アルプスの南斜面は、ワインの宝庫です。 干して造る赤、世界一開けられる泡、琥珀色の白——山が守り、湖が暖める北イタリアを、ヴェネトから東へ歩きます。

第46講では、イタリアの南半分を「暑さをどう逃がすか」という軸で歩きました。今回はその対極です。北イタリアは本来、ぶどうには冷涼すぎてもおかしくない土地。それでもここがワインの宝庫であり続けるのは、アルプスという巨大な壁が地図の上に置かれているからです。
今回歩くのは、この山麓をヴェネトから東へたどる旅です。実はヴェネト州は、イタリア最大のワイン生産量を誇る州。近年の統計では国全体のおよそ4分の1を一州で造っています。量の大産地でありながら、アマローネやソアーヴェ・クラシコのような質の頂点も併せ持つ——その二面性こそ、ヴェネトの読みどころです。
ガルダ湖の南岸には、白のルガーナがあります。品種はトゥルビアーナ。ロンバルディアとヴェネトの二つの州にまたがる珍しい産地で、湖が和らげた気候の、ふくよかで塩気を帯びた白。遺伝的にはマルケのヴェルディッキオと同一品種とされており、品種の旅路そのものが面白い一本です。
なお、北イタリアの西の横綱ピエモンテは第7講で歩いたうえ、銘醸図鑑のバローロとバルバレスコで深掘り済みです(産地ガイド:ピエモンテ)。今回は東側——ヴェネト、フリウリ、そしてアルプスの只中のアルト・アディジェへ。
ヴェローナの北に広がるヴァルポリチェッラは、コルヴィーナを主役とする赤の産地です。そのままステンレスで仕上げれば、チェリーの香る軽やかな赤。ところがこの土地には、もうひとつの道があります。収穫した房をすぐには仕込まず、乾燥庫(フルッタイオ)の棚で干す——アパッシメントと呼ばれる技法です。
陰干しはおおむね100〜120日。水分が抜けて房の重さは大きく減り、糖も香りも凝縮していきます。規定では12月1日より前に醸造してはならないと定められており、仕込みは冬。干し上がったぶどうを絞り、ゆっくり発酵させて生まれるのがアマローネ・デッラ・ヴァルポリチェッラです。規定の最低アルコール度数は14%。干した果実の凝縮感と、ドライフルーツやスパイスの陰影をまとった、イタリア屈指の偉大な赤です(2010年にDOCG昇格。品種はコルヴィーナ45〜95%、ロンディネッラ5〜30%など)。
名前の物語も残っています。この土地の伝統は本来、干したぶどうで造る甘口のレチョートでした。ところがあるとき、発酵が止まらず糖を食べ切って辛口になってしまった樽が見つかった。1930年代、蔵のセラーマスターがそれを味見して「これはアマーロ(苦い)ではない、アマローネだ」と叫んだ——と伝えられています。逸話の細部はともかく、「甘口の失敗作」が20世紀最大の成功作になったという骨格は、歴史が裏づけるところです。商業的なリリースは1958年ヴィンテージが最初期とされ、つまりアマローネは思いのほか若いワインでもあります。発酵を「やり切るか、止めるか」という分岐は第47講 醸造完全編で歩いた通りです。
同じ畑のぶどうが、干す時間と発酵の止めどころだけで四つの顔になる——ヴァルポリチェッラは、醸造がスタイルを作ることのいちばん鮮やかな実例です。
ヴェネトにはもうひとつ、世界の食卓を変えた顔があります。プロセッコ。年間およそ6億6,000万本(プロセッコDOC、2024年)——上位呼称のコネリアーノ・ヴァルドッビアーデネDOCGを合わせれば7億本を超え、単一の原産地呼称のスパークリングとして世界最大です。シャンパーニュの年間出荷が約3億本ですから、およそ2倍。いま世界でもっとも開けられている泡は、この北イタリアの泡です。

プロセッコを読む鍵は、2009年の大再編です。それまで品種名だった「プロセッコ」を、トリエステ近郊のプロセッコ村に由来する地名として保護し、品種の名はグレラに改めました。名前を地理に紐づけたことで、他国が「プロセッコ種の泡」を名乗る道を封じたのです。同時に平野部の広域プロセッコDOCと、丘陵のコネリアーノ・ヴァルドッビアーデネDOCGという二階建てに整理されました。頂点はカルティッツェ——わずか約106ヘクタールの急斜面で、生産は年約110万本。全体の規模からみれば、ほんのひと握りの「グラン・クリュ」です。
プロセッコの主流。大きなタンクの中で二次発酵させ、若いうちに瓶詰め。果実と花の香りをそのまま閉じ込める、フレッシュさ最優先の設計。イタリアでは1895年に特許を取ったマルティノッティの名で呼ぶのが筋——シャルマの装置改良(1907年)より先でした。
シャンパーニュと同じ、一本ずつ瓶の中で泡を生む方式。澱との長い熟成がパンやナッツの複雑さを与えます。手間の分だけ高価。プロセッコの一部と、後述のトレントDOCがこちら(スパークリングワイン)。
そしてヴェネトの白の柱がソアーヴェです。品種はガルガーネガ(最低70%)。中世スカラ家の城壁が残るソアーヴェの丘、なかでも歴史的中心のクラシコ地区は玄武岩主体の火山性土壌で、白い花とアーモンド、ほのかな塩気のある辛口が生まれます。火山の白が張りつめた個性を持つ——第46講のエトナで見た方程式が、北の平野の縁でも生きています。
さらに東、スロヴェニア国境の州がフリウリ=ヴェネツィア・ジュリアです。アルプスの冷気とアドリア海の暖気がぶつかるこの土地は、1970年代以降「イタリア白ワインの聖地」と呼ばれてきました。鍵は丘陵地帯コッリオとコッリ・オリエンターリの土壌——泥灰岩と砂岩が交互に重なる地層を、土地の言葉で「ポンカ」と呼びます。水はけがよく、ミネラル感のある白を育てる土です。
品種の顔ぶれも独特です。看板のフリウラーノは、かつて「トカイ・フリウラーノ」と呼ばれていましたが、EUがハンガリーの銘醸地トカイの名を保護した結果、2007年からトカイの名が使えなくなり、現在の名に改められました。ほかに土着のリボッラ・ジャッラ、そしてピノ・グリージョ。実は世界を席巻した「淡い色の軽快なピノ・グリージョ」というスタイルは、1960年代にこの北東イタリアで発明されたものです。それ以前の伝統は、果皮の色をほんのり移した銅色(ラマート)のスタイルでした(ピノ・グリ)。
そのフリウリで、20世紀の終わりに静かな革命が起きます。オスラヴィアのヨスコ・グラヴネルは1997年の収穫から白ぶどうの長い果皮浸漬に転じ、2000年にジョージアを訪ねたのち、2001年からは白の全量を土中に埋めたクヴェヴリ(アンフォラ)で発酵させるようになりました。隣人のスタニスラオ・ラディコンも1990年代半ばから、祖父の時代の長い醸しを大樽で復活させています。白ぶどうを赤のように仕込む——オレンジワインの世界的な潮流は、第30講で歩いたジョージアの記憶と、この国境の丘が結ばれて生まれたのです。ワインは国境で終わらず、丘はそのままスロヴェニアのブルダへ続いていきます。
最後は、イタリアの最北端。ドロミテの岩壁に抱かれたアルト・アディジェ(南チロル)です。第一次世界大戦までオーストリア領だったこの土地は、いまもドイツ語圏。ラベルには「Südtirol」の文字が並び、ワイン造りの気風にもアルプスの几帳面さが息づいています。

栽培面積は約5,850ヘクタール——イタリア全体の1%に満たない最小級の産地です。しかも生産の約7割を協同組合が担うのに、品質はイタリア白ワインの最高水準と評される。「協同組合=安ワイン」という古い図式を、この州は完全に覆しました。畑は標高およそ200mから1,000m超まで駆け上がり、下の暖かい斜面には赤を、上の冷たい斜面には白を——標高が品種の置き場所を決める、垂直の産地です。
土着品種も個性派揃いです。カルテルン湖畔のスキアーヴァ(独名フェアナッチュ)は、色淡く軽やかな赤。対するラグレインは墨のように濃い赤で、DNA解析ではトレンティーノの土着品種テロルデゴの子にあたり、シラーとも血縁にあると分かっています。そしてゲヴュルツトラミネール——この州のトラミン村が名前の由来とされる品種です(起源そのものについては研究者の間に異論もあり、断定はできません)。薔薇とライチの香りの全体像は品種図鑑でどうぞ。
南隣のトレンティーノには、山の泡があります。トレントDOC——瓶内二次発酵だけを認めるスパークリングの呼称で、その象徴が1902年にジュリオ・フェッラーリが興したフェッラーリ社。最上級キュヴェは10年を超える澱熟成を経て世に出ます。標高がもたらす鋭い酸は、泡にとって何よりの資本。第13講 スパークリング完全編で見た「冷涼さこそ泡の故郷」という原則の、山岳版といえます。
基本は辛口です。干した果実の凝縮感が甘やかに感じられるだけで、糖はおおむね食べ切られています(わずかな残糖を持つものはあります)。高価な理由は単純で、干すことで果汁が大きく目減りするから。同じ畑から取れる本数が最初から少ないのです。しかも約3〜4ヶ月の乾燥庫と長い熟成が加わります。入口にはリパッソ(2,000〜3,000円台から)が最適。アマローネの風味の輪郭を、手の届く価格で教えてくれます。
品種・土地・製法の三つが違います。プロセッコはグレラをタンク内二次発酵で仕上げ、果実と花のフレッシュさを瓶に閉じ込める設計。シャンパーニュは瓶内二次発酵と長い澱熟成で、パンやナッツの複雑さを育てる設計です。どちらが上ではなく、目指す場所が違う——気軽な乾杯と食前にはプロセッコ、記念日の食卓にはシャンパーニュと、役割で使い分けるのが賢い付き合い方です(第6講)。
ピノ・グリージョの果皮は、白ぶどうにしては灰色がかったピンク色をしています。果汁だけを素早く搾れば淡いレモン色に、果皮の色を少し移せば銅色(ラマート)になる。淡い色の軽快なスタイルは1960年代の北東イタリアで生まれた比較的新しい発明で、銅色こそフリウリ〜ヴェネトの古い伝統です。色の違いは品種ではなく、果皮との付き合い方の違い——第47講で見た原則そのものです。
この回を一枚にまとめるなら、こうなります。北イタリアのワインは、アルプスがくれた道具で造られている。ヴェネトは乾いた冬の空気で「干し」、プロセッコの丘は冷たい酸を「泡」に変え、フリウリは国境の丘で「果皮」の時間を取り戻し、アルト・アディジェは「標高」で品種を並べ替える。山は障壁ではなく、この土地最大の醸造装置なのです。
そしてもうひとつ。ここはイタリアでもっとも「よそ」と混ざってきた土地でもあります。オーストリアの記憶を持つ南チロル、スロヴェニアと地続きのコッリオ、ジョージアの甕を迎えたオスラヴィア。北イタリアの多彩さは、国境が幾度も引き直された歴史の写し絵でもあります。
次の一本。 ヴァルポリチェッラ・クラシコと、リパッソを並べて開けてみてください。同じ土地・同じ品種構成なのに、片や軽やかなチェリー、片や干し果実の厚み。「干す」という一手がワインをどう変えるかが、一晩で腹落ちします。余裕があればソアーヴェ・クラシコを白に添えて——火山の白の張りつめた酸が、よい箸休めになります。
次回は銘醸図鑑へ。トスカーナの海岸、ボルゲリ。規定の外側から生まれた「格付けのないグラン・ヴァン」サッシカイアと、それに続いた造り手たちの物語です。イタリアワインの常識を変えた海辺の一角を、作風から歩きます。