
辛さとアルコールChilli Heat and Alcohol
第75講中華料理とワイン、第79講肉料理とワイン、第81講スイーツとワインに続くペアリングの実践編。今回はタイ、ベトナム、インド、韓国、メキシコの料理です。どの国の料理にも共通する難題は一つ、唐辛子の辛さです。
アルコールは、辛さを強くする
グリーンカレーを食べたあとに、度数の高い赤ワインを飲む。口の中がかっと熱くなり、ワインの果実味はどこかへ消えてしまった——そんな経験はないでしょうか。これには体の仕組みの裏づけがあります。唐辛子の辛み成分カプサイシンは、口の中の神経にあるTRPV1という受容体を刺激します。この受容体はもともと熱い温度に反応するもので、1997年に米国の研究チームが「カプサイシン受容体」として報告しました。
2002年の研究では、エタノール(アルコール)がこの受容体を活性化し、カプサイシンへの反応を強めることが示されました。受容体が「熱い」と反応しはじめる温度は、約42℃から約34℃まで下がったと報告されています。体温に近い温度でも「熱い」と感じやすくなる、ということです。
出典:Caterina M.J. ほか, Nature 389, 816–824 (1997)/Trevisani M. ほか, Nature Neuroscience 5(6), 546–551 (2002)。
ワイン教育で教えられる「辛さの作用」
英国のワイン教育機関WSETは、講座のなかで料理の「唐辛子の辛さ」をワインの味わいを変える要素の一つに挙げています。公式ブログでは、辛さが次のように働くと説明しています。
出典:WSET公式ブログ「Winter wine and food matching」(2020年12月)、「How to pair drinks with spice」(2026年3月)、インド料理とワインの記事(2023年9月)。

甘さと牛乳は、辛さを鎮める
甘さが辛さを和らげることは、実験でも確かめられています。2022年のタイの研究では、20%の砂糖水で口をすすぐと、水ですすいだときより舌の灼熱感が有意に下がりました。2019年に米国で行われた試験では、辛いトマトジュースを飲んだ72人に7種類の飲み物を試してもらい、もっとも辛さを下げたのは牛乳(全乳・脱脂乳とも)と、甘い清涼飲料でした。カプサイシンは冷たい水にほとんど溶けず、アルコールにはよく溶ける性質があります。辛い料理の合間に水を飲んでもあまり効かないのはそのためです。
出典:Puengsurin D. ほか, J Clin Exp Dent 14(7), e541–e545 (2022)/Nolden A.A., Lenart G., Hayes J.E., Physiology & Behavior 208, 112557 (2019)/PubChem「Capsaicin」。
ここから導かれる原則は三つです。辛い料理には、アルコール度数が低めで、渋みが穏やかで、ほんのり甘さのあるワイン。インドのラッシーや、タイ料理のココナッツミルクのように、料理の側にも辛さを鎮める工夫があることも覚えておくと役に立ちます。
| 唐辛子 | 辛さ(スコヴィル値) | ワイン選びの目安(編集部の提案) |
|---|---|---|
| ハラペーニョ | 2,500〜8,000 | 辛口の白やロゼ、軽い赤でも楽しめる |
| ハバネロ | 100,000〜350,000 | やや甘口の白か、よく冷やした泡。渋い赤は避ける |
出典:ペンシルベニア州立大学エクステンション「Hot Peppers: Preserving the Heat」。スコヴィル値は品種や育ち方で幅があり、資料によって数字が異なります。
ハーブ・ココナッツ・魚醤Herbs, Coconut & Fish Sauce
エスニック料理の難しさは、辛さだけではありません。生のハーブの青い香り、ココナッツミルクのこく、魚醤のうま味と塩気。香りの強さとうま味が、ワインの選び方をもう一段変えます。
香りには、香りで応える
タイの官民による財団タイランド・ファウンデーションは、タイ料理の香りの柱としてガランガル(タイの生姜「カー」)、レモングラス、コブミカンの皮と葉、生の唐辛子を挙げています。鶏肉のココナッツスープ「トムカーガイ」は、ココナッツミルクにこれらのハーブを合わせた料理です。香りの強い料理に香りの控えめなワインを合わせると、ワインが水のように感じられがちです。こうした料理には、ゲヴュルツトラミネールやリースリングのように、ワイン自体の香りがはっきりした白がよく挙げられます。

魚醤のうま味と塩気
タイのナンプラー、ベトナムのヌックマムは、どちらも魚と塩を合わせて発酵させた調味料です。国際食品規格(コーデックス)は魚醤を、魚と塩を混ぜて発酵させて造るものと定めています。ベトナム南部の島の名を冠した「フーコック」の魚醤は、2012年にEUの原産地呼称保護(PDO)に登録されました。
WSETの説明では、うま味はワインの苦みを強め、果実味を弱く感じさせ、とくにタンニンの強いワインには不利に働きます。一方で塩気はワインの酸味や苦みを和らげ、酸っぱい料理はワインの酸味を穏やかに感じさせます。ライムを搾ったベトナムの生春巻きやタイのサラダには、酸のしっかりした白がむしろ心地よく感じられるのはそのためです。
合わせやすい
酸のはっきりした白、香りの華やかな白、ロゼ、よく冷やしたスパークリング。うま味と塩気の強い料理でも、果実味が消えにくい(第53講 ロゼワイン、第13講 スパークリングワイン)。
難しい
渋みの強い赤、樽の香りの強い赤、アルコール度数の高いワイン。うま味で渋みと苦みが、辛さでアルコールの熱さが際立ちやすい。
出典:Thailand Foundation(タイ料理の香りの解説、トムカーガイの解説)/Codex規格 CXS 302-2011「Standard for Fish Sauce」/欧州委員会実施規則(EU)No 928/2012/WSET公式ブログ(2020年6月・12月)。
タイ・ベトナム・インドThai, Vietnamese & Indian
ここからは、第I・II章の原則にもとづく編集部の提案です。同じ「エスニック」でも、辛さ、甘さ、酸、香りの組み合わせは国ごと、皿ごとに大きく違います。いちばん強い要素は何かを見てから選びましょう。
辛さ・甘さ・酸・塩気が一皿に同居する。グリーンカレーやトムカーガイなどココナッツを使う料理には、やや甘口のリースリングやゲヴュルツトラミネール。パパイヤのサラダ「ソムタム」のように酸と辛さが立つ料理には、酸の高い辛口〜やや甘口の白を。
生のハーブとヌックマム、ライム。辛さは卓上で足すことが多く、全体に軽やか。生春巻きにはソーヴィニヨン・ブランやグリューナー・ヴェルトリーナーのような爽やかな白、牛肉のフォーには軽い赤やロゼも。
クミン、コリアンダー、ターメリック、ガラムマサラ。香辛料が何層にも重なる。WSETは度数が低めで甘さの感じられるやや甘口のリースリングを挙げる。ヨーグルトを使うタンドリーチキンには、果実味のあるロゼや軽い赤(ペアリング:カレー)。
公的な団体が勧める白
アルザスワイン委員会は、アルザスのゲヴュルツトラミネールに合う料理として、レモングラスやターメリックを使うタイ料理、コリアンダー・クミン・ガラムマサラを使うインド料理、ココナッツミルクと唐辛子を使うインドネシア料理を挙げています。ドイツワイン・インスティトゥートも、ドイツのリースリングについて、アジアやメキシコの香り高く辛い料理や甘酸っぱい料理には、やや甘口〜中甘口のものを試すよう勧めています。英国のワイン誌デキャンターの記事では、ゲヴュルツやリースリングに加えて、オーストリアのグリューナー・ヴェルトリーナーや、アルゼンチンの白トロンテスも、辛い料理の相手として名前が挙がっています。
出典:Vins d’Alsace「Gewurztraminer d’Alsace」/Wines of Germany「Riesling」冊子/Decanter(2017年2月、2024年8月)。
韓国とメキシコ、そしてアジアのワインKorean, Mexican & Local Wines
発酵の調味料と炭火の肉の韓国料理、唐辛子とトウモロコシのメキシコ料理。どちらも赤ワインの出番があるのが、東南アジアや南アジアの料理との違いです。
韓国料理
コチュジャンは、もち米・麦芽・メジュ(大豆を発酵させた麹玉)の粉・塩・唐辛子粉を発酵させた調味料。甘辛いうま味が強い。焼肉やプルコギには、渋みの穏やかな果実味の赤——ボージョレのガメイや、少し冷やした軽いピノ・ノワール。キムチや辛いチゲには、やや甘口の白か泡。冬にキムチを漬けて分け合う「キムジャン」の文化は、2013年にユネスコの無形文化遺産に記載された(ペアリング:焼肉・BBQ)。
メキシコ料理
「伝統的なメキシコ料理」は2010年にユネスコの無形文化遺産に記載された。ソース料理モレ・ポブラーノには、アンチョ、ムラート、パシージャ、チポトレの4種の唐辛子と、板チョコレートが入る。こくのあるモレには、果実味が豊かで渋みの穏やかな赤。ハラペーニョのタコスやセビーチェには、酸のある白やロゼ。
料理の国にも、ワインがある
その土地の料理には、その土地のワインを——というのはワインの世界の古い知恵ですが、エスニック料理の国々にもワイン産地があります。メキシコ農業省によると、メキシコのワイン生産の約7割がバハ・カリフォルニア州に集まっています。インドでは、マハーラーシュトラ州の「ナーシク・ヴァレー・ワイン」が国の地理的表示に登録されています。タイでも、バンコクの北東のカオヤイで1989年にPBヴァレーが設立され、高原でワインが造られています。詳しくは第50講アジアのワイン、第52講メキシコと南米で。
出典:Jung S.J., Shin D.H., Journal of Ethnic Foods 11 (2024)/UNESCO無形文化遺産(Kimjang, making and sharing kimchi in the Republic of Korea/Traditional Mexican cuisine – ancestral, ongoing community culture, the Michoacán paradigm)/メキシコ文化省 文化情報システム「Mole poblano」/メキシコ農業省(2021年11月18日発表)/インド特許意匠商標総局 GI登録簿 No.123/Decanter(2024年8月)。
選ぶ・冷やす・試すChoose, Chill & Try
最後に、家でエスニック料理とワインを楽しむための実践のコツです。迷ったときの一本は、やや甘口の白をよく冷やして。
辛さとアルコールは互いを強め合う。辛い料理には、ラベルのアルコール度数が低めのものを。ドイツのやや甘口のリースリングやモスカート・ダスティは、度数が低いものが多い(用語:アルコール度数)。
白や泡、ロゼはしっかり冷やすと、辛い料理の合間に口が落ち着く。赤を合わせるなら、軽い赤を少し冷やして。温度が高いとアルコールの熱さが目立ちやすい(適温の目安)。
料理の辛さを控えめにして、唐辛子は卓上で足す。ワインとの相性を確かめやすくなる。ヨーグルトやココナッツミルクの料理を一皿添えるのも手。
持ち寄りのパーティーなら、やや甘口の白と、辛口の泡と、軽い赤の三本を用意すると、たいていのエスニック料理に対応できます。辛い料理と組み合わせの基本はペアリング:辛い料理・エスニック、料理とワインの原則全体は第27講料理ペアリング完全編にまとめています。
ワインはお酒です。20歳未満の人は飲酒できません。妊娠中・授乳中の人は飲酒を控えてください。辛い料理とアルコールはどちらも胃腸を刺激することがあります。飲む量はほどほどに、体調や持病が気になる人は医師の指示にしたがってください(第37講 ワインと健康)。
よくある質問Frequently asked
渋みの強い赤や度数の高い赤は、辛さとアルコールの熱さ、タンニンの粗さが際立ちやすく、避けるのが無難です。合わせるなら、ガメイや軽いピノ・ノワールのような渋みの穏やかな軽い赤を少し冷やして。韓国の焼肉やメキシコのモレのように、辛さより肉やこくが主役の料理なら赤も楽しめます。
甘さには、辛さの感じ方を和らげる働きがあります。砂糖水で口をすすぐと舌の灼熱感が下がるという実験結果もあり、WSETもワインの残糖が辛さを和らげると説明しています。さらにやや甘口のワインは度数が低めのものが多く、アルコールで辛さが強まりにくいのも利点です。
一本なら、やや甘口のリースリングをよく冷やして。タイ、ベトナム、インド料理まで幅広く合わせやすい白です。香りの強いカレーにはゲヴュルツトラミネール、焼肉やタコスには軽い赤、と料理に合わせて二本目を足すと、組み合わせの幅が広がります。
度数は低く、渋みは穏やかに、少しの甘さをCool, Soft & a Touch Sweet
エスニック料理とワインの原則は、唐辛子の辛さから考えると見えてきます。アルコールは辛さの受容体を刺激し、辛さはワインのアルコールの熱さを強め、渋みを粗く、果実味と甘さを弱く感じさせる。だから、度数は低めに、渋みは穏やかに、ほんの少しの甘さを。そのうえで、ハーブやスパイスには香りの華やかな白、魚醤の塩気やライムの酸には酸のはっきりした白、炭火の肉やこくのあるソースには軽い赤を合わせます。
タイのグリーンカレーにはやや甘口のリースリング、ベトナムの生春巻きには爽やかな白、インドのカレーにはゲヴュルツトラミネール、韓国の焼肉には少し冷やしたガメイ、メキシコのモレには果実味の赤。辛さ・香り・うま味の三つを見れば、エスニック料理のワイン選びは迷わなくなります。
次の一本。 今回はドイツのやや甘口のリースリング(カビネット)と、アルザスのゲヴュルツトラミネールを一本ずつ。グリーンカレー、生春巻き、キーマカレーを用意して、六通りを試してください。比べるために、度数の高い辛口の赤も少しだけ。辛いひと口のあとで、第I章の「アルコールは辛さを強くする」を確かめてみましょう。
次回は銘醸図鑑へ。「ヴーヴレ(ロワール)」。今回、辛い料理の相手としてWSETも名前を挙げた、シュナン・ブランの白の産地です。トゥールの東、トゥファと呼ばれる白い石灰岩の崖と洞窟の蔵、辛口から甘口、泡まで造られる一つの品種の幅を歩きます(先に第18講ロワールと品種シュナン・ブランをどうぞ)。
