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ワインガイド Vinotier

VINOTIER WINE COURSELEÇON LXXVII

第77講 実践

魚介とワイン完全編

魚介とワインの生臭さの原因は、ワインに含まれる鉄でした。 鉄が魚介の脂の分解を進めて、生臭い香りが生まれる。だから大切なのは、魚の脂と調理法を見ること。白身、青魚、海老、牡蠣、魚卵——それぞれに合うワインがあり、赤の出番もあります。第75講「中華料理とワイン」に続くペアリングの実践編です。

生臭さと鉄魚介の種類で選ぶ牡蠣とシャブリ
魚介とワイン完全編のイメージ
白い大皿に氷を敷き、殻付きの牡蠣、二枚貝、赤い海老、巻き貝、小海老がぎっしり盛られている
プラトー・ド・フリュイ・ド・メール — 牡蠣、二枚貝、海老、巻き貝を氷の上に盛り合わせる、フランスの海辺の定番。同じ「魚介」でも、ひと皿の中に味わいの違うものがこれだけ並ぶ。魚介とワインの組み合わせは、この違いを見分けるところから始まる
— I

「魚には白」をほどくWhy White with Fish?

「魚には白、肉には赤」。ワインの合わせ方でいちばん有名な言い伝えです。第71講和食とワイン完全編では、刺身と赤ワインの生臭さの正体がワインに含まれる鉄だったことを紹介しました。第77講はその続き。刺身だけでなく、焼き魚、海老、牡蠣、魚卵まで、魚介全体とワインの関係を整理します。

日本人と魚介

水産庁の令和7年度水産白書によれば、日本人1人が1年に食べる魚介類(純食料ベース)は、2001年度の40.2kgをピークに減り続け、2024年度は21.3kg(概算値)。2011年度からは肉類を下回っています。それでも、刺身・焼き魚・干物・貝・魚卵と、これほど多様な魚介を日常的に食べる国はそう多くありません。ワインの合わせ方も、それだけ細かく考える価値があります。

言い伝えの由来

「魚に白」がいつ、なぜ定着したのかは、はっきりしていません。食文化の研究では、19世紀のヨーロッパで料理を一皿ずつ順に出すロシア式サービスが広まり、軽いワインから重いワインへと出す順番が決まっていったことが関係しているという説があります。魚は肉より先に出るので、軽い白が魚の皿に、重い赤が肉の皿に結びついた、という説明です。ただしこれは一つの説で、定説とはいえません。

鉄の研究、おさらい

理由がはっきりしたのは、ずっと後のことです。2009年、メルシャンの研究チームが、アメリカ化学会の学術誌に論文を発表しました。

試験干し帆立と、赤・白のワイン市販の赤と白のワインを干し帆立と合わせて味わい、生臭い後味の強さと、ワインの成分との関係を調べた
鉄生臭さは、ワインの鉄と比例した生臭さの強さは、総鉄量と二価の鉄イオン(Fe2+)の量の両方と強い相関を示した。鉄を加えると生臭さが増え、鉄を封じると抑えられた
香り脂が分解してできる6つの香りヘキサナール、(E,Z)-2,4-ヘプタジエナールなど6種の成分が、鉄の量に応じて増えた。解説によれば、生臭い匂いの主な原因は(E,Z)-2,4-ヘプタジエナール、金属っぽい匂いは1-オクテン-3-オン
目安二価の鉄がおよそ1mg/Lを超えると研究者の解説では、市販ワインと干し帆立の試験から、二価の鉄が1mg/L以上で生臭みを強く感じることが示唆された。測った市販ワインの総鉄は0.11〜6.6mg/L、平均2.3mg/L
除く鉄を取り除くと、生臭さが消えた2012年の続く研究では、ワインから鉄を取り除く処理をすると、生臭い後味が感じられなくなった

出典:Tamura T. et al., J. Agric. Food Chem. 57(18), 8550–8556 (2009)/田村隆幸「料理とワインの相性からの製造技術へのアプローチ」『生物工学会誌』90(5) (2012)/Tsuji T. et al., J. Agric. Food Chem. 60 (2012)/Fujita A. et al., J. Agric. Food Chem. 58 (2010)。

ワインの鉄は、ぶどうそのもの、果皮についた土ぼこり、醸造の設備から入ります。赤ワインは果皮と長く一緒に置くぶん、鉄が多くなりやすい。だから「魚に白」は、結果として理にかなった経験則だったわけです。ただし白でも鉄が多ければ生臭さは出ますし、鉄の少ない赤もあります。

日本酒のほうが合いやすい理由のひとつ。 酒類総合研究所の研究(2010年)では、するめと合わせたとき、白ワインのほうが日本酒より生臭さと不快な味が強く出ました。原因はするめの脂(DHAなどの不飽和脂肪酸)の分解とされ、ワインに含まれる亜硫酸が苦みや生臭い成分を増やしていました。干物や珍味では、鉄だけでなく亜硫酸もかかわっている可能性があります(用語:亜硫酸塩)。
— II

魚介の種類で選ぶFish by Fish

生臭さの原因が「鉄が魚介の脂を分解すること」だとすれば、注意すべきは脂が多く、酸化しやすい魚介です。下の表は、第I章の研究と第27講料理ペアリング完全編の考え方をもとにした編集部の提案です。

魚介特徴合わせやすいワイン注意したい組み合わせ
白身魚タイ・ヒラメ・タラ。脂が少なく、味が繊細香りの穏やかな辛口白、甲州、辛口の泡香りの強い白、樽の強い白
青魚サバ・イワシ・アジ・サンマ。脂が多く酸化しやすい酸のしっかりした白、辛口の泡、ロゼ生や酢じめに鉄の多い赤
赤身・カツオマグロ赤身・カツオ。脂は少なく、うま味と血の香り軽いロゼ、冷やした軽い赤(ヅケ・炙り・たたき)渋みの強い重い赤
サーモン脂が多く、身はやわらかいシャルドネ、ロゼ、ピノ・ノワール(焼き)生に鉄の多い赤
海老・カニ甘みとうま味。殻の香ばしさシャルドネ、シャンパーニュ、熟成した白重く渋い赤
貝・牡蠣潮の香り、ミネラル感、わたの苦みシャブリ、ミュスカデ、辛口の泡、甲州赤全般、甘い白
イカ・タコ淡泊で歯ごたえ。干すと脂の香りが強まるアルバリーニョ、辛口白、ロゼするめ・干物に白ワイン(第I章)
魚卵イクラ・明太子・カラスミ。脂と塩気が強い辛口の泡、フィノ・シェリー鉄の多い赤、樽の強い白

表の「合わせやすい」の欄にスパークリングが何度も出てくるのは偶然ではありません。泡と酸が脂を流し、香りが控えめで、魚介の種類を選びません。迷ったら辛口の泡(第13講 スパークリング)。これは本講のいちばん実用的な結論です。

反対に、赤を合わせたいときは、脂が少なく香ばしい魚から。マグロの赤身のヅケやカツオのたたきに、渋みの穏やかなピノ・ノワールを少し冷やして。ロゼ(第53講 ロゼワイン)は、白と赤の中間として魚介の幅広い場面で頼れる存在です。鮭の焼き方別の合わせ方はペアリング:サーモンにまとめています。

— III

調理とソースで選ぶCooking and Sauces

同じ魚でも、生か、焼くか、揚げるか、何をかけるかで、合うワインは変わります。第71講で紹介したように、メルシャンは料理に油脂を使うと生臭い香りが口の中で広がりにくいという研究も発表しています。調理は、魚介とワインの橋渡し役です。

生刺身・カルパッチョ・牡蠣生臭さがいちばん出やすい。鉄の少なめな辛口白や泡を。レモンやオリーブオイルをかける洋風の生なら、酸の高い白がさらに合わせやすい
焼塩焼き・グリル香ばしさが加わり、赤の選択肢が広がる。塩焼きには甲州やソーヴィニヨン・ブラン、脂の多い魚のグリルにはロゼや軽い赤も
揚フライ・天ぷら油が生臭さを抑え、泡と酸が油を流す。辛口の泡がいちばん。天ぷらはペアリング:天ぷらへ
乳バター・クリームムニエル、グラタン、クリーム煮。ソースのコクに合わせて、樽で熟成させたシャルドネのふくよかさを
赤トマト・ハーブアクアパッツァ、ブイヤベース、トマト煮。ソースの酸に合わせて、酸のある白やロゼ。南仏や南イタリアの海辺のワインの出番
醤醤油とみりんの甘辛煮魚、照り焼き、うなぎや穴子の蒲焼。たれのコクと甘みには、果実味のある軽い赤やロゼも合わせやすい

海老とオマール

英国のワイン誌デキャンタは、オマール海老に合うワインとして、まずヴィンテージ・シャンパーニュ、とくにシャルドネだけで造るブラン・ド・ブランを挙げています。シャルドネなら、軽い料理には樽を使わないシャブリ、バターソースには軽く樽をかけたもの、冷製にはピュリニー・モンラッシェやシャブリ1級、グリルやテルミドール(クリームソースのグラタン)には熟成したムルソー。避けたいのは、重くタンニンの強い赤です。料理が重くなるほど、白も厚みのあるものへ——この段階のつけ方は、伊勢海老やカニにもそのまま応用できます。

うなぎと穴子

同じ誌の寿司とワインの記事では、ソムリエの石田博氏が、穴子やうなぎなどたれを使う江戸前の仕事には、ボルドー、リオハ、ブルネッロといった赤も合うと述べています。生の魚介とは逆に、甘辛いたれと香ばしさがあれば、赤も選択肢になるということです。

— IV

海辺の産地の知恵Wines from the Shore

海の近くのワイン産地には、地元の魚介と地元のワインを合わせる長い習慣があります。その組み合わせは、公式の規定や生産者団体の説明にも書き込まれています。

砕いた氷の上に殻を開けた生牡蠣が3つ並び、レモンとパセリが添えられている
生牡蠣 — 牡蠣は、ワインとの組み合わせがもっとも多く語られてきた魚介のひとつ。フランスでは、シャブリやミュスカデが定番の相手とされる

牡蠣とシャブリ、ミュスカデ

ブルゴーニュの北端のシャブリの公式サイトは、畑の土壌であるキンメリッジアンの石灰質の泥灰土に、小さな牡蠣の化石(エクソジャイラ・ヴィルグラ)が含まれることを紹介し、牡蠣や海の幸との相性を挙げています。ブルゴーニュワイン委員会は、プティ・シャブリについて、海から遠いのに潮の香りがあり、牡蠣や生魚、海老を呼ぶと表現しています。ただし、土の中の化石が直接ワインの味になるわけではありません。相性のよさは、すっきりした酸と、樽の香りに頼らない造りによるものと考えるのが自然です。くわしくは銘醸図鑑シャブリ・グラン・クリュと産地ガイド:シャブリで。

ロワール川の河口近く、ナントの周辺で造るミュスカデは、牡蠣の相手としてシャブリと並んで名前が挙がる白です。品種はムロン・ド・ブルゴーニュ(規定上の名はムロン・ブラン)。フランスの原産地呼称を管理するINAOの規定によれば、ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌのAOCは1936年に認定され、ラベルに「シュール・リー(sur lie)」と書くには、発酵が終わってから収穫の翌年の3月1日まで澱(おり)の上で寝かせ、タンクや樽で過ごすのは一冬だけ、瓶詰めは醸造所で翌年の3月1日から11月30日まで、と決められています。澱からうま味と厚みを引き出しつつ、新鮮さを残すための規則です(第18講 ロワール)。

カシとブイヤベース

南仏マルセイユの東、地中海に面した港町カシのAOC(1936年認定)は、生産の約7割が白。INAOの規定書そのものに、ブイヤベース、海の幸、魚のスープによく合うと書かれている。品種はクレレットとマルサンヌが中心。

リアス・バイシャスとヴィーニョ・ヴェルデ

大西洋側では、スペイン・ガリシアのリアス・バイシャス(統制委員会の設立は1988年)のアルバリーニョ、ポルトガル北部のヴィーニョ・ヴェルデ(1908年に産地を指定)。どちらも魚介とともに飲まれる、酸のさわやかな白の産地。

炭火の上の古い焼き網に、銀色に光る丸ごとのイワシが7尾並べられている
炭火で焼くイワシ(ポルトガル北部・アプリア) — ポルトガルでは、夏にイワシの炭火焼きが盛んに食べられる。脂の多い青魚に、酸の高い白を合わせるのは、第II章の考え方そのもの

ガリシアのタコ料理(プルポ・ア・フェイラ)とアルバリーニョ、ポルトガルのイワシの炭火焼きとヴィーニョ・ヴェルデは、現地の定番として知られる組み合わせです(生産者団体が公式に推しているわけではありません)。それぞれ第66講スペイン北部と内陸、第21講ポルトガルでくわしく紹介しています。どの産地にも共通するのは、酸が高く、樽の香りが控えめで、度数も高すぎない白。海辺の産地の知恵は、第I章の研究とも矛盾しません。日本では、新潟の砂丘地のアルバリーニョ(第76講新潟完全編)や、山梨の甲州が同じ役割を担えます。

— V

安全に楽しむためにRaw Seafood Safety

生の魚介とワインを楽しむときに、知っておきたいことがあります。ここは味の話ではなく、食中毒の予防の話です。

生牡蠣は「生食用」をOysters

牡蠣には「生食用」と「加熱調理用」の表示の区別があり、生で食べてよいのは基準を満たした生食用だけ。鮮度の違いではなく、取れた海域や処理による区別とされる。

二枚貝はしっかり加熱Norovirus

厚生労働省は、ノロウイルスのおそれのある二枚貝などは、中心部が85〜90℃で90秒以上の加熱が望ましいとしている。

アニサキスは冷凍か加熱でAnisakis

厚生労働省によれば、−20℃で24時間以上の冷凍か、70℃以上(60℃なら1分)の加熱で死滅する。一般的な酢、塩漬け、醤油やわさびでは死なない。

出典:厚生労働省「アニサキスによる食中毒を予防しましょう」「ノロウイルスに関するQ&A」(令和3年改定)、都道府県の生食用かきの解説。体調に不安のある人、妊娠中の人、高齢の人や子どもは、生の魚介を控えるなど、医師や公的機関の情報にしたがってください。

ワインの酸やアルコールについても、同じように考えてください。厚生労働省は酢や塩で死なないことを示していますが、ワインについての言及はありません。ワインを一緒に飲んでも、食中毒の予防にはならないと考えるのが安全です。新鮮で表示の正しい魚介を選び、生で食べるものと加熱するものを分ける——おいしい組み合わせは、その上に成り立ちます。

— FAQ

よくある質問Frequently asked

Q白ワインなら、どの魚介でも大丈夫?

いいえ。生臭さの大きな原因はワインに含まれる鉄で、白でも鉄が多ければ生臭さは出ます。するめのような干物では、ワインの亜硫酸がかかわる可能性も報告されています。迷ったら、酸がしっかりした辛口の泡を選ぶのが安全です。

Q魚料理に赤ワインを合わせるコツは?

脂の少ない魚を、焼く・揚げる・たれで煮ることです。マグロのヅケやカツオのたたき、照り焼き、うなぎの蒲焼なら、渋みの穏やかな軽い赤を少し冷やして試してください。生の青魚、貝、魚卵には赤を避けましょう。

Q牡蠣には何を選べばいい?

定番はシャブリとミュスカデ。どちらも酸がしっかりして樽の香りが控えめな辛口の白です。辛口のスパークリングや甲州もよく合います。生で食べるなら、必ず「生食用」の表示のある牡蠣を選んでください。

— Recap

脂を見て、鉄を避け、酸で結ぶFat, Iron and Acidity

「魚には白」という言い伝えには、科学的な理由がありました。ワインに含まれる鉄が魚介の脂の分解を進め、生臭い香りを生む。だから注意すべきは、脂が多く酸化しやすい魚介——青魚、貝、魚卵、干物——と、鉄の多いワインの組み合わせです。

逆にいえば、脂の少ない魚を焼いたり揚げたり、たれで煮たりすれば、赤ワインにも出番があります。海老やカニにはシャルドネやシャンパーニュ、牡蠣にはシャブリやミュスカデ、ブイヤベースにはカシの白。そして迷ったら、辛口の泡。寿司と刺身の早見はペアリング:寿司・刺身にまとめています。

次の一本。 今回は辛口のスパークリングと、軽いピノ・ノワールを一本ずつ。白身の刺身、サバの塩焼き、マグロのヅケを用意して、六通りの組み合わせを試してください。刺身と泡、ヅケとピノ・ノワールがうまくいき、サバとピノ・ノワールではどうなるか。第I章の研究を、自分の舌で確かめてみましょう。

次回は銘醸図鑑へ。「ムルソー」。今回、オマール海老のグリルやテルミドールの相手として名前が挙がった、ブルゴーニュのコート・ド・ボーヌを代表する白の村です。村名と1級畑の地図、ふくよかな白の造り手までを歩きます(先に銘醸図鑑ピュリニー・モンラッシェと第4講ブルゴーニュをどうぞ)。

De la mer au verre.

次に魚介を囲むときは、皿ごとに「脂は多いか」「生か、火を通したか」を確かめてみてください。脂の多い生の魚介には酸と泡を、香ばしく焼いた魚やたれの皿には軽い赤も。魚を見れば、ワインは自然と決まります。

写真クレジット(すべてWikimedia Commons):
1. 海の幸の盛り合わせ — “Plateau de fruits de mer 001” by Arnaud 25, CC BY-SA 4.0
2. 生牡蠣 — “Oysters served on ice, with lemon and parsley” by David, Public domain
3. イワシの炭火焼き — “Sardinhas (2)” by Joseolgon, CC BY-SA 4.0
※掲載写真はレイアウト上の都合によりリサイズ・トリミングして掲載しています。
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