「絶対失敗する」と言われた丘から
能登ワインがあるのは、能登半島の中ほど、穴水町の旭ケ丘という丘の上です。風がほどよく抜ける斜面に、垣根仕立てのぶどうがどこまでも並びます。けれどこの場所は、もともとぶどう畑ではありませんでした。関係者の回想によれば、着手前は一面にセイタカアワダチソウが生い茂る土地で、検討委員会では反対意見が相次いだといいます。それでも町が後押しし、計画は動き出しました。
歩みを並べると、次のようになります。
- 2001年——穴水町で最初のワイン用ぶどうを植栽
- 2004年7月——能登ワイン株式会社を設立
- 2006年——醸造所が完成し、最初のワインが世に出る
- 2026年8月——創業20周年の記念行事を開催(石川県知事も出席)
公式サイトが掲げる動機は、はっきりしています。「過疎が進む地域社会をワイン造りという産業で元気にしたい」。日本の新しいワイナリーには、個人の情熱から始まる蔵と、地域の産業づくりから始まる蔵の二つの型がありますが、能登ワインは後者の代表例といえます(日本ワイン全体の流れは第9講「日本ワイン産地巡り」と用語:日本ワインで扱っています)。
牡蠣の殻を、畑に還す
この蔵を語るときに必ず出てくるのが牡蠣殻です。穴水町は七尾湾の牡蠣の名産地で、むき身にしたあとの殻は処理に困る副産物でした。能登ワインはその殻を畑にすき込みます。公式サイトは「牡蠣殻を活用した土壌で能登産葡萄を育てる」と記し、狙いとして挙げられているのは二つ——土の水はけをよくすることと、海のミネラル分・カルシウム分を土に補うことです。
ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。「土のミネラルが、そのままワインの味になる」わけではありません。土壌の成分がぶどうの果汁に移って「ミネラル感」として舌に届く、という説明は、地質学の側からは否定されています。土が効くのは、もっと間接的な経路——水はけ、保水力、根の張り方、そして樹の健康を通じてです。貝殻を砕いて混ぜることは、粒の大きな資材で土に隙間をつくり、水を抜けやすくする、きわめて物理的な作業でもあります。この話は第67講「土壌とテロワール完全編」で詳しく扱っています(用語:テロワールもどうぞ)。
いずれにせよ、地域で余っていたものを畑が引き受ける、という循環そのものが、この蔵の性格をよく表しています。
畑と、手摘みの収穫
畑の広さについて、公式サイトはヘクタールではなく「東京ドーム6個分」という言い方をしています。取材記事では自社農園と契約農家を合わせておよそ24〜25haとされ、数字は媒体によって幅があります。仕立ては垣根式。町内の契約農家からもぶどうを受け入れており、公式によれば自社畑の収穫はおよそ20トン(約10万房)、契約農家の分と合わせて年におよそ120〜140トンを仕込みます。
栽培しているのは、黒ぶどうがヤマソーヴィニヨン、マスカット・ベーリーA、メルロー、白ぶどうがシャルドネ、ナイヤガラ、ソーヴィニヨン・ブラン。商品としてはサペラヴィ(ジョージア原産の黒ぶどう)の赤も並びます。マスカット・ベーリーAとシャルドネは日本ワインの定番ですが、ヤマソーヴィニヨンとサペラヴィが揃う蔵は多くありません。
そして収穫はすべて手摘みです。村山社長は取材で「機械収穫と違い、1つの房でも熟し過ぎた部分はカットするなど、こだわった細かい仕事をしています」と語っています。醸造の側では、加熱処理をしない「生ワイン」であることを前面に掲げ、時間とともに味わいが動いていくワインであると説明しています。年間の生産量は、品目別の数字を足し合わせるとおよそ13万本です。
ヤマソーヴィニヨン——能登の代名詞
看板品種のヤマソーヴィニヨンについて、公式サイトはこう説明しています。「山梨大学がカベルネソーヴィニヨンに山ぶどうを交配して改良した赤ワイン用品種」。日本の野生種である山ぶどうの血を引くため、病気や寒さに強く、酸がしっかり残るのが特徴です。
能登ワインは開業にあたって約20品種を試したとされ、そのなかでこの品種が最も力強く育ちました。今では「能登ワインの代名詞」と紹介されるまでになっています。その土地でよく育つ品種が、結果としてその土地の顔になる——日本ワインではしばしば起きることです。ヨーロッパの銘醸地が何百年もかけて見つけた品種と土地の相性を、日本のワイナリーは数十年で探しています。
シリーズと価格の目安
ラインナップは、おおよそ次の四つの層に分かれます(価格は2026年9月時点の公式オンラインショップ、税込)。
- ノトワイン——ブラン/ロゼ/ルージュ、各1,815円。毎日の食卓向けの基本ライン
- NselecT(エヌセレクト)——ヤマソーヴィニヨン2,090円、スパークリングロゼ2,640円。単一品種の個性を素直に見せるシリーズ。ハーフボトル(1,320円)もある
- 心の雫——ヤマソーヴィニヨンの樽熟成赤、3,520円。この蔵の代表銘柄
- クオネス(Quones)——上級キュヴェ。ヤマソーヴィニヨンの樽熟成で6,600円
このほか、品種名を冠したシャルドネとサペラヴィが各2,750円、秋には能登ワインヌーボー(赤・白、各2,035円)の予約販売もあります。ブレンドで量を調整せず、品種名をラベルに出す——それが自分たちの特徴だと社長は語っています。なお2024年5月と2025年4月に価格改定が行われているため、最新の価格は公式ショップで確かめてください。
会員制度もあります。ワイン友の会「和飲会」(1口10,000円で1年間、12,000円相当のワインが届く)と、「ぶどうの木オーナー」(1口10,000円。NselecT ヤマソーヴィニヨン5本、オリジナルラベルの貼り替え、10月上旬の収穫体験つき)です。
コンクールでの評価
公式サイトの会社概要には、受賞歴が年ごとに並んでいます。とくに光るのが上級キュヴェクオネスで、日本ワインコンクール(旧・国産ワインコンクール)では次の二つの金賞があります。
- 2013年——「2011 クオネス ヤマソーヴィニヨン(赤)」金賞
- 2018年——「2015 クオネス ヤマソーヴィニヨン(赤)」金賞
ほかに2011年の銀賞(2009 クオネス)、2019年の銀賞(2017 クオネス)、マスカット・ベーリーAのロゼや心の雫、シャルドネの銅賞など、2008年の初出品以来ほぼ毎年のように名前が並びます。サクラアワードや「日本で飲もう最高のワイン」でも受賞しています。また日本ワイナリーアワード2026では★★★に選ばれました。ただし公式サイトの受賞歴は2020年で更新が止まっているため、それ以降のコンクール成績はここでは触れません。
2024年、そしてそれから
2024年1月1日の能登半島地震で、この蔵も被害を受けました。公式ブログが震災直後に伝えた内容は、具体的です。ステンレスタンクから約10,000リットルのワインが流出(流れたのはマスカット・ベーリーAの赤と報じられています)、熟成樽が2樽落ちて割れ、ギャラリーは天井にひび割れが入り、照明が落ちました。断水も続きました。
一方で、救いもありました。畑に大きな被害はなく、「地割れが懸念されましたが、大きな被害はありませんでした」と報告されています。そしてスタッフは全員無事でした。
そこからの歩みは、次のとおりです。
- 2024年1月中旬——オンラインショップの販売を再開
- 2月18日——通水。「本当に大きな1歩でした」
- 2月26日——震災後はじめての瓶詰め。約8,000本
- 4月30日——天井のクロスを全面貼り替え、能登ワインギャラリーの営業を再開
同じ2024年の9月には奥能登豪雨がありましたが、公式ブログは「能登ワインは豪雨の被害はほとんどありませんでした」と記しています(一部の社員の居住地域に被害があったとのことです)。
そして2026年9月時点、公式ブログは「能登ワインはシルバーウィークも元気に営業しています」と伝え、団体の来訪が増え「コロナ前のような賑わいを見せる日もある」と書いています。2026年8月には創業20周年の記念行事が開かれました。訪ねることが、そのまま応援になる——能登のワイナリーについては、その言葉がいまも当てはまります。
訪ねる
能登ワインギャラリーは展示販売のスペースで、現行商品の購入と数種類の試飲ができます。地元・能登の特産品も並び、蔵コンサートや作品展の会場になることもあります。営業は9時〜16時30分(冬季=12月1日〜2月28日は9時〜16時)、休みは12月31日〜1月3日。ぶどうが色づく季節には、発泡性の「ペルレ」が現地で供されることもあります。
見学について、公式サイトの案内は「前日までの予約制・無料・11時/14時・所要約20分・各回約40名」で、醸造設備と樽熟成庫を回りながら工程の説明を受けられる、とされています。ただし2024年4月の営業再開の告知では「工場見学は当面の間、受付停止」と明記されており、その後に再開を明示した案内は確認できませんでした。見学が目当てなら、必ず事前に電話(0768-58-1577)で確認してください。
レストランやカフェの併設はありません。アクセスは、穴水町の案内でのと鉄道 穴水駅から車で約12分。飲む日は、車のハンドルを置いていきましょう(複数の蔵を巡る計画の立て方は第51講「ワイナリー訪問とワインツーリズム」に)。
合わせたい料理
酸のはっきりしたヤマソーヴィニヨンは、ジビエや鴨、きのこ、しょうゆ味の煮込みのように、旨みと甘辛さのある料理によく寄り添います。樽熟成の「心の雫」なら、能登牛のステーキや鴨のローストといった一段しっかりした皿へ。マスカット・ベーリーAのロゼは、能登の地の魚や寿司・刺身、焼き魚と好相性です。そしてシャルドネは、穴水の牡蠣と。畑にすき込まれた殻の持ち主が、グラスの隣に戻ってくる——この蔵でしか成立しない一皿です。石川を訪ねるなら、ぜひ確かめてみてください。