ワインの世界地図は、まだ描きかけです。 蔓を土に埋めて越冬する寧夏、雲の上の雲南、モンスーンをかわすインド——教科書の外側で自分の解き方を発明するアジアの産地を歩きます。

記念すべき第50講は、ワイン地図のいちばん新しいページを開きます。第32講では「寒さのフロンティア」としてイングランドとカナダを歩きました。今回はアジア——ワインの世界地図で長く余白だった場所に、いま猛烈な勢いで描き込みが進んでいます。その筆頭が、中国です。
まず、規模の話から。OIV(国際ブドウ・ワイン機構)の統計では、中国のブドウ栽培面積は約75万ヘクタール超で世界第3位——スペイン、フランスに次ぐ広さです。ただしこの数字には仕掛けがあります。中国のブドウは大半が生食用・干しぶどう用で、ワイン生産量で見ると近年は減少が続き、OIVの2024年推計では約260万ヘクトリットルと世界トップ10圏外。「畑は世界3位、ワインは10位圏外」——このねじれ自体が、発展途上の巨人の姿をよく表しています。そして2024年11月、中国はOIVに51番目の加盟国として正式加盟しました。世界のワイン地図に、正面から名乗りを上げたのです。
ワインの歴史そのものは、実はアジアも古いのです。第30講で歩いたジョージアはアジアとヨーロッパの境に位置しますし、シルクロードを通ってブドウは古代から中国に伝わっていました。けれど「近代的なワイン産業」としてのアジアは、まだ生まれて百年余り。この若さこそ、今回の旅の主題です。
中国ワインの「質」の顔は、内陸の寧夏(ニンシア)回族自治区にあります。銘醸地帯の名は賀蘭山東麓(がらんさんとうろく)。賀蘭山という岩山の東側、標高およそ1,000〜1,300mの扇状地に畑が連なります。年間降水量は約200mm——ほとんど半砂漠です。それでもブドウが育つのは、すぐ東を流れる黄河から水を引けるから。乾いた空気は病気を遠ざけ、強い日差しと夜の冷え込みが、色濃く香り高い果実を育てます。
条件はどこか、第28講で歩いたワシントン州の「雨陰の半砂漠+灌漑」に似ています。ただし寧夏には、あちらにない試練がひとつ。冬の酷寒です。−20℃級の寒さからブドウを守るため、毎年秋に蔓を倒して土に埋め、春に掘り起こす埋土栽培が欠かせません。この手間が、寧夏ワインのコストと、造り手の覚悟の証になっています。
転機は2011年。賀蘭晴雪の「加貝蘭2009」(カベルネ・ソーヴィニヨン主体のボルドーブレンド)が、Decanterワールド・ワイン・アワードの「10ポンド超の赤・ボルドー品種」部門でインターナショナル・トロフィーを獲得します。中国ワイン初の快挙に「あの中国が?」と世界がざわつき、寧夏には投資と人材が流れ込みました。ボルドーで醸造を学んだ高源(エマ・ガオ)が家族と興したブティックワイナリー銀色高地(シルバー・ハイツ)、オーストリアの醸造家レンツ・モーザー5世と張裕が組んだシャトー・チャンユー・モーゼルXV——冒頭の写真の壮麗なシャトーも、この賀蘭山東麓に立っています。
中国の面白さは、産地ごとに「戦う相手」がまるで違うことです。寧夏の敵が冬の寒さなら、標高で勝負するのが雲南省。ヒマラヤ東端、メコン川上流の山峡に、LVMHが主導するアオユン(傲雲)の畑があります。標高は2,200〜2,600m——世界最高地級のカベルネ畑です。緯度は亜熱帯でも、この高さなら冷涼。雲の上でゆっくり熟した初ヴィンテージ2013年は世界の話題をさらいました。シャンパーニュのグランメゾンを擁するLVMHが、次の一手に選んだのが中国の山奥だった——という事実そのものが、時代の変化を物語ります。

一方、海の産地が山東省・煙台です。1892年に張裕が生まれた中国ワイン発祥の地で、生産量ではいまも中国最大級。半島の海洋性気候は内陸のような酷寒がなく埋土栽培が要らない反面、夏から初秋にモンスーンの雨が集中し、湿気とカビとの戦いになります。乾きすぎの内陸と、湿りすぎの沿岸——中国は一国の中に、正反対の悩みを抱えた産地が同居しているのです。ほかにも北京の北西・河北省懐来には生産量で張裕と並ぶ巨人長城(グレートウォール)が本拠を構え、シルクロードの新疆では天山山脈の麓の乾いた盆地に広大な畑が広がります。
スタイルの主役は、一貫してボルドー品種の赤です。中国の食卓で赤い色が縁起物であること、贈答文化でボルドーの名声が別格だったことが、カベルネ中心の作付を後押ししました。そこにマルスランという「自分の品種」の候補が現れたいま、中国ワインは模倣から個性の段階へ、静かに移りつつあります。
南へ飛びます。インドのワイン産地の中心は、ムンバイの北東、デカン高原のナーシク。「インドのワイン首都」と呼ばれる町です。緯度はなんと北緯20度——ワインの教科書が「ブドウはおおむね北緯30〜50度で育つ」と教える、そのはるか外側です。それでもワインが造れるのは、標高550〜730mの高原が暑さを和らげてくれるから。ここでも鍵は、緯度ではなく標高でした。

ただし熱帯には、根本的な問題があります。ブドウが休眠しないのです。温帯のブドウは冬に葉を落として眠り、年1回のサイクルを刻みますが、熱帯では放っておくと年に2度、3度と実を付けてしまい、味が乗りません。ナーシクの答えが「年2回剪定・1回収穫」という発明です。6〜9月のモンスーン(雨季)をやり過ごしたあと10〜11月に剪定して結実を促し、雨のない乾季の冬にじっくり熟させ、2〜4月に収穫する。雨をよけ、乾季を「疑似的な生育期」に仕立てる——気候に合わせてカレンダーごと作り替えた、熱帯ヴィティカルチャーの知恵です。
牽引役は、シリコンバレー帰りの起業家ラジーヴ・サマントが1990年代末に興したスラ・ヴィンヤーズ。2000年の初リリースから四半世紀で、ソーヴィニヨン・ブランやシュナン・ブランを看板にインド最大のワインブランドへ育ち、畑にテイスティングルームやリゾートを併設してワインツーリズムの聖地にもなりました。スパイスの効いたインド料理と地元の白——辛い料理とワインの相性のよさは、現地が毎日証明しています。
さらに南、タイやインドネシアのワインには、名前が付いています。ニュー・ラティテュード・ワイン(新緯度ワイン)——伝統的なワインベルトの外側、低緯度で造られるワインの総称です。タイでは、リゾート地ホアヒンの丘に広がるモンスーン・ヴァレー、バンコク北東のカオヤイ山麓に畑を構える家族経営のグランモンテなどが先頭を走り、「カオヤイ・ワイン」は2018年、タイの地理的表示(GI)にも登録されました。国際コンクールでの受賞も、もはや珍しくありません。
バリ島のハッテン・ワインズ(1994年創業)に至っては、ブドウがまったく休眠しません。蔓は一年中緑のまま、約120日周期で年に3回近く収穫が回ります。だからワインは基本的にヴィンテージ表記のないNV——第29講で学んだ「年の個性」という概念そのものが、赤道直下では成立しないのです。ワインの常識が、緯度とともに一枚ずつ剥がれていく面白さがここにあります。
東アジアにも小さな灯があります。韓国ではキャンベル・アーリーなど生食兼用種からのワイン造りが続き、台湾ではブラック・クイーン——第9講で出会った川上善兵衛が交配した品種——が亜熱帯の島で赤ワインになっています。マスカット・ベーリーAの兄弟品種が海を渡って生きている、と知ると地図が少し立体的に見えてきます。
そして、造らないのに世界のワインを動かす都市があります。香港です。2008年にワイン関税を完全撤廃すると、輸入とオークションが爆発的に伸び、数年でロンドン、ニューヨークと並ぶ——取扱額では凌ぐ——ファインワイン取引の中心地になりました。シンガポールも保管・流通のハブとして存在感を増しています。アジアは「新しい産地」であると同時に、世界のワインの新しい買い手でもある。この二つの顔が揃ったとき、地図の重心は確実に東へ動いたのです。
少しずつ買えるようになっています。中国はシルバー・ハイツやシャトー・チャンユー・モーゼルXV、アオユンなどが輸入されており、専門店やネットで見つかります(アオユンは高級品で数万円級)。インドのスラ、タイのモンスーン・ヴァレーはアジア料理店やネットで数千円台から。「輸入元で選ぶ」という第33講の技が、こういう珍しい産地でこそ効きます。
鍵は標高と雨のカレンダーです。ナーシクは標高550〜730m、アオユンは2,200m超——高さが暑さを打ち消します。さらに熱帯では、剪定の時期を操作して雨季を避け、乾季にブドウを熟させる栽培が確立しました。緯度そのものより「生育期に涼しく乾いているか」が本質——第2講で学んだ気候の読み方の、いちばん極端な応用例です。
玉石混交——ただし玉は本物です。2011年のDecanter部門トロフィー以降、寧夏や雲南のトップワインは国際コンクールで欧米の銘醸と並ぶ評価を得ており、「中国だから」と侮れる時代は終わりました。一方で大量生産の廉価品との差はまだ大きく、平均点で語れないのが現状です。信頼できる造り手の名前(賀蘭晴雪、シルバー・ハイツ、アオユンなど)で選ぶのが確実です。
第50講を一言にまとめるなら、ワインの世界地図は完成品ではなく、いまも描きかけの図面だということです。寧夏は蔓を土に埋めて冬を越え、雲南は雲の上で果実を熟させ、ナーシクは剪定のカレンダーを組み替えてモンスーンをかわす。どの産地も、教科書の外側で自分の解き方を発明しています。百年後のワインの教科書には、今回歩いた土地のいくつかが「古典的銘醸地」として載っているかもしれません。
そして忘れてはいけないのは、アジアにはすでに成熟した銘醸国がひとつあること——日本です。第9講で歩いた甲州やマスカット・ベーリーAの物語は、アジアのワインが「その土地の答え」を見つけた最初の実例でもあります。寧夏のマルスランは、いわば甲州の後輩なのです。
次の一本。 手に入りやすさなら、まずインドのスラのソーヴィニヨン・ブラン、またはタイのモンスーン・ヴァレーの白を。スパイシーな料理と合わせれば「暑い国のワインは、暑い国の食卓のために造られている」ことが一口で分かります。中国に挑むなら、輸入されている寧夏のカベルネかマルスランを。ボルドーを横に置いて比べると、砂漠の陽射しの濃さが感じ取れるはずです。
次回はテーマ編。「ワイナリー訪問とワインツーリズム完全編」。畑を見て、蔵を歩き、その場で味わう——ワインをいちばん深く覚える旅の作法を、予約のコツから試飲のマナー、日本で行ける産地まで、まとめて歩きます。