「第1級の筆頭」という称号
シャトー・ラフィット・ロートシルトは、ボルドー・ポイヤックに畑を構える1855年メドック格付け第1級のシャトーです。名はガスコーニュの古い言葉で「小さな丘」を意味する「ラ・イット」に由来すると説明されます。土地の記録は13世紀に遡り、17世紀末からセギュール家のもとでぶどう栽培が本格化。18世紀、「ワインの王子」と呼ばれたニコラ・アレクサンドル・ド・セギュール侯爵の時代にその名は欧州の宮廷へ広まり、ルイ15世の宮廷で「王のワイン」と称されたと伝えられます。ポンパドゥール夫人が晩餐に供したという逸話も残りますが、この種の宮廷伝説は後世に膨らんだ部分が大きいと指摘されています。
確かなのは、1855年の格付けでラフィットが「プルミエ・デ・プルミエ(第1級の筆頭)」、つまり第1級4軒の中でも筆頭に置かれたことです。この称号は、いまも公式に「First of the First」として掲げられています。
1868年、ロスチャイルド家へ
1868年8月8日、パリの競売でラフィットを落札したのが、金融界の名門ロスチャイルド家のジェームズ・ド・ロスチャイルド男爵でした。落札額は440万フラン。しかし男爵は購入からわずか3か月後に世を去り、一度もシャトーに足を運べなかったと伝えられます。遺志を継いだ3人の息子から数えて、現在の当主は6代目——2018年に会長へ就いたサスキア・ド・ロチルドです。元ニューヨーク・タイムズ記者という経歴を持つ、グループ初の女性トップ。父エリック男爵が1974年から44年かけて磨いた体制を受け継ぎ、有機栽培への転換を進めて2024年ヴィンテージで初の全面有機認証を得ました。
なお、隣のシャトー・ムートン・ロートシルトも同じロスチャイルド一族ですが、こちらは別の分家(ナサニエル系)の所有。「一族で第1級を2つ持つ」という、ボルドーでも他に例のない構図です。
畑と醸造——112ヘクタールと円形セラー
畑は約112ヘクタール。シャトーを囲む丘、西側のカリュアド台地、そして隣村サンテステフ側の約4.5ヘクタールという3つの区画からなり、最後の区画は歴史的経緯から特例でポイヤックAOCを名乗れることで知られます。植栽はカベルネ・ソーヴィニヨン約70%、メルロー約25%。グラン・ヴァンのブレンドは年によって動き、カベルネが8〜9割を占めるのが通例です(2010年はカベルネ87%・メルロー13%)。
グラン・ヴァンに使うのは樹齢10年を超える樹のみ。新樽100%で約15か月熟成させますが、その樽も、ポイヤックに構えた自社の樽工房で作られます。2年目の熟成庫は、建築家リカルド・ボフィルが1987年に設計した円形の地下セラー。16本の柱が支えるアーチの下に2,200樽が円環状に並ぶ光景は、ボルドーでもっとも美しいセラーのひとつに数えられます。年産はグラン・ヴァンがおよそ1.5万〜2万ケース。味わいは杉、シガーボックス、鉛筆の芯(グラファイト)、カシス、スミレ——force(力)ではなくfinesse(精緻)で語られる、第1級の中の「香りの貴族」です。
カリュアドと、中国ブームの狂騒
セカンドのカリュアド・ド・ラフィットは、名の由来であるカリュアド台地の区画などから、メルロー比率高めで造られます。注目すべきはその市場での立ち位置で、2000年代後半からの中国ブームでは「ラフィット」の名を冠するがゆえに需要が集中し、一時は他シャトーの本体やスーパーセカンドを上回る価格で取引されました。2010年には、2008年ヴィンテージのボトルに漢字の「八」を刻印すると発表しただけで、価格が24時間で約2割上がるという事件も起きています(その後、相場は大きく下げました。ブームの熱と冷めやすさの、教科書のような実例です)。
逸話をもうひとつ。1985年、ロンドンのクリスティーズで「1787年ラフィット」——トーマス・ジェファーソン旧蔵と伝えられる、Th.J.刻印入りの古瓶——が10万5,000ポンドで落札され、ワイン1本の史上最高額を記録しました。のちに刻印の真贋を巡る大論争となり、いまも決着していません。真偽はどうあれ、「18世紀の瓶にこの値が付くのはラフィットだけ」という事実そのものが、このシャトーの神話性を物語ります。
憧れの一本として——買い方の現実
日本での実勢は、現行ヴィンテージの正規流通で15万円前後、1982年のような著名年は20万〜30万円超(2026年8月時点)。近年では2016・2018・2019・2022年の評価が高く、2019年は満点評価も得ています。熟成力は数十年単位なので、買うならヴィンテージの知識が最も物を言うワインでもあります。
予算に応じた入口も整っています。カリュアド(4万〜6万円前後)、DBRが1962年から育てるポイヤック第4級シャトー・デュアール・ミロン(1万円台)、チリのロス・ヴァスコス(数千円台)。同グループはソーテルヌ第1級のシャトー・リューセックやポムロールのレヴァンジル、中国・山東省の瓏岱(ロン・ダイ)まで擁し、「ラフィット流」は5大陸に広がっています。ボルドーの全体像は第5講 ボルドー完全編で。同じポイヤックのラトゥール、ムートンと並べて語られるとき、ラフィットを指す言葉はいつも決まっています——もっともエレガントな第1級、と。


