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ワインガイド Vinotier

VINOTIER WINE COURSELEÇON LXII

第62講 深掘り

フランケン完全編

瓶の形だけで、産地がわかる。 丸く平たいボックスボイテル、主役はリースリングではなくシルヴァーナー、味わいはきっぱりとした辛口。マイン川に沿って雑色砂岩・貝殻石灰岩・コイパーと三度入れ替わる土の上に、ヴュルツブルクの数百年が重なります。ドイツワインの「もうひとつの顔」へ。

シルヴァーナーボックスボイテル貝殻石灰岩
フランケン完全編のイメージ
秋に黄金色に染まったヴュルツブルガー・シュタインの急斜面。石垣で区切られた段々の畑が川沿いに続き、麓を線路と道路が走り、奥にヴュルツブルクの市街が見える
ヴュルツブルガー・シュタイン — マイン川を見下ろす、ヴュルツブルク市街北側の南向き斜面。記録上は8世紀にさかのぼる畑で、ドイツワイン・インスティトゥート(DWI)は「固有の名を持つ最古の畑」と紹介している
— I

マイン川がつくった、ドイツ第6の産地Franken — a wine region shaped by the Main

第11講ドイツ完全編では、13の産地をひととおり地図の上でたどりました。そのなかで、ラベルを見なくても瓶の形だけで産地がわかるところがひとつだけあります。丸く平たいボックスボイテルの国、フランケンです。第62講は、モーゼルやラインガウとはまるで違う顔を持つ、このバイエルン州北部の産地を歩きます。

まず数字で立ち位置を押さえます。DWIによれば、2025年のフランケンの栽培面積は6,040ヘクタール、登録された単一畑(アインツェルラーゲ)は216。ドイツ全体のおよそ6%にあたり、13産地のなかでは6番目の規模です(2024年の統計で、ラインヘッセン、ファルツ、バーデン、ヴュルテンベルク、モーゼルに次ぐ)。

6,040ヘクタール(2025年)

2024年は6,128haで、ここ数年ゆるやかに減少。ドイツの約6%、13産地中6位。規模だけならモーゼル(8,445ha・2024年)より一回り小さい。

83 : 17白と赤の比率(2024年)

冷涼な内陸の産地らしく、白が8割強。ただし西の端には、鉄分を含む赤い砂岩の上でシュペートブルグンダーを造る赤ワインの村々がある。

約100キロメートル

VDPの説明では、産地はアシャッフェンブルク近郊のヘルシュタインから東のイプホーフェンまで、マイン川に沿って約100km。川がジグザグに曲がるたび、南向きの斜面が生まれる。

品種の構成も、ほかのドイツの産地とははっきり違います。ドイツ全体の主役はリースリングですが、フランケンではリースリングは5%余りにすぎません。主役はシルヴァーナーとミュラー・トゥルガウです。

シルヴァーナー
ミュラー・トゥルガウ
バッカス
リースリング
ドミナ(赤)
シュペートブルグンダー

出典:DWI「Deutscher Wein Statistik 2025/2026」表3(2024年、連邦統計局の数値)。シルヴァーナー1,552ha(25.3%)、ミュラー・トゥルガウ1,347ha(22.0%)、バッカス723ha、リースリング336ha、ドミナ290ha、シュペートブルグンダー277ha。

「フランケン最大の品種はミュラー・トゥルガウ」は、もう古い。 長いあいだフランケンの作付面積1位はミュラー・トゥルガウで、日本語の資料にもそう書かれたものが多く残っています。しかし2024年・2025年の統計ではシルヴァーナーが上です(2025年はシルヴァーナー1,536ha、ミュラー・トゥルガウ1,298ha)。差は小さく年によって動くので、品種の順位を書くときは必ず年次とセットで確かめてください。

ぶどう栽培の歴史は長く、DWIは「1,200年以上」と表現しています。中世にはいまよりはるかに広い畑があったと伝えられますが、面積の数字は資料の裏づけが弱いので、ここでは置きません。確かなのは、ヴュルツブルクの司教領と修道院、そして市民の施療院が、何世紀にもわたってこの土地のワインを支えてきたこと。その歴史は第V章で、三つの醸造所を通して見ていきます。

— II

三つの土壌——砂岩、貝殻石灰岩、コイパーBuntsandstein, Muschelkalk, Keuper

フランケンを理解するいちばんの近道は、西から東へ、土が三回入れ替わると覚えることです。VDP(ドイツ高品質ワイン醸造所連盟)は産地を、マイン川の地形にちなんだ三つのまとまりで説明しています。三つとも、およそ2億年あまり前の三畳紀に積もった地層で、ドイツ語の地質用語がそのまま土地の名刺になっています。

Buntsandstein雑色砂岩|西・マインフィアエック

産地の西端、川が四角く曲がるマインフィアエック(Mainviereck)。鉄分を含む赤い砂岩で、水はけがよく温まりやすい。クリンゲンベルク、ビュルクシュタットなど、シュペートブルグンダーの村が並ぶ。

Muschelkalk貝殻石灰岩|中央・マインドライエック

ヴュルツブルクを囲み、川が三角形を描くマインドライエック(Maindreieck)。古い海の貝殻が積もった石灰岩で、シュタインもエッシャーンドルフもここ。緊張感のあるシルヴァーナーとリースリングの中心地。

Keuperコイパー|東・シュタイガーヴァルト

マイン川から離れた東の丘陵シュタイガーヴァルト(Steigerwald)。泥灰岩や石膏を含む重めの土で、イプホーフェン、レーデルゼー、カステルが代表格。厚みとふくらみのあるシルヴァーナーが生まれる。

黄葉したぶどう畑が大きくうねる丘の斜面を覆い、曲がりくねった農道の脇に小さな赤い屋根の小屋と黄色く色づいた木が立っている
シュヴァンベルクの斜面(イプホーフェン近郊) — シュタイガーヴァルトの西の縁。マイン川から離れたコイパーの丘で、ユリウス・エヒター・ベルクやカステルの畑もこの丘陵の続きにある

同じシルヴァーナーでも、貝殻石灰岩では引き締まって塩気を感じさせ、コイパーでは果実の厚みと丸みが前に出る——生産者たちはよくそう語ります。もちろん味わいは土だけで決まるわけではなく、斜面の向き、樹齢、造り手の判断が重なります(テロワール)。それでも、ラベルの村名から土の種類を思い浮かべられるようになると、フランケンの棚は急に読みやすくなります。

気候——大陸性の内陸で、霜と乾きと向き合う

フランケンは海から遠く、夏は暑く冬は冷え込む大陸性の気候です。モーゼルやラインガウのように大河の広い水面が冷え込みをやわらげてくれる場所は限られ、畑は川沿いの南向き斜面に集まります。バイエルン州立ぶどう栽培・園芸研究所(LWG)は、温暖化で萌芽が早まり、そのぶん遅霜の危険が増していること、そして夏の水不足と、雹や嵐の被害を課題に挙げています。実際、2024年4月の霜では、フランケンは被害の大きかった産地のひとつでした(DWI統計年報)。春霜のメカニズムは第59講、産地全体の変化は第61講で扱っています。

地区(ベライヒ)の名前について。 かつてフランケンは上の三つをそのまま三つのベライヒ(地区)としていましたが、その後12の新しい地区に再編されました(「フォルカッハー・マインシュライフェ」「シュヴァインフルター・マインボーゲン」「ヴァインパノラマ・シュタイガーヴァルト」など)。古い本やサイトの「三地区」という説明は、地質のまとまりとしては今も有効ですが、ラベル上の地区名としては旧制度だと考えてください。再編の年次や12地区の正式な一覧は資料によって書き方が揺れるため、ここでは断定しません。
— III

シルヴァーナー——1659年4月5日、カステルSilvaner — and the other grapes of Franken

フランケンを語るとき、シルヴァーナーは外せません。派手な香りはなく、リースリングほど酸が鋭くもない。けれど青りんごやハーブ、濡れた石のような落ち着いた表情と、料理の邪魔をしない控えめさがある——この地味で誠実な品種が、フランケンでは350年以上にわたって植え継がれてきました。

起点として必ず語られるのが、シュタイガーヴァルトの小さな村カステルです。カステル伯爵家の文書館に残る記録によれば、1659年4月5日、伯爵家の役人が使いを出し、近くのオーバーアイゼンハイムから25本の「エスターライヒャー(オーストリアの)」挿し木を取り寄せ、カステルの城山の斜面に植えさせました。これが、ドイツで文書に残る最古のシルヴァーナーの植え付けとされています。2009年には、植え付けから350年を祝う行事も開かれました。

名前に残る「オーストリア」。 シルヴァーナーは古くから「オーストリアのぶどう」と呼ばれてきました。そして1998年に発表されたDNA解析(Sefc、Regnerらの論文)で、親はトラミーナーと「エスターライヒッシュ・ヴァイス(Österreichisch Weiß)」であることが示されています。名前の伝承と遺伝子の結果が、きれいに一致した例です。第24講オーストリアで見た中欧のぶどうの世界と、ここでつながります。

DWIはまた、1665年にシトー会の修道院長がヴュルツブルガー・シュタインにシルヴァーナーを植えたとも紹介しています。ただし「1665年」をめぐっては、別の修道院の記録として伝える資料もあり、細部は一致していません。確かなのは、17世紀半ばにはこの品種がフランケンに根づき始めていたということです。

ドイツのシルヴァーナーは減った。フランケンは守った

シルヴァーナーは、かつてドイツでもっとも広く植えられた品種のひとつでした。DWIの統計では、1970年にはドイツの畑の22.8%を占めていたのが、2024年には4.1%。半世紀で5分の1以下に縮んでいます。

そのなかで2024年のドイツのシルヴァーナー4,228ヘクタールのうち、1,552ヘクタール(約37%)がフランケンにあります。産地の畑の4分の1をシルヴァーナーが占めるのは、13産地のなかでフランケンだけです。

「シルヴァーナーの面積が最大の産地はフランケン」ではありません。 面積だけで比べると、ラインヘッセンのシルヴァーナーは1,818ヘクタールで、フランケン(1,552ヘクタール)より多いのです(2024年)。ラインヘッセンは産地そのものが桁違いに大きいため、比率ではわずかでも絶対量では上回ります。正確には「産地の主力品種としてシルヴァーナーを守っている唯一の産地」。紹介文でよく見かける誤りなので、書き分けてください。

ほかの品種たち

Müller-Thurgauミュラー・トゥルガウ。19世紀末にスイス出身の研究者ヘルマン・ミュラーが育成した品種で、早熟で寒さに強い。フランケンでは軽やかで花の香りのある日常の白を担い、2024年で22%。
Bacchusバッカス。ドイツで育成された交配品種で、マスカットやエルダーフラワーを思わせる華やかな香り。フランケンは約12%と、この品種の大きな拠点になっている。若いうちに飲む、香りの白。
Rieslingリースリング。フランケンでは5%余りと少数派だが、貝殻石灰岩の急斜面、とくにヴュルツブルガー・シュタインやランダースアッカーで、骨格のしっかりした辛口になる。
Spätburgunder / Domina赤。西の雑色砂岩ではシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)が国際的な評価を得ている。ドミナはポルトギーザー×シュペートブルグンダーの交配で、色の濃い赤をつくる。

赤で名前を覚えておきたいのが、ビュルクシュタットの醸造所ルドルフ・フュルストです。公式サイトによれば、ツェントグラーフェンベルクとフントスリュックはいずれも鉄分を含む雑色砂岩の畑で、フントスリュックを看板の畑と位置づけています。対岸のクリンゲンベルク・シュロスベルクは、傾斜95%の段々畑にシュペートブルグンダーだけが植わる約1ヘクタールの区画。「フランケン=白」というイメージの外側にある、もうひとつのフランケンです。

— IV

ボックスボイテル——法律で守られた瓶の形The Bocksbeutel — a protected shape

平たく丸い胴に短い首を持つ緑色のワイン瓶と、同じ形の赤褐色の古い瓶が並んでいる。緑の瓶にはヴュルツブルクの醸造所のラベルが貼られている
ボックスボイテル — 平たい楕円の胴と短い首。左はヴュルツブルクの醸造所ビュルガーシュピタールの一本。この形はEUの規則で、使ってよい産地とワインが決められている

フランケンのワインの多くは、ボックスボイテル(Bocksbeutel)と呼ばれる、平たく丸い瓶に詰められています。ただの「伝統的な形」ではありません。この瓶の形そのものが、EUの法律で保護されているのです。

根拠はEU委任規則2019/33の第56条と附属書VII。そこでは形が具体的に定義されています——首が短く、胴は平たく丸い。胴の断面の楕円の長径と短径の比はおよそ2対1、胴の高さと首の高さの比はおよそ2.5対1。そのうえで、この形を使ってよいワインが国ごとに列挙されています。

国ボックスボイテル型を使ってよいワイン(EU規則2019/33 附属書VII)
ドイツフランケンの原産地呼称保護(PDO)ワイン/バーデンのうちタウバータールとシュプファーグルント産、およびバーデン=バーデン市のノイヴァイアー、シュタインバッハ、ウムヴェーク、ファルンハルトのPDOワイン
イタリアサンタ・マッダレーナ、ヴァッレ・イザルコ(シルヴァーナー、ミュラー・トゥルガウ)、テルラーノ(ピノ・ビアンコ)、アルト・アディジェ(一部品種)、グレコ・ディ・ビアンコ、トレンティーノ(モスカート)など
ギリシャアギオリティコ、ロボラ・ケファロニアス、パロス、ペロポネソスのPGIなど
ポルトガルロゼなど、伝統的に「カンティル」型の瓶を使ってきたことを証明できるPDO/PGIワイン

ドイツ分はPDO(ドイツでいうクヴァリテーツヴァインとプレディカーツヴァイン)に限られ、ラントヴァイン以下には使えない。

イタリアの顔ぶれに南チロル(アルト・アディジェ)が多いのは、ドイツ語圏の文化が残る土地だからです(第48講)。ポルトガルの条項は、平たい瓶で知られるロゼの伝統を守るためのもの(第21講)。「ボックスボイテルはフランケンだけのもの」は厳密には正しくなく、「ドイツではフランケンとバーデンの一部だけ」が正確です。

さらにバイエルン州の規則(BayWeinRAV第18条)は、フランケンのワインをボックスボイテルに詰めるための上乗せ条件を定めています。収量は1ヘクタールあたり99ヘクトリットル以下、ぶどうはひとつの自治体(ゲマインデ)内の畑から、そして公的な官能審査で2.0点以上。つまりこの瓶は、形そのものがひとつの品質の証として扱われているわけです。

起源と名前——わかっていること、わかっていないこと

ボックスボイテルが特別な瓶になった経緯として、よく語られるのが1720年代のヴュルツブルク市参事会の決定です。高値で取引されたシュタインワイン(ヴュルツブルガー・シュタイン産のワイン)の偽物を防ぐため、この形の瓶に詰めて市の紋章で封をすることにした——という話で、LWGは1726年の参事会記録を挙げています。一方で「1728年の決定」とする資料も多く、DWIはビュルガーシュピタールについて1718年から市の紋章で封をしたと紹介しています。年は資料で割れているので、「1720年代に、偽造防止のために市が定めた」くらいに理解しておくのが安全です。

「ヤギの陰嚢」説は、決着していません。 ボックスボイテル(Bock=雄ヤギ、Beutel=袋)という名前は、「雄ヤギの陰嚢の形に似ているから」と説明されることがよくあります。しかしこれは語源の諸説のひとつにすぎません。祈祷書を入れて持ち歩いた袋「ブークスビューデル(Booksbüdel)」に由来するという説、腹に抱える平たい水筒を指す語に由来するという説もあり、LWGはヤギの話をぶどう農家の「ほら話」として紹介しています。語源は、今もわかっていません。

最近の変化もひとつ。2015年、デザイナーのペーター・シュミットによる新しい形「ボックスボイテルPS」が発表されました。角を立て、肩のラインをすっきりさせた現代的な形で、LWGの資料によれば2015年12月に最初の充填が行われ、2016年から市場に出ています。棚で見かける「少し角ばったボックスボイテル」は、このPSです。

— V

ヴュルツブルクの三つの醸造所と、銘醸畑Würzburg — the Stein and the great estates

フランケンの中心都市ヴュルツブルクには、何世紀も続く大きな醸造所が三つあります。二つは病人や貧しい人々を世話する施療院(シュピタール)、もうひとつは司教の宮殿の地下にある州立の醸造所。ワインの売り上げで福祉を支えるという仕組みは、ブルゴーニュのオスピス・ド・ボーヌ(第4講)とも通じる、ヨーロッパの古い知恵です。

醸造所起源畑の面積ポイント
ユリウスシュピタール
Juliusspital
1576年、領主司教ユリウス・エヒターが創設約180ha公式サイトではドイツで2番目に大きい醸造所、最大のシルヴァーナー醸造所と紹介。
ビュルガーシュピタール
Bürgerspital zum Heiligen Geist
1316年、市民ヨハネスとメルガルディス・フォン・シュテーレンが創設(DWI)120haシュタインの区画「シュタイン=ハルフェ」を持つ。1540年のシュタインワインを所蔵。
シュタートリッヒャー・ホーフケラー
Staatlicher Hofkeller Würzburg
1128年の司教エンブリコの寄進状に起源を求める120ha世界遺産ヴュルツブルク司教館(レジデンツ)の地下に、1720年からバルタザール・ノイマンのもとで築かれたセラー。1814年からバイエルン州の所有。

面積は各醸造所の公式サイト・DWIによる。ホーフケラーの「1128年」は起源とする寄進の年であって、この年に醸造所が創業したという意味ではない。ビュルガーシュピタールの創設年は1319年とする資料もある。

ヴュルツブルガー・シュタイン

三つの醸造所がそろって畑を持つのが、冒頭の写真のヴュルツブルガー・シュタインです。DWIによれば面積は約85ヘクタールで、779年ごろにはすでにぶどうが植えられていたとされる、ドイツでも指折りの古く大きな畑。市街のすぐ北で、貝殻石灰岩の南向き斜面がマイン川に向かって落ちています。

この畑のワインを愛した人として、ゲーテの名がよく挙がります。DWIもゲーテがシュタインのワインを好んだことを紹介しており、1806年6月に妻クリスティアーネへ宛てた手紙には、ヴュルツブルクのワインをもっと送ってほしい、ほかのワインはどれも口に合わない、という趣旨の一節が残っています。

1540年のシュタインワイン。 ビュルガーシュピタールの公式サイトによると、同醸造所には1540年ヴィンテージのシュタインワインが保管されており、残るのは1本だけ。最後から2本目は1961年にロンドンで開けられ、ワイン評論家のヒュー・ジョンソンが立ち会ったと伝えられます。421年を経たワインは、グラスの中で数口ぶんのあいだだけ生きていた——という逸話です。瓶はロンドンのサイモン家から預かっているもので、かつてバイエルン王ルートヴィヒのセラーにあったとされます。「千年紀のワイン」「最古の白ワイン」といった呼び名は醸造所側の表現として受け取ってください。なおホーフケラー側にも1540年のワインにまつわる別の言い伝えがあり、年や経緯が異なるため、二つの話を混ぜないことが大切です。

VDPの格付けと、覚えておきたい畑

ドイツの上級生産者団体VDPのフランケン支部には28の醸造所が加盟しています(VDPの地域ページ)。VDPは畑をブルゴーニュ風に格付けしていて、最上位がグローセ・ラーゲ(VDP.GROSSE LAGE)。その辛口はグローセス・ゲヴェクス(GG)と呼ばれます(ラベルの読み方は第41講)。フランケンの代表的なグローセ・ラーゲを、土壌の三区分に沿って並べてみます。

  1. 貝殻石灰岩の畑ヴュルツブルク「シュタイン=ベルク」「シュタイン=ハルフェ」、エッシャーンドルフ「アム・ルンペン1655」、ランダースアッカー「プフュルベン」、フォルカッハの「カルトホイザー」など。
  2. コイパーの畑イプホーフェン「ユリウス・エヒター・ベルク」「カマー」、レーデルゼー「ホーエライテ」、カステル「シュロスベルク」——1659年のシルヴァーナーの斜面。
  3. 雑色砂岩の畑ビュルクシュタット「ツェントグラーフェンベルク」「フントスリュック」、クリンゲンベルク「シュロスベルク」、グロースホイバッハ「ビショフスベルク」。赤の聖地。
「エッシャーンドルファー・ルンプ」と「アム・ルンペン1655」は同じではありません。 VDPの格付けでは、エッシャーンドルファー・ルンプ(約9.9ヘクタール)はひとつ下のエアステ・ラーゲで、その中の最良区画がグローセ・ラーゲ「アム・ルンペン1655」として切り出されています。同じように、VDPの一覧でグローセ・ラーゲに載っているのは「シュタイン=ベルク」「シュタイン=ハルフェ」という区画名で、「ヴュルツブルガー・シュタイン」全体がそのまま特級というわけではありません。法律上の畑名とVDPの格付け名は別の体系なので、ラベルを見るときは区別してください(ドイツの格付けの考え方は銘醸図鑑「エゴン・ミュラー」も参照)。
— VI

フランケンの飲み方——辛口、ヘッケン、アスパラガスDrinking Franken — and buying it in Japan

フランケンのワインは、辛口が基本です。モーゼルの甘口のリースリングを思い浮かべてドイツワインを敬遠している人ほど、フランケンのシルヴァーナーには驚くはずです。

それを象徴するのが「フレンキッシュ・トロッケン(fränkisch trocken)」という言葉。EUの規則でいう「トロッケン(辛口)」は、酸とのバランス次第で残糖9g/Lまで認められますが、フランケンでは伝統的に残糖4g/L以下の、よりきっぱりした辛口をこう呼んできました。ただし、この言葉をラベルの表示としてどこまで使えるかは資料によって説明が食い違うため、ここでは「フランケンの伝統的な基準」として紹介するにとどめます(甘辛の表示の基本は用語「辛口・甘口」)。

ヘッケンヴィルトシャフト——季節だけ開く、生産者の酒場

フランケンを旅するなら、ぜひ覚えておきたいのがヘッケンヴィルトシャフト(Heckenwirtschaft)です。ぶどう農家が自家製のワインと簡単な料理を、期間限定で出す酒場。オーストリアのホイリゲ、ほかのドイツの産地のシュトラウスヴィルトシャフトに近いものです。

バイエルン州の規則では、こうした店は年に4か月まで(1回または2回に分けて)、席数40以下、出せるのは自分の畑のワインだけなどの条件を満たせば、飲食店の営業許可がなくても開けます。「開いている期間しか行けない」ことそのものが、この文化の味わいです。訪問の段取りは第51講にまとめています。

料理と合わせる

春のフランケンの食卓に欠かせないのが、白アスパラガス(シュパーゲル)です。ほのかな苦みと甘み、青い香りを持つ白アスパラガスは、ワインにとって扱いにくい食材として知られますが、香りが控えめで酸がおだやかなシルヴァーナーとは相性がよいと広く薦められています。

Silvanerシルヴァーナー(辛口)

白アスパラガス、鶏や豚の淡い煮込み、白身魚のムニエル。和食なら天ぷら(塩)や湯豆腐、山菜。控えめな香りが、だしの繊細さを邪魔しない(天ぷら)。

Bacchusバッカス/ミュラー・トゥルガウ

香りのある白は、ハーブを使ったサラダ、生春巻き、軽いエスニックに。冷やしてテラスで一杯目に。

Spätburgunderシュペートブルグンダー

雑色砂岩の赤は、鴨や豚のロースト、きのこ料理に。ブルゴーニュのピノより少し冷涼で引き締まった印象のものが多い(第27講)。

日本で選ぶ

日本の店頭でフランケンのワインを探すときは、瓶の形がそのまま目印になります。そのうえで、次の三つを見ると選びやすくなります。

  1. 品種は「Silvaner」から最初の一本は、フランケンらしさに最短で触れられるシルヴァーナーの辛口(trocken)。ラベルに「Franken」とあり、ボックスボイテルに入っていれば、前述のバイエルン州の条件を満たしたPDOワインです。
  2. 村名から土を読むWürzburg・Escherndorf・Randersacker なら貝殻石灰岩、Iphofen・Rödelsee・Castell ならコイパー、Bürgstadt・Klingenberg なら雑色砂岩。同じシルヴァーナーを二つの土で並べると、第II章の話が舌で確かめられます。
  3. VDPの鷲のマーク瓶の首のカプセルにある鷲とぶどうのマークはVDP加盟醸造所の印。畑名に「GG」「Grosses Gewächs」とあれば、グローセ・ラーゲの辛口です。価格は上がりますが、産地の頂点を知る一本になります。
ヴュルツブルクと日本。 ヴュルツブルクは、江戸時代の長崎・出島で医学を教えたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796年2月17日ヴュルツブルク生まれ)の故郷で、市内にはシーボルト博物館があります。また1979年2月13日から滋賀県大津市と姉妹都市の関係にあります。フランケンのワインを開けるとき、少しだけ思い出してみてください。

気候変動への備えも、この産地の現在形です。LWGは2024年10月から「ミッション・シルヴァーナー」というプロジェクトを始め、オーストラリアの古い畑に残るシルヴァーナーから、乾燥と暑さに強いクローンを探す研究を、オーストラリアワイン研究所(AWRI)やヴュルツブルク大学と進めています。マイン川の水を冬のあいだに貯めて夏の畑に使う灌漑の計画も、各地で検討・整備が進められていると報じられています。350年以上植え継いできた品種を、次の世紀へどう渡すか——フランケンはいま、その問いの真ん中にいます(第61講)。

— FAQ

よくある質問Frequently asked

Qフランケンワインは甘口? 辛口?

辛口が中心です。ドイツワイン=甘口というイメージは、主に輸出向けのやや甘いワインから来たもので、フランケンには残糖4g/L以下を目安とする「フレンキッシュ・トロッケン」という伝統的な辛口の考え方があります。もちろん貴腐やアイスワインなどの甘口も造られるので、確実に選ぶならラベルの「trocken」表示を確認してください(第19講)。

Qボックスボイテルに入っていれば、フランケンワイン?

ほぼそうですが、例外があります。 EUの規則では、ドイツならフランケンのほかバーデンの一部(タウバータール、シュプファーグルント、バーデン=バーデン市の4地区)のPDOワインにも使用が認められ、イタリアの南チロルやギリシャ、ポルトガルの一部にも同様の規定があります。ラベルの産地名を確認するのが確実です。

Qシルヴァーナーとリースリングは、どう違う?

どちらもドイツを代表する白ですが、性格は対照的です。リースリングは酸が高く、柑橘や白い花の香りがはっきりしていて、熟成でペトロール香も出る。シルヴァーナーは酸がおだやかで香りも控えめ、青りんごやハーブ、土っぽいニュアンスを持ち、料理に寄り添うタイプ。遺伝的にも別系統で、シルヴァーナーの親はトラミーナーとエスターライヒッシュ・ヴァイスです(リースリング)。

— Recap

瓶の形が、産地の名刺になるA bottle that carries its region

フランケンは、ドイツワインのなかでも「ほかと違う」ことを、最初から形で見せている産地です。

瓶はボックスボイテル。主役はリースリングではなくシルヴァーナー。味わいはきっぱりとした辛口。そしてその背後には、西の雑色砂岩、中央の貝殻石灰岩、東のコイパーという、100キロのあいだに三度入れ替わる土があります。ヴュルツブルクには、ワインで施療院を支えてきた数百年の歴史が、今も醸造所として生きています。

今回たどった話には、確かなことと、伝承のまま残っていることが混ざっていました。1659年のカステルの記録は文書が残り、DNAはシルヴァーナーの親を明らかにしました。一方で、ボックスボイテルの名前の由来は今もわからず、瓶を定めた年も資料で割れています。わからないことを、わからないまま面白がれる——古い産地と付き合うとき、それはとても大切な姿勢だと思います。

次の一本。 今回はボックスボイテルに入ったフランケンのシルヴァーナー・トロッケンを1本。できれば貝殻石灰岩の村(ヴュルツブルク、エッシャーンドルフ、ランダースアッカー)とコイパーの村(イプホーフェン、カステル)のものを並べてみてください。同じ品種で、土の違いがどれくらい味に出るかを確かめられます。もう一本足せるなら、第11講で扱ったモーゼルのリースリング・トロッケンを。同じ国の二つの辛口が、まったく違う方向を向いていることがわかります。

次回はテーマ編へ。「樽とオーク完全編」。フレンチオークとアメリカンオークは何が違うのか、新樽比率や焼き加減(トースト)は味をどう変えるのか、そして大樽・小樽・ステンレス・コンクリート・アンフォラまで——今回のシルヴァーナーのように「樽の香りをつけない」ことを選ぶ造りも含めて、熟成容器の話をまとめます。第47講「醸造編」の続きとして読める一講です。

Zum Wohl!

丸く平たい瓶を手に取ったら、その中に三つの土と、350年あまりのシルヴァーナーの歴史が詰まっていることを思い出してください。フランケンのワインは、派手ではありません。けれど食卓に置くと、いつのまにか一本空いている——そういうワインです。

写真クレジット(すべてWikimedia Commons):
1. ヴュルツブルガー・シュタインのぶどう畑 — “Würzburger Stein” by Rolf Krahl (Rotkraut), CC BY 4.0
2. ボックスボイテル — “Bocksbeutels” by User:Justinc, CC BY-SA 2.0
3. シュヴァンベルクの斜面(イプホーフェン近郊) — “2015 Schwanberg 05” by Derzno, CC BY-SA 4.0
※掲載写真はレイアウト上の都合によりリサイズ・トリミングして掲載しています。
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