第85講「フランス料理とワイン完全編」では、マルセイユのブイヤベースにプロヴァンスの白を合わせる考え方を紹介しました。マルセイユ観光局がブイヤベースに合うワインとして挙げるのは、カシス、ベレ、コトー・デクス・アン・プロヴァンスなどの白で、その最初に名前があるのがバンドールの白です。ところが当のバンドールは、白よりも、ムールヴェードルから造る長命な赤と、南仏の食卓に欠かせないロゼでこそ知られる産地です。今回の銘醸図鑑は、地中海を見下ろす段々畑の小さなAOCをたどります。
南フランス全体の地図は第42講「南フランス完全編」で描きました。ここでは、地形と規則、歴史、そして造り手に焦点を当てます。
地中海に開いた円形劇場と8つの村
バンドールは、マルセイユとトゥーロンのあいだ、ヴァール県の海辺の町です。AOCの区域はバンドール、ル・ボセ、ラ・カディエール・ダジュール、ル・カステレ、エヴノス、オリウル、サナリー・シュル・メール、サン・シール・シュル・メールの8つの村。ぶどうの収穫から醸造、熟成まで、すべてをこの区域で行うことが仕様書(INAOの規約)で求められています。
地形は、よく円形劇場にたとえられます。仕様書の説明では、浸食と地殻の動きで生まれた丘が北を閉じ、南だけがバンドール湾に向かって開いています。北の山並みは、生産者組合によればサント・ボーム山塊、東にモン・コーム、南にグロ・セルヴォー。この地形のおかげで、プロヴァンスを吹き抜ける冷たい北風ミストラルから守られ、日照は年平均約3,000時間、雨は年650mmほど。海が夏の暑さをやわらげ、夜にはわずかな湿り気を運びます。
AOCが認められたのは1941年11月11日の政令です。面積は、仕様書の2009年の記述で1,580ha・年平均約5万hl。生産者組合(Les Vins de Bandol)の2023年の資料では1,614ha・49,772hlで、69のドメーヌとシャトー、3つの協同組合(組合員約300)があります。組合のサイトの中でも「約1,500ha」「約1,600ha」と表記が揺れるので、「約1,600ha」と覚えておけば十分でしょう。
レスタンク──石垣が支える段々畑

バンドールの景色を決めるのは、斜面に何段も積まれた石垣です。仕様書によれば、何世代もの農民が土を留め、畑から石を取り除くために空積みの石垣を無数に築き、それが「レスタンク」と呼ばれる段々畑の風景をつくりました。斜面にはぶどうとオリーブが並び、尾根には松や樫の林が残ります。
土は、薄く白っぽく、有機物が少なく、石が多く水はけのよいものが典型とされます。仕様書は区域を定めるとき、「谷の肥えた沖積土」や松林を除き、昔からバンドールの名声を築いてきた「やせた土地」を選んだと説明しています。造り手によって土台の地質は異なり、たとえばテールブリュンヌは三畳紀の岩塊、ピバルノンは白亜紀の青い泥灰土に触れています。土と味わいの関係の考え方は第67講「土壌とテロワール完全編」へ。
段々畑の規則も細かく定められています。株はゴブレ(株仕立て)かコルドン・ド・ロワイヤの短い剪定で、1株あたりの芽は8つまで。収穫は手摘みに限られ、房はつぶさずに醸造所まで運びます。収量の上限は1haあたり40hlで、2023年の実際の収量は組合の資料で31hl/haでした。段々畑では機械が入りにくく、手間のかかる畑であることが数字からも見えてきます。
ムールヴェードル──晩熟の主役と赤の規則
バンドールの赤を特徴づけるのは、ムールヴェードルです。スペインでは「モナストレル」、オーストラリアなどでは「マタロ」とも呼ばれる黒ぶどうで、熟すのがとても遅い品種です。仕様書は、北風から守られ、日差しと海の湿り気に恵まれたこの円形劇場を、晩熟のムールヴェードルが十分に熟せる「好みの居場所」だと書いています。
赤の主な規則は次のとおりです。
- 品種──主要品種はムールヴェードル、グルナッシュ、サンソー。補助品種のカリニャンとシラーは、それぞれ畑の10%まで
- ムールヴェードルの比率──畑の50%以上95%以下
- 樽熟成──小樽(フュ)か大樽(フードル)で18か月以上。仕様書は「多くはフードル」と説明しています
- 若い樹──赤に使えるのは、植えてから7年目以降の樹のぶどう
- 出荷──収穫の翌々年の5月1日から
仕様書はこうして生まれる赤を「力強く、骨格があり、タンニンに富み、長く保つ」と説明しています。若いうちは渋みが硬く、黒い果実やハーブの香りが、熟成とともになめし革やスパイス、土の香りへ移っていくと評されます。大樽での熟成については第63講「オーク樽完全編」で解説しています。グルナッシュ主体の南ローヌとの違いは、銘醸図鑑「シャトーヌフ・デュ・パプ」や品種「グルナッシュ」と読み比べると見えてきます。
この主役は、ずっと安泰だったわけではありません。プラドーの公式サイトによれば、19世紀末のフィロキセラのあと、地所ではカリニャンやアリカンテなど収量の多い品種が植えられました。そこへムールヴェードルを呼び戻したのが、タンピエのリュシアン・ペイローやプラドーのアルレット・ポルタリスら、AOC創設期の生産者たちです。生産者組合のサイトも、フィロキセラ後の復興を引っ張ったのはムールヴェードルだったと紹介しています。
ロゼが7割、白は1割に満たない
量で見ると、バンドールはロゼの産地です。生産者組合の2023年の資料では、生産量49,772hlのうちロゼが74.3%、赤が19.4%、白が6.3%でした。仕様書の2009年時点の記述にも、ロゼは「ますます大きな位置を占めている」とあります。
ロゼにもムールヴェードルを20%以上使うことが求められ、仕様書によれば実際には30〜40%のことが多いといいます。造り方は、黒ぶどうをそのまま搾る直接圧搾、短いかもし、セニエ(果汁の抜き取り)のいずれか。色は淡い野バラのような色でも、ムールヴェードルのおかげでほかのプロヴァンスのロゼよりタンニンがあり、開くまで少し時間がかかるかわりに長く保つ、と仕様書は説明しています。少なくとも収穫の翌年3月1日まで熟成させ、その日から出荷できます。ロゼの造り方の全体像は第53講「ロゼワイン完全編」や用語「ロゼワイン」へ。
白は、クレレット、ユニ・ブラン、ブールブーランが主要品種です。仕様書ではクレレットを30%以上使い、補助品種としてヴェルメンティーノ(20%まで)、マルサンヌ、ソーヴィニヨン、セミヨン(各10%まで)が認められています。生産者組合の資料ではクレレットの最低比率を50%としており、資料によって数字が異なります。仕様書は、淡い麦わら色で花の香りをもつ、繊細で骨格のある白と説明しています。ロゼと同じく、出荷は収穫の翌年3月1日からです。
なお、仕様書は気候の変化に備える「適応のための品種」として、ギリシャのクシノマヴロやアシルティコなどを、畑の5%までという条件つきで試すことも認めています。2026年に示された改正案には、色の薄いムールヴェードル・グリやムールヴェードル・ブランを加える内容も含まれています。
港から船で運ばれた「B」の樽
バンドールのぶどう栽培の起源は、古代ギリシャの植民者フォカイア人にさかのぼるとされます。仕様書は紀元前4世紀、生産者組合は紀元前6世紀として、この海岸に植民地を築き、ぶどうとワインの文化をもたらしたと紹介しています。ローマ時代の別荘(ヴィラ)の跡からは、アンフォラを焼いた窯や圧搾機も見つかっています。
「バンドール」という名前は、もともとは産地ではなく積み出し港の名前でした。仕様書が引く1866年の資料は、ラ・カディエール、ル・カステレ、サン・シールなどで造られたワインが、積み出す港の名で「バンドールのワイン」と呼ばれたと記しています。沖に停泊した船が、焼き印で「B」の文字を押した樽を積み込んでいったといいます。長い船旅でかえって質を上げる、日持ちのよいワインとして知られ、1818年の町議会の記録には6,000hl以上が港からイタリアや北ヨーロッパ、アメリカへ送られたとあります。
選び方と楽しみ方
最初の一本なら、ロゼから入るのが手軽です。国内では、ラフラン・ヴェロルやシャトー・カナデルのロゼが4,000〜5,500円前後、タンピエやピバルノン、テールブリュンヌのロゼが5,500〜7,500円前後。赤は、ラフラン・ヴェロルやカナデルが5,500〜7,000円前後、ピバルノンやタンピエが7,500〜10,000円前後です。白は流通が少なく、タンピエなどで7,000〜9,000円前後でした(2026年10月の楽天市場の検索による目安。価格はヴィンテージや為替で大きく変わります)。
赤は、若い年を開けるならデキャンタで空気に触れさせると、硬さがほどけやすくなります。数年以上寝かせた年を探すのも手です。合わせる料理は、ラム肉や牛の煮込み、ジビエ、ハーブを効かせた肉のグリルといった、香りの強い肉料理が定番として挙がります。
ロゼは、プロヴァンスの家庭料理の万能選手です。トマトとオリーブ油の料理、ラタトゥイユ、魚介と米を使ったパエリアのような料理に向きます。ほかのプロヴァンスのロゼより骨格があるので、焼いた魚や鶏にも負けません。白は、冒頭のブイヤベースのほか、魚介のスープやグリルに。魚介との合わせ方は第77講「魚介とワイン完全編」で詳しく扱っています。
※面積・生産量は資料や年によって異なります。規約は2025年4月に改正され、2026年にも改正案が示されています。最新の情報はINAOや生産者組合(Les Vins de Bandol)の資料でご確認ください。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。