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ワインガイド Vinotier

VINOTIER WINE COURSELEÇON LXXV

第75講 実践

中華料理とワイン完全編

アルコールは唐辛子の辛さを強め、甘みは辛さをやわらげる。 研究でわかっているのは、そんなシンプルなことです。広東・四川・北京・上海の味の組み立てと主役の調味料を見れば、餃子にも麻婆豆腐にも北京ダックにも、合うワインの方向が見えてきます。第73講「チーズとワイン」に続くペアリングの実践編です。

辛さと甘み調味料で選ぶ紹興酒と使い分け
中華料理とワイン完全編のイメージ
黒い土鍋に盛られた麻婆豆腐。赤いラー油の中に角切りの豆腐と挽き肉、青ねぎが見える
麻婆豆腐 — 唐辛子の辛さ(辣)と花椒の痺れ(麻)を併せ持つ四川料理の代表。日本の家庭の食卓にもすっかり定着した。辛さと痺れと油——この三つが、中華とワインの組み合わせを考えるいちばんの鍵になる
— I

「中華」をほどくMany Cuisines, One Table

「中華に合うワインは?」と聞かれて、ひと言で答えるのは難しいことです。蒸した海老の点心と、真っ赤な麻婆豆腐と、甜麺醤を塗った北京ダックは、どれも「中華」ですが、味の組み立てがまるで違います。第71講和食とワイン完全編、第73講チーズとワイン完全編に続くペアリングの実践編。第75講は、まず「中華」をほどくところから始めます。

八大菜系と、日本の四大料理

中国では、地方ごとの料理の系統を「菜系」と呼びます。一般に、先に山東(魯)・四川(川)・広東(粤)・江蘇(蘇。淮揚料理とも)の「四大菜系」が挙がり、のちに浙江・福建・湖南・安徽を加えた「八大菜系」として説明されることが多い分類です。

一方、日本でなじみのある「北京・上海・広東・四川」の四つは、日本で広く使われてきた分け方です。北京料理は山東料理の流れを汲み、上海料理は江蘇・浙江の料理に近い、と整理されることが多いようです。この講座では、日本の食卓で実感しやすいこの四つを入口にします。

広東Cantonese

蒸し物・海鮮・飲茶。素材の甘みを生かす繊細な味つけと、オイスターソースのうま味。

四川Sichuan

麻婆豆腐・担々麺・回鍋肉。唐辛子の辛さと花椒の痺れ、豆板醤のコク。

北京Beijing

北京ダック・ジャージャー麺・餃子。甜麺醤の甘みと、小麦の皮や麺の香ばしさ。

上海Shanghai

小籠包・東坡肉・上海蟹。醤油と砂糖の甘辛い煮込み、黒酢の酸味、紹興酒の香り。

日本で育った「中華」

私たちが家で食べる中華には、日本で生まれた料理や、日本で大きく姿を変えた料理も含まれます。たとえば天津飯は中国にはなく日本で生まれた料理で、その発祥には東京説と大阪説があり、確定していません。エビチリは、1952年に来日し、テレビの料理番組で四川料理を広めた料理人・陳建民が、四川の「乾焼蝦仁」をもとにケチャップを使って考えたとされます。日本の中華は、甘みと酸味がやや強く、辛さは控えめに調整されていることが多い——この点は、ワイン選びにも効いてきます。

— II

辛さ・痺れ・アルコールHeat, Tingle and Alcohol

中華とワインの組み合わせでいちばん失敗しやすいのが、辛い料理です。ここでは、唐辛子と花椒の刺激がワインとどう関わるのかを、研究でわかっていることから順に見ていきます。

赤茶色に乾いた花椒の殻が、黒い種や細い枝とともにたくさん積み重なっている
花椒(ホアジャオ) — ミカン科サンショウ属の果皮を乾かした香辛料。舌がしびれるような感覚は、唐辛子の「熱い」辛さとは別のしくみで生まれる
辣唐辛子の辛さは「熱さ」の感覚唐辛子の辛味成分カプサイシンは、熱を感じるセンサー(受容体TRPV1)を刺激する。だから辛さは「熱い」「焼けるよう」と感じられる
麻花椒の痺れは別のしくみ痺れの主成分ヒドロキシ-α-サンショオールは、感覚神経のカリウムチャネルを阻害して神経を興奮させることが、2008年の研究で示された
酒アルコールは辛さを強める2002年の研究で、エタノールがTRPV1を活性化し、受容体が反応し始める温度を約42℃から約34℃まで下げることが示された。体温でも「熱い」と感じやすくなる
度度数が高いほど、ワインは熱く感じるリースリングのアルコール度数を変えた2007年の研究では、度数が上がるほど「熱さ」の評価が高まり、12.6%と13.6%の1%差でも違いが感じ取られた
甘甘みは辛さをやわらげる1990年の研究では、10%の砂糖水で口をすすぐと辛さが軽くなり、冷たいほど効果が大きかった。物理的に洗い流すより、甘みの感覚そのものが効いていると考察されている

出典:Bautista, D. M. et al., Nature Neuroscience 11 (2008)/Nature Neuroscience 11, 772–779 (2008)/Trevisani, M. et al., Nature Neuroscience 5, 546–551 (2002)ldquo;Ethanol elicits and potentiates nociceptor responses via the vanilloid receptor-1Nature Neuroscience 11, 772–779 (2008)/Trevisani, M. et al., Nature Neuroscience 5, 546–551 (2002)rdquo;, Nature Neuroscience 5 (2002)/Gawel, R., Van Sluyter, S. & Waters, E. J., Aust. J. Grape Wine Res. 13(1) (2007)/Nasrawi, C. W. & Pangborn, R. M., Physiology & Behavior 47(4) (1990).

ここから導ける実践の原則は三つです。辛い料理には、アルコール度数の低めのワインを。ほのかな甘みのあるワインは辛さの角を取ってくれる。そしてよく冷やす。ドイツのリースリングのカビネットやシュペートレーゼのように、度数が低く、少し甘みを残した白が四川料理の相手としてよく挙がるのは、この三つを一度に満たすからです。

「渋い赤は辛さを強める」は本当か。 唐辛子の辛さとタンニンの渋みがぶつかり合う、という説明はよく見かけますし、実際にそう感じる人も多いでしょう。ただ、タンニンがカプサイシンの灼熱感を強めることを直接示した学術研究は、今回の調べでは見つかりませんでした。確かなのは、渋い赤には度数の高いものが多く、アルコールが辛さを強めることです。「辛い料理に重い赤は避ける」という経験則は、まずはその理由で説明できます。
— III

調味料で選ぶReading the Sauces

中華の味の骨格は、調味料が決めます。料理名がわからなくても、どの調味料が主役かを見れば、ワインの方向は見えてきます。下の表の「ワインの方向」は、第II章の原則と第27講料理ペアリング完全編の考え方をもとにした編集部の提案です。

調味料中身代表的な料理ワインの方向
豆板醤唐辛子と空豆を発酵。本場の郫県豆瓣は2005年に中国の地理的表示を取得麻婆豆腐、回鍋肉、エビチリ低めの度数で少し甘い白、冷やしたロゼ
甜麺醤小麦粉と塩を発酵させた甘い味噌北京ダック、ジャージャー麺、回鍋肉果実味のある軽い赤、ロゼ
オイスターソース牡蠣のうま味。1888年に広東で創業した李錦記が商品化青椒肉絲、青菜炒め、牛肉炒め酸のある白、軽い赤、泡
黒酢鎮江香醋は糯米・ふすま等が原料、6か月以上熟成酢豚、黒酢の炒め物、小籠包のたれ酸と果実味のあるロゼ・軽い赤
醤油と砂糖甘辛く煮詰める上海・江南の味東坡肉、紅焼肉、煮魚熟成感のある赤、紹興酒
塩と生姜・ねぎ素材の味を生かす広東の味蒸し魚、海老蒸し餃子、飲茶すっきりした辛口白、泡

八角や桂皮、丁香などを合わせた五香粉の香りが効いた料理には、ゲヴュルツトラミネールのライチやスパイスの香りがよく寄り添います。なお五香粉の配合は店や家庭によってさまざまで、決まった規格はありません。

覚えておきたいのは、甘みの強い調味料にはワインにも果実味を、酸の強い調味料にはワインにも酸を、という同調の考え方です。甜麺醤の甘さに辛口で渋い赤を合わせると、ワインが酸っぱく、苦く感じられがちです。第27講で見た「甘い料理には、料理より甘いワインを」の原則が、ここでもそのまま当てはまります。

— IV

家庭の中華、定番の一皿Classic Dishes at Home

ここからは、日本の家庭やテイクアウトでおなじみの料理ごとに見ていきます。2025年の総務省の家計調査では、ぎょうざの年間購入額は浜松市が1位(4,046円)、宇都宮市が2位(3,575円)、宮崎市が3位。日本でいちばん身近な中華といえる、餃子から始めましょう。

餃焼き餃子・水餃子 → 泡、すっきりした白イギリスの専門誌の中国語版Decanter Chinaで、マスター・オブ・ワインのジェニファー・ドハティは、餃子にマコンのシャルドネ、リースリングのカビネット、シャンパーニュを推した。具の味は繊細なので、赤は具を覆ってしまう、という理由だった。焼き目の香ばしさと油には泡がよく合う
麻麻婆豆腐・担々麺 → 少し甘い白、冷やしたロゼ第II章の原則どおり、度数が低くほのかに甘い白で辛さを受け止める。辛さを抑えた家庭の麻婆豆腐なら、果実味のある冷やしたロゼでも
鴨北京ダック → ピノ・ノワール、ロゼ甜麺醤の甘み、皮の香ばしさ、鴨の脂。渋みが穏やかで酸のあるピノ・ノワールは、定番としてよく挙げられる組み合わせ。少し甘みの残るリースリングという選び方もある
海エビチリ → ロゼ、やや甘口の白ケチャップの甘みと酸味、豆板醤の辛さ。甘酸っぱさに寄り添う果実味と、辛さを和らげる甘みが要る
酢酢豚・黒酢の料理 → ロゼ、軽い赤甘みと酸味を両方持つ味つけには、酸と果実味の両方を持つワインを。酸の弱いワインは酢に負けやすい
炒回鍋肉・青椒肉絲 → 軽い赤、泡味噌と醤油の甘辛さとたっぷりの油。軽い赤や、日本のマスカット・ベーリーAのような果実味のある赤が素直に合う。油が多ければ泡で流す
点飲茶・蒸し魚 → 辛口の白、泡素材の甘みを楽しむ広東の味には、樽の強くないすっきりした白を。日本の甲州も候補になる

ドハティの推奨は Decanter China の2018年の記事による。料理ごとのその他の組み合わせは、第II・III章の原則にもとづく編集部の提案です。

円卓に一本、二本、三本

  1. 一本なら辛口のスパークリング。泡と酸が油を流し、甘い・辛い・酸っぱいが入れ替わる食卓で口をリセットしてくれる。選び方はスパークリングワインの選び方へ。
  2. 二本なら泡に、やや甘口の白(リースリングやゲヴュルツトラミネール)を一本。辛い料理が出てきたときに、甘口の白が効く。
  3. 三本ならさらに軽い赤を一本。北京ダックや甜麺醤の料理、肉の炒め物の受け皿になる。順番は前菜・点心から泡 → 白 → 軽い赤。温度はどれも冷やしめに。
— V

紹興酒と、中国のワインShaoxing Wine and Chinese Wine

中華の食卓で、ワインの「先輩」にあたるのが紹興酒です。どんな酒なのかを知っておくと、ワインとの使い分けがはっきりします。

スーパーマーケットの棚に、赤いリボンを結んだ茶色の陶製の甕入り紹興酒がずらりと並んでいる
甕入りの紹興酒 — 北京のスーパーマーケットの売り場。紹興酒は浙江省紹興で造られる黄酒で、2000年に中国で初めて原産地域産品保護(地理的表示保護の前身)の対象になった

紹興酒は、中国の醸造酒「黄酒」のひとつで、浙江省紹興で糯米(もち米)と麦麹から造られます。2000年1月、中国で最初の原産地域産品保護(地理的表示保護の前身)の対象になりました。現行の国家標準では、糖分の量によって四つのタイプに分けられています。

タイプ甘さ総糖(1Lあたり)
元紅酒辛口(干型)15.0g以下
加飯酒(花彫酒)やや辛口(半干型)15.1〜40.0g
善醸酒やや甘口(半甜型)40.1〜100.0g
香雪酒甘口(甜型)100.0g超

出典:中国国家標準 GB/T 17946-2008「地理標志産品 紹興酒(紹興黄酒)」。

日本でよく飲まれるのは加飯酒(花彫酒)で、熟成によるカラメルやナッツのような香りと、やわらかなうま味を持ちます。日本では紹興酒にザラメ(粗い砂糖)を入れる飲み方がありますが、これは日本独自の習慣とされ、始まりには諸説あります。甘辛い煮込みや上海蟹、醤油の濃い料理には、やはり紹興酒がよく合います。

紹興酒に任せるShaoxing

東坡肉や紅焼肉などの醤油と砂糖の煮込み、上海蟹、熟成した香りを生かしたい料理。ぬる燗から常温で、香りとうま味を料理に重ねる。

ワインに任せるWine

点心・蒸し物・揚げ物など冷たさと酸と泡が欲しい料理、辛い四川料理、甜麺醤の料理。紹興酒にない酸と冷たさが、ワインの持ち味。

中国のワインという選択肢

中国そのものも、ワインの産地です。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)の2025年の報告では、中国のぶどう栽培面積は推定73万3千ヘクタールで世界3位。ただしその多くは生食用で、ワイン生産量は220万ヘクトリットル(世界18位)と、前年から2割近く減っています。近代ワイン造りの始まりは、1892年に張弼士が山東省煙台に創業した張裕。いまは寧夏の賀蘭山東麓などで品質の高いワインが造られています。詳しくは第50講中国&アジアで。中国料理に中国のワインを合わせる「同郷合わせ」も、試す価値のある組み立てです。

— FAQ

よくある質問Frequently asked

Q麻婆豆腐に赤ワインは合わない?

合わせるなら、渋みが穏やかで度数の低めの軽い赤を、よく冷やして。アルコールは唐辛子の辛さを強めることが研究で示されているため、度数の高い重い赤は辛さが際立ちやすくなります。辛さが強い本場風の麻婆豆腐には、少し甘みのある白のほうが無難です。

Q中華に一本だけ選ぶなら?

辛口のスパークリングワインです。泡と酸が油を流し、点心から炒め物、揚げ物まで幅広く合わせられます。辛い料理が多い日は、やや甘口のリースリングを一本足すと安心です。

Q紹興酒とワイン、どう使い分ける?

醤油と砂糖の甘辛い煮込みや上海蟹など、熟成した香りとうま味を重ねたい料理は紹興酒に。点心や揚げ物、辛い料理など、冷たさと酸と泡が欲しい料理はワインに。一つの食卓で両方を使い分けるのがいちばん楽しい方法です。

— Recap

辛さには甘み、油には泡Sweetness, Bubbles and Balance

「中華」はひとつの料理ではありませんでした。広東の繊細な蒸し物、四川の辛さと痺れ、北京の甜麺醤の甘み、上海の甘辛い煮込み。料理の系統と主役の調味料を見れば、ワインの方向は自然と決まります。

研究から言えるのは、アルコールは辛さを強め、甘みは辛さをやわらげるということ。だから辛い料理には、度数が低く、少し甘みのある冷えた白を。油の多い料理には泡を。甘い調味料には果実味を、酸っぱい調味料には酸を。そして醤油の濃い煮込みは、紹興酒に任せてもかまいません。料理ごとの早見はペアリング:中華・餃子、辛い料理全般はペアリング:辛い料理・エスニックにまとめています。

次の一本。 今回は辛口のスパークリングと、やや甘口のリースリングを一本ずつ。焼き餃子と麻婆豆腐を用意して、四通りの組み合わせを試してください。餃子と泡、麻婆豆腐とリースリングがうまくいき、麻婆豆腐と泡ではどうなるか。余裕があれば、度数の高い赤も一杯、麻婆豆腐と合わせて、第II章の研究を自分の舌で確かめてみましょう。

次回は銘醸図鑑へ。「アルザス・グラン・クリュ」。今回、中華の相手として何度も名前が挙がったゲヴュルツトラミネールとリースリングの故郷、フランス・アルザスの特級畑です。グラン・クリュの制度と品種のきまり、代表的な畑と造り手までを歩きます(先に第20講アルザスをどうぞ)。

Piquant, sucré, pétillant — à table.

次に中華の円卓を囲むときは、皿ごとに「辛さ」「甘さ」「油」を確かめてみてください。辛い皿には甘みのある冷えた白を、油の皿には泡を。調味料を読めば、中華はワインのいちばん楽しい相手になります。

写真クレジット(すべてWikimedia Commons):
1. 麻婆豆腐 — “Chen Mapo Tofu” by ZhengZhou, CC BY-SA 4.0
2. 花椒 — “Sichuan pepper, including husks, seeds and stems” by Ragesoss, CC BY-SA 3.0
3. 甕入りの紹興酒 — “Jarred Shaoxing wine at a supermarket in Beijing (20241109164501)” by N509FZ, CC BY-SA 4.0
※掲載写真はレイアウト上の都合によりリサイズ・トリミングして掲載しています。
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