出汁と練り物、からし——おでんは「淡い味に寄り添う」一本で
おでんの味は、昆布やかつおの出汁、練り物や大根に染みたやさしい甘み、そして器の縁のからしでできています。どれも繊細で、強いワインをぶつけると料理のほうが消えてしまいます。だから基本は、香りが穏やかで、渋みのないワインです。
その筆頭が日本の白、甲州。香りは控えめで、和柑橘を思わせるほのかな香りと、穏やかな酸を持つ品種です。出汁を飲んだあとに口に含んでも味がぶつからず、大根やはんぺんの淡さにもそっと寄り添います。産地の中心は山梨で、造り手ごとの違いは第70講 — 山梨完全編で歩けます。
もうひとつの柱が、辛口のスパークリングワイン。さつま揚げやがんもどきの油、牛すじの脂を泡と酸が流し、熱い出汁のあとに冷たい泡がよく効きます。
赤を合わせるなら、渋みの穏やかな軽い赤に絞るのがコツです。タンニンの強い赤は、魚のすり身や出汁と合わさると渋みや苦みが浮いて感じられやすい傾向があります。反対にマスカット・ベーリーAのように果実味があって渋みの控えめな赤なら、醤油や味噌の甘辛さと同じ方向を向いてくれます。
関東・関西・静岡・味噌——つゆの色で選び分ける
おでんは土地によってつゆの色も具も変わります。目安はつゆが淡いほど白、濃いほど赤寄りです。
- 関東風(濃口醤油のつゆ) — かつおの効いた色の濃いつゆに、ちくわぶやはんぺん。甲州や辛口白に加えて、軽い赤まで選択肢に入ります。
- 関西風(昆布だしと薄口醤油) — 色の淡いつゆに、牛すじやたこ。出汁そのものを味わう相手には、甲州や辛口白、よく冷えたシェリーのフィノが寄り添います。
- 静岡おでん — 牛すじなどでだしをとった黒いつゆに、青魚のすり身の黒はんぺん、仕上げに削り節や青のりのだし粉。魚の風味と香ばしさがあるので、軽い赤や泡が合わせやすい組み合わせです。
- 味噌おでん — こんにゃくや豆腐に甘い味噌だれ。甘辛さと同じ方向の果実味を持つマスカット・ベーリーAが素直に合います。考え方はペアリング: すき焼きと近く、甘い味には果実味の赤、と覚えておくと迷いません。
フィノはスペイン南部ヘレス周辺で造られる辛口の酒精強化ワインで、樽の中で産膜酵母フロルの下で熟成します。ナッツや酵母を思わせる香りと引き締まった後味が、出汁の香りと響き合うと評されることの多い一杯です。仕組みは第15講 — 酒精強化ワイン完全編へ。
からしと具、温度の合わせ方
からしは鼻に抜ける辛みが持ち味です。そのあとは、よく冷えた泡や酸のある白で口をさっぱりさせるのが合わせやすい流れ。アルコールが高く力強いワインは刺激が重なりやすいので、からしを多めにつける日は軽やかなタイプを。
具では、大根・卵・はんぺんには甲州や辛口白、揚げた練り物には泡、牛すじには軽い赤、たこや貝には辛口白やフィノが目安です。具が淡いほどワインも淡く。原則の全体像は第27講 — 料理ペアリング完全編にまとめています。
合わせにくい組み合わせも、知っておくと選びやすくなります。
- おでん×タンニンの強いフルボディ赤 — 出汁の繊細なうま味を覆い、練り物と合わさると渋みや苦みだけが残りやすくなります。
- おでん×樽香の強い白 — 樽のバニラや焼いたような香りが、昆布やかつおの香りとぶつかりやすく、どちらの持ち味も見えにくくなります。
- おでん×はっきり甘いワイン — 関西風の淡いつゆや塩気のある練り物とは、後味がちぐはぐになりがちです。甘い味噌だれの日も、甘口より果実味のある辛口の赤のほうが合わせやすい目安です。
温度は、泡と白は6〜10℃、フィノは7〜9℃、軽い赤は少し冷やした12〜14℃が目安。湯気の立つ器に冷たいグラスを添えると、それだけで一皿ごとに口が新しくなります。詳しくは提供温度(適温)へ。
カウンターで一杯、家の土鍋で一本——場面で選ぶ
- おでん屋のカウンターで — 大根と玉子から始めるなら、グラスの白か泡。出汁をしみじみ味わう夜なら、よく冷えたフィノを一杯頼んでみるのも粋な選び方です。
- 家の土鍋を囲む夜 — 具が何種類も並ぶので、甲州か辛口の泡を一本冷やしておけば最初から最後まで通せます。牛すじが多い日は、二本目に軽い赤を。最後に残ったつゆでうどんや雑炊にするなら、グラスに残った白か泡がそのまま寄り添います。
- 冬の手土産に — おでんに招かれたら、国産の泡や甲州は場になじみやすい一本です。泡の選び方はスパークリングワインの選び方へ。
鍋料理全体での考え方はペアリング: 鍋料理、和の献立に広げるならペアリング: 和食と第71講 — 和食とワイン完全編も参考にしてください。