
りんごの酒の地図Le cidre, vin de pomme
第90講で歩いた東北、とくに青森は日本一のりんごの土地でした。今回はそのりんごから造る酒、シードルと、ぶどう以外の果実で造るフルーツワインの講です。ぶどうのワインと同じく、果実を搾って発酵させる。違うのは、果実と、産地の流儀です。
日本の法律では「果実酒」
国税庁の「酒のしおり」によれば、酒税法の果実酒は、果実を原料として発酵させたもの(アルコール分20度未満)など。ぶどうに限らないので、りんごを発酵させたシードルも品目は果実酒です。ただし、発泡性でアルコール分11度未満(2026年9月30日までは10度未満)のものは「その他の発泡性酒類」として課税されます。2026年10月1日からは果実酒・その他の発泡性酒類とも1klあたり10万円で、税率は同じになりました。
よく混同されるのが梅酒です。東京国税局の説明では、梅を焼酎などに漬けて造る梅酒は、果実を発酵させたものではなく酒に漬け込んだもので、リキュールに当たります。「果実のお酒」でも、発酵で造るか、漬けて造るかで分類が分かれるわけです。
りんごの4つの味
ワインがぶどうの品種で語られるように、シードルはりんごの味の系統で語られます。フランスの原産地呼称の規定書は、品種を甘味(douce)・甘苦(douce-amère)・苦味(amère)・酸味(acidulée)に分けて並べています。苦味系のりんごは渋み(タンニン)を持ち、生で食べるりんごとは別もの。ここが、食卓のりんごで造る酒との大きな違いです。
| 産地・呼称 | 種類 | 規定の要点(規定書) |
|---|---|---|
| ペイ・ドージュ(AOP) | シードル(ノルマンディー) | 苦味系70%以上・酸味系25%以下、3品種以上。補糖・加水・加熱殺菌・炭酸ガスの注入は禁止。泡は瓶内の発酵だけ |
| コタンタン(AOP) | シードル(ノルマンディー) | AOCは2016年、AOPは2018年。苦味系が主体で、果樹園の70%以上が苦味系の品種 |
| コルヌアイユ(AOP) | シードル(ブルターニュ) | 苦味系70%以上・酸味系15%以下。清澄はキーヴィング(défécation)だけ |
| ドンフロン(AOP) | ポワレ(洋梨の酒) | AOCは2002年。品種プラン・ド・ブランを仕込みの40%以上。木はすべて高木仕立て |
| ポモー・ド・ノルマンディー(AOC) | りんご果汁+カルヴァドス | AOCは1991年。オーク樽で14か月以上熟成、アルコール16〜18% |
出典:国税庁「酒のしおり」(2025年)と酒税の税率表、東京国税局「お酒の基礎知識」、フランス農業省の官報(BO AGRI)に掲載された各呼称の規定書。
ノルマンディー——シードル、ポモー、カルヴァドスNormandie
シードルの本場として名前が挙がるのが、パリの西、英仏海峡に面したノルマンディーです。牛が草をはむ果樹園から、発泡するシードル、甘いポモー、熟成した蒸留酒カルヴァドスまで、りんごの酒が一通りそろいます。
ペイ・ドージュ——ノルマンディー最初のAOP
フランスの原産地呼称を管理するINAOは、ペイ・ドージュを「ノルマンディーで最初に原産地呼称を得たシードル」と紹介しています。規定書によれば、カルヴァドス県・ウール県・オルヌ県の248のコミューンが産地。新鮮な果汁だけを使い、砕いた果肉をしばらく置いて空気に触れさせる工程(キュヴァージュ)が必須です。瓶詰めは搾汁から6週間以上あと、瓶の中で6週間以上かけて泡を育てます。出荷時のアルコールは3.5%以上と、ワインよりずっと軽い酒です。
ノルマンディー観光局は、ペイ・ドージュを抜ける約40kmの「シードル街道」を案内しています。ブーヴロン・アン・オージュやカンブルメールの村を結ぶ道で、生産者の門には「Cru de Cambremer」の看板が掛かります。
ポモーとカルヴァドス

カルヴァドスは、シードルを蒸留して樽で寝かせた、りんごの蒸留酒です。規定書によれば、樽での熟成は2年以上。1942年に10の地域が原産地呼称となり、1984年にAOCカルヴァドスにまとめられました。なかでもカルヴァドス・ペイ・ドージュは単式蒸留器による二回蒸留だけが認められ、洋梨を多く使うカルヴァドス・ドンフロンテは洋梨30%以上・熟成3年以上と決まっています。
ポモー・ド・ノルマンディーは、シードル用のりんごの果汁に、樽で12か月以上寝かせたカルヴァドスを加えて発酵を止め、さらにオーク樽で14か月以上熟成させたもの。アルコール16〜18%、甘口の酒です。果汁にブランデーを加えて甘さを残す——第15講酒精強化ワイン完全編で見たポートやヴァン・ドゥー・ナチュレルと同じ発想です。
シードル
りんご果汁を発酵させた発泡性の醸造酒。ペイ・ドージュは3.5%以上と軽い。乾杯から食事まで。
ポモー/カルヴァドス
カルヴァドスは蒸留酒(樽で2年以上)。ポモーは果汁にカルヴァドスを加えた甘口(16〜18%)。食前と食後に。
出典:INAOのペイ・ドージュの紹介、BO AGRI に掲載のペイ・ドージュ、カルヴァドス、カルヴァドス・ペイ・ドージュ、カルヴァドス・ドンフロンテ、ポモー・ド・ノルマンディーの規定書、ノルマンディー観光局「The Cider Route」。
ブルターニュ、アストゥリアス、イングランドBretagne, Asturias & England
りんごの酒は、大西洋に面した涼しい土地に広がっています。ぶどうが熟しにくい北の土地で、りんごがその役を担ってきました。
ブルターニュ——ガレットとシードル
ブルターニュ観光局によれば、キンペール周辺のコルヌアイユは1996年、ブルターニュで初めて原産地呼称を得た産品です。規定書は、果汁の清澄をキーヴィング(défécation)だけに限っています。果汁の中のペクチンを固めて浮かせ、澄んだ果汁を取り出すことで発酵がゆっくり進み、甘さが残りやすくなる——英国の造り手や大学の教材はそう説明しています。
観光局は、そば粉のガレットには辛口(ブリュット)、甘いクレープやデザートには甘口(ドゥー)を勧めています。昔は「ボレ(bolée)」と呼ぶ小さな椀で飲みました。目安として、ドゥーは糖分35g/L超・アルコール3%未満、ブリュットは糖分28g/L未満・アルコール3.5〜5%です。
アストゥリアスのシドラ
スペイン北部、ビスケー湾に面したアストゥリアスのシドラは、2005年に原産地呼称(DOP「シドラ・デ・アストゥリアス」)としてEUに登録されました。腕を高く上げ、グラスへ細く長く注ぐ「エスカンシアール」の作法で知られます。第66講スペイン北部と内陸完全編で歩いたバスクやガリシアと並ぶ、緑の大西洋岸の酒です。
イングランドのサイダー
英国では、税法がサイダーを定義しています。2023年の財政法によれば、アルコール8.5%未満で、りんご・洋梨の果汁が発酵前の液と製品のそれぞれ35%以上。地理的表示ではウスターシャー・サイダー(地元の甘苦・苦酸系のりんご)や、洋梨の酒ヘレフォードシャー・ペリーが保護されています。英国のワインそのものは第32講イングランド&カナダ完全編で。
出典:ブルターニュ観光局「Cidre et jus de pomme」、コルヌアイユの規定書(2019年)、EU規則2154/2005、英国 Finance (No.2) Act 2023 付則6、英国環境・食料・農村地域省の Worcestershire Cider・Herefordshire Perry の製品仕様書。
日本のシードル——弘前からHirosaki & beyond

農林水産省によれば、令和7年産のりんごの収穫量は全国で57万7,400t。そのうち青森県が35万1,400t(61%)、長野県が18%、岩手県が5%を占めます。日本のシードルの物語も、青森の弘前から始まります。
1954年、弘前で
弘前市のリーフレットによれば、1954年、西欧のシードルに着目して弘前に「朝日シードル株式会社」が設立され、1956年に「日本初の本格的な国産シードル」が生まれました。1960年に事業はニッカウヰスキーに引き継がれ、ニッカの弘前工場で「ニッカシードル」の生産・販売が始まり、1972年には加熱しない製法のニッカシードルが発売されています。
特区と、小さな醸造所
弘前市は2010年に「弘前ハウスワイン特区」となり、2014年に「ハウスワイン・シードル特区」へ。市内産のりんご・ぶどうで果実酒を造る場合の最低製造数量が、年6klから年2klへ引き下げられました。2013年にはノルマンディーのブーヴロン・アン・オージュ村と技術指導の協定を結び、市内のシードル醸造所は2023年時点で8者。青森県の特区一覧には、2008年認定の黒石市の特区も並んでいます。
数字でも、ぶどう以外の果実酒の広がりが見えます。国税庁の調査(令和7年)では、果実酒の製造場は全国で800。そのうち152場は、ぶどうのワインを造らず、りんごのシードルなどぶどう以外の果実酒だけを造っています。青森は21場のうち8場です。東北の造り手は第90講東北完全編で、福島・郡山のシードルはふくしま逢瀬ワイナリー、青森・大鰐の造り手はサンマモルワイナリーのページで紹介しています。
りんご以外のフルーツワイン
果実酒の原料はりんごに限りません。群馬県産業技術センターは2012年、中之条町の沢田ワインと共同で、県の酵母を使った「オール群馬」のブルーベリーワインを造ったと発表しています。土地の果樹を酒にする試みは、各地のワイナリーで続いています。
出典:農林水産省「令和7年産りんごの収穫量」(2026年5月公表)、弘前市「弘前のシードル」リーフレット、青森県「構造改革特区の一覧」、国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和7年調査分)」、群馬県産業技術センターの発表(2012年12月)。
選ぶ、注ぐ、合わせるChoisir & servir
シードルは、ワインより軽く、ビールより香りが繊細な酒です。選ぶときは、まず甘さと造りを見ます。
辛口。そば粉のガレット、魚介、塩気のある料理に。乾杯にも。
甘口でアルコールは低め。クレープ、焼きりんご、りんごのタルトに。
甘口の酒精強化。冷やして食前に、またはフォワグラや青かびのチーズと。
ラベルで見るところ
- 産地と呼称——ペイ・ドージュ、コタンタン、コルヌアイユなどの表示があれば、補糖や炭酸ガスの注入をしない規定に沿った造り。
- 甘さ——ブリュット(辛口)か、ドゥー(甘口)か。日本のシードルは「辛口」「やや甘口」などの表示が多い。
- 泡の造り——瓶内で発酵させたものは、きめ細かい泡と澱を持つことが多い。瓶の底の澱は、静かに注げばグラスに入りにくい。
合わせ方の手がかり
ノルマンディーはカマンベール、リヴァロ、ポン・レヴェック、ヌーシャテルという4つのAOPチーズの土地でもあります。同じ牧草地から生まれたシードルとチーズは、試してみたい組み合わせです(チーズとの合わせ方は第73講チーズとワイン完全編)。日本の食卓なら、辛口のシードルを豚肉の生姜焼きやとんかつ、甘酸っぱいりんごの香りを生かして鶏の照り焼きに——編集部の提案です。
温度はよく冷やして(6〜8℃前後が目安)。泡のある酒なので、ワイン用の細めのグラスか、香りを楽しむなら脚付きのグラスで。泡の扱い方は第13講スパークリング大全、温度とグラスは第26講保存とサービング完全編にまとめています。
シードルはお酒です。アルコール分が低めでも、20歳未満の人は飲酒できません。妊娠中・授乳中の人は飲酒を控えてください。ポモーやカルヴァドスは度数が高いので少量にとどめ、車を運転する予定がある日は飲まないでください。出典:ブルターニュ観光局、ノルマンディー観光局「Normandy cheeses」。料理の合わせ方の一部は編集部の提案です。
よくある質問Frequently asked
果実を搾って発酵させる点はワインと同じで、日本の酒税法でも品目は果実酒です。ただし発泡性でアルコール分11度未満のものは「その他の発泡性酒類」として課税されます。原料がぶどうでなくりんごである点が、ワインとの違いです。
シードルはりんご果汁を発酵させた発泡性の醸造酒。カルヴァドスはシードルを蒸留し、樽で2年以上熟成させた蒸留酒。ポモーはりんご果汁にカルヴァドスを加えて発酵を止め、樽で14か月以上熟成させた甘口の酒です(いずれもノルマンディーの規定)。
いいえ。梅酒は梅を焼酎などに漬けて造るため、酒税法では果実酒ではなくリキュールに当たります(東京国税局の説明)。果実そのものを発酵させるシードルやブルーベリーワインとは造り方が違います。
りんごの国の、もうひとつのワインPomme, poire & terroir
シードルは、りんごの味の系統——甘味・甘苦・苦味・酸味——で造る酒です。ノルマンディーのペイ・ドージュは補糖も炭酸ガスの注入もしない瓶内の泡、ブルターニュのコルヌアイユはキーヴィング、洋梨のドンフロン。果汁にカルヴァドスを加えたポモー、蒸留して樽で寝かせるカルヴァドス。スペインのアストゥリアス、イングランドのサイダーとペリー。そして日本では、1954年の弘前から始まり、特区とともに小さな醸造所が増えています。
次の一本。 今回は、ノルマンディーかブルターニュの辛口シードルと、弘前など日本のシードルを一本ずつ。そば粉のガレットか、カマンベールと塩気のある料理を用意して、輸入ものと日本のりんごの酒を飲み比べてみてください。食後には、ポモーを小さなグラスで。
次回は銘醸図鑑 第34弾へ。「マデイラ」。大西洋に浮かぶポルトガル領の島で、熱と時間をかけて育てる酒精強化ワインです。セルシアルからマルムジーまでの品種と甘さ、エストゥファとカンテイロという二つの熟成、そして百年を越えて飲まれるヴィンテージを歩きます(先に第15講酒精強化ワイン完全編と、銘醸図鑑ポートをどうぞ)。
