第91講「シードルとフルーツワイン完全編」の最後で予告したとおり、今回の銘醸図鑑はポルトガル領の島に渡ります。大西洋のマデイラです。熱と時間をかけて育てるこの酒は、食後の小さなグラスに注ぐと、焦がしたナッツとカラメルの香りに続いて、思いがけないほど鮮やかな酸が立ち上がります。
酒精強化ワインの仕組みは第15講「酒精強化ワイン完全編」で、本土のポルトガルワインは第21講「ポルトガル完全編」で扱いました。同じ酒精強化の銘醸として、ポートとシェリーの図鑑もあります。ここでは島の畑、熱を使う熟成、ラベルの読み方、そして造り手の顔ぶれをたどります。
断崖の段々畑と、棚仕立ての島
マデイラ島はリスボンのはるか南西、本土から約1,100km、アフリカの海岸から約600kmの大西洋に浮かぶ火山の島です。島の最高峰ピコ・ルイヴォは標高1,861m。海からいきなり山がそそり立つような地形で、畑は石垣で支えた細い段々畑「ポイオス」に刻まれています。IVBAMによれば、島の面積は732km²、ぶどう畑は約403ha(マデイラ・ワイン・カンパニーは約490haとしており、資料で数字に幅があります)。
- 土──火山由来で、多くは玄武岩質。土は酸性です
- 水──山の高いところで集めた水を、「レヴァダ」と呼ばれる総延長約2,150kmの水路で畑まで引いてきます
- 仕立て──伝統は「ラタダ」と呼ばれる棚仕立て。ぶどうを頭上に水平に這わせ、湿気による病気を防ぎます。かつては棚の下で野菜を育てるのが当たり前でした。20世紀に入って、なだらかな斜面には垣根仕立てが広がりました
- 収穫──8月半ばから10月半ばまで。急な地形と小さな区画のため、いまもすべて手摘みです
北岸は大西洋の風を受けて涼しく湿り、南岸は暖かく日が当たります。酸の高い白ぶどうは北岸や標高の高い畑へ、甘口向きのぶどうは南岸の低い畑へ、という住み分けが、品種ごとの性格をつくっています。
赤道を越えた樽──「ヴィーニョ・ダ・ローダ」
IVBAMによれば、島が見つかったのは1419年。入植が始まってから25年後には、もうワインの輸出の記録があるといいます。17世紀の英国は、海外の英国植民地へのヨーロッパ産品の輸出を制限しましたが、マデイラはその対象から外されました。このためマデイラは北米と西インド諸島で好まれる酒になり、1776年の米国の独立も、マデイラの乾杯で祝われたと公式機関は紹介しています。
積み出された樽は、熱帯を通る長い航海のあいだ、船倉で高い温度にさらされました。ヨーロッパに戻ってきた樽のワインは、出航前よりも味わいが良くなっていた。この往復の航海から生まれたワインが「ヴィーニョ・ダ・ローダ(往復したワイン)」と呼ばれた、というのが島に伝わる話です。航海の熱を島の蔵で再現しようとしたことが、のちの加熱熟成につながった、と多くの造り手が伝承として語ります。IVBAMは、加熱熟成のエストゥファジェンが18世紀に導入され、マデイラの性格を決定づけたと説明しています。
19世紀には苦難が続きました。1852年にうどんこ病(オイディウム)が島に広がり、1872年にはフィロキセラが到達します。多くの商社が島を去り、残った家が古いワインの在庫を買い集めて生き延びました。ブランディやコサート・ゴードンなど、いまに残る名門の歴史には、この時代の記憶が刻まれています。航海と酒精強化の歴史は第43講「ワインの歴史完全編」でも取り上げています。

熱で熟成させる、二つの方法
マデイラは、発酵の途中か後に度数96%のぶどう由来のアルコールを加えて造ります。どの時点で発酵を止めるかで、辛口から甘口までの甘さが決まります。そのあと、州の規則(2015年の州令)が定める二つの熟成のどちらかを経ます。
- エストゥファジェン──ステンレスのタンクに入れ、温水を通した管で温めます。規則は50℃以下で3か月以上。IVBAMの説明では実際には45〜50℃で、加熱の後に90日以上室温で落ち着かせます。瓶詰めできるのは、収穫の翌々年の10月31日以降です。主にブレンドのマデイラに使われる方法です
- カンテイロ──樽を蔵の上階、夏に温度の上がる場所に置き、室温のまま2年以上寝かせます。名前は、樽を載せる木の台「カンテイロ」から。瓶詰めは、収穫の翌年1月1日から数えて3年以上たってからです。上質なワインに使われ、樽の中でゆっくり酸素に触れることで、複雑な香りが生まれます
どちらも、ふつうのワインなら「傷み」とされる熱と酸化(用語「酸化」)を、あえて味わいに変える方法です。仕上がりのアルコールは規則で17〜22%。この造りのおかげで、マデイラは開けてからも長くもち、瓶の中では100年を超えて生き続けるといわれます。ブランディは2020年、1920年に収穫したブアルを、樽とガラスの大瓶で約100年熟成させた一本として世に出したと報じられています。
品種と甘さ、ラベルの読み方
IVBAMによれば、いま主に使われる品種はセルシアル、ヴェルデーリョ、ボアル、マルヴァジア、テランテス、そして黒ぶどうのティンタ・ネグラです。品種名を名乗る場合、ラベルに書けるのは推奨品種のうち1品種だけで、甘さの範囲も決まっています。
| 品種 | 規則で決まる甘さ | IVBAMの説明 |
|---|---|---|
| セルシアル | 辛口(極辛口も可) | 本土では「エスガナ・カン」とも。酸と渋みが際立つ。北岸や、南岸の標高600m前後まで |
| ヴェルデーリョ | 中辛口 | セルシアルより少しふくよかで、酸は穏やか。標高400m前後 |
| ボアル(ブアル) | 中甘口 | ほどよいコクと豊かさ。酸と甘さの釣り合いが持ち味。標高100〜300m |
| マルヴァジア(マルムジー) | 甘口 | 島で最初に植えられたとされる。マデイラの中で最も豊かでとろりとした甘口 |
| テランテス | 中辛口または中甘口 | 希少品種。早く熟し、南岸に多い |
ティンタ・ネグラは18世紀に島に入ったとされる黒ぶどうで、辛口から甘口まですべての甘さに仕立てられます。IVBAMによれば、マデイラ全体の生産の80〜85%を占めます。品種名のない銘柄には、甘さの表示(Seco/Meio Seco/Meio Doce/Doce)が義務づけられています。
マルヴァジアには二つの系統があります。IVBAMによれば、マルヴァジア・カンディダは島で最初に植えられた品種でクレタ島の出とされ、南岸の海沿いから標高200mまでに多く見られます。18世紀にイエズス会の神父たちが造ったマルヴァジア・カンディダのマデイラは「マデイラの王」と称えられた、と公式機関は紹介しています。北岸の標高150〜350mにはマルヴァジア・デ・サン・ジョルジェが植わり、こちらも甘口になります。希少なテランテスには「テランテスのぶどうは食べるな、人にもやるな、神はワインのためにそれを造った」という島のことわざが残ります。
熟成の表示は次のとおりです。
- 年数表示──5年・10年・15年・20年・30年・40年・50年・50年超。IVBAMの試飲委員会がその年数らしい品質と認めたものに付けられます。5年は「リザーヴ」、10年は「スペシャル・リザーヴ」「オールド・リザーヴ」、15年は「エクストラ・リザーヴ」とも表示できます。年数表示のない基本のブレンドは、3年以上の熟成を意味するとIVBAMは説明しています
- コリェイタ──単一年のワインで、樽で5年以上続けて熟成させたもの
- フラスケイラ(ガラフェイラ)──推奨品種を名乗る単一年のワインで、カンテイロ方式により20年以上続けて樽熟成させ、とくに優れた品質と認められたもの。収穫年と瓶詰めの年を表示します
- ソレラ──単一年・単一品種のワインを5年以上寝かせたあと、毎年10%以内を抜いて同じ品種の若いワインを足す方式。足せるのは10回までです
- レインウォーター──淡い色から金色までの、軽めで中辛口寄りのスタイル。表示できる年数は10年までです
島の番人、IVBAM
マデイラの品質を見張るのは、州の公的機関IVBAMです。前身のマデイラ・ワイン院(IVM)は1979年、国の機関の出先を引き継いで設けられ、のちに刺繍と工芸の機関と統合されて、いまの名になりました。ワインと並んで、島の名産である刺繍と工芸も同じ機関が受け持っています。
IVBAMの役割は、畑と醸造所の監視、分析、そして認証です。
- 熟成の届け出──エストゥファジェンもカンテイロも、始める5営業日前までに届け出が必要です。IVBAMはサンプルを採り、容器に封をし、加熱タンクの温度が規則どおりかを確かめることができます
- 試飲委員会──分析だけでなく、試飲委員会が官能審査を行います。年数表示やフラスケイラの認定は、この委員会がその品質を認めて初めて名乗れます
- 帳簿──すべてのマデイラは、種類ごとに出入りと在庫を記録する帳簿で管理されます。原則として樽のままの販売(バルク売り)は禁じられ、瓶詰めして出荷されます
数十年前の収穫年を名乗るボトルが信頼されるのは、この記録の積み重ねがあるからです。
選び方と、注ぐ場面
最初の一本なら、品種名の入った5年か10年から。ブランディのマルムジー5年は国内で4,000円台から見つかり、甘口マデイラの香ばしさと酸の釣り合いがよくわかります。10年になると、ナッツやドライフルーツの香りが深まります。辛口のセルシアルを冷やして食前に、甘口のマルムジーを食後に。同じ造り手の両端を並べると、一つの島のワインの幅が見えてきます。
特別な夜の一本には、コリェイタやフラスケイラを。生まれ年や記念の年の収穫年を探すのも、マデイラならではの楽しみです。ブランディのマルムジー1996(2025年瓶詰め)は、ポルトガルの小売で200ユーロ台。開けてからも長くもつので、数人で少しずつ、何度かに分けて味わえます(「ブランディ マルムジー フラスケイラ」)。
IVBAMは、辛口は食前酒に、中辛口は前菜やスープに、中甘口はチーズに、甘口は菓子やチョコレート、食後のコーヒーに合わせることを勧めています(ペアリング「チーズ」、「チョコレート」)。甘口ワイン全体の中での位置づけは、第19講「甘口ワイン完全編」でまとめています。
次回は産地講座に戻り、第92講「東海完全編」をお届けします。愛知・岐阜・三重・静岡の、まだ多くは知られていないワイナリーと畑をたどります。