「ランゲの丘」を思い描いた松ケ岡
鶴岡市羽黒町の松ケ岡は、明治の初め、武士たちが新たな生き方を求めて拓いた開墾地です。五つの蚕室が並ぶ「松ヶ岡開墾場」は、日本の近代シルク産業を支えた地として国の史跡に指定されています。公式サイトによれば、この土地にもう一度活気を、と考えていた創業者が北イタリアの銘醸地ランゲの丘を訪れたとき、松ケ岡の景色を重ねたのがワイナリーの始まりでした。
2017年に設立して定植を始め、2020年に自社醸造ワインの販売とワイナリーレストランの営業をスタート。創業時に掲げた「ぶどう1万本」の目標は、公式サイトで「現実のものとなりました」と書かれています。運営はエルサンワイナリー松ヶ岡株式会社(代表取締役社長 早坂剛さん)。ジェネラルマネージャー兼醸造責任者の川島旭さんは、1990年代から国際的なワインバイヤーとして世界の産地を回ってきた人だと紹介されています。
松ケ岡の畑と、西荒屋の古木
ビンヤードのページによれば、畑は2017年から定植を始め、現在は7圃場・8品種・9,500本。月山のふもとのなだらかな丘陵で、日本海からの西風と、月山などから吹き下ろす東風が交わる土地だと説明されています。畑には鶴岡工業高等専門学校の協力で気象観測の機器を置き、土壌水分や雨量、日射量を記録。慶應義塾大学先端生命科学研究所とは、香りの前駆体やゲノムの分析で連携しています(用語:テロワール)。
山形県ワイン酒造組合のGI山形認定リストや公式のワイン一覧から読み取れる品種は、甲州、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、メルロー、シラー、ネッビオーロ、ゲヴュルツトラミネール、マスカット・ベーリーA。どの品種をどの区画で育てているか、ベーリーAの産地がどこかは、公式サイトでは示されていません。
もう一つの柱が、鶴岡市西荒屋の甲州です。公式サイトは、江戸時代(約270〜280年前)に庄内藩士が苗木を持ち込んだと伝わること、農家が代々接ぎ木だけで命をつないできたこと、使う樹が樹齢60〜80年以上の古木であることを紹介しています。秋に収穫したぶどうを土蔵で冬越しさせ、春に出荷する「雛ぶどう」の文化も残る土地で、甲州栽培の北限の一つとされています。由来の言い伝えには史料での検証が必要な部分もある、と公式サイト自身が添えている点も書いておきます。
グラヴィティー・フローと「農業×科学×ART」
醸造所は丘の傾斜をそのまま使い、ポンプに頼らず重力で果汁をタンクへ送るグラヴィティー・フローを採っています。発酵・貯蔵の設備は半地下構造と断熱層で温度の変化を穏やかにする設計。収穫時には果皮の温度を測り、品種ごとに発酵の始め方を決めるといいます。公式サイトは自らの目標を「ヴァン・ナチュール」と呼びつつ、それを「自然に任せきること」ではなく、観察と分析のうえで必要なときだけ手を添えることだと説明しています。
主な銘柄と受賞
公式のワインセラーには、スタンダードの『フルフル』(白・赤・ロゼ・メルロー・シラー・ピノノワール・シャルドネ)、『ロッソ デ 松ケ岡』、プライベートリザーブの『ヴェスティート シエロ』『ヴェスティート ロッソ』、畑別の『ネッビオーロ ロサート』『蔵出し甲州』『サマーヴィニヨン!』『ブラン・ド・ノワール』、単一畑の『メルロー』『松ケ岡シラー』『ゲヴュルツトラミネール』、古木単一畑の『鶴岡甲州』、新酒のヌーヴォー白・赤が並びます。価格は公式サイトに載っていません。
GI山形の認定リストには『鶴岡甲州2020』(1,572本)、『フルフル白2021』(シャルドネ/ソーヴィニヨン・ブラン、590本)、『フルフル赤2021』(ピノ・ノワール/メルロー、600本)などが記録されています。公式の受賞歴ページでは、『鶴岡甲州 古木2024』がサクラアワード2026でダブルゴールド、フェミナリーズ世界ワインコンクール2026(日本ワイン部門)でゴールド、『松ケ岡シラー2023』が日本ワインコンクール2026(欧州系品種 赤)で金賞。2023年には「G7広島サミット採用」とも記されています。
訪ねる——畑を望むレストランとショップ
営業は10:00〜17:00。レストランはランチ11:00〜14:00(L.O.)、カフェ14:30〜16:00(L.O.)で、窓の外にぶどう畑と月山を望みます。2026年11月1日時点の公式ランチメニューは、庄内豚や庄内サーモン、山形牛を使ったメイン料理に前菜・自家製フォカッチャ・デザート・ドリンクが付いて税込2,860〜4,840円。ショップには自社ワインのほか、ワインプリンやワインジャム、ノンアルコールワインが並び、ショップだけの来店も歓迎しています。5月下旬〜11月初旬には、ランチボックスとボトル1本のワインピクニック(2名分12,100円、3日前までに要予約)もあります。
一方、案内付きの見学ツアーは、よくある質問では「現在行っておりません」とされ、畑は自由に歩けます。試飲の扱いと定休日は公式サイトで確認できませんでした。条件は変わるので、出かける前に電話(0235-26-7807)で確かめてください。鶴岡駅から車で約15分、庄内空港から約30分。公式サイトは、近くの松ヶ岡開墾場や羽黒山・五重塔・出羽三山神社と合わせた立ち寄りを案内しています。
庄内で、甲州の北限を飲む
山形のワイン造りは、上山のタケダワイナリーや高畠町の高畠ワイナリーなど内陸の村山・置賜が中心で、山形県ワイン酒造組合の一覧で庄内エリアに載るのは鶴岡市の3軒だけです。同じ鶴岡市には月山ワイン山ぶどう研究所や、酒蔵が手がけるHOCCA WINERYがあります。ネッビオーロの故郷ピエモンテについては第48講 北イタリア完全編で、産地巡りの全体像は第9講 日本ワイン産地巡りで扱っています。


