
重箱から、乾杯の泡までLa table du Nouvel An
十二月の終わり、家族や友人が集まる夜に、どのワインを開けるか。年末年始の食卓は、甘い黒豆と酢のなますが同じ重箱に入り、割り下の甘辛いすき焼き、だしの効いたそば、ポン酢で食べる鍋、茹でたカニと、味の振れ幅が一年でいちばん大きくなります。
考え方は二つです。ひとつは「一本で通す」——甘さにも酢にも出汁にも寄り添う、主張の穏やかな白か辛口の泡を選ぶ方法。もうひとつは「場面ごとに替える」——大晦日のすき焼きには赤、元日の重箱には白、乾杯には泡と、料理に合わせて抜栓する方法です。人数が多い夜は後者、二人なら前者が向いています。
この講では、料理の由来や漁期など確かめられる事実は農林水産省や県の資料に拠り、ワインの合わせ方は編集部の提案として書き分けます。和食全体の考え方は第71講和食とワイン完全編にまとめています。
おせちの重箱に、一本の白Osechi
農林水産省の解説によれば、「おせち料理」は本来、人日・上巳・端午・七夕・重陽の五節句に備える料理全般を指していました。そのうち正月の料理だけをおせちと呼ぶようになり、原型ができたのは江戸時代末期とされます。
祝い肴三種と、料理に込めた願い
同じ解説は、黒豆・田作り・数の子を正月料理の定番「祝い肴3種」としています。黒豆は「まめに働けますように」、田作りはカタクチイワシを田畑の肥料にしたことから豊作、数の子は一腹にたくさんの卵があることから子孫繁栄。ほかにも、黄金色のきんとんは金運、腰が曲がるまで長生きを願うえび、「よろこぶ」の語呂の昆布巻き、出世魚のブリ、「ん」のつく材料を使うお煮しめと、一品ごとに意味があります。
北海道農政事務所によれば、北海道では大晦日の12月31日におせち料理を食べる家が多いとされます。旧暦の頃は日暮れが一日の始まりだったことによる習わしで、刺身、旨煮、黒豆、昆布巻き、数の子、いずしなどが並ぶ膳を「トシトリ膳」と呼びます。おせちを開ける日は、土地によって違うわけです。
甘い・酸っぱい・しょっぱいを、同じ一本で
重箱の難しさは、味の方向がばらばらなことです。編集部の提案は、重箱を三つの味のまとまりに分けて考えること。
砂糖の甘さには、辛口すぎる白は酸が立ちやすい傾向。ほんのり果実味のある白や、やや甘口のリースリングが寄り添いやすい。
酢の物と魚卵の塩気には、樽の目立たない辛口の白か辛口の泡。魚卵には赤より白のほうが生臭さが出にくいと評されることが多い。
醤油とみりんの煮しめ、照りのあるブリには、白に加えて渋みの穏やかな軽い赤も候補に。
三つを一本で通すなら、まず挙がるのが甲州です。香りが穏やかで、酸も強すぎず、出汁や酢の物とぶつかりにくい白として和食の席で選ばれてきました。甲州の辛口の泡なら、乾杯からそのまま重箱へ移れます。
出典:農林水産省「おせちは一年の幸を願う料理」(にっぽん伝統食図鑑・和ごはんの特集)、農林水産省 北海道農政事務所「年の瀬の行事と料理」。ワインの合わせ方は編集部の提案です。
大晦日のすき焼きに、軽い赤Sukiyaki

家族が集まる年末の夜、少しいい牛肉ですき焼きを囲む。この鍋は、年末年始の料理の中でいちばん赤ワインが活きる場面です。
醤油と砂糖の甘辛いたれ、牛の脂、そして生卵のまろやかさ。渋みの強い赤は甘いたれと合わせると渋みが目立ちやすく、渋みが穏やかで果実味のある、軽〜中くらいの赤がなじみやすいと評されます。編集部の提案は、ピノ・ノワールと、日本のマスカット・ベーリーA。いちごを思わせる香りの軽い赤は、甘い割り下とよく調和する傾向があります。
割り下で煮る(関東風)
味が均一でやさしい。ピノ・ノワールやマスカット・ベーリーAなど軽めの赤から。赤が苦手なら、コクのある白や辛口のロゼも。
焼いて砂糖と醤油を絡める(関西風)
香ばしさとコクが前に出る。果実味の熟したグルナッシュ主体の赤など、少しボリュームのある赤も受け止めやすい。
卵をくぐらせると味はさらにまろやかになり、ワインの渋みも和らいで感じられます。逆に、締めのうどんや雑炊まで進むと甘辛さが濃くなるので、最後に軽い泡でさっぱりさせるのも一案です。くわしい選び分けはペアリング:すき焼きにまとめています。
合わせ方は編集部の提案です。味の感じ方には個人差があります。
年越しそばと、冬の鍋Soba & nabe
農林水産省の広報誌『aff』(2025年12月号)によれば、大晦日に年越しそばを食べる習慣は江戸時代に庶民の間で広まったとされます。細く長い形に新しい年の延命長寿や家運を願う説、切れやすいことから一年の苦労や災厄を断ち切る説など、由来はさまざまです。
土地で変わる、そばとつゆ
同じ記事は、呼び名が「大晦日そば」「年取りそば」「寿命そば」など地方で異なること、会津地方には元旦にそばを食べる風習が残ることを紹介しています。京都のにしんそばは、北前船で北海道から運ばれた身欠きニシンを使うもの。つゆは、関東がかつお節と濃口醤油、関西が昆布とかつお節と薄口醤油が主流です。
ワインを合わせるなら、つゆの色が目安になります。編集部の提案は、淡い色の関西風のつゆには甲州や樽の目立たない辛口の白、濃口のつゆや甘く煮たにしんには、渋みの穏やかな軽い赤。天ぷらをのせるなら、油を流す辛口の泡も候補です。そばの香りは繊細なので、香りの強いワインは避けたほうが穏当でしょう。
鍋は、スープで選ぶ
年末年始は鍋の出番も増えます。鍋はスープの味でワインが変わります。
出汁の繊細さとポン酢の酸には、甲州やすっきりした辛口の白、辛口の泡。
唐辛子の辛さには、やや甘口のリースリングや冷えた泡。アルコールの高い赤は辛さを強めると評される。
まろやかなスープには、樽を使ったコクのあるシャルドネ。
鍋ごとの選び分けはペアリング:鍋料理で。
出典:農林水産省『aff』2025年12月号「日本の年中行事と食 大晦日と年越しそば」。ワインの合わせ方は編集部の提案です。
カニの季節——越前がにと松葉がにCrabe des neiges

年末の贈答や帰省の食卓に、日本海のズワイガニが並ぶ家もあるでしょう。福井では「越前がに」、鳥取や兵庫の山陰では「松葉がに」。同じズワイガニでも、県ごとに名前と決まりがあります。
越前がに——黄色いタグと、GI
福井県によれば、越前がには福井県の港で水揚げされるズワイガニのこと。福井県産のズワイガニには水揚げ漁港を刻んだ黄色いタグが付き、2018年9月27日には国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました。重さ1.3kg以上・甲羅の幅14.5cm以上・爪の幅3cm以上のものは、2015年から「越前がに極(きわみ)」として別のタグで区別されています。
漁期は、雄と雌で違う
福井(越前がに)
雄は11月6日〜3月20日、雌の「せいこがに」は11月6日〜12月31日。脱皮直後で殻の柔らかい雄「水がに」は2月19日〜3月20日(例年)。
鳥取(松葉がに)
雄の松葉がには11月6日〜3月20日、雌の親がには11月6日〜12月31日。若松葉がには2月1日〜2月20日(令和7年度)。
どちらも雌の漁は大晦日まで。内子と外子を抱えた小ぶりな雌を味わえるのは、まさに年末のうちです。
甲羅の中まで、白で
茹でたカニの甘みと潮の香りには、樽の目立たない辛口の白がまず合わせやすい選択です。ステンレスタンクで仕込んだシャルドネや甲州のように、酸がきれいで香りの穏やかな白。かにみそや雌の内子のような濃いうま味には、瓶内熟成の長い泡や、少し熟成した白の厚みが寄り添う傾向があります。カニの殻の香ばしさを生かす焼きガニにも、同じ考え方で。赤は、カニの繊細な甘みを覆いやすいと評されることが多く、合わせるなら控えめに——以上は編集部の提案です。
出典:福井県「冬の味覚の王者『越前がに』」、鳥取県「松葉がに・親がに等の漁期について」(令和7年度)。漁期は例年の目安で、年度により変わることがあります。ワインの合わせ方は編集部の提案です。
年始の乾杯の泡Bulles du Nouvel An
年が明けて最初の一杯は、泡で。乾杯から重箱、カニまで通せる辛口の泡は、年末年始の食卓でいちばん出番の多い一本です。
シャンパーニュは、シャンパーニュ委員会(CIVC)によれば、瓶詰めから数えてノン・ヴィンテージで15か月以上、ヴィンテージで3年以上セラーで熟成させることが決まっています。実際にはこの期間より長いのが普通で、ノン・ヴィンテージで2〜3年、ヴィンテージで4〜10年が多いと委員会は説明しています。長く澱と過ごした泡ほど、パンやナッツを思わせる香りと厚みを持つ傾向があり、カニのみそや数の子とも合わせやすくなります。
乾杯からカニ、重箱まで。シャルドネだけで造るブラン・ド・ブランは魚介に、ピノ・ノワールの多いものはすき焼きの前菜にも。
穏やかな香りで、出汁の料理を邪魔しにくい。重箱を囲む元日の昼に。
えびや紅白のなます、ブリの照り焼きに。テーブルの色も、正月らしく華やぐ。
どの造り手のシャンパーニュを選ぶかは、銘醸図鑑シャンパーニュのグランメゾンで。製法と産地ごとの泡の違いは第13講スパークリング大全にまとめています。泡はよく冷やし、開けるときは栓を手で押さえ、瓶を傾けて静かに抜くこと。人に向けないのは、宴の席でも同じです。
出典:Comité Champagne「Maturation on lees」およびFAQ。ワインの合わせ方は編集部の提案です。
よくある質問Frequently asked
甘い・酸っぱい・しょっぱいが同じ重箱に並ぶので、主張の穏やかな甲州の白か辛口の泡が合わせやすい目安です(編集部の提案)。煮しめやブリが中心なら、渋みの穏やかな軽い赤も候補になります。
基本は渋みの穏やかな軽い赤ですが、赤が苦手ならコクのある白や辛口のロゼも、甘辛いたれと卵を受け止めやすい選択です。すっきりしすぎた白は、たれに負けやすい傾向があります。
どちらもズワイガニで、水揚げされる県で呼び名が変わります。福井県の港で水揚げされたもの(水がにを除く)が越前がにで、黄色いタグが付きます。山陰の鳥取では雄を松葉がに、雌を親がにと呼びます。
一年でいちばん、品数の多い夜にBonne année
おせちは本来五節句の料理で、正月の料理だけがその名を残しました。祝い肴三種の黒豆・田作り・数の子、甘い・酸っぱい・しょっぱいが並ぶ重箱には、甲州や辛口の泡。大晦日のすき焼きには渋みの穏やかな軽い赤。江戸時代に広まった年越しそばには、つゆの色で白か軽い赤を。鍋はスープで選び、越前がにと松葉がにには樽の目立たない白と熟成した泡。そして年始の乾杯は、瓶の中で長く眠った泡で。
次の一本。 大晦日に、甲州の白かノン・ヴィンテージのシャンパーニュを一本。すき焼きの夜には、ピノ・ノワールかマスカット・ベーリーAをもう一本。重箱を開けて、同じ一品を白と泡、赤で食べ比べてみてください。どの料理にどの一本が寄り添うか、家ごとの正解が見つかるはずです。
次回は銘醸図鑑 第35弾へ。「コルトンとコルトン・シャルルマーニュ」。ブルゴーニュのコート・ド・ボーヌで、ひとつの丘に赤と白のグラン・クリュが並ぶ畑です。森をいただく丘の斜面と区画、赤のコルトンと白のコルトン・シャルルマーニュの違い、そして畑を分け合う造り手たちを歩きます(先に第4講ブルゴーニュ完全編をどうぞ)。
