砂丘が生むワイン
鳥取のワインを象徴するのが、日本海に面した北条砂丘。世界的にも珍しい砂地土壌が、ぶどう栽培の舞台です。砂地ならではの水はけの良さと、日中の照り返し・夜の海風がもたらす大きな寒暖差が、ぶどうに引き締まった個性を与えます。雪国のイメージとは違う、砂丘の意外な実りです。
中四国九州最古の蔵
鳥取ワインを語るうえで欠かせないのが、1944年創業の中四国九州最古のワイナリー。当初は戦時中の特殊な事情から酒石酸製造のために生まれ、戦後に飲用ワインへと転換した歴史を持ちます。甲州やマスカット・ベリーAを栽培から醸造まで一貫し、「量より地元産ぶどうの質」を貫きます。
日本海の幸とともに
砂地が生むやわらかな果実味は、松葉がにや日本海の幸の名脇役。まずは「日本ワイン」とはから背景を知り、隣県島根とあわせて、山陰のワインの個性を味わってみてください。
気候と土地の個性
鳥取は日本海側気候の土地。冬は雪と曇天が続きますが、ぶどうの生育期にあたる夏から秋は、砂地ならではの条件が生きてきます。まず水はけ。砂は雨が降ってもすぐに乾くため、湿気で病気になりやすいぶどうにとって、じつは心強い土壌です。次に寒暖差。日中は砂の照り返しで気温が上がり、夜は日本海からの風で涼しくなる——この振れ幅が、香りと酸をぶどうに蓄えさせます。そして砂地は肥沃ではないぶん、樹が茂りすぎず、養分が実に集まりやすい。やせた土地こそぶどうに向くという、ワインの世界の逆説を絵に描いたような土地です。二十世紀梨の名産地でもある鳥取の果樹栽培の蓄積も、ぶどうづくりを下支えしています。
主な品種と味わいの傾向
白の柱は甲州。山梨のイメージが強い品種ですが、砂丘の水はけと海風のなかで育つ鳥取の甲州は、やわらかな果実味とすっきりした後口が持ち味です。赤はマスカット・ベーリーAが中心で、渋みの穏やかな親しみやすい味わい。シャルドネやメルローといった欧州系品種も手がけられています。全体に押しの強さではなく、バランスと飲み心地で聴かせるタイプが多く、日本海の食卓に自然になじむ設計といえます。
飲み方は素直がいちばん。白はよく冷やして魚介と、赤はほんの少し冷やし気味にして普段の食卓と合わせれば、肩の力の抜けた美味しさが引き立ちます。派手な樽香や高い凝縮感を求めるワインではなく、「もう一杯」と手が伸びる飲み飽きなさが身上。産地の背景を知ってから飲むと、砂の畑の風景がグラスの向こうに見えてくるはずです。
郷土の食との合わせ方
冬の王様松葉がにには、辛口の甲州を。かにの繊細な甘みに、甲州の穏やかな柑橘香とほのかな苦みが寄り添い、ゆでがにでもかに汁でも相性よくまとまります。名物砂丘らっきょうの甘酢漬けには、フルーティーな白がぴったり。甘酢の酸とワインの酸が同調し、箸休めがそのまま前菜になります。油揚げに米を詰めて炊く郷土料理いただきのような素朴な味には、軽やかなマスカット・ベーリーAを。出汁のしみた油揚げの甘みと、いちごを思わせる果実味が響き合います。同じ砂丘の恵みどうし、地のものと合わせる一杯は格別です。
ワイナリー巡りのコツ
鳥取のワイナリーは小規模な蔵が中心のため、見学や試飲の受け入れは事前確認が基本です。営業日や仕込みの状況によって対応が変わることもあるので、電話やウェブサイトで確かめてから訪ねましょう。移動は車が現実的なエリアが多いぶん、運転する人は試飲を控えるのがルール。同乗者と役割を分けるか、購入して宿でゆっくり開けるのがおすすめです。砂丘観光や温泉、海の幸の食事と組み合わせれば、ワインを軸にした山陰の旅が組み立てられます。季節で選ぶなら、緑の棚が広がる夏、収穫と仕込みで活気づく秋、そして松葉がにの解禁で食卓が華やぐ冬——それぞれに違う顔があります。旅先で一本を選んだら、その晩の宿の食事と合わせてみてください。産地で飲むワインは、それだけで一段おいしくなります。
産地の歩みとこれから
北条砂丘周辺では、砂地を切り拓く農業のなかでぶどう栽培が根づいてきたと伝えられます。1944年創業の北条ワイン醸造所が戦中の酒石酸製造から飲用ワインへと歩みを転じた物語は、この産地の歴史そのものです。派手さはなくとも、「地元の砂丘で育ったぶどうを、地元で醸す」という一貫した姿勢は、産地の個性が問われる今の時代にこそ光ります。砂質土壌という世界的にも面白いテロワールを持つ産地として、これからの展開が楽しみな土地です。より広い日本ワインの流れは第9講 日本ワイン産地巡りでどうぞ。
