飛騨で初めてのワイナリー
飛騨高山ワインアポセカリーは、岐阜県高山市の南部、久々野町にあります。高山の市街から南へ下った、りんごの産地として知られる町です。公式サイトは「岐阜県飛騨地方で初のワイナリー」「欧州系ぶどう品種を自社で栽培・醸造するワイナリーとしては岐阜県初」と説明していて、日本ワイナリー協会の一覧も同じように紹介しています。どちらもワイナリー側の説明で、行政が認定したものではありません。
できるまでの流れは、報道と公式サイトでたどれます。夫妻がワインづくりを学び始めたのは2019年。同じ年の秋から畑の開墾を始め、2020年春に最初のシャルドネを植えました。運営会社は2021年1月に設立され、2022年に初めて収穫したぶどうは、研修先のワイナリーに委託醸造してもらってワインにしています。自前の醸造所が開業したのは2023年7月。つまり、ワイナリーとしての誕生は2023年ですが、最初のヴィンテージは2022年です。日本の新しいワイナリーによくある順番で、畑が先にでき、醸造所があとから追いつきました。
標高800mの畑と、五つの白品種
畑があるのは、久々野町の小坊(こぼう)地区です。標高は約800mで、元は耕作放棄地でした。日本ワイン.jpは、りんご園の跡地だったと伝えています。中日新聞は2021年の時点で約2.2ha、3品種で合わせて2,800本と報じています。
公式サイトは気候を詳しく分析しています。ぶどう産地の気候区分として使われるアメリン&ウィンクラーの区分で、この畑はリージョン1と2を行き来する場所だといいます。過去15年の気象データからは温暖化が進んでいると結論づけていて、同じくらいの区分の産地として、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、長野の東信、北海道の余市を挙げています。積算温度などの具体的な数字は公表されていません。
育てているのは白品種ばかりです。
- シャルドネ — 5クローン
- ピノ・グリ — 2クローン
- ソーヴィニヨン・ブラン — 1クローン。2023年秋に初めて収穫。公式サイトには、育ちが悪く病気も出るという苦労が書かれています
- ゲヴュルツトラミネール — 2クローン
- リースリング — 1クローン。まだ挑戦中の品種です
品種だけでなくクローンの数まで公表しているのは、まだ珍しいことです。同じシャルドネでも、クローンによって熟す時期や房の締まり方、香りの出方が少しずつ違います。何種類かを植えておけば、年ごとの天候の違いに強くなり、ワインにも奥行きが出ます。第69講「交配品種とクローン完全編」で扱ったクローン選びの考え方を、小さな畑で実践している例です。
醸造所は、畑とは別の大西地区にあります。乗鞍岳を望む牧草地の真ん中で、公式サイトによれば、将来はこの牧草地もぶどう畑に植え替える予定です。
鉄道の研究員と薬剤師の夫妻
栽培と醸造を担うのは、石上寛さんと佳菜さんの夫妻です。公式サイトは二人を、北海道出身で鉄道会社の研究員をしていた夫と、飛騨高山出身で薬剤師の妻と紹介しています。中日新聞によれば、2021年の時点で代表は寛さんで、栽培の責任者も務めていました。
ワインづくりは、ほかのワイナリーで学んでいます。公式サイトによれば、最初の1年は長野県東御市のヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリーとアルカンヴィーニュ、その後の3年は富山県のセイズファームで修業しました。どの品種を植えるかは、ヴィラデストの小西超さんの助言を受けて決めたそうです。千曲川の冷涼な斜面と、北陸の海に近い畑。気候の違う二つの土地で学んだことが、標高800mの飛騨の畑に生かされています。
名前の由来と、ホシガラスのラベル
「アポセカリー(apothecary)」は、薬局や薬剤師を意味する古い英語です。もとは「貯蔵庫」という意味の言葉でした。公式サイトによれば、経営母体が調剤薬局であることと、妻が薬剤師であることから、「薬局のワイン」と「ワインの貯蔵庫」の二つの意味を込めています。中日新聞には、佳菜さんが営む薬局で以前から薬用ワインを扱っていたという話も出てきます。
ロゴとラベルは、高山市内のデザイナー稲越昭太郎さんの作品です。乗鞍岳が浮かぶワイングラスの周りに、高山帯にすむ鳥のホシガラスが描かれています。ホシガラスは木の実を土に埋めて蓄える習性があり、ここでも「貯蔵庫」という意味と重ねてあります。
ワインと値段
白ワインは品種ごとに造っています。シャルドネ(樽を使うものと、使わない「アンオークド」)、ピノグリ、ソーヴィニヨンブラン、ゲヴュルツトラミネール。ほかに、町の名前を付けたブレンドの白「KUGUNO BLANC(クグノブラン)」があります。公式サイトの表示では、ワインのアルコール度数は11.3〜12%と控えめです。冷涼な高地らしい、酸がはっきりした軽めの白と考えてよさそうです。
久々野町はりんごの町なので、シードルも造っています。サンふじやクリスピンを使った「キュベ・モダニ」、シナノゴールドなど複数の品種を混ぜた「キュベ・味邦園(ミクニエン)」、そして飛騨の木の樽で熟成させた「Field blend aged in Hida barrel」です。容量は750mlと375mlがあります。
岐阜県内の酒販店の税込価格(2026年9月時点)は次のとおりです。
- アンオークド・シャルドネ 2025 — 5,170円
- ピノグリ 2025 — 5,170円
- ソーヴィニヨンブラン 2025 — 5,170円
- ゲヴュルツトラミネール 2025 — 5,390円
- キュベ・モダニ 2025(シードル、750ml) — 2,420円
店によって、税込と税抜の表示が違う場合があります。購入するときに確かめてください。
岐阜県から初めてのコンクール入賞
岐阜新聞(2026年7月30日)によれば、日本ワインコンクール2026の「欧州系品種 白」部門で、飛騨高山ワインアポセカリーのワイン2本が銅賞を受けました。岐阜県のワインがこのコンクールで入賞するのは初めてと報じられています。受賞した銘柄とヴィンテージは確認できなかったため、ここでは書いていません。醸造所を開いてから3年目での入賞です。
見学はできない。買える場所
公式サイトのお問い合わせページには、次のように書かれています。醸造所は衛生上の理由で見学を受け付けていない。畑も、醸造の繁忙期と重なるため見学を受け付けていない。ワイナリーでの直売もありません。少人数で栽培から醸造まで担う小さなワイナリーなので、訪ねても受け入れる余裕がないと考えてください。
買うには、次の二つの方法があります。
- 公式オンラインストア(公式サイトからリンクがあります)
- 公式サイトに載っている取扱店:全部で13店。高山市内の4店を含む岐阜県内の11店と、県外の2店(横浜と山梨県北杜市)です
高山を旅行するなら、市内の酒販店で探すのが確実です。生産量が少ないので、ヴィンテージによっては早く売り切れます。
山のワイン産地の、新しい一歩
岐阜県のワインは、これまで山ぶどうやアメリカ系品種を使うものが中心でした。飛騨高山ワインアポセカリーは、標高800mの冷涼な畑で欧州系の白品種に挑み、醸造所を開いて3年目に県として初めてのコンクール入賞を果たしました。同じく高い標高の畑で欧州系品種を育てる長野のテールドシエルや、修業先のヴィラデスト、セイズファームとあわせて飲むと、日本の山と北陸で育つ白ワインの広がりが見えてきます。日本各地の産地については第9講「日本ワイン産地巡り」で紹介しています。