第77講「魚介とワイン完全編」で、オマールのグリルやテルミドールの相手として名前が挙がったのが、熟成したムルソーでした。今回は、その故郷の村をたどります。
ブルゴーニュの白の銘醸村といえば、まず思い浮かぶのがピュリニー・モンラッシェとムルソーでしょう。ふたつの村は隣り合い、どちらもほぼシャルドネだけを植えています。ところが、ムルソーには特級畑がひとつもありません。それでも世界の愛好家が「ムルソー」の名に特別な期待を寄せるのは、なぜなのか。畑の仕組みと、村の歴史、造り手の顔ぶれから見ていきます。
特級を持たない、白の村
INAO(フランス国立原産地名称研究所)の仕様書によれば、AOCムルソーは1937年7月31日の政令で認められました。認められているのは白と赤のスティルワインですが、BIVBの2017〜2021年の平均では、白が年に約17,300hl、赤は約380hl。赤は生産量の2%ほどにすぎません。
- 白の品種──シャルドネとピノ・ブラン
- 赤の品種──ピノ・ノワール
- 面積(BIVB)──白が約383ha、赤が約9ha。合わせて約390ha
- 格付け──村名と1級(プルミエ・クリュ)の2段階。特級はない
1級の面積は、BIVBの生産面積で約105ha、仕様書の区画として認められた面積で約130haと、基準によって数字が違います。いずれにしても、村の畑のおよそ3分の1から4分の1が1級という計算です。仕様書によれば、1級のリストは1943年に国が認めたもので、1860年にボーヌ郡がまとめた畑の等級で上位とされた畑がもとになっています。
なぜ特級がないのかについては、はっきりした理由が公式に示されているわけではありません。ただ、19世紀の記録には、ムルソーの白がしばしば「モンラッシェ」の名で売られていたことが書き留められています(仕様書が1816年のジュリアンの記述を引用)。隣村の名畑と肩を並べる白を、昔から生んできた村だったことがうかがえます。
19の1級畑——ペリエール、シャルム、ジュヌヴリエール
仕様書には、19の1級畑が載っています。18世紀の文献(1778年のクールテペ神父)がすでに「最良」と挙げていたのが、シャルム、ペリエール、ジュヌヴリエール、グット・ドールの4つでした。今も、この顔ぶれがムルソーの1級の中心です。
- ペリエール(Perrières)──村の南寄り、斜面の中ほど。名は「石切り場」を意味し、表土が薄く石が多い畑として知られます。村で最良の畑と評され、特級に格上げすべきだという声もたびたび上がります。中にあるクロ・デ・ペリエールは、別の1級として仕様書に載っています
- シャルム(Charmes)──ペリエールの下、傾斜のゆるい斜面の下部に広がる、1級の中でも大きな畑。畑の中は上側(デシュ)と下側(デスー)の小区画に分かれ、上側の評価が高いとされます
- ジュヌヴリエール(Genevrières)──シャルムの北隣。名はネズの木(ジュニパー)に由来するといわれます
- グット・ドール(Les Gouttes d'Or)──「金のしずく」の名をもつ畑。仕様書で白・赤ともに認められた1級のひとつ
- そのほか──ポリュゾ、ブシェール、カイユレ、クラ、プリュール、ラヴェル など
畑の面積は、公式の一覧では確かめられなかったため、ここでは挙げません。また、ラベルでよく見る「シャルム・デシュ」「ジュヌヴリエール・デスー」といった名前は、1級の正式名ではなく、その中の小区画(リュー・ディ)の名です。
村名クラスにも、テッソン、ナルヴォー、ティエ、シュヴァリエール、リュシェ、リモザンなど、造り手が区画の名をラベルに記して出す畑がたくさんあります。仕様書では、こうした区画名は1級と紛らわしくならないよう、村名より小さな文字で書くことになっています。村名でも区画名の付いたムルソーは、造り手が畑ごとの違いを見せようとしているしるしです。

石灰岩と泥灰土の斜面
仕様書によれば、ムルソーの斜面は高低差が約150m。東の標高約250mのソーヌ平野から、西の標高400〜500mのオート・コートの台地へと上っていきます。地層は、ジュラ紀の石灰岩と泥灰土(マール)が交互に重なるつくりで、村の石灰岩はかつて建材としても切り出されていました。1級の多くは斜面の下のほうにあり、BIVBは最良の土壌を標高約260mのあたりとしています。年間の降水量は約750mm、年平均気温は10.5℃です。
泥灰土は水を含みやすく、石灰岩はミネラル感のある引き締まった酸を与える、と一般に語られます。同じ1級でも、表土の薄い石がちのペリエールは引き締まった印象、斜面の下のシャルムはより丸く豊か、と対比されることが多いのは、この地形と土の違いによるものでしょう。土と味の関係は第67講 土壌とテロワール完全編で詳しく扱っています。
ブラニーとサントノ——ムルソーの不思議な境界
ムルソーのラベルを読むとき、少しややこしいのが、隣の村との境にある畑です。
- ブラニー(Blagny)──ムルソーとピュリニー・モンラッシェにまたがる、斜面の上の小さな集落。仕様書によれば、ここの赤はAOC「ブラニー」、白は「ムルソー」(1級ブラニーなど)として出されます。同じ畑の名が、色によって別のAOCに属するわけです
- サントノ(Santenots)──ムルソー村の北の畑ですが、AOCヴォルネイの区域はムルソー村の一部にも広がっていて、ここの赤は「ヴォルネイ1級サントノ」として出されます。一方、ムルソーの1級としてのサントノ(サントノ・ブラン、サントノ・デュ・ミリュー)は白だけが認められています
白の村ムルソーで赤を探すなら、まず「ヴォルネイ・サントノ」と「ブラニー」の名を覚えておくとよいでしょう。ブルゴーニュのAOCと村の関係は、第4講 ブルゴーニュ完全編でまとめています。
シトー会の畑と「ポーレ」
仕様書によれば、ムルソーのワインの歴史は1098年にさかのぼります。この年、ブルゴーニュ公ウード1世が、できたばかりのシトー修道院に村の城の近くのぶどう畑を寄進しました。修道士たちが醸造所として建てた建物は今も村の中心に残り、12世紀の丸天井の地下カーヴが伝わっています。「ムルソー」という名の由来には「ネズミの跳躍」を意味するラテン語とする説などがありますが、俗説とされるものも多く、はっきりしていません。

村の名を世界に知らせているもうひとつの行事が、「ポーレ・ド・ムルソー(La Paulée de Meursault)」です。仕様書によれば、1923年に始まった収穫明けの宴で、参加者が自分のカーヴの良いワインを持ち寄るのが習わし。今では数百人が集まり、クロ・ド・ヴージョの騎士団の晩餐会、ボーヌのオスピスの競売とあわせて「栄光の3日間(トロワ・グロリユーズ)」と呼ばれます。始めたのは当時の村長ジュール・ラフォン伯爵と伝えられ、毎年、ワインについて書いた作家に「ポーレ・ド・ムルソー賞」が贈られています。
樽の香りから、張りのある酸へ
仕様書は、ムルソーの白を「グリル香とアーモンドのニュアンスが混じる、力強い香り」と表し、BIVBはトーストしたアーモンド、ヘーゼルナッツ、花、ミネラルを挙げています。こうした香ばしさは、樽での発酵と熟成、澱をかき混ぜるバトナージュ、マロラクティック発酵によるまろやかさが重なって生まれる、と一般に説明されます。仕様書によれば、樽などでの熟成は少なくとも6か月が慣行です。樽の効き方の違いは第63講 樽とオーク完全編で解説しています。
一方で、ムルソーの作風は一様ではありません。ルーロのように張りのある酸とミネラル感を前に出す造り手が高く評価され、コシュ=デュリでも新樽やバトナージュを控える方向への変化が伝えられています。「ムルソー=バターと樽」という昔ながらのイメージは、いまでは造り手ごとに確かめるべきものになっています。
選び方と楽しみ方
ムルソーは、造り手の差が値段にも味にも大きく出る村です。最初の一本なら、信頼できる造り手の村名クラスから。慣れてきたら、同じ造り手のシャルムとペリエールを飲み比べると、斜面の下の豊かさと、石の多い畑の引き締まった印象の違いがわかりやすいでしょう。価格は、海外の価格比較サイトの平均で、一般的な生産者の1級が2〜3.5万円前後、ラフォンやルーロの村名が4〜6万円前後。コシュ=デュリやアルノー・アントは別格の値がつきます(為替や年によって大きく変わります)。
温度は冷やしすぎないのがこつで、BIVBは12〜14℃を勧めています。鶏のクリーム煮やグラタン、バターで焼いた魚、海老やオマールなど、乳脂肪と香ばしさのある料理がよく合います。より引き締まった白と比べたいときは、シャブリ・グラン・クリュと並べてみると、同じシャルドネの幅の広さがよくわかります。
次回は、日本の産地講座に戻り、第78講「大阪完全編」をお届けします。河内のぶどう畑とワイン造りの歴史、デラウェアの産地としての大阪、そして柏原や羽曳野のワイナリーをたどります。