
門外不出のワイン国飲み尽くされる名酒
スイスがワイン国だと聞いて、意外に思うかもしれません。無理もない話で、スイスワインは生産量のほとんどが国内で消費され、外国にはごくわずかしか出回らないと言われます。つまり「まずい」から見かけないのではなく、おいしいから残らない——「門外不出」と呼ばれる所以です。
舞台は第34講ジュラ&サヴォワの東隣。仏・独・伊の言語圏ごとに個性が分かれる、小さくて多彩な国です。把握のコツは三つ。「土地を映す白シャスラ」「世界遺産ラヴォーの段々畑」「山岳ヴァレーの土着品種」。
土地を映す鏡シャスラ
スイスの看板白品種がシャスラ。香りは控えめで、味わいは繊細——一見「地味」なこの品種こそ、スイスの誇りです。主張が少ないぶん、畑の個性(テロワール)がそのまま透けて見える「土地を映す鏡」と評されます。レマン湖畔では、村が変われば同じシャスラでも表情が変わる——その飲み比べが、この国の楽しみ方の真髄です。
ほのかな花と蜜、やわらかな酸、かすかなミネラル。飲み飽きしない食中の白。白・辛口
フォンデュやラクレットの定番の相棒。第27講ペアリングの「同郷合わせ」の教科書。白
エペス、サン・サフォラン、デザレー……ヴォー州では村や区画の名がそのまま銘柄。ブルゴーニュ的な楽しみ方。
「3つの太陽」の畑 ラヴォーのぶどうは三つの太陽に育てられる、と語られます。空から注ぐ太陽、レマン湖の水面が照り返す太陽、昼の熱を蓄えて夜に放つ石垣の太陽。11世紀に修道士が拓いたと伝えられる段々畑は、2007年にユネスコ世界遺産となりました。
山岳ワインの王国ヴァレー
スイス最大の産地が、ローヌ川上流のヴァレー州。険しい山肌に石垣の段々畑が這い上がる、ヨーロッパ屈指の山岳ワイン産地です。フィスパーテルミネンには標高1,000mを超えるヨーロッパ最高地級の畑があると言われ、乾いた谷の強い陽光と冷たい夜が、凝縮と酸を両立させます。

ヴァレーの誇る土着白。グレープフルーツと塩気のニュアンスを持つ、キレのある個性派。白
ピノ・ノワール主体にガメイをブレンドする伝統の赤。軽やかで親しみやすい食中酒。赤
ヴァレーの土着黒品種。色濃くスパイシーで、近年再評価が進む「山の赤」。赤
氷河の雪解け水と「ビス」 乾燥したヴァレーでは、古くからビスと呼ばれる水路で氷河の雪解け水を畑に引いてきたと伝えられます。アルプスの雪が育てるぶどう——第22講チリ&アルゼンチンで見たアンデスの構図と、驚くほど響き合います。
三つの言語圏、三つの顔ティチーノとドイツ語圏
イタリア語圏の南部。メルローの名手として知られ、陽光ゆたかな柔らかい赤を生む。赤
東部ではピノ・ノワール(現地名ブラウブルグンダー)が主役。冷涼で繊細な赤。赤
湖畔の白とロゼ。澱ごと瓶詰めする伝統の「ノン・フィルトレ」など、遊び心ある白も。白
高くても、試す価値 スイスワインは人件費と小規模生産ゆえ、価格はやや高め。それでも旅先で出会えたら、ぜひ地元のシャスラを一杯。「その土地でしか飲めない」体験こそ、門外不出の国の醍醐味です。日本では専門のインポーターを探すのが近道(第33講買い方参照)。
アルプスの秘密飲めばわかる、残らない理由
スイスは「土地を映すシャスラ」「世界遺産ラヴォーの段々畑」「山岳ヴァレーの土着品種」で見通せます。最初の一杯は、フォンデュに合わせたシャスラ——繊細さの中の奥行きに気づけたら、あなたの舌はもう上級者です。赤ならドールか、ティチーノのメルローを。国内で飲み尽くされる理由は、飲めば分かります。
次回は憧れの図鑑、ついにボルドーへ。1855年、パリ万博のために生まれた格付け——61シャトーの序列は、なぜ160年以上も生き続けるのか。銘醸図鑑「メドック格付け」で、5大シャトーとその物語をご案内します。
