
「魚には白」をほどくWhy White with Fish?
「魚には白、肉には赤」。ワインの合わせ方でいちばん有名な言い伝えです。第71講和食とワイン完全編では、刺身と赤ワインの生臭さの正体がワインに含まれる鉄だったことを紹介しました。第77講はその続き。刺身だけでなく、焼き魚、海老、牡蠣、魚卵まで、魚介全体とワインの関係を整理します。
日本人と魚介
水産庁の令和7年度水産白書によれば、日本人1人が1年に食べる魚介類(純食料ベース)は、2001年度の40.2kgをピークに減り続け、2024年度は21.3kg(概算値)。2011年度からは肉類を下回っています。それでも、刺身・焼き魚・干物・貝・魚卵と、これほど多様な魚介を日常的に食べる国はそう多くありません。ワインの合わせ方も、それだけ細かく考える価値があります。
言い伝えの由来
「魚に白」がいつ、なぜ定着したのかは、はっきりしていません。食文化の研究では、19世紀のヨーロッパで料理を一皿ずつ順に出すロシア式サービスが広まり、軽いワインから重いワインへと出す順番が決まっていったことが関係しているという説があります。魚は肉より先に出るので、軽い白が魚の皿に、重い赤が肉の皿に結びついた、という説明です。ただしこれは一つの説で、定説とはいえません。
鉄の研究、おさらい
理由がはっきりしたのは、ずっと後のことです。2009年、メルシャンの研究チームが、アメリカ化学会の学術誌に論文を発表しました。
出典:Tamura T. et al., J. Agric. Food Chem. 57(18), 8550–8556 (2009)/田村隆幸「料理とワインの相性からの製造技術へのアプローチ」『生物工学会誌』90(5) (2012)/Tsuji T. et al., J. Agric. Food Chem. 60 (2012)/Fujita A. et al., J. Agric. Food Chem. 58 (2010)。
ワインの鉄は、ぶどうそのもの、果皮についた土ぼこり、醸造の設備から入ります。赤ワインは果皮と長く一緒に置くぶん、鉄が多くなりやすい。だから「魚に白」は、結果として理にかなった経験則だったわけです。ただし白でも鉄が多ければ生臭さは出ますし、鉄の少ない赤もあります。
魚介の種類で選ぶFish by Fish
生臭さの原因が「鉄が魚介の脂を分解すること」だとすれば、注意すべきは脂が多く、酸化しやすい魚介です。下の表は、第I章の研究と第27講料理ペアリング完全編の考え方をもとにした編集部の提案です。
| 魚介 | 特徴 | 合わせやすいワイン | 注意したい組み合わせ |
|---|---|---|---|
| 白身魚 | タイ・ヒラメ・タラ。脂が少なく、味が繊細 | 香りの穏やかな辛口白、甲州、辛口の泡 | 香りの強い白、樽の強い白 |
| 青魚 | サバ・イワシ・アジ・サンマ。脂が多く酸化しやすい | 酸のしっかりした白、辛口の泡、ロゼ | 生や酢じめに鉄の多い赤 |
| 赤身・カツオ | マグロ赤身・カツオ。脂は少なく、うま味と血の香り | 軽いロゼ、冷やした軽い赤(ヅケ・炙り・たたき) | 渋みの強い重い赤 |
| サーモン | 脂が多く、身はやわらかい | シャルドネ、ロゼ、ピノ・ノワール(焼き) | 生に鉄の多い赤 |
| 海老・カニ | 甘みとうま味。殻の香ばしさ | シャルドネ、シャンパーニュ、熟成した白 | 重く渋い赤 |
| 貝・牡蠣 | 潮の香り、ミネラル感、わたの苦み | シャブリ、ミュスカデ、辛口の泡、甲州 | 赤全般、甘い白 |
| イカ・タコ | 淡泊で歯ごたえ。干すと脂の香りが強まる | アルバリーニョ、辛口白、ロゼ | するめ・干物に白ワイン(第I章) |
| 魚卵 | イクラ・明太子・カラスミ。脂と塩気が強い | 辛口の泡、フィノ・シェリー | 鉄の多い赤、樽の強い白 |
表の「合わせやすい」の欄にスパークリングが何度も出てくるのは偶然ではありません。泡と酸が脂を流し、香りが控えめで、魚介の種類を選びません。迷ったら辛口の泡(第13講 スパークリング)。これは本講のいちばん実用的な結論です。
反対に、赤を合わせたいときは、脂が少なく香ばしい魚から。マグロの赤身のヅケやカツオのたたきに、渋みの穏やかなピノ・ノワールを少し冷やして。ロゼ(第53講 ロゼワイン)は、白と赤の中間として魚介の幅広い場面で頼れる存在です。鮭の焼き方別の合わせ方はペアリング:サーモンにまとめています。
調理とソースで選ぶCooking and Sauces
同じ魚でも、生か、焼くか、揚げるか、何をかけるかで、合うワインは変わります。第71講で紹介したように、メルシャンは料理に油脂を使うと生臭い香りが口の中で広がりにくいという研究も発表しています。調理は、魚介とワインの橋渡し役です。
海老とオマール
英国のワイン誌デキャンタは、オマール海老に合うワインとして、まずヴィンテージ・シャンパーニュ、とくにシャルドネだけで造るブラン・ド・ブランを挙げています。シャルドネなら、軽い料理には樽を使わないシャブリ、バターソースには軽く樽をかけたもの、冷製にはピュリニー・モンラッシェやシャブリ1級、グリルやテルミドール(クリームソースのグラタン)には熟成したムルソー。避けたいのは、重くタンニンの強い赤です。料理が重くなるほど、白も厚みのあるものへ——この段階のつけ方は、伊勢海老やカニにもそのまま応用できます。
うなぎと穴子
同じ誌の寿司とワインの記事では、ソムリエの石田博氏が、穴子やうなぎなどたれを使う江戸前の仕事には、ボルドー、リオハ、ブルネッロといった赤も合うと述べています。生の魚介とは逆に、甘辛いたれと香ばしさがあれば、赤も選択肢になるということです。
海辺の産地の知恵Wines from the Shore
海の近くのワイン産地には、地元の魚介と地元のワインを合わせる長い習慣があります。その組み合わせは、公式の規定や生産者団体の説明にも書き込まれています。

牡蠣とシャブリ、ミュスカデ
ブルゴーニュの北端のシャブリの公式サイトは、畑の土壌であるキンメリッジアンの石灰質の泥灰土に、小さな牡蠣の化石(エクソジャイラ・ヴィルグラ)が含まれることを紹介し、牡蠣や海の幸との相性を挙げています。ブルゴーニュワイン委員会は、プティ・シャブリについて、海から遠いのに潮の香りがあり、牡蠣や生魚、海老を呼ぶと表現しています。ただし、土の中の化石が直接ワインの味になるわけではありません。相性のよさは、すっきりした酸と、樽の香りに頼らない造りによるものと考えるのが自然です。くわしくは銘醸図鑑シャブリ・グラン・クリュと産地ガイド:シャブリで。
ロワール川の河口近く、ナントの周辺で造るミュスカデは、牡蠣の相手としてシャブリと並んで名前が挙がる白です。品種はムロン・ド・ブルゴーニュ(規定上の名はムロン・ブラン)。フランスの原産地呼称を管理するINAOの規定によれば、ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌのAOCは1936年に認定され、ラベルに「シュール・リー(sur lie)」と書くには、発酵が終わってから収穫の翌年の3月1日まで澱(おり)の上で寝かせ、タンクや樽で過ごすのは一冬だけ、瓶詰めは醸造所で翌年の3月1日から11月30日まで、と決められています。澱からうま味と厚みを引き出しつつ、新鮮さを残すための規則です(第18講 ロワール)。
カシとブイヤベース
南仏マルセイユの東、地中海に面した港町カシのAOC(1936年認定)は、生産の約7割が白。INAOの規定書そのものに、ブイヤベース、海の幸、魚のスープによく合うと書かれている。品種はクレレットとマルサンヌが中心。
リアス・バイシャスとヴィーニョ・ヴェルデ
大西洋側では、スペイン・ガリシアのリアス・バイシャス(統制委員会の設立は1988年)のアルバリーニョ、ポルトガル北部のヴィーニョ・ヴェルデ(1908年に産地を指定)。どちらも魚介とともに飲まれる、酸のさわやかな白の産地。

ガリシアのタコ料理(プルポ・ア・フェイラ)とアルバリーニョ、ポルトガルのイワシの炭火焼きとヴィーニョ・ヴェルデは、現地の定番として知られる組み合わせです(生産者団体が公式に推しているわけではありません)。それぞれ第66講スペイン北部と内陸、第21講ポルトガルでくわしく紹介しています。どの産地にも共通するのは、酸が高く、樽の香りが控えめで、度数も高すぎない白。海辺の産地の知恵は、第I章の研究とも矛盾しません。日本では、新潟の砂丘地のアルバリーニョ(第76講新潟完全編)や、山梨の甲州が同じ役割を担えます。
安全に楽しむためにRaw Seafood Safety
生の魚介とワインを楽しむときに、知っておきたいことがあります。ここは味の話ではなく、食中毒の予防の話です。
牡蠣には「生食用」と「加熱調理用」の表示の区別があり、生で食べてよいのは基準を満たした生食用だけ。鮮度の違いではなく、取れた海域や処理による区別とされる。
厚生労働省は、ノロウイルスのおそれのある二枚貝などは、中心部が85〜90℃で90秒以上の加熱が望ましいとしている。
厚生労働省によれば、−20℃で24時間以上の冷凍か、70℃以上(60℃なら1分)の加熱で死滅する。一般的な酢、塩漬け、醤油やわさびでは死なない。
出典:厚生労働省「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」「ノロウイルスに関するQ&A」(令和3年改定)、都道府県の生食用かきの解説。体調に不安のある人、妊娠中の人、高齢の人や子どもは、生の魚介を控えるなど、医師や公的機関の情報にしたがってください。
ワインの酸やアルコールについても、同じように考えてください。厚生労働省は酢や塩で死なないことを示していますが、ワインについての言及はありません。ワインを一緒に飲んでも、食中毒の予防にはならないと考えるのが安全です。新鮮で表示の正しい魚介を選び、生で食べるものと加熱するものを分ける——おいしい組み合わせは、その上に成り立ちます。
よくある質問Frequently asked
いいえ。生臭さの大きな原因はワインに含まれる鉄で、白でも鉄が多ければ生臭さは出ます。するめのような干物では、ワインの亜硫酸がかかわる可能性も報告されています。迷ったら、酸がしっかりした辛口の泡を選ぶのが安全です。
脂の少ない魚を、焼く・揚げる・たれで煮ることです。マグロのヅケやカツオのたたき、照り焼き、うなぎの蒲焼なら、渋みの穏やかな軽い赤を少し冷やして試してください。生の青魚、貝、魚卵には赤を避けましょう。
定番はシャブリとミュスカデ。どちらも酸がしっかりして樽の香りが控えめな辛口の白です。辛口のスパークリングや甲州もよく合います。生で食べるなら、必ず「生食用」の表示のある牡蠣を選んでください。
脂を見て、鉄を避け、酸で結ぶFat, Iron and Acidity
「魚には白」という言い伝えには、科学的な理由がありました。ワインに含まれる鉄が魚介の脂の分解を進め、生臭い香りを生む。だから注意すべきは、脂が多く酸化しやすい魚介——青魚、貝、魚卵、干物——と、鉄の多いワインの組み合わせです。
逆にいえば、脂の少ない魚を焼いたり揚げたり、たれで煮たりすれば、赤ワインにも出番があります。海老やカニにはシャルドネやシャンパーニュ、牡蠣にはシャブリやミュスカデ、ブイヤベースにはカシの白。そして迷ったら、辛口の泡。寿司と刺身の早見はペアリング:寿司・刺身にまとめています。
次の一本。 今回は辛口のスパークリングと、軽いピノ・ノワールを一本ずつ。白身の刺身、サバの塩焼き、マグロのヅケを用意して、六通りの組み合わせを試してください。刺身と泡、ヅケとピノ・ノワールがうまくいき、サバとピノ・ノワールではどうなるか。第I章の研究を、自分の舌で確かめてみましょう。
次回は銘醸図鑑へ。「ムルソー」。今回、オマール海老のグリルやテルミドールの相手として名前が挙がった、ブルゴーニュのコート・ド・ボーヌを代表する白の村です。村名と1級畑の地図、ふくよかな白の造り手までを歩きます(先に銘醸図鑑ピュリニー・モンラッシェと第4講ブルゴーニュをどうぞ)。
