伊勢志摩、初めてのワイナリー
伊勢志摩ワイナリー(伊勢美し国醸造所)は、2022年11月1日に開業した、伊勢志摩地域で初めてのワイナリーです。広い畑の真ん中ではなく、伊勢市駅から歩いて約10分、伊勢銀座新道商店街(通称しんみち)の裏通りに醸造所を構えた「都市型ワイナリー」。所在地は伊勢市大世古2-5-11です。
運営するのは伊勢志摩ワイナリー株式会社(2022年8月設立)。母体は大阪で飲食店を営む株式会社ブリス・ダイニングで、代表はどちらも鈴木卓爾氏です。飲食の会社が始めたワイナリーらしく、醸造所とレストラン・バーがひとつの建物の中で一体になっているのが特徴です。開業時の発表では、総支配人を日本ソムリエ協会三重県副支部長の江頭篤彦氏(JSA認定ソムリエ・エクセレンス)が務めると紹介されていました。
公式サイトに名前が載る醸造スタッフは、大手ワインメーカー出身で醸造経験20年以上の醸造長高谷俊彦氏をはじめ、大阪府で栽培・醸造の経験を積んだ田﨑健志氏、前職で醸造責任者を務めた照屋賀弘氏の3人です。新しいワイナリーですが、造りの経験は厚い布陣といえます。
自社畑と、デラウェアの復興
都市型ワイナリーの多くは、他県から買ったぶどうを街なかで仕込む形で始まります。伊勢志摩ワイナリーも、開業した年は県外のぶどうでも仕込んだと紹介されています。ただしここは、そこから地元の畑へ軸足を移していく方針をはっきり打ち出しているのが特徴です。
公式サイトによれば、自社畑は伊勢市村松町の約1ヘクタールと玉城町の0.4ヘクタール。これに南伊勢町の契約農園との共同栽培が加わります。主な品種はメルロー、シャルドネ、アルバリーニョ。南伊勢町では甲州も育てています。アルバリーニョはスペイン北西部の大西洋岸の白ぶどうで、湿気に比較的強く、海の幸と合わせやすい爽やかな白になる品種です(第66講 北スペイン完全編)。海に近い伊勢志摩で選ばれているのは、うなずける組み合わせです。
もうひとつの柱が玉城町のデラウェアです。玉城町はかつてデラウェアの産地でしたが、公式サイトによれば7ヘクタールあった畑は1ヘクタール未満にまで減りました。伊勢志摩ワイナリーはこの畑を引き継ぎ、ワイン用として育て直しています。2024年秋には、玉城町産デラウェア約350kgと南伊勢町産甲州約15kgで白の新酒「美し国ヌーヴォー2024」(750ml・3,960円、280本限定)が造られました。
2024年10月の地元紙の報道では、自社で育てたぶどうの比率を2025年に50%、2026年に90%へ高める目標が示されていました。鳥羽産の牡蠣殻を畑の肥料やろ過材に使う取り組みも紹介されており、伊勢志摩の海と畑をつなぐ試みとして注目されます。
「美し国」シリーズ
銘柄の名前にある「美し国(うましくに)」は、伊勢の国をたたえる古い呼び名です。これまでに報じられた主な銘柄を整理します(価格は発売時の報道・公式発表の一例で、ヴィンテージによって変わります)。
- 美し国ブラン(白・750ml・4,950円)── 複数の白ぶどうのブレンド。サクラアワード2024でゴールド。
- 美し国ノワール(赤・750ml・4,950円)── メルローなどから造る赤。2023年はサクラアワード2024でシルバー、2025年5月に完売。
- 美し国オレンジ(オレンジ・375ml/750ml、750mlは4,620円)── 白ぶどうを皮ごと醸したオレンジワイン。2023年は2024年3月発売、2025年4月に完売。
- 美し国マスカット・ベーリーA 2023(赤・750ml・税込4,620円、800本限定)── 名張市産ぶどう100%。
- 美し国シャルドネ 2023(白)── サクラアワード2024でシルバー。
- 美し国ヌーヴォー(白の新酒)── 玉城町産デラウェアが主体。
受賞でとくに話題になったのが「美し国マスカット・ベーリーA 2023」です。日本ワインコンクール2024の国内改良等品種・赤部門(出品123点)で銀賞を受け、三重県産ワインとして同コンクール初の受賞と報じられました。マスカット・ベーリーAは、渋みがおだやかで醤油や味噌の甘辛い味に寄り添う品種です。
どの銘柄も生産量が少なく、発売から1年ほどで完売する例が続いています。ほかに375mlのスパークリング「伊勢っ子」の発売も報じられました。現行の品ぞろえは公式サイトや醸造所のショップで確かめてください。
訪ねる、味わう
醸造所には3つの店が入っています。イタリア料理の「オステリア イル モスト」、寿司の「伊勢前寿し 神貫」、バーの「BAR 斎庭 YUNIWA」です。店内の小窓からは醸造所の様子が見え、タンクの並ぶ空間を眺めながら、ここで造られたワインを料理と合わせられます。開業時には窯焼きステーキの店「伊勢 福多亭」もありましたが、現在の公式サイトの一覧には載っていません。
ワインショップでは有料試飲ができます(12:00〜18:00)。醸造所の見学は常設のプログラムではなく、公式には「お問い合わせください」とされています。2025年2月にはJR東海と組んだ見学・飲み比べツアーも開かれました。訪問の心得は第51講 ワイナリー訪問を参考にしてください。
立地のよさも魅力です。伊勢市駅から歩いて約10分なので、伊勢神宮の外宮参拝と組み合わせて一日の予定を組みやすい。試飲をするなら車の運転は避け、鉄道とタクシーでの移動を前提にしましょう。
海の町のワインと、和食
公式の発表では、伊勢志摩の海の幸とのマリアージュを構想のひとつにあげています。併設店に寿司の店があるのも、その考え方の表れでしょう。アルバリーニョや甲州、デラウェアの白は、刺身や貝の酒蒸し、塩焼きの魚と合わせやすいタイプです。刺身と赤ワインを合わせると生臭さが出やすい理由や、醤油・出汁とワインの相性の考え方は、第71講 和食とワイン完全編とペアリング:寿司・刺身で詳しく解説しています。
三重のワインと、街なかの醸造所
三重県は、ワイン産地としてはまだ小さな県です。国税庁の調査では、2023年に生産・出荷の実績があった三重県のワイナリーは3場。2024年3月には、伊勢志摩ワイナリーを会場に三重県内のワイナリーの合同試飲会が開かれ、名張市の國津果實酒醸造所や三重伊賀里山整備活用組合、伊賀市のNPO法人スタイルワイナリーが参加しました。県内初の試みとされ、約70人が集まっています。産地の全体像は産地:三重へ。
街なかで醸す「アーバンワイナリー」は、全国に広がりつつあります。東京ワイナリーや横浜ワイナリーが大都市で消費者の近くに醸造所を置いたのに対し、伊勢志摩ワイナリーは観光地の街なかに醸造所を構え、同時に郊外で自社畑を広げている点が特徴です。街のワイナリーから、畑のワイナリーへ。伊勢志摩の新しいワインは、その途中にあります。