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ワインガイド Vinotier

VINOTIER WINE COURSELEÇON XLIV

第44講 深掘り

東地中海完全編

歴史は数千年、産業としては数十年。 レバノン、イスラエル、トルコ、キプロス。ワインが最初に「運ばれる商品」になった海で、いま土着の品種が掘り起こされています。

ベカー高原オキュズギョズコマンダリア
東地中海完全編のイメージ
レバノン・ベカー高原のシャトー・クサラ。松並木の奥に石造りのカーヴが建ち、手前にぶどう畑とバラが広がる
ベカー高原のカーヴ — レバノン最古のワイナリー、シャトー・クサラ。標高千メートル前後の高原に、松並木とぶどう畑が続く
— I

ワインが最初に旅立った海レヴァントという前提

前回、ワインの八千年をたどりました。その物語の出発点は南コーカサスでしたが、ワインが「造られるもの」から「運ばれ、売られ、贈られるもの」へ変わった舞台は、そのすぐ南西——東地中海です。今回はレバノン、イスラエル、トルコ、キプロスという四つの土地を訪ねます。いずれも歴史はきわめて古く、そして現代のワイン産地としては、まだ日本でほとんど知られていません。

まず、前提をひとつ整理しておきます。この地域を紹介するとき、しばしば「世界最古のワイン産地」という言葉が使われます。しかし第43講ワインの歴史完全編で見たとおり、現在もっとも確かな最古の痕跡はジョージア(紀元前6000〜5800年頃)のものです。東地中海について正確に言えるのは、次の範囲になります。

1もっとも古くから続く地域のひとつ南コーカサスで始まったぶどう栽培と醸造が、この地域を経て地中海世界へ広がったと考えられている
2「王宮のワインセラー」が出土しているイスラエル北部のテル・カブリでは、紀元前1700年頃の宮殿から大型の貯蔵甕が約40個まとまって見つかり、そのすべてからワインの痕跡が検出された
3「産業規模の圧搾施設」が見つかっているレバノンのシドン近郊テル・エル・ブラクでは、紀元前7世紀の石灰プラスターを施した二槽式の圧搾施設が出土している

そしてもうひとつ、この海を語るうえで欠かせないのがフェニキア人です。現在のレバノン沿岸を拠点とした彼らは、ワインを壺(アンフォラ)に詰めて地中海全域へ運び、交易網を築きました。ただし「フェニキア人がヨーロッパにワインを伝えた」という言い方は簡略化しすぎで、西地中海のぶどう栽培の起源にはギリシャ人やエトルリア人も関わっています。彼らが広げたのは、ワインという商品と、それを運ぶ器と技術だった——そう捉えるのが正確です。

この回で扱う四つの国の、共通点 ①歴史は数千年、しかし現代の産業としては若い——いずれも近代のワイン造りは19世紀以降、本格的な品質競争は1980〜2000年代から。②高地と乾燥——夏は暑く乾き、標高で涼しさを稼ぐ。③土着品種の再発見——国際品種を植えた時代を経て、いま自国の古い品種に価値を見出しつつある。この三つが、四か国を貫く筋道になります。

— II

レバノンベカー高原と、戦火を越えた蔵

レバノンのワインの大半は、ベカー高原(Bekaa)で生まれます。レバノン山脈とアンチ・レバノン山脈に挟まれた地溝帯で、ぶどう畑の多くは標高900〜1200メートルに位置します。夏は日差しが強く乾燥し、雨は秋から冬に集中する。日中と夜の寒暖差が大きいため、暑い土地でありながら酸を残したぶどうが穫れる——高地であることが、この産地の生命線です。

近年は地中海に面した北部のバトルーンも注目されています。斜面をテラス状に開いた畑が標高450メートルから1500メートルまで広がり、ベカーとは異なる涼しさを持ちます。

シャトー・ミュザール——十六年の内戦を、十五回越えた

レバノンワインを語るとき、まず名前が挙がるのがシャトー・ミュザールです。1930年、当時20歳だったガストン・ホシャールが創業しました。二代目のセルジュ・ホシャールが世界的な評価を築き、現在は三代目が受け継いでいます。

赤はカベルネ・ソーヴィニヨン、サンソー、カリニャンを組み合わせた造りで、比率は年によって動きます。特徴的なのはそのリリースまでの長さで、収穫からおよそ7年目にようやく市場に出る——樽で1年、セメントタンクを経て瓶詰めし、さらに瓶の中で4年。出荷された時点で、すでに熟成が始まっているワインです。

そしてこの蔵の名を決定づけたのが、レバノン内戦(1975〜1990年)です。16年のうち、造れなかったのは1976年のただ一年。電気も燃料も輸送手段もなく、収穫そのものができませんでした。逆に語り継がれているのが1984年で、ベカーからの輸送に45日を要し、ぶどうは高温で傷み、車中で発酵を始めた状態で蔵に着いたと伝えられます。セルジュはそれでも仕込むことを選び、このヴィンテージは30年後の2014年にようやくリリースされました。カーヴは砲撃のなか、市民の避難場所としても使われたといいます。

戦時下の醸造を、どう読むか この逸話は「不屈の精神」として語られがちですが、内戦の当事者や政治的な評価に立ち入らずに読むこともできます。ぶどうは毎年実り、待ってはくれない——農業としてのワイン造りが、そこにあった。それだけでも十分に重い話です。なお、ミュザールの赤に「グルナッシュやムールヴェードルが入る」とする記述を見かけることがありますが、生産者側および主要な専門媒体はいずれも上記の3品種としています。

クサラ、ケフラヤ、そして土着の白

Ksaraシャトー・クサラ

1857年創業、レバノン最古のワイナリー。イエズス会の修道士がザーレ近郊の土地を継いだのが始まり。1898年に発見された天然の洞窟(ローマ時代のものと伝えられる)が、全長約2キロのセラーとして今も使われている。赤白

Kefrayaシャトー・ケフラヤ

西ベカーの標高1000メートル超に約300ヘクタールを持つ大手。内戦のさなかに立ち上がった稀有なワイナリーとして知られる。創業の起点は資料により記述が分かれる。赤

Massayaマサヤ

1998年、ゴスン兄弟がフランスの生産者たちと共同で設立した合弁。ローヌの造り手が関わった、レバノン再興期を象徴する一軒。赤白

品種では、オベイディとメルワーという二つの土着白ぶどうを覚えておく価値があります。どちらも標高900メートル以上の石灰質土壌で古くから栽培されてきたもので、メルワーは白ワインのブレンドに、オベイディは主にレバノンの蒸留酒アラックの原料として使われてきました。単一品種で瓶詰めされるようになったのはごく最近のことです。国際品種で評価を得た国が、いま自国の古い品種に戻りつつある——この動きは、これから見る三か国にも共通します。

内戦終結直後、稼働していたワイナリーはわずか5軒ほどだったと言われます。現在はおよそ50〜80軒(数え方により差があります)。数字の幅そのものが、この産業の若さを物語っています。

— III

イスラエル砂漠と高地、そして戒律という設計

ゴラン高原の有機ぶどう畑。若葉をつけた樹列が畝に沿って奥へ続き、遠くに丘陵が見える
ゴラン高原のぶどう畑 — 標高の高い北部は、この国でもっとも冷涼な栽培地とされる。なおこの地域の帰属については国際的な議論がある

現在のイスラエルワインは、五つの地理的表示で語られます。北から順に、ガリラヤ(ゴラン高原を含む)、ショムロン(カルメル山周辺)、シムション(沿岸平野からシェフェラ)、ユダヤ丘陵、そしてネゲヴです。

1ガリラヤ/ゴラン高原標高が高く、この国でもっとも冷涼。赤の銘醸地とされる。ゴラン高原の帰属をめぐっては国際的な議論があり、EUでは原産地表示に関する規定が設けられている
2ユダヤ丘陵エルサレム周辺の標高700〜900メートル。石灰岩土壌と大きな日較差
3ショムロン/シムションカルメル山周辺と沿岸の低地・丘陵。地中海性気候で、地中海系の品種に向く
4ネゲヴ半乾燥から砂漠。標高約600メートル、年降水量250〜300ミリ程度。点滴灌漑によって栽培が成立している

近代の産業の起点は1882年、エドモン・ド・ロチルド男爵——ボルドーのシャトー・ラフィットを所有する家の人物——による入植地への支援でした。彼が建てたワイナリーがリション・レジオン(1890年)とジフロン・ヤアコヴ(1892年)で、カルメルという名が使われ始めたのは1896年のことです。

そして品質面での転機は、ずっと新しい。1983年設立のゴラン・ハイツ・ワイナリーが、冷涼な高地と近代的な醸造技術によって国際的な評価を得たことが、この国のワインの位置づけを変えました。歴史は三千年、しかし現代の品質競争はここ四十年——第12講カリフォルニア完全編で見た新世界の物語と、構図はよく似ています。

コーシャという仕組みを、正確に

イスラエルワインを語るうえで避けて通れないのがコーシャ(ユダヤ教の食物規定に適合したもの)です。ここは誤解が多い領域なので、事実だけを整理します。

よくある理解

宗教上の規則で加熱するから、コーシャのワインは品質が落ちる。イスラエルのワインはすべてコーシャである。

実際のところ

コーシャ認証は誰が扱うか・どの資材を使うかの取り決めで、加熱を求めるものではありません。加熱処理(メヴシャル)は流通上の事情による別の選択で、高級銘柄の多くは非メヴシャルです。またイスラエルには非コーシャの生産者も存在します。

もう少し具体的にいえば、栽培や収穫は誰が行ってもよく、規定が関わるのはぶどうが樹を離れてからです。破砕以降、ワインに触れる作業を安息日を守るユダヤ教徒が担当すること、酵母や清澄剤を含むすべての資材が認証を受けたものであること——動物由来の清澄剤が使えないのはこの規定によります。醸造責任者自身がユダヤ教徒である必要はありません。

メヴシャル(加熱)は、非ユダヤ教徒が開栓や給仕をしてもコーシャ性が失われないようにするための処理で、現代では1分未満の瞬間殺菌が主流です。求められる温度は認証機関によって異なります。「煮る」という語感からくるイメージと、実際の工程はかなり違うわけです。

この地域の在来品種を、掘り起こす

植えられている品種の最上位はカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローで、近年はグルナッシュやカリニャンなど地中海系への移行が進んでいます。そのいっぽうで注目されているのが、南レヴァントの在来品種の再発見です。アリエル大学の研究者を中心とした全国調査によって固有の遺伝子型が同定され、マラウィ(ハムダニ)という白が2014年に、ビットゥーニという赤が2016年収穫分から復刻されました。

「古代のワインの再現」と言えるのか これらの品種は17世紀のエルサレムの記録に名が見えるものを含みますが、古代に飲まれていたワインそのものと断定できる段階ではありません。言えるのは「古い文献に名の残る在来品種で、この地域固有の系統である」まで。またマラウィやハムダニのぶどうはベツレヘムやヘブロン近郊のパレスチナ人栽培農家から購入されているものが多く、ベツレヘム近郊には在来品種で造るパレスチナ側の生産者も存在します。特定の国の品種ではなく、この地域(南レヴァント)の品種と捉えるのが実態に近い言い方です。

— IV

トルコ巨大なぶどう畑と、小さなワイン産業

カッパドキア・ゼルヴェの乾いた火山灰土壌に、株仕立ての古いぶどうの樹が点在する。奥に凝灰岩の奇岩が連なる
カッパドキアの株仕立て — 凝灰岩の谷に広がる火山性土壌。支柱を立てず地面近くで仕立てる古い作法が、いまも残る

トルコのぶどう栽培面積は世界有数(第5〜6位)で、およそ40万ヘクタールに達します。ところが、ワインの生産量はフランスの1.5%にも届きません。理由は単純で、穫れたぶどうの大半が生食用・干しぶどう用だからです。干しぶどうでは世界トップ級の輸出国でもあります。

この「面積は巨大、ワインは少量」という構図が、トルコのワインを理解する鍵になります。ワインになるのはごく一部にすぎず、産業としてはむしろ小さい。だからこそ、造り手は他国にない品種で勝負するという道を選んできました。

アナトリアの土着品種——四つ覚えれば十分

Öküzgözüオキュズギョズ(赤)

名前は「牛の目」——粒が大きく丸いことから。東部エラズーが中心。酸が高くタンニンは中程度で、ブラックベリーやサワーチェリーを思わせる。トルコでもっとも重要な黒ぶどう。赤

Boğazkereボアズケレ(赤)

名前は「喉を締める」——タンニンの強さそのもの。ティグリス川沿いのディヤルバクルが原産。濃い色と強靭な骨格、ドライフルーツや土の香り。長期熟成に耐える。赤

Kalecik Karasıカレジック・カラス(赤)

アンカラ近郊カレジックの黒ぶどう。いちごやチェリーを思わせる柔らかな果実味から、「トルコのピノ・ノワール」になぞらえられることがある。一度は消滅寸前まで減ったが、大学の研究者によるクローン選抜で救われた。赤

Narinceナリンジェ(白)

名前は「繊細な」——皮の薄さに由来する。中部黒海地方のトカットが本拠。ライムや青りんご、白い花の香りで、樽熟成にもよく耐える数少ない土着白。白

このほか、カッパドキアの火山性土壌・標高1000メートル超で育つエミール(高い酸を持つ白。スパークリングにも使われる)、東トラキアのパパズカラス(「司祭の黒」の意)などがあります。そして古典的な組み合わせとされるのが、オキュズギョズ×ボアズケレ——前者が果実味と酸を、後者が骨格とタンニンを担う、いわばこの国の「カベルネとメルロー」です。第7講イタリア完全編や第25講ギリシャ完全編で見たように、土着品種の組み合わせに産地の個性が出るという点は、地中海の各地に共通します。

歴史と、現在の逆風

アナトリアの醸造史は古く、紀元前2千年紀のヒッタイトの法文書にはぶどう畑を損傷した際の罰則が、儀礼文書には神々への献酒が記されています。考古植物学的にも、この時代の遺跡からぶどうの種子や木部が出土しています。「アナトリアのワインは七千年の歴史」といった数字を見かけることもありますが、対応する遺跡を特定しにくいため、ここでは新石器から青銅器の時代にさかのぼる痕跡があるという言い方にとどめます。

現代のトルコワインが置かれている状況も、事実として押さえておく価値があります。2013年の法改正により、酒類の広告・販促は全面的に禁止され、22時から翌6時までの小売販売も制限されています。テレビ映像で酒瓶にモザイクがかかる、ワイナリーで有料の試飲を提供できない、といった実務上の制約も生じています。高率の特別消費税も価格を押し上げています。

もっとも、それだけの話ではありません。2004年の国営専売公社の民営化以降、ブティックワイナリーはむしろ増加し、生産者数は大きく伸びました。老舗のドルジャ(1926年創業)、カヴァクルデレ(1929年創業)に加え、2000年代以降に生まれた小規模な造り手が品質を牽引しています。規制は厳しく、それでも造り手は増えている——この二つは、どちらも現在のトルコの姿です。統計と条文、産地と造り手の全体像は第64講「トルコ完全編」で詳しく扱っています。

— V

キプロス接ぎ木をしない島と、名前を持つ最古の甘口

地中海の東端に浮かぶこの島には、ワインの世界で二つの特異点があります。ひとつはコマンダリア、もうひとつはフィロキセラです。

コマンダリア——十字軍が残した名前

コマンダリアは、トロードス山脈南斜面の14の村に限定された甘口ワインです。1990年のキプロス法で原産地が保護され、現在はEUのPDOとなっています。造り方は素朴で、しかし手間がかかります。

  1. 完熟を待って収穫する畑は標高500〜900メートル。無灌漑・株仕立てが要件とされる
  2. 天日で7〜10日間乾かす水分が抜けて糖が凝縮する。イタリアのパッシートと同じ発想
  3. 圧搾して発酵させる糖が高いため、アルコール15%前後で発酵は自然に止まる
  4. 樽で最低2年熟成させる酒精強化は任意で、義務ではない

使われるのはクシニステリ(白)とマヴロ(赤)の二品種のみ。この組み合わせも規定されています。

そしてこのワインには、たくさんの物語がついてまわります。順に整理しておきましょう。

名前の由来十字軍時代の騎士修道会の所領「コマンドリー」に由来する、という点は一致しています。ただしどの騎士団かは資料によって食い違うため、ここでは特定しません。
「世界最古の名称付きワイン」広くそう称される表現です。名称が12〜13世紀にさかのぼるのは確かですが、第三者による厳密な検証があるわけではありません。なお「世界最古のワイン」ではありません——それはジョージアの話です。
リチャード獅子心王の逸話1191年にキプロスを征服し、リマソールで婚礼を挙げたのは史実です。しかし婚礼の席でこのワインを「王のワインにしてワインの王」と讃えた、という部分は同時代の史料に裏付けがなく、伝承として語り継がれているものです。
中世の「ワインの戦い」で優勝した13世紀フランスの詩に描かれた品評会の話で、作品自体が文学であり、優勝したのがコマンダリアだというのは後世の推定です。

接ぎ木をしない島

キプロスのもうひとつの特異点は、フィロキセラの被害を受けていないことです。EUの植物防疫上「保護地域」に指定され、厳格な検疫が続けられてきました。その結果、この島のぶどうは接ぎ木をせず、自根のまま植えられています。樹齢100年を超える古木が数多く残り、学術論文が「ぶどうの栽培化と伝播の生きた化石」と表現するほどです。

第43講で見たとおり、19世紀後半のフィロキセラ禍は世界のぶどう畑をアメリカ系台木の上に載せ替えました。その一大事を通り抜けてしまった土地が、地中海にひとつ残っている——それだけでも、この島を訪ねる理由になります。

Xynisteriクシニステリ(白)

島最大の白品種。柑橘や蜜蝋、メロンを思わせる。乾燥と高温への耐性がきわめて高く、温暖化時代の品種として研究対象にもなっている。コマンダリアにも使われる。白

Maratheftikoマラセフティコ(赤)

島原産の古い赤。雌花しか持たないため、他品種と混植して受粉させる必要があり、実の付きが安定しない。1980年代以降のブティックワイナリーの勃興で再評価された。赤

Yiannoudiヤンヌディ(赤)

一度は失われたとされ、民家の庭で再発見された品種。厚い果皮、濃い色、しっかりしたタンニン。造り手による在来品種の調査が、この復活の基礎になった。赤

20世紀の長いあいだ、この島のぶどうの多くは輸出用のバルクワインに向けられ、量が優先されてきました。小規模な造り手が土着品種に立ち返ったのは、比較的最近のことです。第23講南アフリカ完全編の古木や、第30講ハンガリー&ジョージア完全編の甕仕込みと同じで、いったん忘れられたものが、いま価値として見直されている構図です。

— VI

どう選び、どう飲むかはじめての一本の見つけ方

この四か国のワインは、日本の一般的な売り場ではまだ見つけにくいのが実情です。輸入元も限られており、探すなら専門店かオンラインが現実的でしょう。そのうえで、最初の一本をどう選ぶか。

Iまずは「らしさ」で選ぶなら

トルコのオキュズギョズ×ボアズケレのブレンド。カベルネやメルローとは違う酸とスパイス感があり、他では味わえない体験になります。ラム肉や香辛料を使った料理と好相性。赤

II熟成した赤を知りたいなら

レバノンの赤。出荷時点ですでに何年も経ているものが多く、若いワインとはまったく違う、乾いた果実や革の香りに出会えます。煮込み料理と。赤

III暑い日に飲みたいなら

キプロスのクシニステリやイスラエルの地中海系の白。よく冷やして、レモンを添えた魚料理や、オリーブ・ハーブを使った前菜と。白

IV甘口を試すなら

コマンダリア。少量をゆっくり。ドライフルーツやナッツ、熟成チーズと合わせると、乾燥させたぶどう由来の凝縮感がよくわかります。甘口

合わせる料理を考えるなら、その土地の食卓を思い浮かべるのがいちばん簡単です。オリーブオイル、ヨーグルト、ハーブ、羊肉、豆、ナッツ、レモン——東地中海の料理は、この地域のワインと同じ気候から生まれています。第27講料理ペアリング完全編で扱った「同郷合わせ」が、もっとも素直に効く場面です。

甘口の飲み方については第19講甘口ワインの世界、温度やグラスの扱いは第26講保存とサービング完全編もあわせてどうぞ。

— Q&A

よくある質問Questions

Q結局、世界最古のワイン産地はどこですか?

化学的な痕跡としての最古はジョージア(紀元前6000〜5800年頃)で、東地中海の四か国のいずれでもありません。ただしこの地域はもっとも古くからワインが造られてきた地域のひとつで、紀元前1700年頃の王宮のワインセラーや、紀元前7世紀の産業規模の圧搾施設が実際に出土しています。「最古」ではなく「最古級の連なりの一部」と捉えるのが正確です。

Qコーシャのワインは味が落ちるのですか?

そうとは言えません。コーシャ認証は、誰が扱うか・どの資材を使うかの取り決めであって、加熱を要求するものではありません。加熱処理(メヴシャル)は流通上の事情による別の選択で、評価の高い銘柄の多くは非メヴシャルです。また、イスラエルのワインがすべてコーシャというわけでもありません。

Qイスラム圏でワインを造るのは矛盾ではないのですか?

トルコは憲法上の世俗国家で、飲酒も酒類の製造も合法です。ただし2013年以降、広告の禁止や販売時間の制限、高率の課税といった規制が課されています。レバノンは多宗教社会で、ワイン造りは歴史的にキリスト教徒のコミュニティと結びついてきました。いずれも「宗教が禁じている土地で無理に造っている」という単純な図式ではありません。

— Recap

古い土地の、新しいワインWhere it all began

この回で見た四つの国は、いずれも歴史は数千年、産業としては数十年という、奇妙な時間軸を持っています。フェニキア人が壺を積み出した港のそばで、いまの造り手たちはステンレスタンクと点滴灌漑を使っている。連続していないからこそ、彼らは自由に始められた——そういう見方もできます。

もうひとつ、四か国に共通していたのが土着品種への回帰でした。カベルネやシャルドネを植えて世界市場に出た時代を経て、いまはオベイディ、マラウィ、オキュズギョズ、クシニステリといった名前が前に出てきている。世界と同じものを造るのではなく、ここでしか造れないものを造る——これは東地中海に限らず、いま世界中の産地で起きている変化です。

次の一本。 トルコのオキュズギョズとボアズケレのブレンドを一本選んでみてください。ラベルの読めない綴りと、聞いたことのない味。第31講テイスティングの言葉で身につけた語彙が、いちばん試される相手です。既存の引き出しに収まらないワインを前にしたとき、自分がどう言葉を探すか——それを確かめる機会になります。

次回はテーマ編へ。キプロスの自根の古木や、無灌漑の株仕立て、素焼きの器での醸造——今回いくつも顔を出した「手を加えない造り」を、正面から扱います。ビオロジック、ビオディナミ、ヴァン・ナチュール。言葉だけが先行しがちなこの領域を、認証の中身と実際の味わいから整理する自然派ワイン完全編をご案内します。

Santé.

知らない綴りのラベルほど、飲んだ記憶が長く残ります。次の一本は、地図の東の端から選んでみてください。

写真クレジット(すべてWikimedia Commons):
1. ベカー高原のシャトー・クサラ — “Ksara Vineyards - panoramio” by Raki_Man, CC BY 3.0
2. ゴラン高原の有機ぶどう畑 — “PikiWiki Israel 12980 Organic Vineyard in the Golan Heights” by חדוה שנדרוביץ, Public domain
3. カッパドキア・ゼルヴェのぶどう畑 — “Zelve 1998 03” by LBM1948, CC BY-SA 4.0
※掲載写真はレイアウト上の都合によりリサイズ・トリミングして掲載しています。
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