とびきり甘い、けれど決してくどくない。貴腐・凍結・遅摘みが生む、蜜のような一滴。デザートの時間を主役に変える「甘口ワイン」の世界へ。

デザートの時間を主役に変えるのが、甘口ワイン。その魅力は「甘いのにくどくない」こと。蜜のように濃厚でも後味が涼やかなのは、第1講・第2講で学んだ「高い酸が甘さを下支えする」から。糖と酸の綱引きが、上品な甘さを生み出します。
では、その濃厚な甘さはどう造るのか。答えは「ぶどうの糖を凝縮する」こと。第18講ロワールの貴腐シュナンでも触れた、その方法は大きく三つあります。
共通する原理はシンプル。ぶどうから水分を抜き、糖を凝縮させてから搾る。その「水分の抜き方」に、三つの道があります。

ボトリティスというカビが果皮に付き、水分を蒸発させて凝縮。蜂蜜・杏・サフランの複雑な香りも生む。ソーテルヌやトカイ。白・甘口
樹上で凍ったぶどうを凍結したまま搾る。氷(水分)を取り除き、凝縮した糖分だけを得る。ドイツ・カナダの極寒地。白・甘口
完熟まで待って糖を高める「遅摘み」や、収穫後にぶどうを陰干しする「乾燥(パッシート)」で水分を飛ばす。甘口
「貴い腐敗」という逆説 貴腐は、放っておけばただの腐敗。けれど適度な湿度と乾燥が交互に訪れる特別な土地では、カビが水分だけを抜き、蜜のような凝縮と唯一無二の香りをもたらします。自然と人の知恵が出会った、奇跡のような甘口です。
ボルドー南部、貴腐の頂点。セミヨン主体で、蜂蜜と杏の極甘口。シャトー・ディケムが至宝。貴腐
ハンガリーの貴腐。「王のワイン、ワインの王」と称された歴史的銘酒。甘さの段階を「プットニョシュ」で示す。貴腐
カナダが世界的産地。凍結ぶどうから造る、清らかで濃密な甘口。安定して造れる冷涼地の特産。凍結
陰干しぶどうの甘口。トスカーナのヴィン・サントなど。ビスコッティを浸して楽しむ食後の定番。乾燥
アルザスの「遅摘み」も フランス・アルザスにも、遅摘みのヴァンダンジュ・タルディヴ(VT)や貴腐のSGNという甘口があります。ゲヴュルツトラミネールなどの芳香品種が、華やかな甘口に。第15講酒精強化のPXとはまた違う、「ぶどう由来の甘さ」の世界です。
6〜10℃にしっかり冷やすと、甘さが締まって酸が引き立つ。冷やしすぎたら少し戻して香りを開く。
濃厚なのでグラスに少なめが上品。度数も意外に高め。ハーフボトルから試すのが賢い。開栓後も日持ち。
貴腐×ブルーチーズ・フォアグラは古典の名婚。甘口×フルーツタルトやプリンも好相性。食後
「甘い×塩・苦い」の妙 甘口ワインは、ブルーチーズの塩気やフォアグラのコクと出会うと、互いを高め合います。第1講で学んだ「対比」の妙。甘いものに甘いワインを合わせる「同調」も含め、デザート選びは甘口ワインの一番の楽しみです。
甘口ワインは「糖を凝縮する三つの方法(貴腐・凍結・乾燥)」「世界の甘口銘酒」「酸が支える上品さ」、この三点で見通せます。入門には、ハーフボトルのソーテルヌか、鮮烈な酸のドイツ・リースリングのアウスレーゼ。よく冷やして少量を、ブルーチーズやデザートとあわせて。一杯で、いつもの食後が特別な時間に変わります。
甘口で活躍した芳香品種——ゲヴュルツトラミネールやリースリング。次回はその名手たちが主役を張る、単一品種の聖地へ。フランスで最もドイツに近い、華やかな白の国——アルザス完全編へご案内します。