
「暑いから濃い」ではない南の地図を、標高で読み直す
南イタリアのワインには、長いあいだ決まった枕詞がついていました。「安くて、濃くて、アルコールが高い」。ここ三十年で、その説明はほとんど使えなくなっています。変わったのは気候ではなく、ぶどうをどこに植え、どう売るかでした。この回は、シチリア・プーリア・カンパーニア・バジリカータ・カラブリア・サルデーニャという南半分を、暑さをどう逃がしているかという一本の軸で歩きます。
まず地図の話から。イタリアの南は、緯度でいえば北アフリカに近い位置にあります。それでも高品質なワインが成立するのは、暑さを打ち消す装置が三つあるからです。
もうひとつ、味を決めたのは制度と経済でした。二十世紀の後半、南イタリアの多くの畑は北イタリアやフランスへ送る「補強用」のバルクワインを作るための場所でした。色が濃くアルコールが高いぶどうを、量で売る。畑あたりの収量を上げるほど儲かる構造だったのです。
この構造を壊したのが、EUの過剰生産対策と、それに続く生産者側の判断でした。補助金つきのぶどう樹の引き抜きで畑の総面積は大きく減り、残った畑では収量を落として自社で瓶詰めする動きが広がります。「量で売る土地」から「名前で売る土地」へ——南イタリアのこの三十年は、ほとんどその一語に尽きます。イタリア全体の見取り図は第7講イタリア完全編で扱っていますので、あわせてどうぞ。
エトナ火山という、南の中の例外
南イタリアで最も語られる産地は、いまやエトナでしょう。ヨーロッパ最大の活火山の斜面に、標高およそ400〜450mから1,100m近くまで畑が続きます。ヨーロッパでも有数の高標高のぶどう畑で、上部の区画では収穫が10月から11月にずれ込むことも珍しくありません。シチリアなのに、収穫がブルゴーニュより遅い。この一点が、エトナの性格をほとんど説明してしまいます。DOCの規定書自身が、「エトナ地区はシチリアでぶどうの成熟が最も遅い地域である」と明記しているほどです。
エトナDOCは1968年の認定で、シチリアで最初のDOCです。長いあいだ地元消費の産地にとどまっていましたが、2000年前後から外部の造り手が相次いで入り、状況が変わりました。アンドレア・フランケッティ(パッソピシャーロ)、フランク・コーネリッセン、マルコ・デ・グラツィア(テヌータ・デッレ・テッレ・ネレ)——彼らがこの山を「区画で語る産地」として世界に紹介した、と評されます。
コントラーダという、区画の言葉
エトナがしばしば「シチリアのブルゴーニュ」と呼ばれるのは、産地の空気が似ているからではありません。制度として区画名を名乗れるからです。
エトナDOCの規定にはコントラーダ(contrada、複数形 contrade)という単位があり、条件を満たせばラベルに「Contrada ○○」と書けます。規定の附属書に列挙されているのは133のコントラーダ。カスティリオーネ・ディ・シチリアだけで46を数えます。コントラーダはもともと行政上の小地名で、ぶどう栽培のために引かれた線ではありません。ただし溶岩流は流れるたびに違う道を通るため、隣り合う区画でも溶岩の年代と組成が違う。結果として、地名の区切りが土壌の区切りとかなり重なっているのです。
ブルゴーニュとの決定的な違い コントラーダには上下の格付けがありません。特級・一級にあたる階層はなく、名乗れるかどうかだけが決まっています。つまり「区画名がある=上等」ではない。畑の階層がどう作られるかは第4講ブルゴーニュ完全編で扱っていますが、エトナはその手前の段階にいる産地だと考えるのが正確です。
二つのネレッロと、カリカンテ
品種の構成も押さえておきましょう。
| 種別 | 主な品種と比率 | 味わいの傾向 |
|---|---|---|
| エトナ・ロッソ | ネレッロ・マスカレーゼ80%以上、ネレッロ・カプッチョを20%まで | 色は淡く、赤い果実と鉄・灰を思わせる香り。タンニンは細かく、酸が高い |
| エトナ・ビアンコ | カリカンテ60%以上、カタッラットなどを補助的に | 柑橘と塩気。若いうちは硬く、数年で蜜と灰の香りが出る |
| エトナ・ビアンコ・スペリオーレ | カリカンテ80%以上。さらに東斜面ミーロ村の畑に限定 | 酸が突出して高く、長命。エトナの白の頂点とされる |
| エトナ・ロザート | ロッソと同じ品種構成 | 色調は淡く、旨みのあるロゼ。地元では日常の一本 |
ネレッロ・マスカレーゼは、しばしばピノ・ノワールやネッビオーロに喩えられます。色が淡く、香りが上に伸び、タンニンが細かい——確かに共通点はありますが、血縁はありません。似ているのは表現型であって、系統ではないという点は押さえておきたいところです。
そしてエトナには、もうひとつ稀少なものがあります。接ぎ木をしていない自根(ピエデ・フランコ)の古樹です。火山の砂質土壌はフィロキセラが移動しにくく、樹齢百年を超えるアルベレッロ(株仕立て)の畑が各所に残りました。それらの多くは黒ぶどうと白ぶどうが混ざって植わった混植の畑で、いまも一緒に収穫して仕込む造り手がいます。フィロキセラが世界のぶどう畑をどう変えたかは第43講ワインの歴史完全編をどうぞ。

シチリア本島と、海の中の畑量の島から、個性の島へ
エトナはあくまで例外的な一角で、シチリアはそれよりずっと大きな産地です。ぶどう栽培面積はイタリアの州で最大級。かつてはその大半がバルクワインとして島の外へ出ていきました。ワインの名前ではなく、アルコール度数と色価で取引されていた時代です。
転換点のひとつが2011年のシチリアDOCでした。それまで島の広域名称は格付けの下位にあたるIGTが中心で、「シチリア産」と名乗ることに品質上の意味がほとんどなかった。DOCに引き上げることで、広域名の側に収量制限と検査を持ち込んだわけです。制度の意味については第41講ラベルの読み方完全編と、用語辞典の原産地呼称もあわせてどうぞ。
島の中の、四つの顔
島の南東、ヴィットーリアの砂質土壌から。ネロ・ダーヴォラ50〜70%+フラッパート30〜50%という規定で、前者が骨格を、後者が野いちごのような軽やかな香りを担います。フラッパートに30%の下限があるのが肝で、「残りがフラッパート」ではありません。シチリアの赤としては驚くほど軽やかで、やや冷やして飲めるタイプ。島で唯一のDOCGです。
島の西端。1773年に英国商人ジョン・ウッドハウスが英国へ送り出したのが始まりと伝えられますが、彼が発明したわけではありません。樽に少しずつ新しいワインを注ぎ足すペルペトゥオという古法は、英国人が来る前から地元にありました。彼が持ち込んだのは、船旅に耐えさせる酒精強化と商品としての設計です。料理用の安酒という印象が定着して久しいのですが、ヴェルジネ(最低5年、ストラヴェッキオは10年の樽熟成)は今も本気の造り。シェリーやポートと並べて語られてきた酒です。
島で長く最も広く植えられてきたのは、黒ぶどうではなく白のカタッラットだとされます。その多くはマルサラや蒸留用に回されてきましたが、近年はグリッロとともに辛口の白として見直されています。塩気を感じる中辛口は、魚介と自然に合います。
シチリア本島よりチュニジアに近い火山島。アラビア語の島名は「風の娘」を意味したと伝えられ、その名のとおり強風のため、樹を地面のくぼみの中で低く仕立てる独特のアルベレッロで育てます。品種はジビッボ(マスカット・オブ・アレキサンドリア)で、天日干しの甘口パッシートが看板。この栽培法はユネスコの無形文化遺産に登録されました。
ネロ・ダーヴォラは長く「濃くて安いシチリアの赤」の代名詞でしたが、これも産地次第です。内陸の高いところ、あるいは南東の砂質土壌で穫れたものは、酸が保たれてずっと引き締まって感じられます。2,000円台で品種の名前だけを見て選ぶより、産地名まで見る——それだけで打率が上がる品種です。

プリミティーヴォの正体と、アリアニコの背骨プーリア/カンパーニア/バジリカータ
本土側へ渡ります。長靴のかかとにあたるプーリアは、イタリア屈指の生産量を誇る州です。平坦で乾燥し、日照が長い。その条件がもたらす果実の熟度こそが、この州の看板でした。
プリミティーヴォ=ジンファンデル、ただし「イタリア名」ではない
プーリアを有名にしたのはプリミティーヴォです。よく「カリフォルニアのジンファンデルのイタリア名」と説明されますが、この言い方には注意が必要です。
よく言われること
プリミティーヴォはジンファンデルのイタリアでの呼び名。つまりイタリアが原産で、そこからアメリカへ渡った。
DNA解析が示したこと
プリミティーヴォとジンファンデルは同一品種です。ただしどちらの原産でもありません。1990年代から2000年代にかけての解析で、両者はクロアチア沿岸の在来品種(トリビドラグ/ツルリェナク・カシュテランスキ)と同一であることが示されました。アドリア海の対岸から、イタリアとアメリカへそれぞれ渡ったわけです。
味わいの傾向は、糖度が上がりやすくアルコールが高くなること、そして房の中で成熟がそろわないこと。プリミティーヴォという名は「早熟」に由来し、実際に早く熟しはじめるのですが、同じ房の中に完熟した粒と遅れた粒が混ざります。だから収穫の判断がむずかしく、造り手の差が出る品種でもあります。もう一方のネグロアマーロは、名前の印象ほど苦くはなく、プリミティーヴォより酸が残り、ロゼの原料としても優秀です。プーリアのロゼは、イタリアのロゼの中でもとりわけ歴史の古い部類に入ります。
アリアニコ——南の「背骨」
プーリアの西、内陸のカンパーニアとバジリカータに入ると、風景も味も一変します。標高が上がり、火山が現れ、赤ワインが硬くなるのです。
この二州を貫く品種がアリアニコです。しばしば「南のネッビオーロ」と呼ばれます。理由は明快で、酸とタンニンが両方とも高く、晩熟で、若いうちは飲みにくいから。11月に収穫することも珍しくありません。南イタリアの赤で数十年の熟成に耐えるものがあるとすれば、まずこの品種です。
ヴェスヴィオ山麓のラクリマ・クリスティ(「キリストの涙」)も、この地域の顔のひとつ。名前の由来には宗教的な伝説が語られますが、確かなのは火山の裾で古くからぶどうが作られてきたという事実のほうです。さらに南のカラブリアでは、ガリオッポから造るチロが知られます。この品種は長く「古代ギリシャ人が持ち込んだ」と信じられてきましたが、DNA解析はイタリア起源を示し、サンジョヴェーゼの血を引くとみられるという結果になりました。伝承がひとつ、遺伝子に覆された例です。
なお南イタリアはしばしば「エノトリア」——ウェルギリウスが『アエネイス』に「オエノトリアの大地」と記した古名——で語られ、ギリシャ語のオイノス(ワイン)にかけて「ワインの大地」と訳されます。ただし古代の著述家たち自身は、この名を伝説の王エノトロスに由来すると説明しています。「ワインの大地」は、後世のイタリアが好んで重ねてきた読み方だと考えるのが正確でしょう。
サルデーニャ、そして買い方海に隔てられた品種と、選ぶときの順番
最後にサルデーニャへ渡ります。この島は本土から遠く、品種の顔ぶれも独特です。長くスペイン・アラゴン連合王国の支配下にあった歴史から、イベリア半島との共通点が目立ちます。
島の代表的な黒ぶどうで、グルナッシュ/ガルナッチャと同一品種です。島では「原産地はここだ」という主張が語られますが、学説の主流はスペイン北部アラゴン起源(古い別名が「ティント・アラゴネス=アラゴンの赤」)。詳しくは後述します。味わいは、南仏やスペインのものよりハーブと乾いた土の印象が強いと評されます。
北部ガッルーラの花崗岩土壌から生まれる白。ヴェルメンティーノ・ディ・ガッルーラが島で唯一のDOCGです。塩気と苦みがあり、柑橘の皮のような後味。魚介との相性は南イタリアの白でも屈指でしょう。
島の南西部。砂の中ではフィロキセラの掘るトンネルが崩れてしまうため、接ぎ木をしていない自根の古樹が残りました。エトナと同じ理屈です。しかもこのDOCはアルベレッロ(株仕立て)を規定で義務づけているという珍しい産地。赤い果実と潮の気配を併せ持ち、価格の割に中身が濃い一角です。
産膜酵母の下で樽を満たさずに熟成させる白。シェリーのフィノと発想が重なりますが、決定的に違うのは酒精強化をしないこと——自然発酵だけでアルコール15%に達します。樽に栗材を使うのも独特。作付は現在20ヘクタール台まで減り、島の外ではめったに見かけません。
三千年前の種と、慎重でありたい一線
カンノナウの原産地をめぐって、この島にはひとつの主張があります。スペインから来たのではない、ここが原産地なのだ——と。
根拠は足元から出てきました。島中部ボローレのドゥオス・ヌラゲス遺跡から、炭化したぶどうの種が数百粒。年代はおよそ紀元前1200年。西海岸カブラスのサ・オーザ遺跡からも、同じ後期青銅器時代の種子が出ています。ヌラーゲ人が三千年以上前にぶどうを育てていたことは、もう疑いようがありません。
ただし、ここから先は慎重でありたいところです。種子の形から、それがどの品種だったかまでは分かりません。近年の研究は種子の形状を精密に測って現代品種と比較していますが、これはDNAではなく形の比較です。「三千年前のカンノナウが見つかった」という言い方は、少なくとも現時点では成り立ちません。学説の主流は、いまもアラゴン王国の支配を通じてスペインから渡ったとする説のほうです。決着はついていない——しかし「ヌラーゲ人がワインを造っていた島」であることだけは、確かです。
「カンノナウは長寿の秘訣」について サルデーニャ島中東部の山村は長寿者の多い地域として知られ、その理由をカンノナウのポリフェノールに求める話が広く流布しています。ただし、特定のワインが寿命を延ばすことを示す信頼できる証拠はありません。むしろサルデーニャの研究者たち自身が島内377の自治体を解析した研究では、赤ワインの摂取量は長寿地域とそれ以外でほぼ変わらず、有意な差が出たのは牧羊業に従事する割合・土地の平均傾斜・仕事場までの距離——つまり日々どれだけ歩き、坂を登ったかのほうでした。健康のためにお酒を飲みはじめる理由にはなりません(第37講ワインと健康完全編)。お酒は20歳になってから。妊娠中・授乳期の飲酒は避けてください。
棚の前での、three steps
- 価格帯で「量産か、選別か」を見分ける南イタリアは1,000円台から選択肢が豊富ですが、この価格帯は基本的に量で作られたワインです。品種の輪郭を知るには十分。造り手の個性を見たいなら、2,000〜3,000円台からが実質的な入口になります
- 産地名を、品種名より優先して見る「ネロ・ダーヴォラ」「プリミティーヴォ」といった品種名だけのラベルは、産地が広い=性格が特定できないという意味でもあります。エトナ、チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリア、タウラージ、ガッルーラ——地名まで書かれているものを選ぶと、狙いが定まります
- 温度を、少し低めから南の赤はアルコールが高いものが多く、温めると甘ったるく感じられます。エトナやチェラスオーロなら14〜16度、タウラージやアリアニコでも16〜18度で十分。冷蔵庫から出して少し置く、くらいがちょうどよい塩梅です(ワインの適温)
よくある質問Questions
傾向としては高めです。プリミティーヴォやネロ・ダーヴォラでは14度台のものが普通にあります。ただしエトナやカンパーニア内陸のように、標高で酸と度数のバランスを取っている産地では13度前後に収まるものも多い。ラベルの度数表示は、その造り手がどこで涼を取ったかのヒントになります。度数の読み方は用語辞典のアルコール度数もどうぞ。
理由は主に三つ。急斜面で機械が入らず手作業になること、アルベレッロ(株仕立て)の古樹は面積あたりの収量が少ないこと、そして畑の総面積がそもそも小さいことです。人気の上昇で土地の価格も上がりました。それでも入口のエトナ・ロッソは2,500〜3,500円あたりから探せます。同じ火山のワインという意味では、ドイツや中欧の火山性土壌の白と飲み比べても面白いはずです。
品種としては同一ですが、味は同じになりません。プリミティーヴォは総じてアルコールがやや控えめで、乾いたハーブと土の印象が乗ります。カリフォルニアのジンファンデルは果実味が甘やかで、ジャムのような濃度に振れがち。同じ品種でも、土地と造りで別のワインになる——テロワールという言葉のいちばん分かりやすい実例です(テロワール)。
南は、涼しさの取り方で分かれるAltitude, volcano, sea
この回を一枚にまとめるなら、こうなります。南イタリアの良いワインは、どこで暑さを逃がしたかで説明できる。エトナは標高で、カンパーニアとバジリカータは内陸の高地と火山で、プーリアは海風と収量の抑制で、サルデーニャは島の風と砂で。「南=濃い」という一語では、もう何も説明できません。
もうひとつ覚えておきたいのが、この地域の品種はほとんどが土着種だということです。ネレッロ・マスカレーゼ、カリカンテ、フラッパート、アリアニコ、フィアーノ、ガリオッポ、ヴェルメンティーノ——国際品種に置き換えられなかったのは、皮肉なことに長く「安い産地」だったからでもあります。植え替える資本がなかった土地に、いま最も新しい価値が生まれている。東地中海や中欧で見たのと、同じ物語です。
次の一本。 エトナ・ロッソと、プリミティーヴォ・ディ・マンドゥーリアを並べて開けてみてください。どちらも南イタリアの赤で、価格帯もそう違わない。それなのに、色の濃さも、酸の高さも、アルコールの当たり方も正反対です。同じ「南」の中にどれだけの幅があるか——一晩で腹落ちするはずです。表現の言葉に迷ったら第31講テイスティングの言葉完全編を横に置いて。
次回は銘醸図鑑へ。ピエモンテ、バルバレスコ。同じネッビオーロから生まれながら、バローロとは違う道を選んだ産地です。タナロ川がもたらす土地の差、ガヤという一軒が変えたもの、そして2007年に定められた区画名の制度。「弟」と呼ばれ続けた土地を、造り手の作風から歩きます。
