
「肉には赤」をほどくWhy Red with Meat?
第77講魚介とワイン完全編では、「魚には白」の理由がワインの鉄だったことを見ました。第79講はその反対側、「肉には赤」です。肉の何が、赤ワインの何と響き合うのか。研究でわかっていることと、経験則にとどまることを分けながら、牛・豚・鶏・羊・ジビエまで整理します。
日本人と肉
農林水産省の令和6年度食料需給表(概算)によれば、日本人1人が1年に食べる肉類(純食料)は34.3kg。内訳は豚肉14.9kg、鶏肉13.2kg、牛肉5.9kg です。水産白書によれば、魚介類は2011年度から肉類を下回っています。食卓の主役は、いまや肉。しかもいちばん多いのは牛ではなく、豚と鶏です。「肉には重い赤」だけでは、日本の食卓の大半を取りこぼしてしまいます。
脂は、渋みをやわらげる
赤ワインの渋み(タンニン)は、タンニンが唾液のたんぱく質と結びつくことで生まれる、口がきゅっと締まる感覚です。これと肉料理の関係について、二つの研究があります。
出典:Peyrot des Gachons C. et al., Current Biology 22(19), R829–R830 (2012)/Saad A., Géan J. et al., J. Agric. Food Chem. 69(10), 3165–3174 (2021)。
脂の多い肉が、渋みのしっかりした赤をまろやかにする。脂ののった赤ワインの相手にステーキが選ばれてきたのは、この経験則が実感として確かだったからでしょう。一方で、よく聞く「肉のたんぱく質がタンニンと結びつくから渋みが消える」という説明は、それを直接示した研究が見当たりません。効いているのは、まず脂だと考えておくのが安全です。
塩と胡椒の役割
味付けも見逃せません。1997年に科学誌ネイチャーに載った研究では、塩(ナトリウム)が苦みを抑え、その結果ほかの味が引き立つことが示されました。ワインでの試験ではありませんが、塩をしっかり振った肉に渋めの赤が合わせやすい理由の一つと考えられます。もう一つは胡椒。2008年、オーストラリアの研究チームは、シラーズの胡椒のような香りの主な成分がロタンドンであることを突き止めました。同じ成分は黒胡椒の実にはるかに多く含まれます。黒胡椒を効かせた肉とシラーは、同じ香りでつながっているわけです。
肉の種類で選ぶMeat by Meat
肉の種類で変わるのは、脂の量、身の色と香りの強さ、やわらかさです。下の表は、第I章の考え方と第27講料理ペアリング完全編の「重さをそろえる」原則にもとづく編集部の提案です。
| 肉 | 特徴 | 合わせやすいワイン | 注意したい組み合わせ |
|---|---|---|---|
| 牛・赤身 | ヒレ・ランプ・もも。脂は少なく、鉄っぽい香りとうま味 | ピノ・ノワール、メルロー、軽めのサンジョヴェーゼ | 渋みの強すぎる若い赤 |
| 牛・霜降り | サーロイン・リブロース・和牛。脂が多く甘い香り | カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、ネッビオーロ | 酸も渋みも弱い軽い白 |
| 豚 | 脂は甘く、身は淡い。ロース・バラ・ヒレで差が大きい | 果実味のある軽い赤、ロゼ、辛口のリースリング | 重く渋い赤(とくにヒレ) |
| 鶏 | 淡泊で、皮に脂。部位と味付けで幅が出る | シャルドネ、ロゼ、軽い赤(もも・たれ) | 渋みの強い赤(むね・塩) |
| 鴨 | 赤身で脂が厚い。鉄っぽさと甘い香り | ピノ・ノワール、熟成した赤 | 樽の香りの強い白 |
| 羊 | 独特の香りと脂。ラムはやわらかく、マトンは香りが強い | ボルドーの赤、シラー、テンプラニーリョ | 香りの繊細な白 |
| ジビエ | 鹿は赤身で鉄っぽく、猪は脂が甘い | 熟成したピノ・ノワール、ローヌやトスカーナの赤 | 若く渋いだけの赤 |
表を見ると、「肉には赤」が当てはまるのは、脂の多い牛と羊、鴨やジビエだとわかります。日本人がもっとも多く食べる豚と鶏では、白やロゼの出番が大きい。豚肉には辛口のリースリング、鶏肉にはシャルドネ(ペアリング:チキン)が、まず試す価値のある組み合わせです。
牛肉の中でも、赤身と霜降りでは合わせ方が逆になります。赤身には、渋みが穏やかで酸のあるピノ・ノワールやメルロー。脂の多い霜降りには、第I章の研究どおり、渋みのしっかりしたカベルネ・ソーヴィニヨンを。和牛の霜降りは脂が非常に多いので、渋みに加えて酸のある赤のほうが、脂を流して最後まで重くなりません。
調理と味付けで選ぶCooking and Seasoning
同じ肉でも、焼くか、煮るか、何で味をつけるかで、合うワインは大きく変わります。魚介と同じく、主役は肉そのものより、ソースと調理であることが多いのです。
部位で見る
脂の量は部位で大きく違います。牛ならヒレや赤身のももは軽く、サーロインやリブロース、バラは重い。豚ならヒレは淡泊で、肩ロースやバラは脂が多い。脂の多い部位ほど、渋みと酸の両方がしっかりしたワイン、と覚えておくと、同じ牛でもワインを替えられます。ローストビーフのように赤身をしっとり焼いた料理なら、重すぎない赤がちょうどよい(ペアリング:ローストビーフ)。
産地の郷土料理に学ぶLocal Dishes, Local Wines
ワイン産地には、地元の肉料理と地元のワインを合わせる長い習慣があります。その一部は、原産地の規定にも残っています。

ボルドーのメドックには、母羊の乳で育てた仔羊「アニョー・ド・ポイヤック」があり、2004年にEUの地理的表示(IGP)に登録された。カベルネ・ソーヴィニヨン主体のメドックの赤と同じ土地の組み合わせ。
骨付きの炭火焼きビステッカ・アッラ・フィオレンティーナは、トスカーナの伝統食品に数えられる。白い大型の牛キアニーナは、地理的表示の牛肉「中部アペニン白仔牛」の3品種の一つ。サンジョヴェーゼのキャンティ・クラッシコが定番の相手とされる。
スペイン内陸のレチャソ(乳飲み仔羊)の窯焼き。地理的表示の対象は、チュラなど在来の3品種に限られる。テンプラニーリョのリベラ・デル・ドゥエロやトロと合わせるのが定番とされる(第66講)。
牛の赤ワイン煮ブフ・ブルギニョン、鶏の赤ワイン煮コック・オー・ヴァン。どちらもピノ・ノワールで煮て、ピノ・ノワールで飲むのが定番とされる(第4講 ブルゴーニュ)。
ほかにも、アルゼンチンの炭火焼きアサードとマルベック、アルザスの豚肉とソーセージのシュークルートと辛口リースリング、スペインの生ハムハモン・イベリコとフィノ・シェリーは、現地の定番として知られる組み合わせです(生産者団体の公式な推奨ではありません)。それぞれ第22講南米、第20講アルザス、第15講酒精強化ワインでくわしく紹介しています。
どの組み合わせにも共通するのは、脂の多い肉には渋みのある赤、豚の脂と塩気には酸の高い白、塩気の強い生ハムには辛口の酒精強化という、第I〜III章の考え方です。郷土の知恵は、理屈とよく一致しています。
日本の肉料理と、安全のことJapanese Meat Dishes
すき焼き、焼き鳥、焼肉、とんかつ、生姜焼き。日本の肉料理の多くは醤油と甘み、あるいは油が主役です。ここからは編集部の提案として、日本の定番の皿ごとに考えます。

すき焼き・照り焼き
割り下の甘辛さと牛の脂。渋みより熟した果実味と酸。ピノ・ノワールやマスカット・ベーリーAを少し冷やして。英国のワイン誌デキャンタは、醤油を使う寿司の皿にニュージーランドやブルゴーニュのピノ・ノワールを挙げており、醤油と軽い赤の相性は甘辛い肉の皿にも応用できる。
とんかつや唐揚げのような揚げ物は、肉の種類より油が主役です。泡と酸が油を流す辛口のスパークリング(第13講)がいちばん。ソースをたっぷりかけるなら、果実味のある軽い赤やロゼも。生姜焼きは、生姜の香りと甘辛いたれに、辛口のリースリングや軽い赤。ステーキの焼き加減別の選び方はペアリング:ステーキにまとめています。
ジビエという選択肢
農林水産省によれば、令和6年度のジビエの利用量は全国で2,678トン(処理施設826か所)。平成28年度の2.1倍に増えました(約3割はペットフード向け)。衛生管理の基準を守る施設を認める国産ジビエ認証制度も2018年に始まっています。鹿肉は脂が少なく鉄っぽい香りがあり、熟成したピノ・ノワールや日本の赤の繊細さが生きる素材です。
安全に楽しむために
飲食店で牛レバーを生食用として出すことは、2012年7月から禁止されている。
豚の肉と内臓を生食用として出すことは、2015年6月から禁止。E型肝炎ウイルスや寄生虫のおそれがあり、中心部を63℃で30分、75℃で1分などと同等以上に加熱する。
鶏刺しやたたき、加熱不足の焼き鳥が原因になりやすい。厚生労働省は、中心部を75℃で1分以上加熱することを目安に示している。
出典:農林水産省 令和6年度食料需給表(概算)・野生鳥獣資源利用実態調査・国産ジビエ認証制度、厚生労働省の牛レバー・豚の食肉の生食の規制とカンピロバクター食中毒の資料、水産庁 水産白書。ジビエは必ず中心部まで十分に加熱してください。体調に不安のある人、妊娠中の人、高齢の人や子どもは、医師や公的機関の情報にしたがってください。
魚介と同じく、ワインを一緒に飲んでも、食中毒の予防にはなりません。肉は中心まで火を通す——おいしい組み合わせは、その上に成り立ちます。
よくある質問Frequently asked
いいえ。重い赤が合うのは、脂の多い牛や羊、鴨やジビエが中心です。日本でいちばん多く食べられている豚と鶏には、軽い赤やロゼ、辛口の白のほうが合いやすい場面が多くあります。迷ったら、肉よりソースと調理を見て選びましょう。
研究では、口の中の脂が渋みをやわらげることが示されています。さらに塩は苦みを抑えます。脂ののった肉を塩と胡椒で焼いたステーキは、渋みのしっかりした赤を受け止めやすい料理です。「肉のたんぱく質が渋みを消す」という説明は、直接の裏づけが見当たりません。
甘辛いたれには、渋みより果実味を。ピノ・ノワールやマスカット・ベーリーAを少し冷やして合わせるのが、編集部のおすすめです。塩の焼き鳥なら、酸のしっかりした辛口の白や泡が合います。
脂を見て、タレを読み、重さをそろえるFat, Sauce and Weight
「肉には赤」という言い伝えには、たしかな手がかりがありました。口の中の脂は、赤ワインの渋みをやわらげる。塩は苦みを抑え、黒胡椒とシラーは同じ香りの成分でつながっている。だから、脂ののった牛や羊を塩と胡椒で焼いた皿には、渋みのある赤がよく合います。
一方で、日本の食卓の主役は豚と鶏、そして甘辛いたれと揚げ物です。豚にはリースリング、鶏にはシャルドネやロゼ、すき焼きや焼き鳥のたれには果実味の赤、揚げ物には泡。肉の種類、部位の脂、調理とソースの三つを見れば、赤一本に頼らなくても、肉料理はワインの頼もしい相手になります。
次の一本。 今回はカベルネ・ソーヴィニヨンと、ピノ・ノワールを一本ずつ。塩と黒胡椒で焼いた牛のサーロイン、たれの焼き鳥、豚の生姜焼きを用意して、六通りの組み合わせを試してください。脂の多いサーロインにはどちらが合うか、甘辛いたれにはどちらがなじむか。第I章の研究を、自分の舌で確かめてみましょう。
次回は銘醸図鑑へ。「リベラ・デル・ドゥエロ」。今回、カスティーリャの乳飲み仔羊の相手として名前が挙がった、スペイン内陸のドゥエロ川沿いの赤の産地です。テンプラニーリョの土地の呼び名、高地の畑、ベガ・シシリアをはじめとする造り手までを歩きます(先に銘醸図鑑リオハと第14講スペインをどうぞ)。
