日本生まれの親しみやすい赤
**マスカット・ベーリーA(MBA)**は、日本で生まれた交配品種で、日本の赤ワインを代表する黒ぶどうです。いちごやキャンディ、綿菓子を思わせる甘く華やかな香りが特徴。タンニンは穏やかで、軽やかに飲めます。
和食に寄り添う
最大の魅力は和食との相性。照り焼きやすき焼き、肉じゃがなど、醤油やみりんの甘辛い味付けにやさしく寄り添います。少し冷やすと果実味と軽快さが引き立ち、日常の食卓で楽しみやすい一本になります。
産地による違い
山梨は、栽培面積・生産量ともにマスカット・ベーリーAの中心地。甲州とともに山梨の赤白の二枚看板を担います。いちごの香りを活かした軽快なスタイルから、樽熟成で奥行きを与えた本格派まで、造り手ごとの表現の幅が最も広い産地です。
新潟は、この品種の生誕の地。生みの親・川上善兵衛が開いた上越の岩の原葡萄園が今も健在で、発祥の地ならではの厚みのあるスタイルを守り続けていると言われます。
山形・長野などでも栽培され、冷涼な気候を映した酸のきれいな軽やかなタイプが見られます。九州(宮崎など)でも古くから親しまれており、日本各地の気候に適応してきた懐の深さがこの品種の強みです。産地巡りの詳細は第9講 — 日本ワイン産地巡りへ。
価格帯別の選び方
〜1,500円でも、大手ワイナリーの定番マスカット・ベーリーAが手に入ります。いちごキャンディの香りと軽やかさという品種の個性は、この価格帯でも十分に感じられます。和食の晩酌ワインとして常備しやすい帯です。
2〜3千円では、産地や畑を絞った中堅クラスが選べます。樽をほどよく効かせたタイプも増え、香りの甘やかさに複雑さが加わってくる、品種の実力が見え始める帯と言われます。
**5千円〜**は、単一畑や樹齢の高い樹から造られる上級キュヴェの世界。「MBAは軽いだけ」という先入観が覆る、出汁のような旨みと奥行きを備えた本格派に出会えます。日本ワインの進化を実感したい方におすすめの帯です。
合う料理と合わせ方のコツ
マスカット・ベーリーAが和食に合う理由は、穏やかな渋み・ほどよい酸・甘やかな果実香の三点にあります。渋みが強いワインは繊細なだしや甘みとぶつかりますが、MBAはタンニンが少ないため邪魔をしません。さらに、いちごを思わせる甘い香りが醤油+みりん+砂糖の「甘辛」と同じ方向を向いているので、香りの上でも自然に手をつなぐのです。
- ぶりの照り焼き × 軽やかなMBA — 照りの甘辛と果実の甘やかさが同調する定番。魚の赤ワイン合わせが不安な方にも、渋み控えめのMBAなら安心です。ペアリング: 照り焼きもご参考に。
- すき焼き × 樽熟成タイプのMBA — 割り下の濃い甘辛と牛の脂には、樽の香ばしさをまとった少し厚みのあるMBAを。卵にくぐらせたまろやかさとも好相性です。
- うなぎの蒲焼 × 冷やしたMBA — タレの甘辛と山椒の香りに、冷やしたMBAの軽快な果実味がすっと寄り添います。「うなぎに赤」を体験するならまずこの品種と言われます。
似ている品種との比較
ピノ・ノワールとは「淡い色・穏やかな渋み・軽やかな飲み口」という共通点で比較されます。違いは香りの出どころで、ピノ・ノワールがいちごの奥にきのこや紅茶の複雑さを重ねるのに対し、MBAはいちごキャンディや綿菓子のような、より直接的で愛らしい甘い香りが主役。気軽さではMBA、熟成の奥行きではピノ、と楽しみ分けるのがおすすめです。
**ガメイ(ボージョレの品種)**も、キャンディ香のある軽快な赤としてよく似た立ち位置です。どちらも「冷やしておいしい赤」ですが、ガメイのフレッシュな酸に対し、MBAはより香りが甘やかで、醤油文化との親和性が高いのが個性と言えます。
品種の物語
マスカット・ベーリーAは、新潟県上越市の岩の原葡萄園を開いた川上善兵衛が生み出しました。豪雪と湿気の多い日本の気候では欧州系ぶどうの栽培が難しい——その壁に挑んだ善兵衛は、私財を投じて膨大な数の品種交配を重ねたと伝えられます。その中から生まれた傑作が、アメリカ系のベーリーと欧州系のマスカット・ハンブルグを掛け合わせたこの品種でした。善兵衛は「日本ワインぶどうの父」と呼ばれ、その功績は今も語り継がれています。2013年には国際ブドウ・ワイン機構(O.I.V.)に品種登録され、日本固有の醸造用品種として世界に名を刻みました。