
「チーズには赤ワイン」は本当かRed Wine and Cheese, Revisited
ワインバーでも家庭でも、チーズの盛り合わせには赤ワイン——という組み合わせはおなじみです。けれど、第27講料理ペアリング完全編で見たように、料理とワインの相性は「色」だけでは決まりません。チーズは、塩気・脂・うま味・酸・香りがひとつの塊になった、ワインにとって手ごわい相手です。第73講では、その中身をほどいていきます。
チーズを食べた後、赤ワインはどう変わるか
2006年、カリフォルニア大学デービス校のマドリガル=ガランとハイマンは、アメリカのワイン醸造学会誌(AJEV)に、チーズと赤ワインの関係を調べた研究を発表しました。
出典:Madrigal-Galan, B. & Heymann, H., Am. J. Enol. Vitic. 57(1), 12–22 (2006).
渋みがやわらぐ、というのは赤ワインにとって悪い話ではありません。渋い赤がチーズと一緒だと飲みやすくなる、という経験はこの結果と矛盾しません。一方で、ワインの持ち味もチーズに覆われて見えにくくなる。上等な赤の繊細な香りを楽しみたいなら、チーズと合わせるのは必ずしも得策ではない、ということでもあります。なお、この研究は「白ワインのほうが合う」とまでは述べていません。
チーズの7つのタイプ
ワインを選ぶ前に、相手を知りましょう。Jミルク(一般社団法人Jミルク)は、ナチュラルチーズを主にフランスの熟成方法にもとづいて、次の7つのタイプに分けて紹介しています。この講座でも、この分類を使います。
熟成させない、またはごく短いチーズ。モッツァレラ、リコッタ、カッテージなど。乳の甘みと軽い酸。
表面を白いカビが覆う。カマンベール、ブリー。中身はクリーミーで、きのこのような香り。
表面を塩水や酒で洗いながら熟成。エポワス、マンステール。外皮の香りは強く、中はまろやか。
山羊乳のチーズ。クロタン・ド・シャヴィニョルなど。爽やかな酸と独特の風味。
内部に青カビを育てる。ロックフォール、ゴルゴンゾーラ、スティルトン。強い塩気と刺激。
水分を抜いて長く熟成。コンテ、グリュイエール、パルミジャーノ・レッジャーノ。凝縮したうま味。
Jミルクはセミハードとハードを分けて7分類としています。農林水産省の広報記事ではまとめて6区分とする説明もあります。
塩・脂・うま味——チーズを分解するSalt, Fat and Umami
第71講和食とワイン完全編で、料理のうま味や苦みはワインをきつく感じさせ、塩気や酸はワインをやさしく感じさせる、という原則を紹介しました。チーズは、このうま味と塩気をどちらもたっぷり持っています。そこに乳脂肪が加わるのが、チーズならではの難しさです。
青カビやハードほど強い。塩気はワインの渋みをやわらげる方向に働くとされる一方、甘みとの対比で互いを引き立てる。甘口ワインと青カビが合う理由のひとつ。
口の中を覆う乳脂肪。酸と泡がそれを洗い流し、次のひと口を新しくする。白カビやフレッシュに泡や酸のある白が合わせやすいのはこのため。
熟成が進むほど増える。ワインの渋みや苦みを目立たせる方向に働くとされるので、熟成ハードには、渋みの穏やかな赤や、厚みのある白が受け止めやすい。
二つの合わせ方——対比と同調
反対の性質をぶつけて、互いを引き立てる。塩気の強い青カビに、甘口ワイン。チーズの教育団体アカデミー・オブ・チーズは、スティルトンとポートの組み合わせを、塩味と甘味の対比でバランスが取れると説明している。
似た性質を重ねる。クリーミーな白カビに、まろやかなシャルドネ。酸のあるシェーヴルに、酸のあるソーヴィニヨン・ブラン。強さの釣り合いをとるのが要。
タイプ別の合わせ方Type by Type

ここまでの理屈を、7つのタイプに当てはめます。基本は「チーズの強さに、ワインの強さをそろえる」こと。軽いチーズには軽いワイン、個性の強いチーズには個性の強いワインです。
| タイプ | 味の軸 | 合わせやすい | 避けたい |
|---|---|---|---|
| フレッシュ | 乳の甘み・軽い酸 | 軽い辛口白、泡、辛口ロゼ | 重い赤、樽の強い白 |
| 白カビ | 脂・クリーミーさ | 泡、まろやかなシャルドネ、軽い赤 | 渋みの強い若い赤 |
| ウォッシュ | 強い香り・まろやかなコク | 香りの豊かな白、同郷の赤 | 繊細で香りの弱いワイン |
| シェーヴル | 酸・山羊乳の風味 | ソーヴィニヨン・ブランなど酸のある白 | 酸の少ない重い赤 |
| 青カビ | 強い塩気・刺激 | 貴腐などの甘口、ポート | 軽い辛口白(負けやすい) |
| セミハード・ハード | 凝縮したうま味・ナッツの香り | 熟成感のある白、穏やかな赤、酒精強化 | 酸だけが立つ軽い白 |
あくまで目安です。同じタイプでも、熟成の度合いや作り手によって味の強さは大きく変わります。
フレッシュとシェーヴル:酸で合わせる
モッツァレラやリコッタのようなフレッシュタイプは、味が繊細です。軽い辛口白や泡、辛口のロゼ(第53講)なら、乳の甘みを消しません。山羊乳のシェーヴルは酸がはっきりしているので、ソーヴィニヨン・ブランのように酸のしっかりした白で同調させるのが定番です。ワインの酸がチーズの酸に負けると、ワインがぼやけて感じられます。
白カビ:泡と、まろやかな白
カマンベールやブリーは、脂とクリーミーさが主役です。泡は脂を流し、シャルドネのまろやかさはコクに同調します。熟成が進んで香りが強くなったものなら、ピノ・ノワールのような軽い赤まで守備範囲が広がります。避けたいのは、渋みの強い若い赤。乳脂肪とタンニンがぶつかると、口の中がざらつきやすくなります。
ウォッシュ:香りには香りを
エポワスやマンステールは、外皮の香りが強烈なわりに、中身はまろやかです。繊細なワインでは香りに負けてしまうので、香りの豊かな白か、同じ土地のワインを。アルザスワイン委員会は、地元のマンステールにゲヴュルツトラミネールを勧めています(アルザスは第20講アルザス完全編へ)。エポワスの故郷ブルゴーニュの白や赤も、「同郷合わせ」の好例です。
青カビとハード:甘口と、熟成のワイン
塩気と刺激の強い青カビには、辛口のワインはたいてい負けてしまいます。ここで出番になるのが、貴腐などの甘口とポートです(次章)。うま味の凝縮したハードには、熟成感のある白や、渋みの穏やかな赤、さらにシェリーやポートなどの酒精強化ワインまで、幅広く合わせられます。
定番の組み合わせを読むClassic Pairings

名高い組み合わせには、それぞれ理由があります。どのチーズも、EUの原産地呼称保護(フランスではAOP、イタリアではDOP、英国ではPDO)で、乳の種類や熟成期間が定められています。数字は各呼称の仕様書や、フランス農業省・生産者団体の資料によるものです。
ソーテルヌとロックフォールが合うしくみ
この組み合わせは、第II章の「対比」の典型です。ロックフォールの塩気と青カビの刺激は、辛口のワインをぺったりと塗りつぶしてしまいます。一方、ソーテルヌは糖分が多く、酸もしっかりしています。甘さが塩気を丸め、塩気が甘さの重さを締め、酸が羊乳の脂を流す。ひと口ごとに、味が行き来する組み合わせです。貴腐のしくみは用語:貴腐ワインと第19講甘口ワインで詳しく扱いました。
季節のチーズ、イタリアとスペインのチーズ
ジュラ山地の牛乳チーズで、トウヒの樹皮の帯を巻き、木箱に入れて熟成させる(最低21日)。寒い季節に旬を迎えるチーズとして知られる。ジュラやサヴォワの白と。
型入れから最低12か月熟成するイタリアのハードチーズ。うま味の結晶のような粒感には、泡(ランブルスコなど)や熟成した赤。
スペイン・ラ・マンチャのマンチェガ種の羊乳チーズ。熟成は大きさにより30日または60日以上。同じスペインのテンプラニーリョや、辛口のシェリーと。
日本のチーズと、日本ワインJapanese Cheese, Japanese Wine
チーズは、日本の食卓でも身近になりました。農林水産省が2025年7月に公表した令和6年度(2024年度)のチーズの需給表によれば、日本のチーズの総消費量は326,415トンで、前年度より3.5%増えています。
ナチュラルチーズ203,723トン、プロセスチーズ122,692トン(令和6年度・速報値)。
ナチュラルチーズで見た国産の割合。国産ナチュラルチーズの生産量は45,372トン。多くは輸入に頼っている。
令和6年度の国内のチーズ工房の数。10年前の240か所から約1.4倍に増えた(農畜産業振興機構)。
ワイナリーが増えている日本で、チーズ工房も同じように増えています。北海道や長野、山梨のように、ワイナリーとチーズ工房が同じ地域にあるところも少なくありません。「同じ土地のものを合わせる」経験則を、日本でも試せる時代になりました。産地については第68講北海道、第72講長野で紹介しています。
日本のチーズに、日本ワインを合わせるなら
国産のモッツァレラやフロマージュ・ブランには、甲州やデラウェアの辛口、日本の泡。香りの穏やかな日本の白は、繊細なフレッシュチーズの乳の香りを消さない。
国産のカマンベールタイプには、シャルドネや泡。香りの強いウォッシュには、オレンジワインや樽を使った白など、香りに負けないワインを。
ナッツのような香りのハードには、北海道や長野のピノ・ノワール、メルローなど、渋みの穏やかな赤。熟成した甲州も候補。
日本でも甘口ワインや遅摘みのワインが造られている。小容量の甘口を一本、ブルーチーズのために用意しておくと盛り合わせが締まる。
盛り合わせの組み立て方
- 順番味の淡いものから強いものへ。フレッシュ→シェーヴル→白カビ→ハード→ウォッシュ→青カビの順に食べると、前のチーズに舌が引っぱられにくい。ワインも軽いものから重いもの、最後に甘口へ。
- 本数一本で通すなら泡か、やや厚みのある白。赤一本より合わせられる範囲が広い。青カビを出すなら、小さな甘口を一本添える。
- 添えものパン、ナッツ、ドライフルーツ、はちみつ。はちみつやドライフルーツの甘みは、青カビと辛口ワインの間を取り持ってくれる。
よくある質問Frequently asked
合わないわけではありません。研究では、チーズを食べた後は赤ワインの渋みがやわらぐ一方、香りも弱く感じられることがわかっています。渋い赤を飲みやすくしたいときには効果的ですが、繊細な赤の香りを楽しみたいなら、チーズは控えめに。合わせるなら、熟成したハードや白カビと、渋みの穏やかな赤が無難です。
盛り合わせに一本なら、辛口のスパークリングワインか、やや厚みのあるシャルドネです。泡と酸がチーズの脂を流し、フレッシュから白カビ、ハードまで幅広く合わせられます。ブルーチーズが入るときは、ハーフボトルの甘口を一本足すと完成します。
合わせられます。プロセスチーズは複数のナチュラルチーズを加熱して溶かし固めたもので、熟成が止まっているため味が穏やかです。軽い白や泡、果実味のある軽い赤なら気軽に楽しめます。スモークタイプなら、少し樽の効いたワインとも合います。
強さをそろえ、対比を楽しむBalance and Contrast
「チーズには赤ワイン」は、半分だけ本当でした。チーズは赤ワインの渋みをやわらげますが、香りも覆ってしまう。チーズを塩気・脂・うま味に分解して見れば、泡と酸のある白が幅広く合い、青カビには甘口、ハードには熟成感のあるワインが合う理由が見えてきます。
合わせ方は二つ。強さをそろえて同調させるか、反対の性質をぶつけて対比させるか。ロックフォールとソーテルヌ、スティルトンとポートは対比の、マンステールとゲヴュルツトラミネールやクロタンとサンセールは同郷の組み合わせです。そして日本でも、ワイナリーとチーズ工房が並ぶ産地が増えています。ペアリングの早見はペアリング:チーズにまとめました。
次の一本。 今回は辛口のスパークリングと、ハーフボトルの甘口を一本ずつ。チーズはカマンベールとブルーチーズを用意して、四通りの組み合わせを試してください。カマンベールと泡、ブルーと甘口がうまくいき、ブルーと泡ではどうなるか。余裕があれば、渋みのある赤も一杯、チーズの前と後で飲み比べて、第I章の研究を自分の舌で確かめてみましょう。
次回は銘醸図鑑へ。「シャトー=シャロン」。コンテの故郷ジュラ地方の、ヴァン・ジョーヌ(黄ワイン)だけが名乗れる小さなアペラシオンです。サヴァニャン、産膜酵母の下での長い熟成、クラヴランと呼ばれる独特のボトル、そして代表的な造り手までを歩きます(先に第34講ジュラ&サヴォワをどうぞ)。
