
「中華」をほどくMany Cuisines, One Table
「中華に合うワインは?」と聞かれて、ひと言で答えるのは難しいことです。蒸した海老の点心と、真っ赤な麻婆豆腐と、甜麺醤を塗った北京ダックは、どれも「中華」ですが、味の組み立てがまるで違います。第71講和食とワイン完全編、第73講チーズとワイン完全編に続くペアリングの実践編。第75講は、まず「中華」をほどくところから始めます。
八大菜系と、日本の四大料理
中国では、地方ごとの料理の系統を「菜系」と呼びます。一般に、先に山東(魯)・四川(川)・広東(粤)・江蘇(蘇。淮揚料理とも)の「四大菜系」が挙がり、のちに浙江・福建・湖南・安徽を加えた「八大菜系」として説明されることが多い分類です。
一方、日本でなじみのある「北京・上海・広東・四川」の四つは、日本で広く使われてきた分け方です。北京料理は山東料理の流れを汲み、上海料理は江蘇・浙江の料理に近い、と整理されることが多いようです。この講座では、日本の食卓で実感しやすいこの四つを入口にします。
蒸し物・海鮮・飲茶。素材の甘みを生かす繊細な味つけと、オイスターソースのうま味。
麻婆豆腐・担々麺・回鍋肉。唐辛子の辛さと花椒の痺れ、豆板醤のコク。
北京ダック・ジャージャー麺・餃子。甜麺醤の甘みと、小麦の皮や麺の香ばしさ。
小籠包・東坡肉・上海蟹。醤油と砂糖の甘辛い煮込み、黒酢の酸味、紹興酒の香り。
日本で育った「中華」
私たちが家で食べる中華には、日本で生まれた料理や、日本で大きく姿を変えた料理も含まれます。たとえば天津飯は中国にはなく日本で生まれた料理で、その発祥には東京説と大阪説があり、確定していません。エビチリは、1952年に来日し、テレビの料理番組で四川料理を広めた料理人・陳建民が、四川の「乾焼蝦仁」をもとにケチャップを使って考えたとされます。日本の中華は、甘みと酸味がやや強く、辛さは控えめに調整されていることが多い——この点は、ワイン選びにも効いてきます。
辛さ・痺れ・アルコールHeat, Tingle and Alcohol
中華とワインの組み合わせでいちばん失敗しやすいのが、辛い料理です。ここでは、唐辛子と花椒の刺激がワインとどう関わるのかを、研究でわかっていることから順に見ていきます。

出典:Bautista, D. M. et al., Nature Neuroscience 11 (2008)/Nature Neuroscience 11, 772–779 (2008)/Trevisani, M. et al., Nature Neuroscience 5, 546–551 (2002)ldquo;Ethanol elicits and potentiates nociceptor responses via the vanilloid receptor-1Nature Neuroscience 11, 772–779 (2008)/Trevisani, M. et al., Nature Neuroscience 5, 546–551 (2002)rdquo;, Nature Neuroscience 5 (2002)/Gawel, R., Van Sluyter, S. & Waters, E. J., Aust. J. Grape Wine Res. 13(1) (2007)/Nasrawi, C. W. & Pangborn, R. M., Physiology & Behavior 47(4) (1990).
ここから導ける実践の原則は三つです。辛い料理には、アルコール度数の低めのワインを。ほのかな甘みのあるワインは辛さの角を取ってくれる。そしてよく冷やす。ドイツのリースリングのカビネットやシュペートレーゼのように、度数が低く、少し甘みを残した白が四川料理の相手としてよく挙がるのは、この三つを一度に満たすからです。
調味料で選ぶReading the Sauces
中華の味の骨格は、調味料が決めます。料理名がわからなくても、どの調味料が主役かを見れば、ワインの方向は見えてきます。下の表の「ワインの方向」は、第II章の原則と第27講料理ペアリング完全編の考え方をもとにした編集部の提案です。
| 調味料 | 中身 | 代表的な料理 | ワインの方向 |
|---|---|---|---|
| 豆板醤 | 唐辛子と空豆を発酵。本場の郫県豆瓣は2005年に中国の地理的表示を取得 | 麻婆豆腐、回鍋肉、エビチリ | 低めの度数で少し甘い白、冷やしたロゼ |
| 甜麺醤 | 小麦粉と塩を発酵させた甘い味噌 | 北京ダック、ジャージャー麺、回鍋肉 | 果実味のある軽い赤、ロゼ |
| オイスターソース | 牡蠣のうま味。1888年に広東で創業した李錦記が商品化 | 青椒肉絲、青菜炒め、牛肉炒め | 酸のある白、軽い赤、泡 |
| 黒酢 | 鎮江香醋は糯米・ふすま等が原料、6か月以上熟成 | 酢豚、黒酢の炒め物、小籠包のたれ | 酸と果実味のあるロゼ・軽い赤 |
| 醤油と砂糖 | 甘辛く煮詰める上海・江南の味 | 東坡肉、紅焼肉、煮魚 | 熟成感のある赤、紹興酒 |
| 塩と生姜・ねぎ | 素材の味を生かす広東の味 | 蒸し魚、海老蒸し餃子、飲茶 | すっきりした辛口白、泡 |
八角や桂皮、丁香などを合わせた五香粉の香りが効いた料理には、ゲヴュルツトラミネールのライチやスパイスの香りがよく寄り添います。なお五香粉の配合は店や家庭によってさまざまで、決まった規格はありません。
覚えておきたいのは、甘みの強い調味料にはワインにも果実味を、酸の強い調味料にはワインにも酸を、という同調の考え方です。甜麺醤の甘さに辛口で渋い赤を合わせると、ワインが酸っぱく、苦く感じられがちです。第27講で見た「甘い料理には、料理より甘いワインを」の原則が、ここでもそのまま当てはまります。
家庭の中華、定番の一皿Classic Dishes at Home
ここからは、日本の家庭やテイクアウトでおなじみの料理ごとに見ていきます。2025年の総務省の家計調査では、ぎょうざの年間購入額は浜松市が1位(4,046円)、宇都宮市が2位(3,575円)、宮崎市が3位。日本でいちばん身近な中華といえる、餃子から始めましょう。
ドハティの推奨は Decanter China の2018年の記事による。料理ごとのその他の組み合わせは、第II・III章の原則にもとづく編集部の提案です。
円卓に一本、二本、三本
- 一本なら辛口のスパークリング。泡と酸が油を流し、甘い・辛い・酸っぱいが入れ替わる食卓で口をリセットしてくれる。選び方はスパークリングワインの選び方へ。
- 二本なら泡に、やや甘口の白(リースリングやゲヴュルツトラミネール)を一本。辛い料理が出てきたときに、甘口の白が効く。
- 三本ならさらに軽い赤を一本。北京ダックや甜麺醤の料理、肉の炒め物の受け皿になる。順番は前菜・点心から泡 → 白 → 軽い赤。温度はどれも冷やしめに。
紹興酒と、中国のワインShaoxing Wine and Chinese Wine
中華の食卓で、ワインの「先輩」にあたるのが紹興酒です。どんな酒なのかを知っておくと、ワインとの使い分けがはっきりします。

紹興酒は、中国の醸造酒「黄酒」のひとつで、浙江省紹興で糯米(もち米)と麦麹から造られます。2000年1月、中国で最初の原産地域産品保護(地理的表示保護の前身)の対象になりました。現行の国家標準では、糖分の量によって四つのタイプに分けられています。
| タイプ | 甘さ | 総糖(1Lあたり) |
|---|---|---|
| 元紅酒 | 辛口(干型) | 15.0g以下 |
| 加飯酒(花彫酒) | やや辛口(半干型) | 15.1〜40.0g |
| 善醸酒 | やや甘口(半甜型) | 40.1〜100.0g |
| 香雪酒 | 甘口(甜型) | 100.0g超 |
出典:中国国家標準 GB/T 17946-2008「地理標志産品 紹興酒(紹興黄酒)」。
日本でよく飲まれるのは加飯酒(花彫酒)で、熟成によるカラメルやナッツのような香りと、やわらかなうま味を持ちます。日本では紹興酒にザラメ(粗い砂糖)を入れる飲み方がありますが、これは日本独自の習慣とされ、始まりには諸説あります。甘辛い煮込みや上海蟹、醤油の濃い料理には、やはり紹興酒がよく合います。
東坡肉や紅焼肉などの醤油と砂糖の煮込み、上海蟹、熟成した香りを生かしたい料理。ぬる燗から常温で、香りとうま味を料理に重ねる。
点心・蒸し物・揚げ物など冷たさと酸と泡が欲しい料理、辛い四川料理、甜麺醤の料理。紹興酒にない酸と冷たさが、ワインの持ち味。
中国のワインという選択肢
中国そのものも、ワインの産地です。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)の2025年の報告では、中国のぶどう栽培面積は推定73万3千ヘクタールで世界3位。ただしその多くは生食用で、ワイン生産量は220万ヘクトリットル(世界18位)と、前年から2割近く減っています。近代ワイン造りの始まりは、1892年に張弼士が山東省煙台に創業した張裕。いまは寧夏の賀蘭山東麓などで品質の高いワインが造られています。詳しくは第50講中国&アジアで。中国料理に中国のワインを合わせる「同郷合わせ」も、試す価値のある組み立てです。
よくある質問Frequently asked
合わせるなら、渋みが穏やかで度数の低めの軽い赤を、よく冷やして。アルコールは唐辛子の辛さを強めることが研究で示されているため、度数の高い重い赤は辛さが際立ちやすくなります。辛さが強い本場風の麻婆豆腐には、少し甘みのある白のほうが無難です。
辛口のスパークリングワインです。泡と酸が油を流し、点心から炒め物、揚げ物まで幅広く合わせられます。辛い料理が多い日は、やや甘口のリースリングを一本足すと安心です。
醤油と砂糖の甘辛い煮込みや上海蟹など、熟成した香りとうま味を重ねたい料理は紹興酒に。点心や揚げ物、辛い料理など、冷たさと酸と泡が欲しい料理はワインに。一つの食卓で両方を使い分けるのがいちばん楽しい方法です。
辛さには甘み、油には泡Sweetness, Bubbles and Balance
「中華」はひとつの料理ではありませんでした。広東の繊細な蒸し物、四川の辛さと痺れ、北京の甜麺醤の甘み、上海の甘辛い煮込み。料理の系統と主役の調味料を見れば、ワインの方向は自然と決まります。
研究から言えるのは、アルコールは辛さを強め、甘みは辛さをやわらげるということ。だから辛い料理には、度数が低く、少し甘みのある冷えた白を。油の多い料理には泡を。甘い調味料には果実味を、酸っぱい調味料には酸を。そして醤油の濃い煮込みは、紹興酒に任せてもかまいません。料理ごとの早見はペアリング:中華・餃子、辛い料理全般はペアリング:辛い料理・エスニックにまとめています。
次の一本。 今回は辛口のスパークリングと、やや甘口のリースリングを一本ずつ。焼き餃子と麻婆豆腐を用意して、四通りの組み合わせを試してください。餃子と泡、麻婆豆腐とリースリングがうまくいき、麻婆豆腐と泡ではどうなるか。余裕があれば、度数の高い赤も一杯、麻婆豆腐と合わせて、第II章の研究を自分の舌で確かめてみましょう。
次回は銘醸図鑑へ。「アルザス・グラン・クリュ」。今回、中華の相手として何度も名前が挙がったゲヴュルツトラミネールとリースリングの故郷、フランス・アルザスの特級畑です。グラン・クリュの制度と品種のきまり、代表的な畑と造り手までを歩きます(先に第20講アルザスをどうぞ)。
