
食卓の流れを知るDall’aperitivo al digestivo
第85講「フランス料理とワイン」に続くペアリングの実践編。今回はアルプスの向こう、イタリアの食卓です。手がかりは三つ。食事の流れ、パスタのソース、そして北と南の郷土料理です。
2025年、「イタリア料理」が無形文化遺産に
ユネスコは2025年12月、ニューデリーで開いた第20回の政府間委員会で、「イタリア料理——持続可能性と生物文化の多様性のあいだで」を人類の無形文化遺産の代表一覧表に加えました。特定の料理ではなく、家庭や地域で受け継がれてきた料理をする営みそのものが対象です。イタリアはすでに2010年、スペイン・ギリシャ・モロッコとともに「地中海の食事」を登録しており(2013年にキプロス・クロアチア・ポルトガルが加わり7か国に)、2017年には「ナポリのピッツァ職人の技」も登録されています。
コースは、軽いものから重いものへ
イタリアのきちんとした食事は、おおむね次の順で進むと説明されます。とはいえ、ふだんの昼食はプリモかセコンドのどちらか一皿だけ、ということも珍しくありません。全部そろえるのは、休日や特別な日の食卓と考えてください。
| 順番 | 中身 | ワインの目安(編集部の提案) |
|---|---|---|
| アペリティーヴォ | 食前の一杯と軽いつまみ | プロセッコなどの泡、ほろ苦いスプリッツ |
| アンティパスト | 生ハム・サラミ、野菜のマリネ、魚介の前菜 | 軽い白、泡、ランブルスコ |
| プリモ | パスタ、リゾット、スープ | ソースで決める(第II章) |
| セコンド+コントルノ | 肉や魚の主菜と、野菜の付け合わせ | 肉には土地の赤、魚には土地の白 |
| ドルチェ | 焼き菓子、ティラミス、カンノーリ | モスカート・ダスティ、ヴィン・サント、パッシート |
| カッフェ/ディジェスティーヴォ | エスプレッソ、グラッパ、アマーロ、リモンチェッロ | (ワインはここでおしまい) |
フランスのコース(第85講)と比べると、プリモという「でんぷんの皿」があるのがイタリアらしいところ。パスタやリゾットが主菜の前に入るので、ワインも白か軽い赤でプリモ、しっかりした赤でセコンドと、二段で考えると組み立てやすくなります。料理とワインの原則は第27講料理ペアリング完全編で。
出典:ユネスコ無形文化遺産の登録ページ、イタリア文化省のユネスコ関連ページ。食事の順番は一般的な説明で、表のワインは編集部の提案です。スプリッツの起源(オーストリア兵が地元のワインを水で割ったという話)は、パドヴァ観光局も紹介する言い伝えで、確かな記録はありません。
パスタは、ソースで選ぶIl sugo decide
パスタの麺そのものは、ワインとの相性にほとんど影響しません。決め手になるのはソースです。トマトの酸、チーズの塩気、肉のうま味、ハーブの青さ——どれがいちばん強いかを見ます。
トマトは、意外に新しい
トマトはアメリカ大陸から伝わった作物です。トマトソースの現存する最古のレシピは、1692年にナポリで出版されたアントニオ・ラティーニの料理書に載る「スペイン風」のソースとされ、これは肉料理に添えるものでした。パスタと組み合わせた記録が現れるのは18世紀の末。トマトとパスタは、イタリア料理の長い歴史の中では比較的新しい組み合わせなのです。
トマトの酸は、酸の弱いワインをぼやけさせます。トマトのパスタには、同じように酸のはっきりした赤——サンジョヴェーゼやバルベーラ——か、酸のある白やロゼが合わせやすい組み合わせです。詳しくはペアリングトマトパスタに合うワインを。
| ソースの系統 | 代表的なパスタ | 合わせ方の目安(編集部の提案) |
|---|---|---|
| トマト | ポモドーロ、アラビアータ、アマトリチャーナ | 酸のある赤(サンジョヴェーゼ、バルベーラ)。辛いものは渋みの穏やかな赤かロゼ |
| 卵・チーズ | カルボナーラ、カチョ・エ・ペペ | こくと酸をもつ白。ローマの白や、軽めの赤も |
| 肉のラグー | タリアテッレのボロネーゼ、ラザーニャ | 果実味のある中程度の赤、ランブルスコ |
| ハーブ・オイル | ジェノヴェーゼ、アーリオ・オーリオ | 香りのある爽やかな白(ヴェルメンティーノなど) |
| 魚介 | ボンゴレ、ペスカトーラ | 海沿いの辛口の白。トマト入りなら軽い赤やロゼも |
オリーブオイルとチーズも「ソース」
南イタリアの料理を支えるのはエクストラヴァージン・オリーブオイル。イタリアの生産のおよそ4割以上をプーリア州が占めるとされます。青い香りの強いオイルをかけた料理には、同じように青さのある白や、若い赤が自然です。北では、仕上げに削るパルミジャーノ・レッジャーノの塩気とうま味が、ワインの果実味を引き立てます。
ボロネーゼの「公式レシピ」
ボローニャでは1982年10月、イタリア料理アカデミーのボローニャ支部が「ボローニャ風ラグー」のレシピを商工会議所に登録しました。2023年4月には改訂版が登録されています。本場では平たいタリアテッレと合わせるのが定番です。
カルボナーラの起源は?
カルボナーラやアマトリチャーナの生まれには、いくつもの説があります。炭焼き職人の料理だった、第二次世界大戦後に生まれた——など、どれも確かな記録はなく、諸説ありとするのが正確です。
出典:ボローニャ商工会議所の発表(2023年4月20日)、ラティーニ『Lo Scalco alla Moderna』(1692年)に関する資料、オリーブオイル生産の州別の集計(2024/25年)。表は編集部の提案です。
北の郷土料理と、土地のワインIl Nord: burro, riso e formaggi
イタリアはつい最近まで小さな国々に分かれていたため、料理も州ごと、町ごとに違います。北はバター・米・チーズ、南はオリーブオイル・トマト・魚介——大まかにはそう覚えておくと、ワインの選び方も見えてきます。
秋のアルバの白トリュフ、卵黄をたっぷり使った細いパスタタヤリン、牛肉を赤ワインで煮込むブラザート。土地の定番は、ネッビオーロから造るバローロやバルバレスコ、ふだんの食卓にはバルベーラやドルチェット。食後には甘く微発泡のモスカート・ダスティを(銘醸図鑑 バローロ、品種 ネッビオーロ)。
干しだらを煮込むバッカラ・アッラ・ヴィチェンティーナ、ヴェネツィアのリゾットや魚介の小皿。白はガルガーネガのソアーヴェ、泡はグレーラのプロセッコ、陰干しぶどうのアマローネは煮込みや熟成チーズに。食前のスプリッツに使うアペロールは、1919年にパドヴァで発表されたリキュールです。
パルミジャーノ・レッジャーノ、プロシュット・ディ・パルマ、ボローニャのラグーやトルテッリーニ。ここでの相棒は、泡の立つ赤ランブルスコ。泡と酸が生ハムやサラミの脂を流し、パルミジャーノの塩気とも釣り合います(生ハム・サラミに合うワイン)。
バジリコ・松の実・チーズ・オリーブオイルをすりつぶしたジェノヴェーゼ(ペスト)。その主役「バジリコ・ジェノヴェーゼ」は2005年にEUの原産地呼称保護(DOP)を受けています(ペストそのものは対象外)。合わせるのは、海沿いの段々畑で育つヴェルメンティーノやピガートの白。
パルミジャーノは、熟成で合わせるワインが変わる
保護協会の規定では、パルミジャーノ・レッジャーノは指定の地域内で最低12か月熟成させ、検査を通ったものだけが名乗れます。上限はありません。若いものはミルクの甘みが残り、軽い白や泡と。熟成が進んで結晶のようなシャリッとした粒が出てきたものは、ランブルスコから、果実味のある赤、さらにはアマローネのような濃い赤まで受け止めます。チーズとワインの詳しい話は第73講チーズとワインで。
北イタリアの産地そのものは、第48講北イタリア完全編で詳しく歩いています。
出典:パルミジャーノ・レッジャーノDOPの単一文書(保護協会)、EU規則1623/2005(バジリコ・ジェノヴェーゼDOP)。料理とワインの組み合わせは土地で定番とされるもので、保護協会が定めたものではありません。
中部と南の郷土料理Il Centro e il Sud
トスカーナから南へ下るほど、オリーブオイルとトマト、そして魚介の比重が増えていきます。ワインも、サンジョヴェーゼの国から、アリアニコやネロ・ダーヴォラの国へ。

トスカーナ——炭火の肉と、硬くなったパン
フィレンツェの名物ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナは、骨付きの分厚い牛肉を炭火で焼き、塩とオリーブオイルで食べる豪快な一皿。合わせるのは、サンジョヴェーゼから造るキアンティ・クラシコで、熟成したリゼルヴァやグラン・セレツィオーネを勧める声が多く聞かれます。一方、硬くなったパンと野菜・豆を煮込むリボッリータのような農家の料理には、若いキアンティを気軽に。食後は、アーモンド入りの硬い焼き菓子カントゥッチを甘口のヴィン・サントに浸すのが、この土地の定番とされます(銘醸図鑑 キアンティ・クラシコ、第56講 トスカーナ)。
ローマ——ペコリーノとグアンチャーレ
ローマの四つのパスタ——カチョ・エ・ペペ、グリーチャ、アマトリチャーナ、カルボナーラ——は、羊乳のチーズペコリーノ・ロマーノと、豚のほほ肉の塩漬けグアンチャーレが土台。塩気とこくが強いので、酸のある白が口をすっきりさせてくれます。ローマ近郊の丘で造られる白フラスカーティは、ローマの大衆食堂の定番の一本です。
ナポリとカンパーニア——ピッツァと水牛のモッツァレッラ

ナポリのピッツァは、2010年にEUの「伝統的特産品保証(STG)」を受けています。これは産地ではなく製法を守る仕組みで、決められた作り方を守れば、ナポリ以外でも名乗ることができます。マルゲリータの名を王妃に結びつける逸話は有名ですが、裏づけについては議論があり、言い伝えとして楽しむのがよさそうです。
カンパーニアは白の名産地でもあります。ファランギーナ、グレコ・ディ・トゥーフォ、フィアーノの白は、1996年にDOPとなったモッツァレッラ・ディ・ブーファラ・カンパーナや魚介によく合います。赤なら、アリアニコから造るタウラージを肉の煮込みに。ピッツァには、泡や軽い赤も気軽です(ピザに合うワイン)。
シチリア——海の幸と、島の甘口
揚げたライスコロッケアランチーネ、なすの甘酢煮カポナータ、いわしやめかじきの魚介料理。赤はネロ・ダーヴォラ、火山の斜面のエトナは赤も白も、魚介と肉の両方に寄り添います。チュニジアに近いパンテッレリーア島では、ジビッボ(マスカット・オブ・アレキサンドリア)の株を低く仕立てる伝統の栽培が2014年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。この島の甘口パッシートは、リコッタ入りの揚げ菓子カンノーリとともに。南の産地は第46講南イタリア完全編で。
出典:EU規則97/2010(ナポリのピッツァSTG)、ユネスコ無形文化遺産の登録ページ(2017年・2014年)、モッツァレッラ・ディ・ブーファラ・カンパーナDOPの資料。料理とワインの組み合わせは、土地の定番とされるものと編集部の提案です。
お店で、家でIn trattoria e a casa
最後に、イタリア料理とワインを実際に楽しむためのコツです。イタリアの食品とワインの原産地呼称(DOP・IGPなど)は合わせて約900にのぼり、EUでいちばん多いとされます。迷ったら、料理と同じ州のワインを選ぶのが近道です。
オステリアは、もとは食事と宿を出す宿屋で、いまはワインと気取らない料理の店。トラットリアはリストランテより肩の力を抜いた食堂。エノテカはワインの店で、グラスで飲める店も多い。
カジュアルな店では、カラフェで出てくるハウスワインが、その土地の料理に合わせて選ばれていることが多い。まずはそれを一杯、が気楽な入り方です(第35講 レストランでワインを)。
トマトのパスタにはキアンティ、カルボナーラにはイタリアの辛口の白、生ハムとパルミジャーノにはランブルスコ。3本あれば、家のイタリアンはたいてい間に合います。
迷ったときの三つの手順
- 州を見る——料理の生まれた州(ピエモンテ、トスカーナ、カンパーニア……)と同じ州のワインを探す。
- ソースを見る——トマトなら酸のある赤、チーズと卵なら白、肉のラグーなら中程度の赤、ハーブなら香りのある白。
- 流れを見る——泡で始めて、白でプリモ、赤でセコンド、甘口でドルチェ。全部そろえなくても、最初の泡と最後の甘口があるだけで「イタリアの食卓」らしくなります。
イタリアの産地の全体像は第7講イタリア完全編、泡の造り方の違いは第13講スパークリングワイン大全で。サンジョヴェーゼの性格は品種図鑑 サンジョヴェーゼにまとめています。
ワインはお酒です。20歳未満の人は飲酒できません。妊娠中・授乳中の人は飲酒を控えてください。食後のグラッパやリモンチェッロはアルコール度数が高いので、少量にとどめ、水も一緒に。車を運転する予定がある日は飲まないでください。原産地呼称の数は、Ismea-Qualivitaの2025年の報告(食品・ワイン・蒸留酒の合計897)によります。
よくある質問Frequently asked
料理によります。トマトや肉のラグーのパスタ、炭火の肉には赤、魚介やジェノヴェーゼ、カルボナーラには白が合わせやすい組み合わせです。迷ったら、生ハムからピッツァまで幅広く合う泡やランブルスコを。
マルゲリータのようなトマトとチーズのピッツァには、酸のある軽めの赤か、カンパーニアの辛口の白、泡が合わせやすい一本です。サラミをのせたものには、果実味のある赤を。
もちろん構いません。ただ、イタリアの郷土料理は、その土地のワインと一緒に育ってきたものが多く、同じ州のワインを選ぶと味の方向がそろいやすくなります。まずは料理の州をヒントにしてみてください。
流れを知り、ソースを見て、州で選ぶRitmo, Sugo & Regione
イタリア料理とワインの合わせ方は、三つの手がかりで見えてきます。一つ目は流れ。アペリティーヴォの泡に始まり、プリモには白か軽い赤、セコンドにはしっかりした赤、ドルチェには甘口。二つ目はソース。トマトには酸のある赤、卵とチーズには白、肉のラグーには中程度の赤やランブルスコ、ハーブとオイルには香りのある白。三つ目は州。ピエモンテのブラザートにバローロ、エミリアの生ハムにランブルスコ、トスカーナのビステッカにキアンティ・クラシコ、ナポリのモッツァレッラにカンパーニアの白、シチリアのカンノーリにパッシート。
次の一本。 今回はキアンティ・クラシコとランブルスコを一本ずつ。ランブルスコを生ハムとパルミジャーノとともにアペリティーヴォに、キアンティはトマトのパスタから肉料理まで通してみてください。泡の赤と酸の赤、二本で北と中部の食卓を家で試せます。
次回は銘醸図鑑 第32弾へ。「アマローネ・デッラ・ヴァルポリチェッラ(ヴェネト)」。今回、ヴェネトの煮込みや熟成チーズの相手として名前を挙げた、陰干しぶどうから造る濃い赤です。ヴェローナの北の丘、ぶどうを乾かす伝統の造り、そして造り手たちを歩きます(先に第48講北イタリア完全編をどうぞ)。
