大陸最古のワイナリーは、カリフォルニアではなくメキシコにあります。 国民的品種タナを育てたウルグアイ、泡の実力国ブラジル、美食の谷バジェ・デ・グアダルーペ——二大巨頭の陰に隠れてきた三つの新星を歩きます。

第22講で、私たちは南米の二大巨頭——チリとアルゼンチンを歩きました。今回はその続編です。主役は、地図の上では巨頭の影に隠れてきた三つの国。ウルグアイ、ブラジル、そしてメキシコ。どの国も「え、ワイン造ってるの?」と聞き返されがちですが、実はそれぞれが百年を超えるワインの歴史と、いま世界が注目する「新しい顔」を併せ持っています。
まず現在地を数字で。OIV(国際ブドウ・ワイン機構)の2024年統計では、南米のワイン生産量はアルゼンチン(約1,090万hL)>チリ(約930万hL)>ブラジル(約210万hL)>ウルグアイ(約60万hL)の順。ブラジルとウルグアイは規模でこそ二大国に及びませんが、量で戦わないぶん、「その国にしかないもの」で勝負する戦略がはっきりしています。ウルグアイにはタナ、ブラジルには泡、メキシコには大陸最古の歴史——この講では、その三つの武器を順に見ていきます。
三つの年号が示すとおり、この三国のワインは決して「新参者」ではありません。むしろ、歴史はあったのに世界が見ていなかった産地です。それがこの二十年ほどで急速に評価を上げ、日本の店頭にも届き始めた——だからこその「新星」なのです。
南米でいちばん小さな国のひとつ、ウルグアイ。緯度は南緯30〜35度——チリの銘醸地とほぼ同じワインベルトのど真ん中です。ただし気候はまるで違います。アンデスの雨陰で乾いたチリに対し、ウルグアイは大西洋の影響を受ける湿潤な海洋性気候。むしろボルドーに近い条件です。そしてこの国には、国民的品種があります。タナ(Tannat)——名前からして「タンニン」を連想させる、世界屈指の骨太な黒ブドウです。

タナの故郷はフランス南西部、マディラン。それを1874年、バスク系移民のパスクアル・アリアゲが北部の町サルトに植えたのが物語の始まりです。品種は彼の名を取って長く「アリアゲ」と呼ばれ、いまでは彼の命日である4月14日が「タナ・デー」として祝われるほど、国のアイデンティティになりました。タナはプロシアニジン(ポリフェノールの一種)の含有量が主要品種の中でも最高水準とされ、色濃く、タンニンたっぷりで、長熟。ウルグアイでは本家マディランよりも果実味豊かに、少し柔らかく育つと評されます。牛肉の消費量が世界トップクラスのこの国で、アサード(炭火焼き)の隣に置く赤として、これほど適任の品種はありません(焼肉・BBQとワインの相性論がそのまま通じます)。
産地の中心は、首都モンテビデオを取り囲むカネロネス。国内生産の6割超を担う歴史的な心臓部です。そして近年世界の視線を集めるのが、東の大西洋岸マルドナド。リゾート地プンタ・デル・エステの後背地に当たる冷涼な花崗岩の丘陵で、ここに2000年代後半、アルゼンチンの実業家アレハンドロ・ブルゲローニが一大プロジェクトボデガ・ガルソンを築きました。2016年に完成した醸造所はサステナブル建築の国際認証LEEDを取得し、看板のアルバリーニョ(スペイン北西部原産の白)は「南米で最も刺激的な白のひとつ」と評される存在に。タナ一本槍だった国に、海風の白という第二の顔が加わったのです。
「ブラジルでワイン? 暑すぎるのでは」——その直感は半分正しく、半分間違いです。ブラジルのワインの本場は、国土のいちばん南、ウルグアイと国境を接するリオ・グランデ・ド・スル州。南緯29度前後の高原地帯セラ・ガウーシャは標高600〜800mの丘陵で、リオのビーチとはまるで別世界の、涼しく湿った気候です。冒頭の写真のように、うねる丘に畑が貼り付き、丘の上に教会が立つ——どこかイタリアの田舎に似た風景。それもそのはず、ここは1875年からヴェネト州を中心とするイタリア移民が開拓した土地なのです。
その中心地区ヴァレ・ドス・ヴィニェードス(「ブドウ畑の谷」)は、2002年にブラジル初の地理的表示(I.P.)を取得し、2012年にはワインとしてブラジル初のD.O.(原産地呼称)に認定されました。1875年創業の名門カーサ・ヴァルドゥガ、ブラジル最大級のファインワイン生産者ミオーロが本拠を構えるほか、1973年にはシャンパーニュのグランメゾンを擁するモエ・エ・シャンドンがシャンドン・ブラジルを設立——あのLVMHが半世紀も前に目を付けていた、と聞けば土地の潜在力が伝わるでしょうか。
ブラジルの得意技は、なんといってもスパークリング(エスプマンテ)です。冷涼で雨の多いセラ・ガウーシャは、完熟一歩手前の酸を残した収穫に向いており、これは第13講 スパークリング大全で学んだ「泡の産地の条件」そのもの。瓶内二次発酵の本格派から、マスカット系品種で造る甘やかでフローラルなモスカテル・スパークリングまで、国際コンクールでの受賞は数知れず。「ブラジル=泡」は、専門家の間ではもう定説です。
もうひとつ、覚えておきたい新顔がカンパーニャ。ウルグアイ国境沿いの平原で、2020年にI.P.を取得した新興産地です。国境の南はウルグアイのタナの国——つまりこの一帯は、国籍をまたいだ「南緯30度の新しい銘醸ベルト」として一続きに眺めることができます。
最後は北へ大きく飛んで、メキシコ。実はこの国こそ、アメリカ大陸のワイン発祥の地です。スペイン人がブドウを持ち込んだのは16世紀。1597年には北部コアウイラ州のパラス渓谷に、現存する大陸最古のワイナリーカサ・マデロ(当時の名はハシエンダ・サン・ロレンソ)が生まれています。カリフォルニアよりも、チリよりも先——大陸のワインの歴史は、メキシコから始まりました。
ところが歴史は一度、断ち切られます。植民地のワインが本国産を脅かすことを恐れたスペイン王室は、1699年、新大陸での商業的なワイン生産を禁止(教会のミサ用のみ例外)。この禁令は1821年のメキシコ独立まで公式に残り、産業は一世紀以上の眠りにつきました。第43講 ワインの歴史完全編で見た「ワインと権力」の構図が、ここでは産地そのものを止めてしまったのです。

その眠れる巨人が目を覚ましたのが、現代のバハ・カリフォルニア州です。米国国境のすぐ南、太平洋岸のバジェ・デ・グアダルーペを核に、州だけでメキシコワインの8〜9割を生産します。気候は冬に雨が集まる地中海性——国境の北のカリフォルニアと地続きの条件ですが、恒常的な水不足という重い課題も抱えています。この谷には面白い歴史の層があり、20世紀初頭(1905年)にはロシアの宗教的少数派モロカン派の一団が入植してブドウを植えました。1928年創業の最大手L.A.セットはイタリア・トレンティーノ出身の移民家系で、その看板がネッビョーロならぬネッビオーロ。ピエモンテの高貴品種が、メキシコの乾いた谷で国際的な受賞を重ねているのは、移民の記憶が品種の選択に残った好例です。1987年創業のモンテ・ハニックは「メキシコ初のブティックワイナリー」と呼ばれ、品質革命の旗手になりました。
いまのバジェ・デ・グアダルーペを語るなら、ワインだけでは足りません。全長約56kmのワインルート「ルタ・デル・ビノ」沿いには100を超えるワイナリーが集まり、薪火の野外キッチンで知られる名店をはじめ、国境を越えて食通が通う美食の谷に変貌しました。メキシコシティのレストランのワインリストで自国産が誇らしげに並ぶ——そんな光景は、二十年前にはなかったものです。
「面白そうだけど、どこで買えるの?」——当然の疑問です。結論から言うと、三国とも日本で正規輸入があり、数千円台から試せます。ただし置いてある店が限られるので、第33講 ワインの買い方完全編で学んだ「輸入元・専門店から逆引きする」技がそのまま活きます。
選ぶときの共通のコツはひとつ。「珍しさ」ではなく「その国の得意技」を選ぶことです。ウルグアイのタナ、ブラジルの泡、メキシコの地中海性気候の赤——この講で見た「武器」に沿って選べば、初めての産地でも外しにくくなります。
色は黒に近く、タンニンは主要品種でも最強クラス——ただしウルグアイのタナは本家マディランより果実味が豊かで、角が取れていると評されます。若いうちは牛肉や熟成チーズなど脂とタンパク質のある料理と合わせるのが正解。渋みが苦手な人は、少し温度を上げて(16〜18℃)大ぶりのグラスで飲むと印象が和らぎます。
甘口だけの国ではありません。モスカテル・スパークリングは確かに甘やかですが、セラ・ガウーシャの瓶内二次発酵のエスプマンテは辛口の本格派で、国際コンクールの常連です。スティルワインもメルローやシャルドネを中心に辛口が主流。「泡の実力国」と覚えるのがいちばん実態に近いです。
条件は地続きですが、個性は別物です。バジェ・デ・グアダルーペは同じ地中海性気候でもより乾燥が厳しく、水はけのよい花崗岩質の谷。ハーブや土を思わせる乾いたニュアンスをまとった赤が多いと評されます。ネッビオーロやテンプラニーリョなど、カリフォルニアの主流と違う品種構成も面白さのひとつです。
第52講を一言にまとめるなら、「新星」と呼ばれる産地ほど、実は古い物語を持っているということです。大陸最古のワイナリーを持つメキシコ、150年にわたりタナを育て続けたウルグアイ、イタリア移民が丘を丸ごと再現したブラジル。三国に共通するのは、歴史の厚みと、それを現代の品質に翻訳し直したこの二十年の跳躍です。チリとアルゼンチンの陰で見えにくかった南米の奥行きが、これで立体的になったはずです。
次の一本。 まずはウルグアイのタナを。2,000〜3,000円台のエントリークラスで十分です。同価格帯のチリのカベルネ(第22講)と並べて飲み比べれば、同じ南米でも「アンデスの乾き」と「大西洋の湿り」で赤ワインの造形がどう変わるか、一晩で体感できます。
次回はテーマ編。「ロゼワイン完全編」。ピンク色の正体は何か、なぜプロヴァンスは淡いのか、甘口と辛口の見分け方は——夏だけのワインと思われがちなロゼの、本当の実力と選び方をまとめて歩きます。