書によれば2009年時点で50ヘクタール、年間約1,600ヘクトリットル。2026年に示された改定案の資料では、2022年時点で53ヘクタール、約1,500ヘクトリットルとされています。村ひとつ分ほどの、ごく小さなAOCです。
灰色泥灰土の急斜面
仕様書によれば、畑は前期ジュラ紀の灰色泥灰土(マルヌ・グリーズ)の斜面にあります。泥灰土は粘土と石灰が混ざった土で、斜面の上には中期ジュラ紀の黄色っぽい石灰岩の崖がそびえ、そこから崩れ落ちた石灰岩のかけらが泥灰土を覆っています。
畑の標高は250〜400メートル。斜面は南から南西を向き、急なところでは勾配が45%に達します。気候は年平均気温10.5℃、年間降水量1,000ミリを超える冷涼なもので、海洋性の気候に大陸性の影響が加わります。ジュラの中でも日当たりのよい急斜面を選んで、晩熟のサヴァニャンを熟させているわけです。土と味わいの関係の考え方は第67講「土壌とテロワール完全編」で詳しく扱っています。
仕様書の規定は厳しく、基準収量は1ヘクタールあたり30ヘクトリットル、ぶどうの最低糖度は1リットルあたり204グラム、最低の天然アルコール度は12%。植栽密度は1ヘクタールあたり5,000本以上と定められています。
補わない、という熟成——ヴォワールの下で6年あまり
シャトー=シャロンの核心は、熟成のしかたにあります。仕様書の規定をまとめると、次のとおりです。
- サヴァニャンだけを辛口に発酵させる
- オーク樽に入れ、目減りしても補酒(ウイヤージュ)をしない
- 液面に自然に張る酵母の膜「ヴォワール(覆い)」の下で少なくとも60か月熟成させる
- 熟成は収穫の翌年から数えて6年目の12月15日まで続ける
- 出荷できるのは7年目の1月1日から。たとえば2019年に収穫したワインは、2026年1月から売り出される
秋に収穫したぶどうが12月15日まで熟成を続けるため、全体ではおよそ6年3か月になります。「ヴァン・ジョーヌは6年3か月」という言い方はここからきていますが、規定の文言そのものではありません。
ヴォワールを作るのは、パンやワインの発酵に使われるのと同じ種の酵母(サッカロミセス・セレヴィシエ)のうち、液面に膜を張る性質を持つ株だと研究で示されています。膜がワインを空気から守りつつ、ゆっくりとした酸化と酵母の働きが進むことで、クルミやアーモンド、カレーを思わせる独特の香りが生まれます。この香りにはソトロンという成分が大きくかかわるとされます。酸化とワインの関係は用語「酸化」へ。

出来の悪い年は、名乗らない
シャトー=シャロンには、ほかの産地ではあまり聞かない伝統があります。仕様書によれば、1952年から収穫の数日前に、生産者による委員会が区画ごとにぶどうの状態を確かめる検査を行ってきました。そして基準に届かない年には、生産者組合がAOCシャトー=シャロンを名乗らないことを選んできました。仕様書は、その例として1974年、1980年、1984年、2001年を挙げています。
6年以上も樽で寝かせるワインは、元のぶどうの質がそのまま問われます。ぶどうが熟さなければ、長い熟成に耐えるワインにはならない。その判断を、生産者自身が産地全体で下してきたことが、この小さなAOCの名声を支えています。ヴィンテージの考え方は第29講「ヴィンテージ完全編」へ。
修道院の村と、起源のわからない造り方
村の歴史は、女子修道院とともにあります。仕様書によれば、シャトー=シャロンには10世紀より前に創設された女子修道院があり、入るには貴族の家系を16代さかのぼって証明しなければならなかったと伝えられます。修道院はベネディクト会の系統で、ぶどう栽培とワインはこの修道院とともに育ちました。生産者組合が発足したのは1933年のことです。
ただし、補酒をせずに膜の下で熟成させる造り方がいつ、どのように始まったのかは、仕様書自身が「起源はわかっていない」と書いています。「修道女が樽を忘れて何年も放っておいたら、黄色いワインになっていた」という話や、ナポレオンがシャトー=シャロンを絶賛したという逸話もよく語られますが、いずれも確かな記録は見つかっておらず、言い伝えとして楽しむのが正確です。
確かなのは、19世紀に細菌学者ルイ・パスツールが著書『ワインの研究』でヴァン・ジョーヌに触れていることです。ジュラ出身のパスツールにとって、このワインは身近な研究対象でもありました。

選び方と楽しみ方
選び方。 市場に出るのは収穫から6年以上たったワインなので、店頭に並ぶヴィンテージは数年前のものが中心です。若いうちは酸が鋭く、香りも引き締まっていますが、仕様書は瓶で50年から100年保つと書いており、古いヴィンテージほど香りが複雑になるとされます。まずは協同組合や大きめのドメーヌのものから試し、気に入れば名の知られたドメーヌや古い年へ進むのが現実的です。同じヴァン・ジョーヌでも、アルボワやコート・デュ・ジュラのものは比較的手に取りやすく、シャトー=シャロンとの飲み比べも楽しめます。
温度とグラス。 ジュラワイン委員会は16℃、ジュラ観光局は13〜15℃を勧めています。冷やしすぎないのがこつで、白ワイン用のやや大ぶりのグラスで香りを開かせます。開けてすぐより、時間をかけて香りの変化を追うと、このワインの面白さが見えてきます。温度とサービスの基本は第26講「保存とサービング完全編」へ。
合わせる料理。 ジュラワイン委員会は、クリーム仕立ての鶏肉や魚、モリーユ茸を使った料理、エスカルゴ、ザリガニ、フォアグラ、そしてコンテなどのチーズを挙げています。ジュラの郷土料理として知られる、鶏をヴァン・ジョーヌとモリーユ茸のクリームで煮込んだ一皿は、その代表です。熟成したコンテとの組み合わせは、第73講やチーズのペアリングでも紹介しています。
シェリーとの違い。 酵母の膜の下で熟成させる点はフィノ・シェリーと似ていますが、シェリーはアルコールを加える酒精強化ワインで、ソレラという注ぎ足しの仕組みを使います。ヴァン・ジョーヌはアルコールを加えず、ひとつの年のワインを6年あまり置いたままにします。飲み比べると、似た香りの中に造り方の違いが見えてきます。シェリーについては第15講「酒精強化ワイン完全編」へ。
ジュラ全体の地図は第34講「ジュラ&サヴォワ完全編」で、同じく「時間」をかけて造る甘口の頂点は銘醸図鑑「ソーテルヌ」でどうぞ。補わずに待つ6年あまりが、ほかのどこにもない黄色を生む——シャトー=シャロンは、ワインにとって時間とは何かを考えさせてくれる産地です。
次回は産地講座へ。第74講は「山形完全編」。第68講の北海道、第70講の山梨、第72講の長野に続く日本の産地編として、上山や南陽・赤湯、置賜盆地のぶどう畑と、デラウェアから欧州系品種まで、山形のワインの今をたどります。