第87講「イタリア料理とワイン完全編」では、ヴェネトの煮込みや熟成したチーズの相手として、陰干ししたぶどうから造るアマローネの名を挙げました。第48講「北イタリア完全編」でも、「干す」という発明として紹介した赤です。今回の銘醸図鑑は、このワインを生むヴェローナの北の丘と、ぶどうを乾かす規則、そして造り手たちをたどります。
イタリア全体の地図は第7講「イタリア完全編」で描きました。ここでは、地形と規則、歴史、造り手に焦点を当てます。
ヴェローナの北、手のひらのような谷
ヴァルポリチェッラは、ヴェローナ県の北側、アルプスの手前に連なるレッシーニ山地のふもとに広がる産地です。仕様書は、北の山並みが風を防ぎ、西のガルダ湖が気候をやわらげ、南向きの丘が並ぶこの土地を、平野へ向かって指を広げた手のような形の谷と丘の連なりと説明しています。雨は年850〜1,000mmほどで、低い丘や谷では地中海の気候に近いといいます。畑は標高500mあたりまで上がり、土は石灰岩や白雲岩が崩れたもの、玄武岩、氷河や川が運んだ堆積物などが入りまじります。
保護協会(Consorzio Tutela Vini Valpolicella、1925年創設)は、産地を3つの区域に分けています。
- クラシコ地区──サンタンブロージョ・ディ・ヴァルポリチェッラ、サン・ピエトロ・イン・カリアーノの一帯と、フマーネ、マラーノ、ネグラールの3つの谷からなる歴史的な中心地。保護協会はガルダ湖の影響を受ける区域と説明しています
- ヴァルパンテーナ──ヴェローナの真北に延びる谷。ラベルに「ヴァルパンテーナ」と書けます
- そのほかのDOC区域──ヴェローナ市内の丘と、東側のイッラージ、トラミーニャ、メッツァーネの谷
アマローネの区域は、仕様書では19の市町村の全体または一部にまたがります。保護協会の数字では、ヴァルポリチェッラ全体のぶどう畑は8,621ha、2024年の生産は5,900万本。品種はコルヴィーナが56%、ロンディネッラが19%、コルヴィノーネが18%を占めます。
干すという造り──アパッシメントの規則
アマローネの味を決めるのは、収穫と仕込みのあいだの数か月です。仕様書の説明によれば、ぶどうは9月下旬から10月第1週に、傷のない完熟した房を選んで摘み取ります。房はつぶれないよう、木やプラスチックの箱、あるいは竹のすのこに一段だけ並べ、風通しのよい乾燥庫(フルッタイオ)に運びます。干す期間は100〜120日。重さが少なくとも半分になるまで毎日のように房を見て回り、傷んだ粒を取り除きます。そのあいだに酸が下がり、ポリフェノールが凝縮し、グリセリンが大きく増えると仕様書は書いています。
主な規則は次のとおりです。
- 収量──畑の上限は1haあたり12トン。そのうち干すのに回せるのは65%までで、残りはヴァルポリチェッラやリパッソに回せます
- 干し方──空調の使用は認められますが、伝統的な乾燥と同じような温度で動かすことが条件で、熱を使って除湿する装置は使えません
- 仕込み──干したぶどうは原則として12月1日より前に仕込めません
- ワインになる量──ぶどうに対して40%まで
- アルコール──干したぶどうの段階で潜在アルコール14%以上、仕上がりも14%以上
- 熟成──収穫の翌年1月1日から数えて2年以上。リゼルヴァは収穫年の11月1日から数えて4年以上
干し方は造り手によってさまざまです。クインタレッリは屋根裏に網を吊るし、マァジやスペーリは「アレーレ」と呼ばれる竹のすのこを使います。マァジは過去の良年の気象データをもとに乾燥庫の環境を保つ仕組みを考え、ダル・フォルノ・ロマーノは自前の乾燥庫で風の向きを細かく変えます。干している間に生じるカビの働きが、ドライフルーツやタバコ、スパイスを思わせる香りにつながると仕様書は説明しています。発酵を「やり切るか、止めるか」の考え方は第47講「醸造完全編」で解説しています。
コルヴィーナと仲間たち──品種の規則
主役はコルヴィーナ(コルヴィーナ・ヴェロネーゼ)です。スペーリの公式サイトは、渋みと色素に富み、果実の香りをもたらす、最も大切な品種と紹介しています。仕様書の品種の規則は次のとおりです。
- コルヴィーナとコルヴィノーネ──合わせて45〜95%。コルヴィノーネはコルヴィーナとは別の品種で、2019年の改正後の条文ではコルヴィーナと同じ枠で数えます
- ロンディネッラ──5〜30%
- そのほかの黒ぶどう──合わせて25%まで。ヴェローナ県で栽培が認められた香りの強くない黒ぶどうは15%まで(1品種10%まで)、イタリア在来の黒ぶどうは残りの10%まで
この「そのほか」の枠に、モリナーラやオゼレータ、クロアティーナといった品種が入ります。スペーリはオゼレータなど古い在来品種を少しずつ使い、ダル・フォルノ・ロマーノはクロアティーナやオゼレータを育てています。一方、ベルターニのクラシコはコルヴィーナ80%・ロンディネッラ20%と、二つだけで造っています。
畑の仕立ても変わってきました。仕様書によれば、昔ながらの二方向に枝を広げる大きな棚から、より小さなペルゴラ(棚)やペルゴレッタへと移り、房の健康と熟し具合を見守りやすくなったといいます。スペーリは、棚の腕を傾けて房に光と風を通す「ペルゴレッタ・スペーリ」を自分たちが考えたと公式サイトで紹介しています。
甘口の祖先と「苦い」の名
干したぶどうからワインを造る伝統は古く、仕様書は、テオドリック王に仕えたカッシオドルスがヴァルポリチェッラの地主に宛てた手紙で、干したぶどうから造る「アチナーティコ」を王の食卓のために求めたことを、アマローネの最初の祖先として紹介しています。ただし長いあいだ、この土地で造られてきたのは甘口のワインでした。保護協会は甘口のレチョート・デッラ・ヴァルポリチェッラを「アマローネの祖先」と呼んでいます。ベルターニの公式サイトにも、レチョートが日常のワインだった時代に、辛口の「セッコ・ベルターニ」を世に出したとあります。
辛口のアマローネが売られるようになったのは、20世紀に入ってからです。仕様書によれば、ラベルのない「アマローネ」の瓶が家族や友人向けに現れたのは1900年代のはじめで、初めて市販されたのは1953年。ベルターニは1959年を、スペーリは1950年代後半を自社の最初のアマローネとしています。名前について仕様書は、18世紀の学者シピオーネ・マッフェイが、ヴァルポリチェッラの特別なワインを「アマーロ(苦い)」という言葉で表したことに触れています。発酵が進みすぎて甘さの抜けたレチョートから生まれた、という話も語り継がれていますが、細部は伝える人によって異なります。
制度の上では、1968年にヴァルポリチェッラのDOCの一部として認められ、2010年3月24日の省令で、アマローネとレチョートはそれぞれ独立したDOCGに、リパッソは独立したDOCになりました。リパッソは、普通に造ったヴァルポリチェッラを、アマローネやレチョートの搾りかすの上でもう一度発酵させて厚みを移すワインです。保護協会の2024年の数字では、ヴァルポリチェッラ全体の生産の48%をリパッソが占め、アマローネとレチョートは合わせて23%でした。甘口の世界は第19講「甘口ワイン完全編」へ。
選び方と楽しみ方
最初の一本なら、1万円前後までのアマローネから入るのが手軽です。国内では、ルイジ・リゲッティやトンマージが4,500〜10,000円前後、マァジの「コスタセラ」やアレグリーニ、ゼナートが9,000〜16,500円前後。長い樽熟成の古典を味わうなら、ベルターニのクラシコが19,000〜21,000円前後です。テデスキの「マテルニゴ」やアレグリーニの「フィエラモンテ」といった単一畑やリゼルヴァは22,000〜43,000円前後。ダル・フォルノ・ロマーノやクインタレッリは54,000〜75,000円前後で、流通も多くありません(2026年10月の楽天市場の検索による目安。価格はヴィンテージや為替で大きく変わります)。アマローネの風味を気軽に知るなら、2,500〜5,500円前後のリパッソを試すのもひとつの方法です。
アルコールが高く、香りが豊かなワインなので、大ぶりのグラスに注ぎ、少し時間をかけて開かせるとよいでしょう。若いものはデキャンタージュも向いています。保護協会は、肉料理やジビエ、煮込み、熟成したチーズに合わせるほか、食後にそれだけで味わう「瞑想のワイン」としても勧めています。仕様書は20年以上保つこともあると書いており、長い熟成を経た姿は、同じイタリアの長命な赤である銘醸図鑑「バローロ」と読み比べると違いが見えてきます。
※面積・生産量は資料や年によって異なります。規定は2019年に改正され、その後も改正の申請が出されています。最新の情報は保護協会(Consorzio Tutela Vini Valpolicella)やイタリア農業省の資料でご確認ください。20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。