第83講「エスニック料理とワイン完全編」では、唐辛子やハーブの効いた料理に、少し甘さのある白を合わせる考え方を見てきました。その代表として名前が挙がるのが、ロワール地方のヴーヴレです。地元の生産者組合も、やや甘口のヴーヴレを「タイ風のチキンやタジンのような異国の料理と釣り合いをとるのに理想的」と紹介しています。今回の銘醸図鑑は、辛口から甘口、泡まで一つの品種で造り分ける、この不思議な産地をたどります。
ロワール地方の全体像は第18講「ロワール完全編」で、品種そのものは品種「シュナン・ブラン」で扱いました。ここでは、畑と土、規則、そして造り手に焦点を当てます。
トゥールの東、北岸の8つの村
ヴーヴレの畑は、ロワール川が古都トゥールを抜けてすぐ上流、川の北岸(右岸)に広がります。INAOの資料によれば、ロワール川に沿って約20kmの丘が続き、一帯はユネスコの世界遺産「ロワール渓谷」の範囲に含まれます。
AOCの規約が定める村は、ヴーヴレ、ロシュコルボン、ヴェルヌ・シュル・ブレンヌ、ノワゼ、シャンセ、ルニー、パルセ・メレ、トゥールの8つです。トゥールが入っているのは、マルムティエ修道院のある旧サント・ラドゴンド村が、いまはトゥール市の一部になっているからです。1929年の判決がこの名を名乗れる範囲を定め、1936年12月8日の政令でAOCになりました。2026年7月には、INAOが認定90周年を祝っています。
畑の広さは、資料や年によって数字が違います。規約の2009年の記述では植え付け約2,200ha・生産者165。地元の生産者組合は現在の姿を「150のドメーヌ、2,300ha」と紹介しています。ここでは「約2,200〜2,300ha」と覚えておけば十分でしょう。
川をはさんだ対岸(左岸)には、同じシュナン・ブランの産地モンルイ・シュル・ロワールがあります。INAOの資料によれば、かつてはここのワインも「ヴーヴレ」の名で売られていましたが、1938年に独立したAOCとして認められ、2002年に今の名前になりました。ヴーヴレの規約は、2009年の改正でワインをヴーヴレの区域内で醸造することを求めるようになり、移行期間は2013年の収穫までとされました。そのため、モンルイ側の蔵で醸造していたフランソワ・シダンやジャッキー・ブロのヴーヴレの畑のワインは、2014年産からヴーヴレを名乗れなくなったと報じられています(Wine Spectator、2015年)。
トゥファの崖と、12℃の洞窟
ヴーヴレの景色を決めるのは、白っぽくやわらかな石灰岩トゥファ(tuffeau)です。規約の説明では、標高85〜110mの台地が谷に刻まれ、ロワール川に向かって崖となって落ちます。土台は白亜紀チューロン期のトゥファで、その上に粘土と珪質の層が重なり、いちばん上を風が運んだ細かな土(レス)が覆っています。斜面の畑は粘土石灰質、台地の縁の畑は粘土と珪質の土です。
地元では土を独特の言葉で呼び分けます。トゥファの上の粘土石灰質の土は「オービュイ(aubuis)」、火打ち石まじりの粘土と珪質の土は「ペリュッシュ(perruches)」と呼ばれます。ただし土の層の深さや範囲の説明は資料によって異なり、規約にもこの言葉は出てきません。土とワインの関係そのものは第67講「土壌とテロワール完全編」で解説しています。

トゥファの崖には、古くから石を切り出した跡の横穴が無数にあります。生産者組合によれば、こうした洞窟はローマ時代から掘られ、一部はマッシュルームの栽培にも使われてきました。中は一年を通して12℃前後に保たれ、ワイン、とりわけ長く寝かせる甘口と泡の熟成に向いています。崖に家の正面だけをつけた穴居住宅(トログロディット)も、この土地らしい風景です。
気候は、海洋性の影響が弱まった穏やかなもので、年間の雨量は約680mm。ロワール川と谷が、気温の上下をやわらげる役目を果たしているとされます。
セック、ドゥミ・セック、モワルー、そして泡
ヴーヴレのAOCが認めるのは、白の静かなワインと、泡(ムスーとペティアン)だけです。ぶどうはシュナン・ブランが主体で、規約上は補助品種のオルボワ(アルボワ)を植え付けの5%まで認めていますが、生産者組合もINAOも「ただ一つの品種、シュナン」と紹介しています。
静かなワインは、ラベルに甘辛の表示が求められます。目安は次のとおりです。
- セック(Sec)──辛口。規約では1Lあたりの糖分が8g以下で、酸の量との差が2g以内
- ドゥミ・セック(Demi-Sec)──やや甘口。EUの表示ルールでは、おおむね1Lあたり12g(条件により18g)まで
- モワルー(Moelleux)──甘口。EUのルールで1Lあたり45gまで
- ドゥー(Doux)──極甘口。1Lあたり45g以上
ドゥミ・セック前後のやわらかな甘さを、地元では「タンドル(tendre)」と呼ぶこともありますが、法律上の糖分の線引きはありません。甘口は、ぶどうが樹の上で干しぶどうのように縮むパスリヤージュか、貴腐がついた恵まれた年にだけ造られます。貴腐ワインの仕組みは銘醸図鑑「ソーテルヌ」や第19講「甘口ワイン完全編」も参考にしてください。
泡は、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵だけが認められています。規約では、瓶詰め(ティラージュ)から12か月以上寝かせ、収穫の翌々年の1月1日まで出荷できません。生産者組合によれば、多くのドメーヌは3年以上寝かせています。泡がしっかりしたムスーと、泡がやわらかなペティアンがあり、INAOによると、いまは泡がヴーヴレの生産の多くを占めています。規約の2009年の記述でも、静かなワイン約5万hlに対して、泡は約7万hl近くありました。泡の造り方は第13講「スパークリングワイン完全編」で解説しています。
修道院とオランダ商人の時代
ヴーヴレのぶどう畑の起源は、伝説とともに語られます。372年に聖マルタンがマルムティエ修道院を開き、ぶどうを植えて短く剪定する方法を伝えた、という話です。修道院のロバがぶどうの若枝を食べてしまったところ、翌年かえってよく実った、という逸話も知られますが、規約自身もこれを「伝説によれば」として紹介しています。
確かな流れとしては、13世紀から斜面に白ぶどうが植えられ、修道士たちが畑を広げ、ワインはロワール川の船で運ばれました。16〜17世紀からはオランダの仲買人が北ヨーロッパへの販路を開き、その商いは19世紀の終わりまで続いたと規約は記しています。1840年代には泡の試みが始まり、1906年に生産者の組合、1953年に協同組合が生まれました。
選び方と楽しみ方
最初の一本なら、セックかペティアンがおすすめです。国内では、ヴィニョー・シュヴローやセバスチャン・ブリュネのセックやペティアンが3,000〜4,500円前後で見つかります。ユエの単一畑は、セックが7,000〜9,000円前後、モワルーは若い年から2018年産で7,000〜13,000円前後。ユエの最上の甘口「キュヴェ・コンスタンス」は500mlで2万5,000〜3万円前後です(2026年10月の楽天市場の検索による目安。価格はヴィンテージや為替で大きく変わります)。
生産者組合は、合わせる料理を甘さごとにこう提案しています。セックは魚介や生の魚の料理、コンテのようなチーズに。ドゥミ・セックは魚や白身の肉、鶏、甘じょっぱい料理やはちみつ・柑橘のソースに合い、タイ風のチキンやタジンのような料理との釣り合いをとるのにも向くとしています。モワルーはフォアグラや青カビのチーズ、プルーン・いちじく・なつめやしを使った料理に。泡は食前酒や牡蠣に。温度の目安は、静かなワインが9〜11℃、泡が8℃前後です。チーズとの合わせ方は第73講「チーズとワイン完全編」で詳しく扱っています。
甘口の偉大な年として、生産者組合は1989年・1990年・1996年・2003年・2005年・2009年・2015年・2018年を挙げ、30〜40年の熟成に耐えるとしています。古い年のモワルーが蔵出しで手頃に見つかることもあるのが、ヴーヴレの面白いところです。
※面積・規約の数値は資料や改正の時期によって異なります。2026年には規約の改正案が示されています。最新の情報はINAOや生産者組合の資料でご確認ください。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。
次回は産地講座に戻り、第84講「中国地方完全編」をお届けします。岡山・広島・島根・鳥取・山口の5県で、マスカット・オブ・アレキサンドリアの故郷から日本海側のワイナリーまで、晴れの国と山陰のワイン造りをたどります。