第89講「スペイン料理とワイン完全編」では、アンダルシアの小皿に合わせる一杯として、よく冷やした辛口のシェリーを紹介しました。今回は、そのシェリーを、産地のヘレスからたどります。
シェリーは、多くが蒸留酒を加えて造る酒精強化ワインです。仕組みそのものは第15講「酒精強化ワイン完全編」で、スペイン全体のなかでの位置づけは第14講「スペイン完全編」で扱いました。ここでは、畑と歴史、熟成の仕組み、規則、そして造り手の顔ぶれに焦点を当てます。数字は主に、2026年5月の命令にもとづく原産地呼称の規約(統合版)によります。
アルバリサの白い土と、10の市町
産地は、スペイン本土の最南端の県、カディス県の北西部にあります。北はグアダルキビル川、西と南は大西洋に囲まれ、なだらかな丘が続く土地です。規約が定める産地は、ヘレス・デ・ラ・フロンテラ、エル・プエルト・デ・サンタ・マリア、サンルーカル・デ・バラメダに、トレブヘナ、チピオナ、ロタ、プエルト・レアル、チクラナ・デ・ラ・フロンテラ、レブリハ、サン・ホセ・デル・バリェを加えた10の市町です。
熟成と出荷は長く、ヘレス、エル・プエルト、サンルーカルの3つの町に限られてきました。この3つを結ぶ形から「シェリーの三角地帯」と呼ばれます。2022年10月に施行された規約の改正で、熟成できる地域がぶどうの産地と同じ範囲に広がり、ほかの町の酒蔵も熟成から出荷までを産地の名で行えるようになりました。
畑の主役は「アルバリサ」と呼ばれる白くやわらかな泥灰土です。規約によれば、炭酸カルシウムをおおむね25〜40%含み、太古の海にいた珪藻や放散虫の殻に由来するシリカも混じります。水をよく蓄えるため、雨の少ない夏もぶどうの根を支えます。このほか、色が濃く肥えた「バロ」、海沿いの砂がちの「アレナ」の畑もあります。
気候は温暖で、晴れの日が年に300日を超え、雨は年に約600mm、主に11月、12月、3月に降ります。もう一つ大事なのが二つの風です。内陸から吹く乾いた熱い「レバンテ」と、海から湿り気を運ぶ「ポニエンテ」。ポニエンテの湿り気は、後で触れるフロールの熟成にとって欠かせないものとされています。
認められている品種は、パロミノ(パロミノ・フィノ)、ペドロ・ヒメネス、モスカテル・デ・アレハンドリアと、ベバ、ペルーノ、ビヒリエガという在来品種です。量の上ではパロミノが圧倒的な主役で、規約は、土地の個性をよく映し、長い熟成に耐える品種と説明しています。収量は1haあたり11,428kgまで。区画の名(パゴ)をラベルに書くには、ぶどうの85%以上がその区画のものでなければなりません。
畑の仕事にも土地の流儀があります。規約は、長く伸ばした枝(バラ)と短く切り詰めた枝(プルガル)を組み合わせる「バラ・イ・プルガル」の剪定を、この産地の最も独特な貢献の一つに挙げています。また統制委員会は、土と気候の条件から質の高いぶどうが期待できる畑を「ヘレス・スペリオール」として一覧にしています。この格付けは、かつては畑のある町で決まっていましたが、2022年の改正からは技術的な基準だけで判断されるようになりました。

3000年の交易と、1935年の規則
統制委員会がまとめた年表は、この地にぶどう栽培を持ち込んだのはフェニキア人だとしています。ローマ時代にはこの地のワインがローマで好まれ、8世紀からのイスラム支配の時代には町は「シェリシュ」と呼ばれました。英語の「シェリー」はこの呼び名に由来するとされます。
ワインは港から船に積まれ、南北アメリカへ、そして北ヨーロッパへ運ばれました。英国では15〜17世紀にかけて「シェリー・サック」の名で人気が高まり、年表は、1587年にフランシス・ドレークがカディスを襲った出来事もこの流れの中に置いています。シェイクスピアの『ヘンリー四世 第2部』で、フォルスタッフがサックを讃える台詞もよく引かれます。規約によれば、長い航海に耐えるよう酒を加えたことが、のちのフロールの熟成が生まれるきっかけになったと考えられています。
18世紀には、生産者の組合(グレミオ)の決まりがワインを寝かせることを禁じ、若い酒が輸出されていました。19世紀の初め、出荷業者との争いを経て組合が廃止されると、熟成が認められ、安定した品質を求める声からソレラの仕組みが育ちました。いまも続く大きな家の多くが、この時代に生まれています。1894年ごろにはフィロキセラの被害が広がりましたが、産地は比較的早く立ち直ったとされます。
1933年、スペインのワイン法(エスタトゥト・デル・ビノ)が原産地呼称の制度をつくり、ヘレスはその最初の一つとして、1935年1月に規則が公布されました。統制委員会は、これをスペインで最初に法的に成立した原産地呼称と位置づけています。
フロールとソレラ
シェリーの個性を決めるのは、樽の中での熟成のさせ方です。地元で「ボタ」と呼ばれる1,000L以下のオーク樽で寝かせます。規約は熟成を二つに分けています。
- 生物学的熟成──ワインの表面に、白い酵母の膜「フロール(ベロ・デ・フロール)」が張った状態で熟成させる。膜が空気をさえぎり、ワインは淡い色を保ったまま、酵母由来の独特の香りをまとう
- 酸化熟成──フロールのない状態で、空気に触れさせて熟成させる。色は琥珀から褐色へ深まり、ナッツや木の香りが育つ(用語「酸化」も参照)
どちらに進めるかは、主に加える酒の量(あるいは加えないこと)で調整します。度数を高めるとフロールが育ちにくくなるため、酸化熟成のワインは強めに酒を加えるのが基本です。フロールは度数を少しずつ下げるため、フィノの熟成中に酒を加えて度数を整えることも規約で認められています。
もう一つの柱が「クリアデーラとソレラ」の仕組みです。熟成の度合いがそろった樽の列を何段も用意し、いちばん古い段(ソレラ)から出荷する分だけを汲み出します。これを「サカ」と呼びます。減った分は一つ若い段(クリアデーラ)から補い、これを「ロシオ」と呼びます。同じことを若い段へと順に繰り返すので、ソレラには古い酒と若い酒が少しずつ混ざり続け、毎年ほぼ同じ味わいを出せます。平均の熟成年数は、熟成中の全在庫量を一年の出荷量で割って求めると規約に定められています。一方、一つの収穫年だけを混ぜずに寝かせる「アニャーダ」(収穫年もの)の方式も認められています。

フィノからPXまで、種類と規定
規約は、シェリーを大きく三つのグループに分けています。辛口に仕上げたワインを熟成させる「ビノ・ヘネロソ」、甘いぶどうの果汁に酒を加えて発酵を止める「天然甘口」、そして両者を合わせる「ヘネロソ・デ・リコール」です。熟成はいずれも平均2年以上。主なタイプと、規約が定めるアルコール度数・1Lあたりの糖分は次のとおりです。
- フィノ──フロールの下だけで熟成。14〜17%、糖分4g以下。青りんご、ナッツ、パン生地のような香り
- マンサニーリャ──サンルーカル・デ・バラメダの酒蔵でフロールの下で2年以上熟成。14〜17%、糖分4g以下。別の原産地呼称として定められている
- アモンティリャード──フロールの下で熟成したのち、酸化熟成へ。16〜22%、辛口
- オロロソ──はじめから酸化熟成だけ。17〜22%、辛口。ナッツや木、カラメルの香り
- パロ・コルタド──はじめのフロールが消えたのち、主に酸化熟成。17〜22%、辛口。柑橘や乳製品を思わせる香りもあるとされる
- ペドロ・ヒメネス(PX)──干したペドロ・ヒメネスの果汁を85%以上使う極甘口。糖分212g以上
- モスカテル──モスカテルの果汁を85%以上使う甘口。糖分160g以上
- ペール・ドライ/ペール・クリーム/ミディアム/クリーム──辛口のシェリーに、甘いワインや果汁を合わせたもの。糖分の幅で名前が決まり、クリームは115〜140g
甘口のぶどうは、収穫後に房を日に当てて干す「アソレオ」で糖を凝縮させるのが伝統です。また、ペドロ・ヒメネスについては、隣の産地モンティーリャ=モリレスの干しぶどうの果汁を使うことも規約で認められています。
現行の規約(2026年の統合版)では、フィノなどの辛口は、酒精強化をしない「ワイン」の区分でも造れると定められています。発酵や房を干すことで必要な度数に届けば、酒を加えずに仕上げる道もあるということです。加える場合は、ぶどう由来の度数95%以上の蒸留酒を使います。
造りの規則はほかにもあります。果汁の糖度はボーメ10.5度以上、ぶどう100kgから取れるワインは70Lまで。酸化熟成のワインには、果汁を火で煮詰めた「アロペ」を混ぜた「ビノ・デ・コロール」で色を整えることも認められています。そして、品質を守るため、瓶詰めは産地の中で行うことが義務づけられ、ボトルには統制委員会の保証のしるしが付きます。
熟成の認証と、ラベルのことば
長い熟成を経たシェリーには、それを示す表示があります。
- VOS/VORS──統制委員会が2000年に設けた認証。平均熟成20年超がVOS(Very Old Sherry)、30年超がVORS(Very Old Rare Sherry)。出荷のたびにロットごとに分析と官能審査を受ける
- 12年・15年──平均12年・15年の熟成年数表示。こちらはロットごとではなく、ソレラ全体を単位に認められる
- フィノ・ビエホ/マンサニーリャ・パサダ──平均7年以上熟成し、軽い酸化の気配を帯びたもの
- エン・ラマ──ろ過以外の安定化処理をしていないもの。樽の中の姿に近いとされる
- サカの季節──瓶詰めの時期を書く場合は「2019年秋のサカ」のように季節と年で示す
ラベルの「ビエホ(Old)」も決まりがあり、フロールの熟成なら7年以上、それ以外は12年以上が条件です。「レア・オールド」は30年を超えるものに限られます。甘さの表示では、1Lあたり2g未満を「ムイ・セコ(極辛口)」、212gを超えると「ムイ・ドゥルセ(極甘口)」と呼べます。
選び方と楽しみ方
最初の一本なら、まずはフィノかマンサニーリャを。ティオ・ペペやラ・ヒターナは、国内で750mlが1,600〜2,600円前後で見つかります。よく冷やして注ぐと、塩気と酵母の香り、きりっとした辛さがわかります。甘口の入口には、ルスタウの「サン・エミリオ」などのペドロ・ヒメネスが国内で4,000円前後。熟成の極みを知るならVORSで、500mlで2万円前後の例が多く見られます(価格は時期や店で変わります)。
辛口のシェリーは、生ハムやナッツ、オリーブ、魚介の揚げ物など、アンダルシアの小皿とよく合わせられます(ペアリング「生ハム・サラミ」、「揚げ物」)。天ぷらや出汁の料理と合わせる人もいます。オロロソは煮込みや熟成チーズに、ペドロ・ヒメネスはバニラアイスにかけたり、デザートと合わせたりして楽しまれることがあります(甘口全般は第19講「甘口ワイン完全編」)。同じ酒精強化の仲間では、ポートと比べてみるのもおもしろいでしょう。どのタイプも度数が高めなので、少量をゆっくり、水と一緒に楽しんでください。
次回は産地講座に戻り、第90講「東北南部完全編」をお届けします。宮城・福島・秋田・青森のワイナリーが、寒さと雪の土地でどんなぶどうとワイン造りに挑んでいるのかをたどります。