
北のワイン県を、数字で見るIwate in Numbers
第78講大阪で西へ向かった日本の産地編は、ふたたび北へ。本州の北東、岩手です。冷たい夏と長い冬の県は、じつはワイナリーの数で全国5位のワイン県です。
| 指標 | 岩手 | 全国の順位 |
|---|---|---|
| ワイナリー数(2025年1月) | 17場 | 5位 |
| 日本ワインの製成数量(2024年) | 546kl | 5位 |
| ワインの原料になった県産ぶどう | 507t | — |
| 山ぶどうの収穫量(2023年産) | 107t | 1位 |
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」(令和7年アンケート)、農林水産省「都道府県の農業概要」(2026年3月版)の特産果樹生産動態等調査。ワイナリー数はその年に生産か出荷の実績があった製造場の数で、全国は519場。製成数量は回答した15場の合計で、順位は表の数字から編集部が並べたものです。
ワイナリーの数は、山梨・長野・北海道・山形に次ぐ全国5位。日本ワインの製成数量でも5位に入ります。第68講北海道、第74講山形と並ぶ、北の主要な産地のひとつです。そしてもうひとつの顔が山ぶどう。2023年産の山ぶどうの収穫量は全国158tのうち107tで、およそ7割を岩手が占めています。
国税庁の調査に回答したワイナリーが、ワインの原料として受け入れた県産ぶどうを並べてみましょう。
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」(令和7年アンケート)の県別受入数量(2024年4月〜2025年3月)。回答したワイナリーの合計で、このほかツヴァイゲルト、シャルドネ、ケルナー、モンドブリエなどがあります。
意外なことに、いちばん多いのは山ぶどうではなく、アメリカ系のキャンベル・アーリー。2番目が、白のリースリング・リオンです。生で食べるぶどうとして育てられてきた品種と、寒さに強い交配品種が、岩手のワインの土台になっています。山ぶどうは量こそ多くありませんが、岩手の個性を語るうえで欠かせない存在です。
たばこ畑から、ぶどう畑へFrom Tobacco to Vines
岩手のワインの歴史は、県のほぼ真ん中、早池峰山(はやちねさん)の南のふもとにある大迫(おおはさま)から始まります。各社の公式サイトと県や大学の資料をもとにたどります。
- 戦後——知事が勧めたぶどうエーデルワインの公式サイトによれば、初代の民選知事・國分謙吉が、戦争と台風の被害からの復興策として大迫でのぶどう栽培を勧めました。北上山地をボルドーになぞらえる説を説いたと伝えられます。岩手大学の学生がまとめた冊子は、昭和22・23年の台風で葉たばこが大きな被害を受け、1950年(昭和25年)にぶどうの試験地が設けられたと記しています。
- 1962年——大迫で醸造が始まる大迫町と大迫農協の出資で「岩手ぶどう酒醸造合資会社」が生まれました。いまのエーデルワインの前身です。
- 1965年——エーデルワイスの縁大迫町はオーストリアのベルンドルフ市と国際友好都市になりました。早池峰山の固有種ハヤチネウスユキソウが、アルプスのエーデルワイスに似ていたことがきっかけです。
- 1974年——株式会社エーデルワイン7月24日、株式会社エーデルワインが設立されました。いまは花巻市や農協などが株主に名を連ねます。
- 1979年・1986年——山ぶどうでワインを県北の葛巻町で、高橋吟太郎町長が「山ぶどうでワインをつくろう」と発案したのが1979年。1986年2月14日に株式会社岩手くずまきワインが設立されました。
- 2000年代——盆地に広がる造り手盛岡の南隣、紫波町では、ぶどう農家などの出資で2003年に紫波フルーツパークが設立され、2005年に醸造を始めました。2010年から「自園自醸ワイン紫波」の名で、自社の畑のぶどうだけでワインを造ります。
- 2012年以降——山ぶどうの里と、海辺のワイン2012年、久慈地方の4市町村と県が「太陽の山ぶどう倶楽部」をつくりました。2016年には、山ぶどうの産地・野田村に、村の第三セクターが運営する涼海の丘ワイナリーが開業。東日本大震災からの復興策のひとつでした。

山ぶどうと、寒さに強い品種Wild Grapes and Hardy Crossings
岩手のワインを形づくるのは、野生のぶどうと、寒い土地のために生まれた交配品種です。主な顔ぶれを見ていきましょう。
日本や朝鮮半島などの山に自生するぶどうで、学名はVitis coignetiae。粒が小さく、酸と色素が非常に濃いのが特徴。岩手は収穫量で全国一。久慈市・野田村・葛巻町など県北が主な産地。
リースリングと甲州三尺を交配した日本の品種。華やかな香りときれいな酸を持ち、大迫のエーデルワインの看板。県内で受け入れた量は白でいちばん多い。
山梨大学が、山ぶどうとカベルネ・ソーヴィニヨンを掛け合わせて育てた品種。山ぶどうの濃い色と酸に、カベルネの骨格が加わる。紫波などで造られている。
寒さに強いアメリカ系のぶどう。生で食べる果物として育てられてきた品種が、やや甘口の白やロゼ、軽い赤の原料になる。ナイアガラは甘い香りが持ち味。
山ぶどうは、ヨーロッパのぶどう(Vitis vinifera)とは別の種です。酸が非常に高いため、そのままでは鋭い味になりがち。だから岩手の造り手は、甘みを残したり、樽で熟成させたり、交配品種と組み合わせたりと、それぞれのやり方で山ぶどうの個性を生かしてきました。交配品種がどう生まれ、なぜ寒い土地で役立つのかは、第69講交配品種とクローンで詳しく扱っています。
新しい品種の試みも続いています。日本政策金融公庫の技術誌によれば、岩手県工業技術センターは県の「いわてワインヒルズ推進事業」のなかで、山梨県が育成したアルモノワールとモンドブリエが県内での醸造に向くことを確かめました。寒い土地に合う品種を探す取り組みは、いまも進行中です。
やませの国の造り手たちWineries and Climate
岩手は、日本の産地編のなかでも特に冷涼な土地です。気象庁の平年値で、県内の観測点を比べてみましょう。
| 観測点 | 年平均気温 | 年降水量 | 年日照時間 |
|---|---|---|---|
| 盛岡 | 10.6℃ | 1,279.9mm | 1,686.3h |
| 大迫(花巻市) | 10.4℃ | 1,214.1mm | 1,523.7h |
| 紫波 | 10.4℃ | 1,267.5mm | 1,665.1h |
| 葛巻 | 8.5℃ | 1,037.9mm | 1,384.6h |
| 久慈 | 10.1℃ | 1,207.9mm | 1,936.9h |
| (参考)大阪 | 17.1℃ | 1,338.3mm | 2,048.6h |
出典:気象庁「過去の気象データ」平年値(1991〜2020年)。盛岡は気象台、それ以外はアメダス。葛巻の観測点は標高418m。
年平均気温は10℃前後。第78講の大阪より7℃ほど低く、高原の葛巻は8.5℃です。一方、雨は年1,000〜1,300mmほどと、日本の中では多くありません。大迫は盛岡や紫波より少し雨が少ないものの、県内でいちばん少ないのは葛巻です。
岩手の夏を語るうえで欠かせないのがやませ。仙台管区気象台によれば、初夏から真夏にかけて北日本の太平洋側に吹く、冷たく湿った東寄りの風です。低温と日照不足をもたらし、1993年の冷害がその代表例。太平洋に近い地域ほど影響を受けやすく、ぶどうにとっても試練になります。寒さとぶどうの関係は第59講ぶどう畑の一年・栽培完全編と第61講ワインと気候変動へ。
県内の主な造り手
大迫で1962年に始まった、岩手のワイン造りの草分け。リースリング・リオンの「五月長根」や、甘口の「ゼーレオオハサマ」で知られる。くわしく
山ぶどうでワインを造るために生まれた高原の造り手。白の「ほたる」も造る。くわしく
紫波フルーツパークのブランド。自社の畑のぶどうだけで造り、ヤマ・ソービニオンやモンドブリエも商品にしている。
オーストリアで醸造を学んだ造り手が、大迫で営む小さなワイナリー。大迫には、大手と並んで個人の造り手も育っている。
山ぶどうの産地・野田村の第三セクターが運営。山ぶどうのワイン「紫雫(しずく)」を造る。
三陸の海辺の造り手。「リアスワイン アルバリーニョ凪2024」が日本ワインコンクール2025で銅賞を受けた。
出典:各社の公式サイト、岩手県の資料、日本ワインコンクールの結果一覧(山梨県)。見学や直売の条件は変わるので、訪ねる前に各社の案内を確認してください。

GIはまだなく、特区は広がる
国税庁の地理的表示の一覧を見ると、ワインのGIは山梨・北海道・山形・大阪・長野の5つで、岩手のワインのGIはまだありません(岩手は2023年に清酒のGI「岩手」を得ています)。一方で、少ない量から醸造を始めやすくする構造改革特区は、花巻市、北上市(2022年)、そして陸前高田市(2026年3月)で認められています。小さな造り手が生まれる土台は、少しずつ広がっています。GIの意味は第41講ラベルの読み方へ。
買う、訪ねる、合わせるDrink Iwate
最後に、岩手のワインを手に取り、産地を訪ね、食卓に並べるための手がかりをまとめます。
選ぶときの目安
リースリング・リオンの白
岩手らしさを知るなら、まずリースリング・リオン。冷涼な土地のきれいな酸と、華やかな香り。日本ワインコンクール2026では、エーデルワインの凍らせた果汁から造る甘口「ゼーレオオハサマ」が銀賞、辛口の「五月長根」が銅賞を受けた。甘口の造りは第19講甘口ワインへ。
山ぶどうの赤
濃い色と鋭い酸の山ぶどう、またはその交配品種の赤。辛口からやや甘口まで造り手によって幅があるので、ラベルや説明で甘さを確かめて選びたい。少し冷やすと酸が引き締まる。
受賞は山梨県が公表している日本ワインコンクールの結果一覧によります。買い方の基本は第33講ワインの買い方へ。
訪ねる
エーデルの丘で開かれる町のワインまつり。ぶどう踏みや早池峰神楽などが行われてきた。2024年は9月15日に開催。日程は花巻市や観光協会の案内で確かめたい。
紫波は盛岡のすぐ南、大迫は花巻の東の山あい、葛巻と野田村は県北の高原と海辺。広い県なので、方角を決めて1日に回る蔵を絞るのがこつ。冬は雪と凍結に備えを。
試飲をするなら、運転する人を決めておくこと。訪問の心得は第51講ワイナリー訪問、県内のワイナリーはワイナリーガイドと産地:岩手へ。
岩手の食卓と
岩手の料理とワインの組み合わせを、公的な機関が勧めている例は見つかりませんでした。ここからは、第27講料理ペアリングの考え方をもとにした、編集部からの提案です。
夏は山で草を食べ、冬は里で育ついわて短角牛は赤身の牛。脂が控えめなぶん、渋みの強い赤より、酸のある山ぶどう系の赤が寄り添う。霜降りの前沢牛(農林水産省のGI)には、渋みのあるメルローも(第79講肉料理とワイン)。
GIの岩手野田村荒海ホタテや三陸の牡蠣には、辛口のリースリング・リオンやアルバリーニョを。盛岡のじゃじゃ麺や冷麺には、よく冷やした泡やロゼを軽快に(第77講魚介とワイン)。
山の野生のぶどうと、海の幸。山と海の両方を持つ県のワインは、岩手の食卓でこそ生きます。
よくある質問Frequently asked
国税庁の調査では、2024年に生産か出荷の実績があったワイナリーは17場で、山梨・長野・北海道・山形に次ぐ全国5位です(2025年1月1日現在)。花巻市大迫町、葛巻町、紫波町などに造り手があります。
色がとても濃く、酸が鋭いのが特徴です。そのため、やや甘口に仕上げたり、樽で熟成させたりと、造り手ごとに工夫されています。辛口からやや甘口まで幅があるので、ラベルで甘さを確かめて選ぶとよいでしょう。
2026年10月時点で、岩手のワインの地理的表示(GI)はありません。ワインのGIは山梨・北海道・山形・大阪・長野の5つです。岩手は2023年に、清酒のGI「岩手」を得ています。
山ぶどうと、やませの国Wild Grapes of the North
岩手は、ワイナリー17場で全国5位、日本ワインの製成数量でも5位の産地です。そして山ぶどうの収穫量は全国一。戦後、台風に傷んだ葉たばこの代わりに大迫でぶどうが植えられ、1962年に醸造が始まりました。1986年には葛巻で山ぶどうのワイン造りが会社になり、2000年代からは紫波、県北の野田村、三陸の陸前高田へと造り手が広がっています。
原料の主役はキャンベル・アーリーとリースリング・リオン。そこに山ぶどうと、寒い土地のための交配品種が加わります。年平均気温10℃前後、夏にはやませが吹く冷涼な土地で、野生のぶどうと交配品種を磨いてきた北のワイン——それが岩手です。
次の一本。 今回は岩手の2本を並べてください。1本目はリースリング・リオンの辛口の白。2本目は山ぶどう、またはヤマ・ソービニオンの赤。同じ冷涼な県のワインでも、交配品種の白と野生のぶどうの赤では、酸の表情がどう違うかを比べてみてください。料理はホタテのバター焼きと、赤身の牛肉をひと皿ずつ。
次回はテーマ編へ。「スイーツとワイン完全編」。ケーキ、チョコレート、和菓子、果物のデザート——甘いものと合わせるとワインが酸っぱく感じるのはなぜか、甘口ワインや泡の選び方、スイーツの種類ごとの合わせ方を、研究や専門家の推奨からたどります(ペアリング:チョコレートもあわせてどうぞ)。
