蔵王の裾野で、「農業の心」を名に掲げる
Agri-Cœur(アグリ・クール)は、山形県上山市の三上(みかみ)地区にあるブドウ農園・ワイナリーです。所在地は上山市三上字屋敷浦476番地-1。公式サイトは自らを「蔵王連峰の裾野に広がるこの地」でぶどうを育て、ワインを造る農園と紹介しています。
屋号は、「農業(Agri)」と「心(Cœur)」を組み合わせた言葉です。「人間は農業がなければ生きていけない」という考えのもと、ワインを単なる飲みものとしてではなく、土に触れる喜びや食への感謝を次の世代へ手渡すための活動の一部と位置づけています。オンラインショップの名前には「Vin Natal」という副題が添えられています。
上山市は全域が「かみのやまワイン特区」になっていて、小さな醸造所が開きやすい町です。古くからの造り手タケダワイナリーのほか、ウッディファーム&ワイナリーやベルウッドヴィンヤードといった自園自醸の造り手が続いてきました。Agri-Cœurは、その流れに加わったもっとも新しい醸造所のひとつです。
ブルゴーニュ、シャンパーニュ、岡山、そして山形へ
代表で醸造家の片寄広朗さんは大阪の出身です。公式サイトによれば、2003〜2009年にフランスのブルゴーニュとシャンパーニュで本格的に農業に触れ、自然の力で果実を実らせ、微生物の力で人を惹きつける飲みものを生む営みに心を動かされたといいます。帰国後はおよそ10年、岡山でのぶどう栽培とワイン造りなどで経験を重ねました。
オンラインショップのプロフィールによれば、山形県へ移り住んだのは2022年4月。「次の世代に豊かな環境を残したい、命を支える農業を守りたい」という思いからの移住でした。三人の子どもを育てながら、この地で自立した農業を貫くことは平坦な道ではない、と代表挨拶で率直に書いています。
譲り受けたデラウェアの畑と、低農薬の栽培
上山に来てまず縁があったのが、高齢のために手放される予定だったデラウェアの畑でした。果樹は苗を植えてから収穫まで最低でも5年はかかるところ、譲り受けた畑のおかげで初年度からぶどうを収穫し、ワイン造りに取りかかれたといいます。
ヨーロッパの垣根仕立てとは違う、日本の伝統的な棚栽培と長梢剪定には毎年苦労しているそうです。農薬の量は慣行栽培の約20%まで抑え、肥料はほぼ使わず、草を生やしたままにする草生栽培に近い管理。ビニールのかかった畑では無農薬かそれに近い形で育てています。その結果、樹の勢いは少しずつ弱まり、いまは弱った樹を一本ずつ切って新しい苗を植える「再生の時期」にあると公式サイトは書いています。
雨がほとんど降らなかった2025年は、ワイン用ぶどうにも水を与えざるを得ないほどの乾燥で、自分の園地では3本の樹が枯れたとも記されています。良い年も厳しい年も、その年の個性として受け止めるのがこの造り手の考え方です。
2025年7月、自社の醸造所へ
公式サイトによれば、2025年7月に醸造免許を取得し、自社ワイナリーでの醸造を始めました。造りの軸は、野生酵母による発酵、補糖・補酸なし、そして亜硫酸はほぼ無添加(商品によってはごく少量で、分析しても検出されない程度と説明)。無濾過で瓶に詰めるものも多く、澱や酒石が出ることがあります。ナチュラルワインの造りの考え方や、亜硫酸を加えないワインの扱い方は第45講 自然派ワイン完全編と用語「亜硫酸(酸化防止剤)」にまとめています。
自社畑のぶどうだけでなく、細谷地区の遠藤佐一さん(ENDO Corporation)や久保手地区の森下孝行さん(たかのはな)など、上山市の農家のぶどうも仕込んでいます。かたちや条件に恵まれず市場に出にくい果実も、できるだけ余さずワインにする。フードロスへの思いも、醸造家としての役目として公式サイトに綴られています。
『Grapeful Days』から『Sparkle Tree』まで、日本に根づいた品種で
掲げる言葉は「日本人が、日本で、日本ワインを造るなら、日本に根づいたブドウで」。オンラインショップに並ぶ銘柄(2026年11月3日時点、価格は税込)を整理します。
- 2026 Grapeful Days(白ともオレンジともいえる泡・2,970円)── ナイアガラ、スチューベン、デラウェア、セイベル、ネオ・マスカット、シャインマスカットなど、片寄さん自身を含む上山の栽培者5人のぶどうを合わせたペティヤン・ナチュレル。2024年が初ヴィンテージで、2025年は運営の厳しさから造れず、1年越しの仕込みになりました。
- 2026 Seibel pétillant naturel(白の微発泡・2,860円)── 細谷地区の遠藤佐一さんのセイベル100%。
- 2025 TROT(赤・3,300円)── マスカット・ベーリーA 31%、山ぶどう 21%、デラウェア 20%、北醇、ピノ・ノワールなど9品種を、上山市と鶴岡市の7軒の農家のぶどうでブレンド。アルコールは9.5%。
- 2025 Sparkle Tree(白の泡・3,850円)── 自園のデラウェアを瓶で約10.5か月熟成させ、澱を抜いた(デゴルジュマン)スパークリング。ガス圧は約4.5気圧。
- 2025 Nora Kiji
mi-Orange(2,860円)── 自園のデラウェア85%に、ナイアガラとセイベルを合わせた半分オレンジのワイン。 - 2025 Petipét Blanc
Delaware(2,200円)/Petipét RoséPinot Noir(3,400円)── やさしい泡のペティヤン。 - 2025 Dolce Vita(ロゼの泡・3,850円)── 久保手地区の森下孝行さんのスチューベン。
『Grapeful Days』の解説では、2026年は雨の多い年で、近年の酸が足りない年とは違う味わいになりそうだと書かれています。いずれもアルコールは8〜12%ほどと控えめで、泡ものが多いのも特徴。オレンジワインや泡の造り分けに興味があれば、日曜の昼に冷やして開け、山形の品種の幅を確かめる一本として選ぶのがこの造り手らしい楽しみ方です。
ラベルの多くはアーティストの市川ともかさんの絵で、飲んだあとはどこかに飾ってほしいと造り手は書いています。ワインのほか、天童市のオーチャードタケダが製造する山ぶどうとデラウェアのジュース『Bisous』(各2,300円)も扱っています。
買うには、関わるには
販売は公式のオンラインショップ(BASE)が中心です。14,000円以上の注文で送料とクール便が無料になり、11月には上山市の早坂さくらんぼ園のラ・フランスとワインまたはジュースを組み合わせた20セット限定の企画も出ています。2026年3月には公式サイトも開設されました。
醸造所の見学や試飲、直売所の営業時間の案内は、公式サイトにもオンラインショップにもありません。その代わりに、収穫期には収穫ボランティアを広く募っていて、問い合わせれば収穫体験もできると公式サイトは案内しています。お礼はお金ではなく「自然が生み出した液体(ワインやジュース)と人とのつながり」で、という考え方です。訪ねたい場合は、電話(受付8:00〜18:00)か公式サイトの問い合わせフォームで先に連絡してください。山形の産地全体は産地:山形と第74講 山形完全編でまとめています。


