ワインガイド Vinotier
Grand Vin / 銘醸図鑑

ボルゲリ

Bolgheri / イタリア・トスカーナ
サン・グイドからボルゲリ村へまっすぐ続く糸杉の並木道
サン・グイドからボルゲリ村へまっすぐ続く糸杉の並木道 / Photo: “Bolgheri Viale dei Cipressi 001” by Janericloebe, Public domain(Wikimedia Commons)
ひとことで言うと

ボルゲリは、イタリア・トスカーナ州のティレニア海沿岸、カスタニェート・カルドゥッチ村にある赤ワインの産地です。主役はカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フランといったボルドー系の品種。1944年にマリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵が私蔵用に植えたカベルネが「サッシカイア」となり、規定の外側から世界的評価を得たことで、イタリアに「スーパータスカン」という潮流を生みました。赤のDOCが認められたのは1994年。畑は約1,379ヘクタール、生産者は約75〜78軒という小さな産地です。

トスカーナの内陸に、ワインの王道があるとすれば、ボルゲリはその対極です。品種はサンジョヴェーゼではなくカベルネメルロー。歴史は数百年ではなく、1944年から。そして規定は、ワインが有名になったあとから追いかけてきました。

つまりここは、「格付けがワインを保証する」という順序が逆転した産地です。一人の侯爵の私蔵ワインが世界に認められ、産地が、そして法律が、それに合わせて形を整えた。このページでは、その逆転の物語を、並木道・畑・規定・人の順に歩きます。

糸杉の並木道から

ボルゲリへ向かう道は、どの案内書も同じ場所から始まります。海辺のサン・グイド礼拝堂から村まで、約5キロをまっすぐ貫く糸杉の並木道。両側に2列、2,540本と数えられています。

この並木を有名にしたのは、詩人ジョズエ・カルドゥッチです。3歳から13歳までをボルゲリで過ごした彼が、のちに列車でこの土地を通り過ぎながら書いた「サン・グイドの前で(Davanti San Guido)」は、糸杉が「帰っておいで」と語りかけてくる詩。1874年に書き始められ、1887年の詩集に収められました。並木自体は詩より前、19世紀前半にゲラルデスカ伯爵家が整えたものと伝えられます。詩のために植えられた並木ではなく、並木が詩を生んだのです。

そしてこのゲラルデスカ家が、次の物語の入口になります。

1944年、侯爵の実験

サッシカイア2013年のボトルのラベル
サッシカイアのラベル。中央の八芒星はインチーザ・デッラ・ロケッタ家の紋章 / Photo: “Sassicaia 2013, il Poggetto” by 9002Jack, CC0(Wikimedia Commons)

ローマ生まれのマリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵は、1930年にゲラルデスカ家のクラリーチェと結婚します。彼女が持参したのが、約2,500ヘクタールのテヌータ・サン・グイドでした。1940年代初頭に一家はこの海辺へ移り住みます。

侯爵はボルドーの赤を愛していました。そして1944年、カスティリオンチェッロという丘の上、標高およそ380〜400メートルの区画に、約1ヘクタールのカベルネ・ソーヴィニヨンを植えます。穂木は、サン・グイドの公式の説明ではピサ近郊の友人サルヴィアーティ公爵家の畑から。

「苗はシャトー・ラフィットから贈られた」という話が、日本の販売店の説明文にはいまも残っています。しかし侯爵の息子ニコロ氏はこの説を否定しており、公式もサルヴィアーティ家を出所としています。ボルドーへの憧れは本物でも、苗の出所まで物語にする必要はなかったということでしょう。

生まれたワインの名はサッシカイア——「石ころだらけの土地」。1945年から1967年まで、これは家族と友人のためだけの私蔵ワインでした。若いうちは硬く、周囲の評判も芳しくなかったと伝えられます。ただ、蔵で数年寝かせた古い瓶が驚くほどよくなっていることに、家の人々は気づき始めていました。

転機は1960年代後半。侯爵の甥にあたるピエロ・アンティノリと、息子ニコロが市販を説得し、アンティノリ社の醸造家ジャコモ・タキスが醸造に加わります。こうして1968年ヴィンテージが、1971年に初めて市場へ出ました。初出荷はおよそ3,000本だったとされます。

1974年、評論家ルイジ・ヴェロネッリが『パノラマ』誌でこの1968年を絶賛。そして1978年、ロンドンのDecanter誌が世界11か国33本のカベルネを集めたブラインド試飲で、サッシカイアが1位になります(優勝したのは1972年ヴィンテージとする資料が多数ですが、1975年とする資料もあります)。さらに1985年ヴィンテージは、イタリアワインで初めてパーカー100点を得ました。パーカー自身が「1986年のムートンとしばしば間違えた」と語ったと伝えられる一本です。

規定が、あとから追いついた

ここで一つ、奇妙なことがあります。1968年から1993年まで、サッシカイアはラベルの上では「ヴィーノ・ダ・ターヴォラ」——ただのテーブルワインでした。ボルゲリにカベルネの赤を認めるDOCが存在しなかったからです。

できごと意味
1944侯爵がカベルネ約1haを植樹すべての起点
1968サッシカイア、初の市販ヴィンテージ(1971年発売)表記は「テーブルワイン」
1983ボルゲリDOC制定白とロゼのみ。赤は対象外
1994DOC改定で赤(ロッソ/スーペリオーレ)を追加。小地区「ボルゲリ・サッシカイア」新設サッシカイアがDOCを名乗れるように
1995保護協会(コンソルツィオ)設立創設メンバーは7軒
2011新規の畑登録を凍結。単一品種のカベルネ/メルロー/カベルネ・フランを認可産地の規模が固定される
2013「ボルゲリ・サッシカイアDOC」が独立DOCに単一生産者のDOCとしてイタリア唯一
2021規定の統合改定。白にヴィオニエを追加現行規定

1983年のDOCは、海辺の伝統的なワインだった白とロゼのためのもので、すでに世界的に知られていた赤はそこに入っていませんでした。赤が認められたのは1994年。この改定の署名は、グラッタマッコの樫の木の下で、インチーザ、アンティノリ兄弟、メレッティ・カヴァッラーリ、サッタの面々によって交わされたと伝えられます。

「スーパータスカン」という言葉は、このねじれを指しています。規定の上では最下層、品質では最上層。イギリスの評論家ニコラス・ベルフレージが広めたとされるこの語は、格付けが品質を保証しないという、ワインの世界ではやや気まずい事実を、軽やかに言い当てた言葉でした。メドックの1855年格付けと並べて読むと、対照がはっきりします。

現行の規定を整理しておきます。ボルゲリ・ロッソとロゼ、スーペリオーレは、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フランをそれぞれ0〜100%で組み合わせ、シラーとサンジョヴェーゼは50%まで。つまり単一品種も、サンジョヴェーゼ半分のブレンドも、どちらも「ボルゲリ」です。スーペリオーレは収穫翌年の1月1日から2年以上(うち樽1年以上)の熟成と、8トン/ヘクタールの収量制限が課されます。

海と風の円形劇場

ボルゲリのぶどう畑。赤土の畝の向こうに丘が見える
ボルゲリの畑。背後の丘が海へ向かって開く「円形劇場」の縁にあたる / Photo: “Bolgheri Doc” by David Lienhard, CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

産地は南北約13キロ、東西約7キロ。東の鉱物資源の丘陵(コッリーネ・メタッリーフェレ)が海に向かって緩やかに下り、保護協会はこれを「天然の円形劇場」と呼びます。晴れた日には沖にコルシカ島が見えます。畑の標高は10〜380メートル

この土地を特徴づけるのは、何よりです。トスカーナ群島の間を抜けてくる海風が一年中吹き、風の日は年250日を超えるとされます。年平均気温は15.5℃で、周辺の沿岸部より約1℃低い。湿気が溜まらないため病害が少なく、夏の暑さも和らぎます。雨は年600ミリほどで、成熟期に少ない。

土壌は調査で27の区分に分けられるほど多様ですが、大まかには砂質の粘土ローム。海が退いたあとの海成堆積物と、川が運んだ沖積物が重なり、細かな礫や化石化した貝殻を含むアルカリ性の土です。マッセートの畑だけが青い粘土で知られ、それがメルロー100%という選択の根拠になっています。

ボルゲリのカベルネが、ボルドーのそれよりタンニンが早く熟し、ハーブや地中海の灌木の香りを帯びるのは、この海と風のせいだと説明されます。若いうちから飲みやすく、それでいて長く持つ——サッシカイアの古い瓶で家の人々が気づいた性質は、土地そのものの性質でした。

サッシカイアに続いた人々

サッシカイアが有名になったあと、この海辺には次々と造り手がやって来ました。順番を追うと、産地の性格が見えてきます。

最初に続いたのはグラッタマッコ(1977年)。ベルガモから来たメレッティ・カヴァッラーリは、カベルネにサンジョヴェーゼを混ぜるという、この産地ではむしろ異端の流儀を守りました。次いで1981年、ピエロの弟ロドヴィコ・アンティノリオルネッライアを創設。そして1983年、土地の人間であるエウジェニオ・カンポルミレ・マッキオーレを、同じ年に農学者ミケーレ・サッタが借畑で初ヴィンテージを造ります。

1990年代に入ると、資本の規模が変わります。アンティノリ本家がグアド・アル・タッソ(初V1990年)を世に出し、1996年にはピエモンテのアンジェロ・ガヤがカ・マルカンダを取得。1998年にドイツのクナウフ家、2001年にヴェネトのアレグリーニ家。ヴァルポリチェッラ、ランゲ、フィレンツェ、ドイツ——イタリアと欧州の名門が、海辺の一角に集まってきたのが1990年代から2000年代です。

ただし、この流れには終わりがあります。2011年、保護協会は新しい畑の登録を凍結しました。畑は約1,379ヘクタールで固定され、新たに参入するには既存の畑を買うしかありません。1ヘクタールの評価額は50万〜100万ユーロと報じられています。1994年の登録面積が200ヘクタール前後だったことを思えば、わずか20年足らずで産地は7倍に育ち、そこで扉を閉めたことになります。

もう一つ、近年の変化は単一品種への傾きです。レ・マッキオーレのパレオ(カベルネ・フラン100%)、メッソリオ(メルロー100%)、スクリオ(シラー100%)、アンティノリのマタロッキオ(カベルネ・フラン100%)、アレグリーニのデディカート・ア・ワルテル(同)。ブレンドで始まった産地が、品種ごとの純度を競う段階に入っています。とくにカベルネ・フランの評価の高まりは、この産地が次に語られるときの主題になりそうです。

ラベルで見分ける、四つの表記

表記意味するところ
Bolgheri Rossoカスタニェート・カルドゥッチ村のぶどうで、カベルネ・ソーヴィニヨン/メルロー/カベルネ・フラン主体(シラー・サンジョヴェーゼ各50%まで)。収穫翌年9月1日から出荷可。産地の入口
Bolgheri Superiore同じ品種規定で、2年以上(うち樽1年以上)の熟成と収量8t/haの制限。各家の看板はほぼここ
Bolgheri Sassicaiaテヌータ・サン・グイドのサッシカイアだけが名乗れる独立DOC。カベルネ・ソーヴィニヨン80%以上、収量7t/ha、熟成2年(うち18か月は225L以下の樽)
Toscana IGTDOCの規定に乗らないワイン。マッセート(メルロー100%・かつての規定外)、グイダルベルト、レ・ディフェーゼ、ガヤのプロミス、サッタのカヴァリエーレなど。「格下」ではないことに注意

注意したいのは最後の行です。マッセートやグイダルベルトがIGTなのは、品質の問題ではなく、歴史的な経緯か、造り手の選択によるもの。ボルゲリでは、ラベルの格付け表記が価格や評価とほとんど対応していません。サッシカイアの物語を知っていれば、その理由は明らかでしょう。

どこから、飲み始めるか

最初の一本は、名門の入口のキュヴェから入るのが確実です。サン・グイドのレ・ディフェーゼ、アンティノリのイル・ブルチャート、レ・マッキオーレやグラッタマッコのボルゲリ・ロッソ、オルネッライアのル・ヴォルテ——いずれも4,000〜6,000円前後で、海辺のカベルネの輪郭がつかめます(5,000円前後のワインの選び方)。

次の段はセカンド。サッシカイアの弟グイダルベルト(7,000円台)、ガヤのマガーリ(1万円前後)、オルネッライアのレ・セッレ・ヌォーヴェ(1.2〜1.5万円)。ここからスーペリオーレの看板に上がると、グラッタマッコやグアド・アル・タッソで1.2〜2万円、パレオで2.5〜3万円。サッシカイア本体は3万円台、オルネッライアは4〜5万円、メッソリオは6万円前後、そしてマッセートは13万円を超えます(2026年8月時点の実勢。為替と在庫で動きます)。

飲み頃は、入口のキュヴェならすぐ。頂点のワインはリリースから10〜30年の熟成力を持つとされますが、ボルゲリのタンニンは早くから熟しているので、若いうちに開けても閉じた印象は少ないでしょう(第29講 ヴィンテージと熟成完全編)。近年では2015・2016・2019・2021年の評価が高い年です。

合わせるなら、トスカーナ海岸の流儀で、ビステッカローストビーフなどの赤身の肉、ハーブを効かせた羊、猪の煮込み。若いロッソなら、トマトと肉のラグーのパスタが気軽な相手です。

産地の背景は第7講 イタリア完全編で、ヴェネトやピエモンテから来た造り手たちの故郷は第48講 北イタリア完全編銘醸図鑑 バルバレスコで。そして一本の苗から始まった物語の続きは、サッシカイアオルネッライアのページに。糸杉の並木道を抜けた先に、規定より先にワインがあった産地の、いまの姿があります。

主要生産者と作風

※各ドメーヌの作風は一般的な評価に基づく傾向です。キュヴェやヴィンテージにより表情は変わります。

すべてはここから始まった

テヌータ・サン・グイド

Tenuta San Guido / サッシカイア

1944年、マリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵がカスティリオンチェッロの丘に約1ヘクタールのカベルネを植えたのが起点。1945年から1967年までは家族と友人だけの私蔵ワインで、市販の初ヴィンテージは1968年(発売1971年)。甥ピエロ・アンティノリと醸造家ジャコモ・タキスが市販化を後押ししました。1985年ヴィンテージはイタリアワインで初めてパーカー100点を得た一本として知られます。現在はカベルネ・ソーヴィニヨン80%以上を定めた「ボルゲリ・サッシカイアDOC」を単独で名乗り、セカンドのグイダルベルト(初V2000年)、入口のレ・ディフェーゼ(初V2002年)が続きます。敷地2,500ヘクタールの大半は森と畑で、ワインはその一角から生まれます。

青い粘土の丘から、メルローの頂点

オルネッライア

Ornellaia / マッセート

1981年、ピエロの弟ロドヴィコ・アンティノリが創設。初ヴィンテージは1985年で、初期にはアンドレ・チェリチェフが助言しました。オルネッライア本体はカベルネ・ソーヴィニヨン主体にメルロー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドを合わせたボルゲリ・スーペリオーレ。一方、約7ヘクタールの青粘土の単一畑から生まれるメルロー100%マッセート(初V1986年)は、トスカーナで最も高価なワインのひとつとされ、2019年には専用ワイナリーが完成しました。所有はロバート・モンダヴィの出資期を経て、2005年からフレスコバルディ家の完全所有です。

円形劇場の底に広がる320ヘクタール

グアド・アル・タッソ

Guado al Tasso / アンティノリ

旧名テヌータ・ベルヴェデーレ。ゲラルデスカ家が17世紀末からぶどうを育てた土地で、1930年代にピエロ・アンティノリの母カルロッタを通じてアンティノリ家へ。畑は約320ヘクタールと産地最大級で、「ボルゲリの円形劇場」と呼ばれる海へ開いた平地に広がります。看板のグアド・アル・タッソ1990年が初ヴィンテージ。カベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー、カベルネ・フランの新樽熟成で、サッシカイアより豊満な方向性と評されます。入口のイル・ブルチャート、カベルネ・フラン100%のマタロッキオ、ロゼのスカラブローネまで幅が広い家です。

単一品種で押し切る

レ・マッキオーレ

Le Macchiole / カンポルミ家

1983年、ボルゲリ生まれのエウジェニオ・カンポルミ(当時21歳)と妻チンツィア・メルリが4ヘクタールから始めた家。大手の資本が入る産地で、土地の人間が興した数少ない造り手です。パレオは2001年からカベルネ・フラン100%メッソリオはメルロー100%、スクリオはシラー100%と、ブレンドの産地で単一品種を貫きます。カンポルミは2002年に40歳で世を去り、以後はチンツィアが率いて有機(2002年〜)とビオディナミ(2010年〜)へ。2025年12月にはボルゲリ保護協会の会長に選ばれました。畑34ヘクタール。

産地で2番目に古い家、サンジョヴェーゼを忘れない

グラッタマッコ

Grattamacco / コッレマッサーリ

1977年、ベルガモ出身のピエルマリオ・メレッティ・カヴァッラーリが取得。サン・グイドに次ぐ産地で2番目に古い造り手で、初ヴィンテージは1982年。1994年のDOC改定の署名が、この家の樫の木の下で行われたと伝えられます。看板のグラッタマッコ・スーペリオーレはカベルネ65%・メルロー20%・サンジョヴェーゼ15%と、初年からサンジョヴェーゼを混ぜるのが流儀。2002年からクラウディオ・ティーパのコッレマッサーリ傘下で、20年以上の有機栽培、2004年からはアルベレッロ仕立ても導入しています。畑29ヘクタール。

規定にサンジョヴェーゼを残した人

ミケーレ・サッタ

Michele Satta

ヴァレーゼ出身で、1974年にカスタニェート・カルドゥッチの農場で働き始め、1983年に借畑で初ヴィンテージ、1984年に産地で最初のヴェルメンティーノ100%を造ったとされます。会社の設立は1991年で、保護協会の創設メンバーのひとり。DOC規定にサンジョヴェーゼの上限50%を残すよう主張し続けたことで知られ、サンジョヴェーゼ100%のカヴァリエーレ(トスカーナIGT)を看板にしています。畑23ヘクタール。2015年頃から息子ジャコモ(保護協会副会長)と娘ベネデッタが運営に加わりました。ボルドー品種一色になりがちな産地で、土地の品種の居場所を守っている家です。

ピエモンテの王が海へ来た

カ・マルカンダ

Ca' Marcanda / ガヤ

バルバレスコアンジェロ・ガヤが1994年にこの土地に目を付け、1996年に取得。ランゲの外への初進出でした。名前はピエモンテの方言で「果てしない交渉の家」——18回に及んだ交渉の記憶だと伝えられます。ワイナリーは2002年に完成し、3分の2が地下。初ヴィンテージは2000年で、現在はカベルネ主体のカマルカンダ、カベルネ・フラン主体のマガーリ、メルローとシラーのプロミスという3本立て。土壌を褐色の「テッレ・ブルーネ」と石灰質の白い「テッレ・ビアンケ」に分けて語るのが、この家の見取り図です。畑約80ヘクタール。

ヴェネトから来た家族

ポッジョ・アル・テゾーロ

Poggio al Tesoro / アレグリーニ

ヴァルポリチェッラのアレグリーニ家のマリリーザと弟ワルテルが、2001年にオルネッライアに隣接する11ヘクタールを買い、2002年に設立。ワルテルは翌2003年に急逝し、カベルネ・フラン100%のデディカート・ア・ワルテルは彼に捧げられた一本です。看板のソンドライア(スーペリオーレ)、入口のイル・セッジョ、ヴェルメンティーノのソロソーレ。2023年末のアレグリーニ家の分割で、マリリーザと娘カルロッタが引き継ぎました。畑約64〜70ヘクタール。アマローネの家が海辺で造るカベルネ、という取り合わせそのものが、ボルゲリの求心力を物語ります。

20ヘクタールの新しい家

カンポ・アッラ・スゲラ

Campo alla Sughera / クナウフ家

ドイツの建材メーカークナウフ家1998年に20ヘクタール(畑16.5ヘクタール)を購入して始めた家で、現在はイザベル・クナウフといとこのフレデリックが運営します。看板のアルニオーネはボルゲリ・スーペリオーレ。産地の外からの新規参入がいまも続いていること、そして2011年以降は新しい畑の登録が凍結され、「買う」以外に参入の道がほぼないことを、この家は同時に示しています。

よくある質問

ボルゲリとはどんな産地ですか?
イタリア・トスカーナ州のティレニア海沿岸、カスタニェート・カルドゥッチ村にある赤ワインの産地です。カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フランといったボルドー系の品種を主体とし、サッシカイアやオルネッライアなど「スーパータスカン」と呼ばれるワインの本拠地として知られます。畑は約1,379ヘクタール、保護協会の加盟生産者は約75〜78軒、年産はおよそ680万本(2024年)という小さな産地で、2011年以降は新しい畑の登録が凍結されています。
サッシカイアとは? なぜ有名なのですか?
テヌータ・サン・グイドが造る、カベルネ・ソーヴィニヨン主体の赤ワインです。1944年にマリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵が私蔵用に植えたカベルネが起源で、1968年ヴィンテージ(1971年発売)が初めて市販されました。1978年にDecanter誌がロンドンで行った世界11か国33本のカベルネの比較試飲で1位となり、1985年ヴィンテージはイタリアワインで初めてロバート・パーカーの100点を得ました。格付けの外側から世界的評価を得た「最初の一本」として語られます。
スーパータスカンとは何ですか?
トスカーナで、伝統的なキャンティなどの規定にとらわれず、カベルネやメルローといった国際品種や小樽熟成を取り入れて造られた高品質ワインの総称です。当初は規定に合わないため「ヴィーノ・ダ・ターヴォラ(テーブルワイン)」としか名乗れず、その格付けと品質の落差が話題になりました。ボルゲリのサッシカイアと、アンティノリのティニャネロが二大先駆とされ、この語はイギリスの評論家ニコラス・ベルフレージが広めたと言われます。
「ボルゲリDOC」と「ボルゲリ・サッシカイアDOC」は違うものですか?
違います。ボルゲリDOCは1983年に制定されましたが、当初は白とロゼだけで、赤が認められたのは1994年の改定からです。同じ1994年に、テヌータ・サン・グイドの畑だけを対象とする小地区「ボルゲリ・サッシカイア」が設けられ、2013年に独立したDOCになりました。単一の造り手が自分のワインの名を冠するDOCはイタリアでここだけで、規定もカベルネ・ソーヴィニヨン80%以上、収量7トン/ヘクタール、熟成2年(うち18か月は225リットル以下の樽)と、ボルゲリDOCより厳しくなっています。
ボルゲリ・ロッソとスーペリオーレの違いは?
熟成期間と収量です。ロッソは収穫翌年の9月1日から出荷できますが、スーペリオーレは収穫翌年の1月1日から数えて2年以上、うち1年以上は樽で熟成する必要があります。収量の上限もロッソが9トン/ヘクタール、スーペリオーレが8トン/ヘクタールです。どちらも品種はカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フランを各0〜100%で組み合わせられ、シラーとサンジョヴェーゼは50%までという同じ規定です。
サッシカイアのカベルネはシャトー・ラフィットの苗だったのですか?
日本の販売店の説明文などでよく見かける話ですが、サン・グイドの公式は穂木の出所を「ピサ近郊ミリアリーノのサルヴィアーティ公爵家の畑」と説明しており、侯爵の息子ニコロ氏自身もラフィット説を否定しています。侯爵がボルドーの赤を愛し、それを手本にしたのは事実ですが、苗がラフィットから贈られたという話は俗説と見たほうがよさそうです。
飲み頃と予算の目安は?
2026年8月時点の実勢で、レ・ディフェーゼやイル・ブルチャートなど入口のキュヴェが4,000〜6,000円、グイダルベルトやマガーリなどセカンドが7,000円〜1万5,000円、グラッタマッコやグアド・アル・タッソなど中堅のスーペリオーレが1万2,000円〜2万円、サッシカイアが3万円台、オルネッライアが4〜5万円、マッセートは13万円を超えます。頂点のワインはリリースから10〜30年の熟成に耐えるとされますが、ボルゲリは若いうちからタンニンが熟している産地でもあり、入口のキュヴェはすぐ楽しめます。
当たり年はいつですか?
近年では2015年・2016年・2019年・2021年の評価が高く、2016年は均衡と緊張感、2019年は果実の純度、2021年は熟度と鮮度の両立という言葉で語られることが多い年です。2017年は干ばつの年、2014年は雨の多い難しい年とされました。ただしボルゲリは海風と年250日を超える風の日のおかげで、内陸のトスカーナより天候のブレが小さいと評される産地で、造り手の差のほうが年の差より大きいことも珍しくありません。

最終更新: 2026-08-22 / 監修: Vinotier編集部