六百年、二十六代
アンティノリの歴史は、1385年にジョヴァンニ・ディ・ピエロ・アンティノリがフィレンツェのワイン職人組合「アルテ・フィオレンティーナ・デイ・ヴィナッティエーリ」に加入したところから公式に数えられています。以来600年以上・26代、家系は一度も途切れていません。公式の家史によれば、一族とワインの関わりはさらに古く、12世紀末にまで遡る記録があるといいます。絹織物や銀行業で栄えた時代を経て、家業はワインへ収斂していきました。「世界で最も古い家族経営企業」の常連として数えられる、フィレンツェの生きた歴史です。
「キャンティを名乗らない」という決断
その長い歴史の中で最大の転換点が、1970年代に訪れます。当主ピエロ・アンティノリは、規定に縛られた当時のキャンティに限界を感じ、本拠テヌータ・ティニャネロの単一畑から新しいワインを造りました。1970年に「キャンティ・クラシコ・リゼルヴァ・ヴィネート・ティニャネロ」として生まれ、1971年ヴィンテージからキャンティの枠を離れて「ティニャネロ」を名乗ったこの赤は、三つの点で先駆でした。サンジョヴェーゼをバリック(小樽)で熟成した最初期のワインであること。カベルネという非伝統品種をブレンドしたこと。そして1975年からは、当時のキャンティに義務づけられていた白ぶどうを完全に排除したことです。
格付けの上では「ただのテーブルワイン」。しかし品質は世界を驚かせ、ボルゲリのサッシカイアとともにスーパータスカンという新しいカテゴリーを切り拓きました。1982年以降のブレンドはサンジョヴェーゼ約80%+カベルネ・ソーヴィニヨン15%+カベルネ・フラン5%で一貫しています。もうひとつ特筆すべきは規律です——出来に納得できない年(1972・73・74・76・84・92・2002年)には、ティニャネロは一本も造られていません。
陽だまりの区画——ソライア
ティニャネロの畑と同じ丘には、もう一枚の切り札があります。ソライア——イタリア語で「陽だまり」を意味する、最も日当たりのよい約20ヘクタールの区画です。1978年、ティニャネロ用に植えたカベルネが余ったことから半ば偶然に生まれたと伝えられるこのワインは、カベルネ・ソーヴィニヨン主体にサンジョヴェーゼを添える、ティニャネロと鏡写しの構成。1997年ヴィンテージは2000年のWine Spectator年間トップ100で第1位に輝き、これはイタリアワインとして史上初の快挙でした。
畑はいずれもキャンティ・クラシコ地区サン・カシャーノ・ヴァル・ディ・ペーザのテヌータ・ティニャネロ内にあり、標高350〜400メートル、石灰岩と泥灰土の斜面です。ティニャネロの畑は拡張を重ね、現在は約77ヘクタールに及びます。
拡がる版図と、大地に消える本社
現在のアンティノリは、トスカーナの外にも大きく版図を広げています。ボルゲリのグアド・アル・タッソ、モンタルチーノのピアン・デッレ・ヴィーニェ、ウンブリアのカステッロ・デッラ・サラ(白の旗艦「チェルヴァロ・デッラ・サラ」は、マロラクティック発酵とバリック熟成をイタリアの白に持ち込んだ最初期の一本とされます)、ピエモンテの老舗プルノット、プーリアのトルマレスカ、フランチャコルタのモンテニーザ。海外ではナパ・ヴァレーのアンティカを営み、2023年には「パリの審判」の勝者スタッグス・リープ・ワイン・セラーズの完全所有権を取得しました(2007年の共同買収から16年をかけた総仕上げです)。
それでも会社は非上場・家族100%所有のまま。2016年からは26代目のアルビエラ・アンティノリが社長を務め、妹のアレグラとアレッシアが副社長、父ピエロは名誉会長として控えます。同社初の女性トップです。
象徴となる建築もあります。フィレンツェとシエナの間のバルジーノに2012年に開業した新本社「アンティノリ・ネル・キャンティ・クラシコ」は、丘を掘って建物を埋め込み、掘った土で屋根を覆った「大地に消えるワイナリー」。テラコッタと木とコルテン鋼の螺旋階段で知られ、見学路からセラーを見下ろせる、ワイン建築の代表例です。
どこから飲み始めるか
入口は明快です。ヴィッラ・アンティノリやペポリといった数千円台のレンジで、サンジョヴェーゼの酸と樽の均衡というこの家の文法に触れる。そのうえで特別な日にティニャネロ(数万円規模)へ、さらにその先にソライアが待つ、という階段です。同じスーパータスカンでも、海岸のカベルネであるサッシカイアやオルネライアと、内陸のサンジョヴェーゼに軸足を置くティニャネロを飲み比べると、トスカーナの地図が立体的に見えてきます。イタリアワイン全体の見取り図は第7講 イタリア完全編で。買い方の実践は第33講が役に立つはずです。

