
全国7位の産地を、数字で見るNiigata in Numbers
第68講北海道、第70講山梨、第72講長野、第74講山形に続いて、日本の産地編の五つ目は新潟です。米と日本酒の国として知られるこの県は、マスカット・ベーリーAが生まれた土地でもあります。
| 指標(2024年実績) | 新潟 | 全国の順位 |
|---|---|---|
| ワイナリー数 | 12 | 7位 |
| 日本ワインの製成量 | 402kl | 7位 |
| 日本ワインの出荷量 | 396kl | 6位 |
| 県内のワイナリーが受け入れた国産ぶどう | 505t | — |
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」(令和7年アンケート)。ワイナリー数はその年に生産か出荷の実績があった製造場の数で、全国は519場。ぶどうの受入量は2024年4月〜2025年3月にワインの原料として使われた量です。
規模で見れば、第74講の山形(24場)の半分ほどです。ただし新潟のワインは、造るワインのほとんどが日本ワインという特徴があります。製成量410klのうち、国内で育ったぶどうだけで造る日本ワインが402kl。輸入した果汁やワインに頼らない、小さくて純度の高い産地です。
ぶどうそのものの産地としては、農林水産省の統計で2,040t(2024年産)。山梨や長野、山形に比べればずっと小さく、生食用のぶどうの産地というより、ワインのためにぶどうを育てる造り手が産地を引っぱっている県です。
ワインの原料として使われた新潟県産のぶどうのうち、国税庁の表に品種名で出てくるものを並べてみましょう。
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況」(令和7年アンケート)の産地別受入数量(主な品種のみ)。新潟県産のマスカット・ベーリーAは産地別で全国4位、カベルネ・ソーヴィニヨンとブラック・クイーンも4位です。ここに出てこない品種や、表で「その他」にまとめられた品種もあります。
いちばん多いのはマスカット・ベーリーA。この品種を交配したのが、上越の川上善兵衛です。その下にメルローやカベルネ・ソーヴィニヨン、オーストリアの赤ツヴァイゲルト、ドイツの白ケルナーが並びます。表には出てきませんが、海辺の砂地ではアルバリーニョという白が産地の顔になりつつあります。新潟は「百年前の日本の品種」と「この三十年のヨーロッパの品種」が並ぶ産地なのです。
川上善兵衛と、雪の石蔵The Father of Japanese Wine Grapes
新潟のワインの歴史は、ひとりの人物から始まります。上越市北方(きたかた)の大地主の家に生まれた川上善兵衛(1868〜1944年)です。上越市の資料と、日本醸造協会誌の論文をもとに、年を追って見ていきます。
- 1890年——岩の原葡萄園を開く22歳の善兵衛は、生家のある北方に岩の原葡萄園を開きました。雪深い越後の農村の暮らしを、ぶどうとワインで豊かにしたいという思いからだったと伝えられます。
- 1898年——第二号石蔵と雪室ワインを貯蔵する第二号石蔵が建てられます(上越市の指定文化財)。善兵衛は石蔵の隣に雪室(ゆきむろ)を設け、冬の雪を貯めておき、発酵や貯蔵の温度を下げるのに使いました。電気の冷房がない時代の、雪国ならではの工夫です。
- 1922〜1944年——1万を超える交配日本の雨の多い気候に合うぶどうを求めて、善兵衛は品種の交配に打ち込みます。亡くなるまでに生み出したぶどうは10,311種にのぼると、醸造協会誌の論文は記しています。
- 1927年——マスカット・ベーリーAの交配アメリカ系のベーリーと、ヨーロッパ系のマスカット・ハンブルグを交配。1931年に初めて実をつけました。同じころ、ブラック・クイーンやローズ・シオター、ベーリー・アリカントAも生まれています。
- 1934年——寿屋の資本参加経営が苦しくなった葡萄園に、寿屋(現在のサントリー)が資本参加しました。寿屋の創業者・鳥井信治郎が善兵衛を支えたという話は広く知られていますが、細部の逸話は二次資料によるものが多く、ここでは資本参加の事実にとどめます。
- 1940〜41年——22品種の発表と日本農学賞1940年、善兵衛は交配したぶどうのうち優良な22品種を発表しました。翌1941年には、その業績で日本農学賞を受けています。
- 2005年・2013年——雪室の再建と国際登録2005年に岩の原葡萄園の雪室が再建され、雪を使った温度管理がよみがえりました。そして2013年6月、マスカット・ベーリーAは国際ぶどう・ワイン機構(OIV)の品種リストに登録されます。日本の品種としては、2010年の甲州に次ぐ2例目でした。

マスカット・ベーリーAは、いまでは山梨や山形をはじめ全国で育てられています。第74講で見たように、山形でも1930年代からこの品種が育てられてきました。新潟で生まれた品種が、日本中の赤ワインの土台になったのです。善兵衛の生涯と品種の系譜は、特集日本ワインの父をめぐる旅でくわしく紹介しています。交配という技術そのものについては、第69講交配品種とクローンへ。
砂丘の上の、新潟ワインコーストThe Wine Coast
善兵衛から百年後、新潟にもう一つのワインの物語が始まります。舞台は新潟市の西の端、日本海と角田山(かくだやま)にはさまれた角田浜・越前浜の砂丘地です。
- 1992〜93年——カーブドッチの誕生落希一郎氏らが株式会社欧州ぶどう栽培研究所を設立し、1993年、当時の巻町角田浜に醸造所を建ててワイン造りを始めました。いまのカーブドッチワイナリーです(2019年に社名を変更)。
- 2005年——アルバリーニョを植えるスペイン北西部の海沿いの産地の白アルバリーニョが植えられました。生産者は、海岸まで約1.5kmの砂地で育つこのワインに「かすかな塩味」を感じると説明しています。
- 2006年〜——造り手が集まるカーブドッチで学んだ本多孝氏が2006年にフェルミエを開きます。カーブドッチは独立をめざす人にワイン造りと経営を教え、その後、ドメーヌ・ショオ(現在の名称はハッコーショオ)、カンティーナ・ジーオセット、2015年のルサンクワイナリーが続きました。
カーブドッチと新潟市の観光の公式ガイドは、この5軒を「新潟ワインコースト」として紹介しています。醸造所がたがいに近くに集まっていて、歩いてワイナリーを巡れるのが最大の魅力です。近くの越前浜には、レスカルゴという造り手もいます。
なぜ、砂地なのか
日本の畑の悩みは、雨の多さです。砂の土は水はけがよく、雨が降ってもすぐに地中へ抜けていきます。さらに砂地は、ぶどうの根を食べる害虫フィロキセラが広がりにくい土として、ヨーロッパでも知られてきました。一方で、砂は養分や水を保ちにくく、木の育ち方は穏やかになります。水はけのよさと、勢いの抑えられた木——それが角田浜の畑の条件です。土とワインの関係は、第67講土壌とテロワールで扱いました。
アルバリーニョの故郷
スペイン・ガリシア地方のリアス・バイシャス。大西洋に面した雨の多い産地で、花崗岩の砂まじりの土に育つ。柑橘や白い花の香りと、塩気を思わせるきれいな酸。くわしくは第66講スペイン北部と内陸へ。
新潟ワインコースト
日本海から近い砂丘地。雨は多いが、砂が水をすばやく逃がす。造り手の説明では、柑橘の香りにかすかな塩味。同じ「海の近くの雨の多い産地」という条件が、この品種を選ばせたと考えられている。
新潟市のワイン産地としての扱いや、新潟ワインコーストの構成は、新しい造り手の参入で変わっていきます。最新の軒数や営業日は、各ワイナリーと新潟県ワイナリー協会の公式サイトで確認してください。
雪国の広がりと、海の気候Snow, Sea and Sand
上越の岩の原と、角田浜のワインコースト。新潟のワインはこの二つの拠点で語られがちですが、県内にはほかにも個性的な造り手がいます。
胎内市が直営するワイナリー。最高で標高約250mの南南西向きの急斜面に約6haの畑があり、メルロー、ツヴァイゲルト、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランを育てる。
1975年に始まり、新潟県で初めてヨーロッパ系のワイン用品種を垣根で育てた。約250tの雪を使う雪室でワインを貯蔵する。米どころ・魚沼の造り手。
2001年にぶどうの栽培を始め、2023年に自社の醸造所を開いた。油揚げで知られる栃尾の、新しいワイナリー。
新しい造り手を呼び込むしくみもあります。国の構造改革特区で、弥彦村が「やひこワイン特区」(2019年認定)、村上市が「村上市ワイン特区」(2026年8月認定)になりました。第74講の上山と同じく、果実酒をつくるのに必要な年間の最低製造量が下げられ、小さな畑から始める人が免許を取りやすくなっています。2025年12月には、岩の原葡萄園やカーブドッチなど県内の10社で新潟県ワイナリー協会が設立されました。

海辺と内陸で、雪の量がまるで違う
気象庁の平年値で、県内の4地点を比べてみましょう。
| 観測点 | 年平均気温 | 年降水量 | 年日照時間 | 最深積雪 |
|---|---|---|---|---|
| 新潟(新潟市) | 13.9℃ | 1,845.9mm | 1,639.6h | 32cm |
| 巻(新潟市西蒲区) | 13.2℃ | 1,704.1mm | 1,530.7h | — |
| 高田(上越市) | 13.9℃ | 2,837.1mm | 1,591.8h | 96cm |
| 相川(佐渡市) | 14.1℃ | 1,572.5mm | 1,625.8h | 16cm |
| (参考)山形 | 12.1℃ | 1,206.7mm | 1,617.9h | 51cm |
出典:気象庁「過去の気象データ」平年値(1991〜2020年)。新潟・高田・相川は気象台・特別地域気象観測所、巻はアメダス(積雪の観測なし)。最深積雪は寒候年の最深積雪の平年値です。
目を引くのは、上越・高田の年降水量2,837mmです。その多くは冬の雪で、降った雪の深さを合計すると平年で4mを超えます。善兵衛が雪室をつくり、雪を温度管理に使ったのは、この雪の多さがあったからでした。一方、角田浜に近い巻は、年降水量が1,700mmほどで、積雪もずっと少ない海辺の気候です。年平均気温は13〜14℃と、第74講の山形より1〜2℃高め。海に近いぶん、盆地の山形ほど夏と冬、昼と夜の気温差は大きくありません。雨の多い土地でぶどうを育てる工夫は、第59講ぶどう畑の一年・栽培完全編と、第61講ワインと気候変動もあわせてどうぞ。
買う、訪ねる、合わせるDrink Niigata
最後に、新潟のワインを手に取り、訪ね、食卓に並べるための手がかりをまとめます。
選ぶときの目安
歴史を味わう一本
上越・岩の原葡萄園のマスカット・ベーリーAやブラック・クイーン。善兵衛が交配した品種を、交配された土地で飲む。いちごを思わせる香りの軽やかな赤から、酸と色の濃い赤まで。
海辺を味わう一本
新潟ワインコーストのアルバリーニョや、シャルドネなどの白。柑橘の香りときれいな酸。同じ品種でも、造り手ごとにスタイルが違うので飲み比べが楽しい。
買い方の基本は第33講ワインの買い方へ。
歩いて巡る、雪室を見る
醸造所が歩ける距離に集まり、カフェやレストラン、宿泊施設を備える造り手もある。2026年は10月4日に、4軒を巡る「新潟ワインコースト ワインフェスタ」が開かれた。各ワイナリーの営業日は公式サイトで確認を。
石蔵や雪室、川上善兵衛の記念館がある。毎年2月ごろには雪室に雪を運び入れる「雪入れ」が行われ、秋には収穫祭も。見学の条件はワイナリーのページへ。
訪問の心得は第51講ワイナリー訪問、県内のワイナリーはワイナリーガイドと産地:新潟へ。試飲をするなら、車も自転車も運転しないこと。
新潟の食卓と
新潟の郷土料理とワインの組み合わせを、公的な機関や専門誌がはっきり勧めている例は見つかりませんでした。ここからは、第27講料理ペアリングの考え方をもとにした、編集部からの提案です。
日本海の南蛮エビ(甘エビ)や白身の刺身に。甘みのある魚介に、柑橘の香りと酸がよく合う(寿司・刺身も参考に)。脂ののったのどぐろの塩焼きには、すこしコクのあるシャルドネを。
里芋などの根菜をとろみのある汁で煮るのっぺや、香ばしく焼いた栃尾の油揚げに。醤油と出汁のやさしい味には、渋みの穏やかな赤がなじむ(第71講 和食とワイン)。
新潟は日本酒の国でもあります。すっきりした酒で魚と米の料理を楽しむ食卓は、酸のきれいな辛口のワインとも相性がよいはずです。地酒と地元のワインを、同じ料理で飲み比べてみるのも新潟ならではの楽しみ方です。
よくある質問Frequently asked
大きく二つの顔があります。上越の岩の原葡萄園に代表される、マスカット・ベーリーAなど川上善兵衛が交配した品種の赤。そして新潟市の砂丘地で造られる、アルバリーニョなどのきれいな酸の白です。どちらも食事に合わせやすい、軽やかなワインが中心です。
国税庁の調査では、2024年に生産か出荷の実績があったワイナリーは12場で、全国7位です。2025年12月には、県内の10社で新潟県ワイナリー協会が設立されました。新潟市の角田浜・越前浜には、歩いて巡れる距離に複数の造り手が集まっています。
はい。上越の岩の原葡萄園で、川上善兵衛が1927年にベーリーとマスカット・ハンブルグを交配して生まれました。1940年に優良品種として発表され、2013年には国際ぶどう・ワイン機構(OIV)の品種リストに登録されています。
雪の石蔵と、砂丘の畑Snow Cellars, Sand Vineyards
新潟は、ワイナリー数12場、日本ワインの製成量で全国7位の産地です。1890年、上越の川上善兵衛が岩の原葡萄園を開き、雪室で温度を管理しながら、1万を超える交配を重ねました。そこから生まれたマスカット・ベーリーAは、2013年に国際的な品種リストに登録され、いまや日本中で育てられています。
それから百年後の1990年代、新潟市の角田浜の砂丘地にカーブドッチが生まれ、アルバリーニョを植え、独立する造り手を育てました。胎内や南魚沼、栃尾にも造り手がいて、2025年には県のワイナリー協会もできています。雪国の歴史の赤と、海辺の新しい白——ふたつの物語が、ひとつの県に並んでいます。
次の一本。 今回は新潟の2本を並べてください。1本目は岩の原葡萄園のマスカット・ベーリーA。2本目は新潟ワインコーストのアルバリーニョ。百年前に交配された日本の品種と、この二十年で根づいたスペインの品種を、同じ県のワインとして飲み比べてみてください。料理は甘エビの刺身と、のっぺをひと皿ずつ。
次回はテーマ編へ。「魚介とワイン完全編」。刺身や焼き魚に赤ワインを合わせると生臭く感じるのはなぜか、牡蠣とシャブリは本当に合うのか——魚介の脂やうま味と、ワインの酸・渋み・成分の関係を研究からたどり、白身・青魚・甲殻類・貝・魚卵ごとの合わせ方までまとめます(ペアリング:寿司・刺身と産地:新潟もあわせてどうぞ)。
