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ワインガイド Vinotier

VINOTIER WINE COURSELEÇON LVI

第56講 深掘り

トスカーナ&中部イタリア完全編

糸杉の並ぶ丘に、イタリアで最も有名な赤ワインが眠っています。 黒い雄鶏のキャンティ・クラシコ、100年熟成を夢見たブルネッロ、「規定の外」から世界を獲ったボルゲリ——サンジョヴェーゼという一つの品種が、なぜこれほど多くの顔を持つのか。中部イタリアの四つの州を歩きます。

サンジョヴェーゼキャンティ・クラシコスーパータスカン
トスカーナ&中部イタリア完全編のイメージ
秋のキャンティ。黄葉したサンジョヴェーゼの畑と、丘の連なり
黄葉するサンジョヴェーゼの丘 — 秋のキャンティ。糸杉と石造りの農家が点在するこの風景は、1716年に境界線が引かれて以来、ほとんど変わっていない。イタリアで最も有名なワインの産地は、同時に最も「規則」と格闘してきた産地でもある
— I

サンジョヴェーゼの国Toscana — land of Sangiovese

イタリアワインと聞いて多くの人が思い浮かべる風景——糸杉の並木、丘の上の塔、藁で包まれた丸いボトル——は、ほぼすべてトスカーナのものです。第7講で20州を駆け足で巡り、第48講で北を、第46講で南と島々を歩きました。第56講は、その真ん中に残っていた最大の穴——トスカーナと中部イタリアを丸ごと歩く回です。

主役は一つの品種、サンジョヴェーゼ。キャンティも、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノも、ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノも、法的にはすべてこの品種のワインです。ただしトスカーナが面白いのは、同じ品種が土地ごとに別の名前で呼ばれてきたこと——モンタルチーノでは「ブルネッロ」、モンテプルチアーノでは「プルニョーロ・ジェンティーレ」、マレンマのスカンサーノでは「モレッリーノ」。それぞれの生産規約が「サンジョヴェーゼ(現地ではこう呼ぶ)」と書いており、いずれも別品種ではなく同じ品種の地方名です。チェリーの果実、高い酸、しっかりしたタンニン、そして熟成でなめし革やドライハーブへ向かう性格は共通で、違いを生むのは土壌と標高、そして規則です。

その規則の歴史は、ヨーロッパでも指折りに古い。「Chianti」の名がワインを指して公証文書に現れる最初の例は1398年。そして1716年9月24日、トスカーナ大公コジモ3世・デ・メディチが布告を出し、キャンティ、ポミーノ、カルミニャーノ、ヴァルダルノ・ディ・ソプラの4地区の境界を法的に画定しました。産地を法で線引きした世界最初期の例で、現在のキャンティ・クラシコの生産規約はこの布告の原文をそのまま引用しています。ここで大事な注意をひとつ——1716年に画定された「キャンティ」は、ラッダ・ガイオーレ・カステッリーナ・グレーヴェ周辺の狭い丘陵地、つまり今日のキャンティ・クラシコにほぼ相当する範囲であって、現在の広大なキャンティDOCGではありません。この「本家と広域」のねじれが、次章のテーマです。

地理を一枚で。 トスカーナ州はイタリア中部の西側、ティレニア海に面した州です。内陸のフィレンツェ〜シエナ間の丘陵にキャンティ・クラシコ、その南にモンタルチーノとモンテプルチアーノ、海沿いにボルゲリとマレンマ、北西にカルミニャーノとサン・ジミニャーノ。そして東隣のウンブリア、アドリア海側のマルケ、その南のアブルッツォ、ローマを抱えるラツィオまでを合わせて「中部イタリア」と呼びます。第VI章で隣人たちも歩きます。
— II

キャンティとキャンティ・クラシコ——黒い雄鶏の読み方Chianti vs. Chianti Classico

売り場でいちばん多い誤解が「キャンティ・クラシコはキャンティの上級版」というものです。半分は正しく、半分は違います。両者は1996年以来、上下関係のないまったく別のDOCGで、しかもクラシコの区域内では広域キャンティを造ることが規約で禁じられています。

キャンティ DOCGキャンティ・クラシコ DOCG
区域トスカーナ中部の広域。8つのサブゾーン(ルフィナ、コッリ・セネージなど)1716年の「本家」の丘陵。フィレンツェとシエナの間、標高700mまで
サンジョヴェーゼ60〜100%(2026年6月の改正で70%から引き下げ)80〜100%。グラン・セレツィオーネは90%以上(2027年収穫から適用)
白ぶどう最大10%まで可一切不可(2006年ヴィンテージ以降)
収量の上限11t/ha7.5t/ha(イタリアでも最も低い水準と規約自身が謳う)
解禁翌年3月1日(サブゾーンは6〜9月)翌年10月1日。リゼルヴァは24か月、グラン・セレツィオーネは30か月の熟成
目印特になし(藁包みのフィアスコ瓶も可)黒い雄鶏(ガッロ・ネロ)が全生産者に義務

※各生産規約(disciplinare)の現行条文にもとづく。数値は改正で変わるため、ラベルの読み方は第41講も参照。

クラシコの階層は三段です。ラベルにヴィンテージだけを記すアンナータ、24か月以上熟成のリゼルヴァ、そして2014年に発効した頂点グラン・セレツィオーネ——30か月以上の熟成(うち瓶内3か月)に加えて、瓶詰めする造り手自身が管理する畑のぶどうだけで造ることが条件です。よく「単一畑」「樽で30か月」と説明されますが、どちらも規約にはありません。木樽の義務はクラシコのどの階層にも存在せず、単一畑の要件もない——「自社畑・長期熟成・最上の選抜」が定義です。

そのグラン・セレツィオーネに、2021年の総会決議(2023年発効)で11の「追加地理単位(UGA)」が導入されました。北からサン・カッシャーノ、モンテフィオラッレ、グレーヴェ、パンツァーノ、ラモーレ、サン・ドナート・イン・ポッジョ、ラッダ、ガイオーレ、カステッリーナ、ヴァリアッリ、カステルヌオーヴォ・ベラルデンガ。ラベルに「Gran Selezione」の後ろに村名を添える、ブルゴーニュの村名格に近い仕組みで、初めて村名が載ったのは2021年ヴィンテージ(2024年発売、協会創立100周年の年)。ただし、ラモーレ・モンテフィオラッレ・ヴァリアッリの3つは発効から3年後まで使えない経過措置があり、実際に11地区が出そろうのは2026年からです。急峻で標高の高いラモーレ、ガレストロ(砂質の泥灰岩)の土壌で知られるパンツァーノやラッダ——村ごとの個性が、ようやくラベルで語れるようになりました。

黒い雄鶏の物語は、史実と伝説を分けて覚えるのが正解です。史実は、1384年にフィレンツェがキャンティを統治するために置いた「レーガ・デル・キャンティ」が金地に黒い雄鶏を紋章に採用したこと、1565年にヴァザーリがパラッツォ・ヴェッキオの天井に黒鶏を地域の寓意として描いたこと、そして1924年5月14日、ラッダに33名の生産者が集まり、イタリア初のワイン保護組合を設立して黒鶏を採用したこと。一方、「フィレンツェとシエナの騎士が夜明けの鶏の声で出発して境界を決める競争をし、フィレンツェ側が飢えさせた黒鶏を早く鳴かせて勝った」という有名な話は、協会自身が「興味深い伝説」と呼んでいるもので、史実として書くべきではありません。

もうひとつ、規約の変遷そのものがドラマです。1872年、鉄の男爵ベッティーノ・リカーゾリは書簡でサンジョヴェーゼ主体・カナイオーロ少量・早飲み用にマルヴァジーア(白)という方向性を示しました(よく引かれる「70/15/15」という数字は後世に定式化されたもので、書簡自体には比率がありません)。この「白を混ぜる」伝統が、1967年のDOC規定では「白ぶどう10〜30%」と下限つきで義務化されます。つまり白を抜いた純粋なサンジョヴェーゼは、法律上キャンティを名乗れなかった。1984年のDOCG化で2〜5%へ、1996年に100%サンジョヴェーゼが合法化、そして2005年の省令で2006年ヴィンテージ以降は白ぶどう禁止——この40年の歩みが、第IV章で語る「規定の外へ出た造り手たち」の背景です。

— III

モンタルチーノとモンテプルチアーノ——サンジョヴェーゼの二つの頂Brunello & Vino Nobile

シエナの南、二つの丘の町が、サンジョヴェーゼの長期熟成型の頂点を分け合っています。ひとつはモンタルチーノの「ブルネッロ」、もうひとつはモンテプルチアーノの「ヴィーノ・ノビレ」。どちらも1980年7月1日の同じ政令で、バローロとともにイタリア最初のDOCGになりました。

モンテプルチアーノの丘の町と、麓に広がる畑
丘の上の町、麓の畑 — モンテプルチアーノ。ヴィーノ・ノビレの故郷は、アブルッツォの品種「モンテプルチアーノ」と同じ名を持つが、こちらはシエナ県の町の名前。混同を防ぐため、規約はラベルに「Toscana」の表示を義務づけている

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの規約は、イタリアで最も厳しい部類です。サンジョヴェーゼ100%、オーク樽で24か月以上、瓶内4か月以上、そして出荷は収穫年から5年を数えた翌年の1月1日以降(リゼルヴァは6年、瓶内6か月)。「5年のうち樽2年」という合計規定があるわけではなく、樽と瓶の下限に「5年後の解禁日」を組み合わせた仕組みで、残りの期間をどこで寝かせるかは造り手の裁量です。早飲み用の弟分ロッソ・ディ・モンタルチーノ(1983年DOC)も同じ100%サンジョヴェーゼで、こちらには木樽の規定がまったくなく、翌年9月1日から出荷できます。

起源をめぐっては注意が要ります。「1888年、ビオンディ・サンティ家が最初のブルネッロを造った」とよく語られますが、ブルネッロの生産規約が先駆者として名を挙げるのはクレメンテ・サンティで、1865年産の「ブルネッロ」が1869年に銀メダルを得た記録です。1888年は同家のリゼルヴァの最初のヴィンテージ——その孫フェッルッチョが長期樽熟成という現代的スタイルを確立した、と伝えられます。銘醸図鑑:ブルネッロ・ディ・モンタルチーノで8軒の造り手を歩いたとおり、産地には「多くの父」がいます。

2008年には試練もありました。シエナ検察がブルネッロへの他品種混入疑惑を捜査し、670万リットルが押収された「ブルネッロポリ」事件です。ただし結末まで正確に——同年10月、生産者は投票で約96%が「100%サンジョヴェーゼの維持」を選び、公判に至った唯一の生産者は2013年に証拠なしとして無罪、有罪判決を受けた生産者はいません。事件が残した最大のものは、規定の厳格さそのものを産地の意思として再確認したことでした。

ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノは、その名(「貴族のワイン」)のとおり歴史的な格の高さを誇る一方、規約はブルネッロより柔らかい——プルニョーロ・ジェンティーレ(=サンジョヴェーゼ)70%以上で、白ぶどうも5%まで認められています。証紙(ファシェッタ)を貼ってDOCGとして最初に市場に出たのは、熟成2年で済むこちらのほうが先(1983年)でした。そして2025年、新しい階層「ピエーヴェ」が正式に発効します。サンジョヴェーゼ85%以上、樹齢15年以上、樽12か月+瓶12か月以上、自社畑のぶどうのみ——面白いのは区分の単位で、ブルゴーニュ的な「畑」ではなく、古代末期〜ロンゴバルド期の教区(pieve)にもとづく12の地理単位を名乗ります。初リリースは2021年ヴィンテージ。ブルネッロ、キャンティ・クラシコのUGA、ノビレのピエーヴェ——トスカーナ全体が「村と区画を語る」方向へ動いていることが分かります。

— IV

規定の外へ——スーパータスカンとボルゲリSuper Tuscans & Bolgheri

白ぶどうを混ぜなければキャンティを名乗れない。カベルネを使えば格付けから外れる。——その規則に背を向けて、「ただのテーブルワイン」の肩書きで世界を獲った造り手たちがいました。スーパータスカンの物語です。

ボルゲリの糸杉並木。まっすぐに続く道の両側に高い糸杉が並ぶ
ボルゲリの糸杉並木 — 詩人カルドゥッチが詠んだ約5kmの並木道。海から数kmのこの土地に、1944年、侯爵が私蔵用にカベルネを植えたことがすべての始まりだった
  1. 1944年、海辺の丘に1haのカベルネマリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵が、ボルゲリのカスティリオンチェッロ(標高約400m)に約1haのカベルネを植樹。1945年から1967年までは家族と友人だけの私蔵ワインで、市販の初ヴィンテージは1968年(発売は1971年)。「シャトー・ラフィット由来の穂木」という説は当主自身が否定しています。
  2. 1971年、ティニャネロが「格下げ」を選ぶアンティノリはキャンティ・クラシコの区域内で1970年産を「リゼルヴァ・ヴィニェート・ティニャネロ」として造ったあと、1971年産からキャンティを名乗らず単に「ティニャネロ」と名付け、1975年産で白ぶどうを完全に排除。1978年産ではソライア(初年はカベルネ・ソーヴィニヨン80%+フラン20%)が生まれます。
  3. 1978年、ロンドンで世界が気づく『デカンター』誌のブラインド試飲で、サッシカイア1972年産が11か国33本の中で1位に。銘醸図鑑:ボルゲリで歩いたように、1981年にはロドヴィコ・アンティノリがオルネッライアを創設(初ヴィンテージ1985年)、1987年産からメルロー100%のマッセートも。
  4. 1992年、法律が追いつく1992年2月10日法164号(ゴリア法)が「IGT(地理的表示)」を創設。テーブルワインに産地名を付けることを施行3年後に禁じたため、1995年10月にIGTトスカーナが生まれ、スーパータスカンの多くはここへ移りました。同じ1994年の省令でボルゲリDOCに赤が加わり「ボルゲリ・サッシカイア」という単一銘柄のサブゾーンが誕生、2013年には独立したDOCに——ひとつのワインが単独でDOCを持つ、イタリアで唯一の例です。

整理しておきたい誤解が二つ。ひとつ、スーパータスカンは「違法」だったわけではありません。ヴィーノ・ダ・タヴォラは正規の法定カテゴリーで、本当の苦境は「産地名すら名乗れなくなる」1995年の期限でした。もうひとつ、ボルゲリDOCは1994年生まれではなく1983年創設(当初は白とロゼだけで、赤がなかった)。海風と青い粘土の丘でカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローが熟すこの土地は、いまでは組合員78社・登録畑1,379haの、イタリアで最も「ボルドー的」な産地になりました。オルネッライアも1995年産から「ボルゲリDOCスペリオーレ」を名乗っています。

ところで、カベルネがトスカーナで公式に認められたのはボルゲリが最初ではありません。1716年の4地区のひとつカルミニャーノは、1975年のDOC規定でイタリアのDOCとして初めてカベルネのブレンドを公式に認め——それどころか10〜20%と下限つきで義務化しました。サッシカイアがまだテーブルワインだった時代の話です。「カトリーヌ・ド・メディシスがフランスから持ち込んだ」という伝説がありますが、カベルネ・ソーヴィニヨンという品種自体が17世紀のボルドーで生まれた(1997年のDNA解析)ことから、史実とは考えにくい。確かなのは、18世紀にはこの地に「ウーヴァ・フランチェスカ(フランスのぶどう)」が根付いていたことです。第5講で歩いた品種が、こんな小さな丘で300年前から育っていた——トスカーナの奥行きです。

— V

白と甘口、そしてマレンマWhites, Vin Santo & Maremma

赤の国トスカーナにも、白と甘口の伝統があります。しかも白のほうは、イタリアのDOC制度そのものの出発点でした。

ヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ——塔の町の白ワインは、1966年3月3日の政令で認定された最初の4つのDOCのひとつです(同日にフラスカーティ、エスト!エスト!!エスト!!!、イスキアも認定され、官報掲載がいちばん早かったヴェルナッチャが「イタリア初のDOC」と呼ばれます)。1993年にDOCGへ。品種のヴェルナッチャは「土着の」を意味する総称で、サルデーニャやマルケの同名品種とは無関係の別品種。規約は85%以上で、レモンとアーモンドの苦みを持つ辛口は、リゼルヴァで熟成させると蜜のような厚みも出ます。

ヴィン・サントは、トスカーナの甘口の伝統です。トレッビアーノとマルヴァジーアの房を選別し、風通しのよい屋根裏(ヴィンサンタイア)の葦のすのこに広げて3〜4か月以上陰干しし、カラテッリと呼ぶ50〜100L級の小樽で、補充もせず何年も酸化熟成させる。造り手によっては前年までの澱と酵母を代々受け継ぐ「マードレ(母)」をスターターに使いますが、規約上は任意で、必須ではありません。キャンティ・クラシコのヴィン・サントは出荷が収穫3年後の11月以降、モンテプルチアーノの黒ぶどう主体「オッキオ・ディ・ペルニーチェ(山うずらの目)」は6年。名前の由来は「聖なるワイン」ですが、フィレンツェ公会議の枢機卿の逸話をはじめ諸説あり、どれも決め手を欠きます。カントゥッチ(アーモンドのビスコッティ)を浸して食べるのが、トスカーナの食卓の締めくくり。甘口全般は第19講を。

もうひとつ、覚えておきたい古い技法がゴヴェルノです。搾ったばかりのワインに、陰干しした(伝統的にはコロリーノ種の)ぶどうを加えてゆっくり再発酵させ、若いワインに丸みと生き生きした泡立ちを与える。いまも広域キャンティの規約には「governo all'uso toscano」として名前が残り、ラベルに「ゴヴェルナート」と書くならこの技法を施すことが義務ですが、市場が求める味と離れたため、実際にはほぼ廃れました。一部の伝統派が意図的に復活させている、という位置づけです。

マレンマ——海辺の「新しいトスカーナ」

グロッセート県の海沿い一帯。2011年にDOCとなったマレンマ・トスカーナは県全域を覆う広く柔軟な受け皿で、その中にモレッリーノ・ディ・スカンサーノDOCG(サンジョヴェーゼ85%以上、2006年昇格)が入れ子になっています。温暖で、果実が前に出た「開いた」サンジョヴェーゼが手頃に。

キャンティ・ルフィナ/モンタルバーノ

広域キャンティの8つのサブゾーンで、最も評価が高いのがフィレンツェ北東のルフィナ。標高が高く冷涼で、クラシコに匹敵する骨格と長熟性を持ちながら価格は控えめ。2026年の改正では、レオナルドの生地ヴィンチ周辺がテッレ・ディ・ヴィンチとして8番目のサブゾーンに加わりました。

— VI

中部イタリアの隣人たち、そして買い方Umbria, Marche, Abruzzo, Lazio & buying guide

トスカーナの東と南には、それぞれ独自の品種を守ってきた四つの州が続きます。「サンジョヴェーゼの国」の外で、中部イタリアは別の顔を見せます。

Umbriaウンブリア——サグランティーノの丘

「イタリアの緑の心臓」と呼ばれる内陸の州。看板はモンテファルコ・サグランティーノ(日本では「サグランティーノ・ディ・モンテファルコ」の通称も。1992年DOCG、サグランティーノ100%、収穫年の12月から33か月+瓶内4か月の熟成、辛口は木樽12か月)。イタリアの単一品種赤ワイン110種を比べた2021年の研究で総ポリフェノールが最高値を示し、タンニンの量と重合度はカベルネ・ソーヴィニヨンの2倍超と報告された品種——「イタリアで最も渋い赤」と評されるのはこのためです(ただし「世界一」と言える網羅的な比較は存在しません)。歴史的には房を陰干しした甘口パッシートが伝統で、辛口は1970年代の実験醸造に始まり、1980年代にアルナルド・カプライらが確立。白はオルヴィエート(1971年DOC、トレッビアーノ=プロカニコとグレケット)。かつては半甘口が主流で、戦後に辛口化しました。1962年創業のルンガロッティ(トルジャーノ)も州の顔です。

Marcheマルケ——ヴェルディッキオの海と山

アドリア海側。主役は白のヴェルディッキオで、海から約20kmのカステッリ・ディ・イエージ(1968年DOC)と、海の影響がまったく及ばない内陸の盆地マテリカ(1967年DOC、マルケ初)の二産地。前者は温和で柔らか、後者は大陸性気候で酸が鋭く長熟。DOCGは両産地ともリゼルヴァのみ(2010年)で、通常品はDOCのままです。1953年、ファツィ・バッターリア社がコンペで建築家アントニオ・マイオッキのアンフォラ型ボトルを採用したのは商業デザイン史の一幕。赤はロッソ・コーネロ(モンテプルチアーノ85%以上。リゼルヴァは2004年から「コーネロDOCG」)。魚介との相性で覚える州です。

Abruzzoアブルッツォ——モンテプルチアーノという「品種」

アペニン山脈が海に迫る山岳州。モンテプルチアーノ・ダブルッツォ(1968年DOC、モンテプルチアーノ85%以上)は、日本の売り場で最も手に取りやすいイタリアの赤のひとつ——ここでの「モンテプルチアーノ」は品種名で、トスカーナの町とは無関係です。北部テラモ県のコッリーネ・テラマーネは2003年からDOCG(モンテプルチアーノ90%以上、残りはサンジョヴェーゼのみ)。同じ品種を短く醸した桜色のチェラスオーロ・ダブルッツォは2010年に独立DOCとなり、2023年の規約改編では、県名などの地理的名称を伴う上位階層にだけスペリオーレやリゼルヴァの表示が認められる構造に整理されました。白のトレッビアーノ・ダブルッツォで使う品種トレッビアーノ・アブルッツェーゼは、トスカーナのトレッビアーノとは別品種。17世紀半ばから続くヴァレンティーニ、1964年創業のエミディオ・ペペが、この地の長熟型の到達点として語られます。

Lazioラツィオ——ローマの白と、伝説のワイン

首都の白はフラスカーティ。1966年の最初期DOCのひとつで、主体はトレッビアーノではなくマルヴァジーア(ビアンカ・ディ・カンディアとデル・ラツィオで70%以上)。2011年にフラスカーティ・スペリオーレと甘口のカンネッリーノがDOCGになりました。「エスト!エスト!!エスト!!!」(同じく1966年DOC)は、1111年に皇帝に随行した高位のドイツ人(司教とも貴族とも)が先触れの従者に良い宿の扉へ「Est(ある)」と書かせ、モンテフィアスコーネで三度書かれた——という物語で知られますが、生産規約自身が「現実と空想の混じった伝説」と記しており、人物の名も身分も年代も資料で揺れます。伝説として楽しむのが正解。品種はトレッビアーノ(プロカニコ)に加えて土地固有のロッセット(トレッビアーノ・ジャッロ)が25〜40%必須で、こちらが骨格を担います。赤は2008年にラツィオ初の赤のDOCGとなったチェザネーゼ・デル・ピーリオ。ローマのアマトリチャーナやカルボナーラに、土地の赤白を合わせてみてください。

最後に、売り場での歩き方を。価格は変動しますが、2026年時点の日本での大まかな目安です(税込・送料別)。

まず1本目なら

キャンティDOCG(1,000〜2,200円)かモンテプルチアーノ・ダブルッツォ(1,000〜2,000円)をトマトのパスタやピザと。一段上げるならキャンティ・クラシコのアンナータ(2,800〜4,500円)やヴィーノ・ノビレ(3,000〜4,500円)、ロッソ・ディ・モンタルチーノ(3,000〜5,000円)——「ブルネッロの弟」は最良のコスパ枠です。

実力を確かめるなら

クラシコのリゼルヴァ(4,000〜7,000円)、グラン・セレツィオーネ(7,000〜12,000円)、ブルネッロ(6,000〜11,000円)。ボルゲリ・ロッソは4,300〜6,000円、スペリオーレは9,000〜15,000円、サッシカイアの現行ヴィンテージは3万円台ですが、同じ蔵のセカンド「グイダルベルト」(6,600〜8,800円)やオルネッライアの「レ・セッレ・ヌオーヴェ」で作風に触れられます。

選び方の基本線は第33講のとおり「輸入元で選ぶ」に加えて、トスカーナではラベルの階層語(Riserva/Gran Selezione/Superiore/Pieve)と村名を読むのが効きます。2019年の日EU・EPAでEU産ワインの関税はゼロになりましたが、その後の円安で店頭価格はむしろ上がっているので、「昔の相場」の記憶は一度リセットを。ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナにサンジョヴェーゼの酸を合わせる——この産地の基本の一皿は、家でも再現できます。産地の入口は産地ガイド:キャンティ、造り手の顔はサッシカイア・アンティノリ・オルネッライアの各ページにまとめてあります。

— Q&A

よくある質問Questions

Qキャンティとキャンティ・クラシコはどう違う?

1996年以降、上下関係のない別々のDOCGです。クラシコは1716年に画定された「本家」の丘陵で、サンジョヴェーゼ80%以上・白ぶどう不可・収量7.5t/ha・黒い雄鶏のマークが義務。広域キャンティは区域が広く、規定も緩やか(サンジョヴェーゼ60%以上・白10%まで可)。価格も味わいの凝縮感も、一般にクラシコのほうが一段上です。

Qブルネッロは何年待てば飲める?

規約上、収穫から5年目の翌年1月まで市場に出ません(例:2020年産は2025年1月以降)。出荷時点で飲めますが、良年のブルネッロは10〜20年の熟成に耐えると評され、若いうちはタンニンが強く感じられがち。すぐ楽しむなら同じ100%サンジョヴェーゼのロッソ・ディ・モンタルチーノが向いています。

Qスーパータスカンはいまも「格付け外」なの?

いいえ。サッシカイアはボルゲリ・サッシカイアDOC、オルネッライアはボルゲリDOCスペリオーレ、ティニャネロやソライア、マッセートはIGTトスカーナと、それぞれ正規の表示を持っています。ティニャネロ(サンジョヴェーゼ約8割)は現行規定なら数字上キャンティ・クラシコを名乗れますが、IGTのままなのはブランドとしての選択です。

— Recap

トスカーナは「規則と反逆」の産地Rules and rebels

第56講の持ち帰りを一言で。トスカーナを理解する鍵は、サンジョヴェーゼという一つの品種と、それを縛ってきた規則、そして規則の外へ出た人々の物語です。1716年の境界線、白ぶどうを義務づけた1967年の規定、テーブルワインの肩書きで世界を獲った1970年代、IGTで法が追いついた1995年、村名を語り始めた2020年代——300年分の「格付けと反逆」が、いま一本のボトルの中に重なっています。

次の一本。 まずはキャンティ・クラシコのアンナータとロッソ・ディ・モンタルチーノを並べて、同じサンジョヴェーゼの「内陸の丘」と「南の丘」の違いを。余裕があれば、そこにボルゲリ・ロッソを一本足してください。カベルネとメルローの海辺のワインが、同じ州のものとは思えないほど違う——その振れ幅こそが、トスカーナのいちばんの土産です。

次回はテーマ編へ。「ワインの欠陥と劣化完全編」。ブショネ、酸化、還元臭、熱劣化、ブレタノマイセス——「このワイン、おかしい?」と思ったときに何が起きているのか、見分け方と対処、返品やレストランでの伝え方まで、第26講と第10講の続きとして歩きます。

Cin cin — alla Toscana.

糸杉の並木は、畑の境界を示す線でした。次にキャンティのボトルを手に取ったら、ラベルの黒い雄鶏が三百年前の国境線の名残であることを、少しだけ思い出してみてください。

写真クレジット(すべてWikimedia Commons):
1. 秋のキャンティの丘 — “Autunno in Chianti Toscana” by Repuli, CC BY-SA 4.0
2. ボルゲリの糸杉並木 — “Bolgheri Viale dei Cipressi 001” by Janericloebe, Public domain
3. モンテプルチアーノの丘の町と畑 — “Village and vineyards around Montepulciano” by Drew Cuddy, CC BY-SA 2.0
※掲載写真はレイアウト上の都合によりリサイズ・トリミングして掲載しています。
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